老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

周囲が悪い 認知症の行動

2015-12-22 12:08:27 | 俳句
 認知症が色々問題になっている昨今。
認知症に罹った人は病気であるから、、、、、、
しかし人さまに害を与えては、病気と一言で片づけれない。
災難を被った、私は、今でも腹を立てている。

信号待で、止まっていた。
後ろからきた、認知症の爺に車をぶつけられた。
国道は片側、二車線の道路。
咄嗟に夫がブレーキーを踏んだものだから、車は蛙飛びをしてやっと止まった。
爺の車は、対向の道路に横向きに止まった。
信号が青に替っても、道路をふさいでいるから、車が通れない。
爺は降りてこない。夫は自分の車のことで精いっぱい。
やっと爺は車から降りて来た。
足取りはよたよた。
取敢えず、車を移動して、つかえている、車を通さなければならない。
爺は自分が遣らかしたことには気が付いているが、何をどうすればよいか、解っていない。
たまたま、自動車の販売店の横だったものだから、そこの方が手際よくことをはこんでくた。私は警察に事故報告。

「こら、おっさん、お前なんしょんじゃ」
「こら爺よ、くるまに乗るな」

爺を見て、トラックの窓から、普通の車の窓から、急いで仕事中の運転手から、罵声がとんでくる。
容赦ない罵声だ。

爺の車はトヨタの大きい大型の高級車。
我が家の車は、息子がもし事故があった場合、軽は危険だからと、勝手に注文して買った、ビートル。
車体は重いし、燃料はくう。
しかし、それなりに、文句をいいながら、気にいって乗っていた。

あの大型のトヨタの車に、小型の軽自動車では、ぺちゃんこにされたに違いない。
やっと息子の言った意味を深く理解。

🍒 爺は認知症で、ブレーキーとアクセルを間違って踏んだ。

私は救急車で病院に。
夫はブレーキーを強く踏んだものだから、右足の膝が、、、しかし大事には至らなかった。

爺は、私は怪我はしていません。
警察がくると一番に言う。判断能力まったくなし。
事故を起こした車を、通行のじゃまになっても動かすことが出来ない、爺を野放しにしている。家族。
4、5日して保険やに伴われて、我が家にきた。
杖をついてふらふら歩いている。
門扉につかまらなければ、立ってもいられない爺。

その前に、爺の家に電話をする。事故処理のことで。
事故の件は全くなしの礫であった。

「私は怪我をしていません。息子に黙っていて下さい。」
そればかり繰り返す。
息子から車に乗ることを禁止されていたそうである。(保険やの話。)
息子は地元の電力会社のお偉いさんだと。
保険店もその会社の傘下であるとさ。
無責任な家族、車は、誰が与えたのか。

🍒保険やもノルマがあるとはいえ、認知症の人と保険契約を結ぶべきでない)


我が家のほうは私の怪我(外傷はないが、三週間の安静。筋が変になって、立っていられない)
さて車のほう。
後ろがめちゃめちゃ。
電気系統がいかれて、右の扉は、開くが、左は開かない。(キーのセンサーが左だけ効かない)
保険で修理はしてくれるものの、あっちの人だと、新車にしろと、いわれるくらいの事故だった。ネ、と周囲の者の話。

本題は、息子が軽自動は危険だと言って、頑丈の車にしていて、よかったこと。
もし軽だったらと思うとぞっとする。
大型の車にアクセルをふかして、追突されたら。
想像すると、ああ恐い。

私は事故で哀しい目にあった人に替って言いたいのだ。
亡くなってしまえば、悔しいことも口に出せない。言えない。他の事故もそうであるが、、、
しかし認知症の人は、車さえ運転しなければ防げる事故なのである。

車は走る凶器といわれることも。
凶器どころか爆弾を抱えて、認知症の人が車を走らせていると思えば、恐いとひと声ではかたづけられない。

大きなショピングモール建物の中で、どこから迷いこんで来たのか、車が突然目の前に現われて逃げたことがある。
老夫婦が乗っていた。

私達も老夫婦。考えることが沢山。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする