老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

白内障の手術 皆さんおなげきあるな

2015-12-19 18:36:26 | 俳句
ああいやですね。  (?_?)
年をとるのは。
白内障に罹った、男性の方、お気の毒と思いました。

御免なさいね。
夫の友人、私の友人、周りに沢山の白内障や、目を悪くしたかた、沢山います。
私に、
「お久ぶり、、。、。。@;@  私、白内障の手術して、大変だったのよ」と開口一番言う人。
「それが、どうした」

意地悪だと思ったら、ここから先は読まないでください。

「あんね、:;@。・君が白内障になりかかってるんだって」と夫が友達に会うと、嘆いていた。、、との近況報告をする。
私は夫に云う。
「嘆いて、哀しそうにして、この世の終わりみたいな友達に言ってやんな」と私は言う。
「内の家内は、難病指定の目の病気になっているよ。白内障くらいでおたおたすんな」
「それくらい言って、励ました?」

本人にすれば、大変のことです。大変です。

私は、子供の時から、身体が悪かった。
外からは見えない、内臓の病気でずいぶん苦労した。

一病は柳に雪折れ、なぞと言い、無理をしないで、気ままに暮らしていると、この年齢まで生きれることができるのです。

昔の私の病気を知っている人は今の元気な私を見て驚いている。

三年程前、急に目が見えなくなった。
パソコンは使う。本は好き。裁縫も好き。
目を酷使しているから、悪くなったかな~。
年齢的には、白内障かな~。とさほど気にしていなかった。

余りにも急激に目が見えなくなった。
一人で外を歩けなくなった。

病院へ行って検査をする。
「紹介状を書きますから医大へ行って下さい」
「早いほうがいいですよ」
電話をかけて、予約を入れて下さる。

一度では、名前が覚えられない病名。
何度かの検査、そして手術。
今はこのようにパソコンを打っている。
目は見えるようになった。
しかし、私の病気は、内臓から、目にきているという。
完治したわけではない。
医大で年二回検査。近所の眼科で月一回の検査。
小康状態です、と言われている。ほんとうは哀しい。哀しみは隠している。

何かの拍子で私の病気のことを知った、古い友達が
「どうして、貴方ばかり、重い病気に、どうして」と嘆いてくれた。
若い時から、日々の生活も制約され、食べるものに気をくばり、傍から見ると、健康そうであるが、スポーツなどやったことがない。
せいぜい歩くのが精いっぱいの、健康のバロメーターなのである。


全国に二万三千人ほどいるらしい。
研究はどうなっているのか?
医大に入院した時、難病ではなくても、私より、苦しんでいる目の病気の人が何人もいた。
私は手術して見えるようになった、と先生に感謝し神さまと夫に有り難うございますと、心から言った。

心配をしている夫に隠れて泣いたこともある。身近にいて手となり足となってくれた。苦労をかけた。手を引いて、杖となって歩いてくれた。

子供の頃から、病気と二人三脚、背中合わせで生きてきたから、くよくよしないことにしている。
ネアカの性質だから、明日ばかり見て、後ろは振り向かない。

白内障の方、神経質にならないで。
「おたおたすんな」「早く目も心もよくなって下さい」

         🐢   あびるほど目薬さして冬籠

         🐢   春愁や舌かみさうな病の名







コメント
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