老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

ふるさと捨てた

2015-12-13 10:50:25 | 俳句


何かを捨てた。
故郷を捨てた。

「家の前、通ろうか」
「うん」

「降りるか」
「ううん」

夫がゆっくりと走る。
「傷んでる」
「あれ、あの木いつの間に」

お墓参りの道すがら、夫の実家の前を走る。
今、世間の問題になっている、空家。夫の生まれ育った家もぺんぺん草が生えている。

駅に近く、学校に近く、公共施設に近く、今住んでいる家よりずっとずっと、便利な場所に建っている。

夫が転勤で、故郷を離れている間、場所柄、薬局に貸し店舗として貸していた。
ベット数300床の病院の前に位置していた。
その病院が、地震対策のため、古い病院から、郊外の広い土地に新しい病院を建てて移転した。
もう三,四年も前か。

後をどうするか、考えた。
私も子供も住まない。
リホームをして人さまに貸すにしては、リホームの代金が、戻ってくるには、何年もかかる。

夫が育った家。私が嫁いできた家。息子が育った家。
家族の皆の想い出がいっぱい詰まった家。

街から空き家対策として壊して下さいなんてことは無い。まだまだしっかりした家であるけれど、そのままにしていると傷みが激しくなるばかりだろう。
「売る」と決めた。
私も淋しい。夫の気持ちをおしはかると、もっと寂しいことに、昨日遅まきながらに気がついた。
夫の友達からは、いつ故郷に戻って来るのかなどと電話がかかってきたりもする。
なんと、アッパッパな私であろうか。

「売り家」のビラがペラペラと風にあおられている。
ゴーストタウン、シャター通り、どの言葉も大きな産業であった、病院が無くなったことであてはまる。街は郊外型になり、どの商店も閑古鳥が鳴いている。

売れても、売れなくても、どちらでもよいから、世間の相場よりぐんと高い値を付けて、不動産屋に出している。
迷惑な客だろう。

商店街はさびれているものの、中堅都市として、街は発展している。

全国に私達と同じような憂いを抱えた人が沢山いるのだろうな。
コメント
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