3.風俗画家フェルメール
今や17世紀オランダを代表する傑出した風俗画家のフェルメールだが、(レンブラントを始めとする力量のある画家の多くがそうであったように) 、キャリアの出発点では歴史画(宗教画・神話画)を描いた。やはり一流の画家を目指すなら、まずはイタリア絵画を学ぶ、ということなのだろう。イタリア絵画と言ったら圧倒的に歴史画である。そして多くの画家は首都アムステルダムを目指した。
しかし、デルフトに生まれ、カタリーナ・ボルネスとの婚姻でデルフトに留まることを決意したフェルメールは、アムステルダムとは比較にならないほど小さなデルフトの絵画市場を当然意識せざるを得なくなった。そこで彼は市場で需要の多い風俗画を手掛けることになる(当時のヨーロッパ絵画の位階では歴史画が頂点として君臨し、それ以外のジャンルは低く位置づけられていた。名を捨て実を取ったフェルメールの胸中はいかばかりであったか?)。彼の転身(作品主題の変遷)は、手掛けた作品のサイズが大ぶりのものから徐々に小さくなることからも見て取れる(小林女史は制作年が不確かなフェルメール作品を、サイズの変化<大→小>によって時系列化することを試みている)。
4.《牛乳を注ぐ女》と厨房の女たち
今回開催中の『フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展』最大の目玉である《牛乳を注ぐ女》は、画家フェルメールの初期のひとつの到達点として見ることが可能な作品である。
フェルメール《牛乳を注ぐ女》(45.4×40.6cm、1658-1660頃)
《牛乳を注ぐ女》の特徴としては、以下の6点が挙げられる。
①色遣い:三原色、配色の単純化、
青と黄の補色効果を巧みに利用⇒それぞれの色を引き立たせる。
②明暗の操作:敢えて窓際を暗く、窓から遠い壁の部分を明るく描く
⇒壁の明るさによって、手前の人物がよりくっきりと浮かび上がる。
③形の単純化:人物の輪郭線を細かな線を省いてスッキリと描く。
④モティーフの数の少なさ:従来の風俗画とは一線を画し、
描き込む対象を絞り込む⇒細部を描く(小林女史曰く、「引き算の美学」)。
⑤巧みな透視法:消失点を画中の人物の視点と一致させる(ミルク壺を持つ右手の辺り)
⇒鑑賞者の視線が自ずとその部分に惹き付けられる。
⑥丁寧な彩色:後述の<細部の観察>を参照のこと。
<細部の観察>…鑑賞時には単眼鏡かオペラグラスの使用をオススメ。
①割れた窓、曲がった桟、壁の釘とその扇形の影、釘の跡など細かな描写
⇒釘の扇形の影は写実描写と言うよりも画家の創意か?
②女性の頭部:
影となる額の生え際の部分には敢えて彩色せずに下地の色を生かす
光の当たる明るい部分(額や鼻、右頬)には白い顔料を厚めに重ねる
=顔の凹凸がそのまま絵の具の厚みに対応している。
③パン:ひときわ明るく描く⇒パンも光源化、パンは「恩寵」の表象でもある。
④スカートの青い色が他の物(壺)にも映り込んだように彩色
=強い色が目に残像として残る生理的作用も描き込んだものと見られる。
⑤幾何学的透視法:鑑賞者の視線を惹き付けるべく計算され尽くした消失点の位置。
他に、窓際には買い物時に生魚や生肉を入れるための金属製の籠、
女性の足下には足温器が描かれている。
赤外線照射による観察では、女性の頭部よりやや上部の壁に世界地図らしきもの、
腰部分の壁に大きな暖炉、足温器の背後に大きな籠が描かれていた跡が
うっすらと目視できる。画中の女性像を際だたせる為に、塗り潰されたものと思われる
⇒モチーフの絞り込み
小品ながら、計算され尽くした構図、丁寧な彩色(配色にも心を砕き、高価なラピスラズリを原料とする青い顔料を惜しげもなく使用)、他の風俗画とは一線を画す品格ある女性像と静謐なその世界観には、フェルメールの風俗画家としての並々ならぬ矜持が窺える。その意味で、《牛乳を注ぐ女》は、風俗画家フェルメール誕生を象徴する重要な作品と言える。
(3)へつづく
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