はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

最近のニュースで思ったこと、感じたこと。

2016年09月04日 | はなこのMEMO
二世俳優が引き起こしたホテル従業員レイプ事件

 事件後の波紋の大きさを見れば、容疑者はあまりにも愚かだ。「後悔先に立たず」とは、まさにこのことを指すのだろう。それ以前に、自らが犯した罪の大きさを果たして自覚できているのだろうか?(犯行後に平然と寝ていた、と言うのが気になる)

 事件を引き起こした原因は彼の慢心なのか、本能を制御する機能が通常より弱い、脳の器質的問題なのか?或はさまざまな複合的要因なのか?

 私自身は、さまざまな犯罪において、加害者が精神障害や発達障害等を抱えていたり、薬物や何らかの理由による心神喪失状態であろうと、それらを理由に量刑が軽減されることなく、罪過に応じて相当の刑に服して欲しいと思っている。間違っても「無罪」にはなって欲しくない。

 何れにしも、同じ「息子を持つ親」としては、我が子が「犯罪者」、或は事故の「加害者」(娘の場合は逆に「被害者」か?)になることの恐怖を追体験したのが、今回の事件である。

 子育て自体は子どもの成人を機にひとつの区切りがつくが、自分の子育てが正解であったのかどうかは、その時点では誰にも分からない。しかも親子関係は一生ついて回るのだ(特に日本では、世間がいつまでも親子は一蓮托生と見る傾向がある)。だからこそ、今回の事件は「親」である以上、けっして他人事とは思えないのだ。

 容疑者は社会通念上、レイプ事件がどれだけ被害者の尊厳を踏みにじり、人間として恥ずべき行為なのか分かっていなかったのだろうか?それとも、分かっていながら、自分の欲望を抑えることが出来なかったのか?はたまた自分の立場なら、たとえ罪を犯したとしても、どうにかして揉み消すことができるとでも思っていたのだろうか?

 性欲は動物としての本能に根差したものだが、本能を脳で制御できることが、人間と他の動物とを明確に分かつ違いであり、人間を人間足らしめていると言える。それが出来ず本能が理性に勝るようでは、人間とは言えない。性犯罪者が獣(ケダモノ)と言われる所以である。だから、レイプは人間として恥ずべき行為なのだ。他者から軽蔑される行為なのだ。統計的にレイプ犯は再犯率も高いことから、今後、女性も容疑者を恐れて近づかないだろう。

 それゆえに、刑期を勤め上げ社会復帰を果たそうにも、社会から受け入れられることは難しい。事件以前のような活躍など望むべくもない。ましてや容疑者は有名人である。有名人の母を持っている。彼の前途は一般人以上に多難と言わざるを得ない。

 今回の事件に対する世評の厳しさを見ても分かる通り、所謂二世タレントのような立場の人は、親からの七光りの受益が大きいだけに、転落した時の反動も大きい。最近は芸能界にうんざりするほど二世タレントが溢れかえっているが、そのことを、どれだけの二世タレントが分かっているのだろう?


自然災害における被災への覚悟

 まるで人間の対応力を試すかのような、近年の自然災害の深刻化である。

 次々と襲い掛かる未曾有の自然災害に対処できない人間は、容赦なく淘汰される運命にあるのだろうか? 

 先日も東北・北海道地方の豪雨で、川の氾濫が相次いだ。水害で命を落とした人も2桁を記録した。

 報道では各メディアが「なぜ、救えなかったのか?」と問う。

 しかし、地元の人や研究者が「百年に一度の」と口を揃える災害である。人間の備えにも、対応にも、自ずと限界があるだろう。

 9人の犠牲者が出た木造平屋建てのグループホームでは、宿直担当ひとりで十数人の世話をする中、室内に一気に水が押し寄せ、為す術がなかったと言う。一方、隣接する鉄筋コンクリート造りの中層の老人ホームでは、屋上に避難して全員無事だった(ここでも「垂直避難」が有効であった。【参照】「持家のリスク~広島の水害」)

 人間の運命は、人智の及ばないところで分かれるものなのかもしれない。

 犠牲者の息子さんだと言う男性が「母から電話があった時点で迎えに行っていれば」と嘆いていたが、誰にも予測がつかないのが人の命運だ。少なくとも、グループホームに入所した時点で、母親の命は他人の手に委ねられたも同然であった。

 しかも今回は未曾有の災害だ。誰のせいでもない。誰もが犠牲者になる可能性があった。


 言うまでもなく日本人は豊かな自然に囲まれて、自然の「恵み」も「災い」も受けながら、連綿と命を繋いで来た。

 日本人として生まれた以上、自然の恵みを感謝して享受しつつ、常に天災の被害の覚悟を持って生活するしかないのだろう。

 そして、たとえ被災しようとも生き残った人々が再び立ち上がる強さ互いに助け合う優しさを、長年に渡って育んで来た歴史が、この日本にはあることを覚えておきたい(映画ゴジラ・シリーズの最新作「シン・ゴジラ」では、そうした日本の在りようを「スクラップ・アンド・ビルド」と表現していた。言い得て妙である)
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