少年カメラ・クラブ

子供心を失わない大人であり続けたいと思います。

ラン

2006-12-18 20:47:03 | その他
去年は花が綺麗だと思って買ってきたラン(デンドロビウム)。しばらくは花が咲いていたが、案外あっさりと花が落ちてしまった。捨てるのも持ったいないので、夏の間は外に出してたまに水をやり、寒くなってからは窓際において霧吹きで水をかけてやっていた。

青い葉っぱが綺麗なので、まあちょっとした観葉植物にはなっているかと思っていたら、あらあら、赤い蕾が2つ出てきたではないか。

たった二つだけどなんかとてもうれしい。昨日よりも蕾も少し膨らんできた気がする。咲いたらアップすることにしよう。

フィクションとリアリティの違い

2006-12-18 20:43:36 | 哲学
帰りの電車で小説を読んでいた。小説というのは、最初の三分の一くらいは説明や後半のストーリー展開の仕込みのようなことが書いてあることが多く、頑張って読まないと先が続かない。でも、あるところを越えると、グッと引き込まれるように物語が頭の中で展開しだす。こうなると、自分では活字を追っているという感覚があまりなくなる。次から次へと話が進んで行く。文字を読んでいるにもかかわらず頭の仲には映像が浮かんでいる。

とまあ、読書好きの読書の楽しみって、こんな感じなんじゃないだろうか。電車に乗っていてもあっという間に目的地に着く。いつもは長くて辛い電車通勤も、はまった本があるときには、もうちょっと長くてもいいと思ったりする。

もちろん、お話はフィクションである。事実ではない。いま現在進行形のことがらなどではないに決まっている。でも、自分がリアルだと思っている身の回りのありようも、実は頭の中で作られたフィクションだとしたら、本の中身を読んで作られたイメージの世界と何が違うのだろうか?

見たこと、触ったこと、嗅いだこと、いろんなセンサで捉えた信号を頭は処理する。そして、それぞれが破綻をきたさないように適当に処理を行って、自分に対してリアルというイメージを作り出す。

目の前にあると思っているリアリティも、実は頭の中のイメージに過ぎないとしたら。

毎日の生活ももっともっと輝かせることができるに違いない。それはサスペンス小説の主人公のようにかもしれないし、歴史小説にでてくる英雄のようにかもしれない。

イメージ。人はその中に生きているに過ぎないのだ。それは体の外にもあり、中にもある。いやそのどっちも同じに過ぎない。