少年カメラ・クラブ

子供心を失わない大人であり続けたいと思います。

M78(ウルトラマンのふるさと)

2005-12-31 23:15:39 | 天体観測
オリオン座のベルトのもうちょっと上のほうにウルトラマンの故郷がある。といっても望遠鏡で見るとあんまりさえない。2つの星のまわりにボヤッとした光の塊があるだけだ。うちの近くでは、85mm屈折ではM78は残念ながら見えないのだが、さすがに25cmあると存在ははっきりわかる。それにしても何でこのさえない星雲がウルトラマンのふるさとになったんだろうねえ。

今日もM1を見ようとトライした。が、やっぱり結果は同じ。なんとかくボヤッとした光の塊があるようなないような、そんな感じだ。ちょっとスケッチしようと言う気持ちにはなれないレベルだ。

以前、ミザールの光害カットフィルタ(μフィルタ?)を使ったことがあるが、85mmの屈折では、全体の光量が落ちてしまってあまり役に立たなかった。そのフィルタはもう人に譲ってしまった。25cmの反射ではどうだろうか。何でもM1などのような星雲には結構効くらしい。ああーあ、また物欲の魔の手につかまってしまいそうだよー。

M42

2005-12-31 23:04:23 | 天体観測
みんな紅白歌合戦を見ている頃に、僕はドブソニアンを持ち出して天体観測をした。明日は天気が崩れるということで、ちょっと冬型がゆるんだのだろうか、多少冷えもゆるい気がする。こういう日は、上空の風がおさまっているのでシーイングが良いと聞いたことがある。確かに、東の空低く上ってきた土星はカチッと止まって見えた。さて、オリオン座の下にあるウサギ座の球状星団M79を見てみる。25cmを使えば当然球場星団が星々に分解するものと思ったのだが、残念ながらボヤッとした光の塊にしか見えない。これじゃあ、85mmと一緒だ。ちょっと高度が低いのと光害の影響かなあ。ちょっと雲も薄くかかっているようだし。

しょうがないので、またまたM42をスケッチ。望遠鏡を外に出してすぐは、トラペジウム(四つ星)さえはっきり見えない。星が点にならないのだ。せっせと底につけたファンを回す。結局ちゃんと見えるまでには1時間くらいかかっただろうか。とにかくニュートン反射鏡は時間がかかる。ファンは必需品。おとなりのM43の星雲もはっきりわかる。トラペジウムの周りの星雲は4つの星をすっかり囲んだように見えた。

NEW YEAR RESOLUTION:ちょっと早いけど

2005-12-31 17:54:52 | その他
来年の目標は、他の人をうらやましがらないことにしようと思う。結局どこへ行っても、何も努力せずに上手くいくことなどありえない。どこにいても同じ、人生は厳しいのだ。他の人をうらやむことなく、自らの道を歩み続ける。それしかない。

自ら歩んでいる道を肯定し、さらに良いものにするよう努力し続ける。一瞬一瞬を大切にすること、どこまで細か意図頃へ意識を持っていけるかが大切だ。

写真を撮るときのフレーミングや光の方向、露出、ゾーンシステムに基づいたトーンのレンジング、どこまで細かくいけるかが勝敗を決める。天体のスケッチも同じ、どこまで細かいところへ意識を向け形を紙の上に落としていけるか。全てが、訓練になるだろう。

でも、他の人や道具をうらやましく思わないとすれば、人はどこへ向かっていこうというのだろうか。夢や憧れがないところに方向は存在しないのではないのかもしれない。どこへも向かわず、ただそこに漂っている。そこには意味がないのではないか。

上等の望遠鏡が欲しくなったり、フィルターをつければ光害が減らせるとか、そういうことは、言ってみれば羨望である。自らの力を高めるのではなく、機械によってそれを補おうとするのは、うらやましいと思う心に他ならない。だから、うらやましいと思う心がなければ、そういう道具を使うこともなければ、何も思うこともない。そんな人生に意味があるのだろうか。

他をうらやむ心、それは進歩を阻む最大の敵である。でも、またそれは人生の意味そのものであるともいえる。そう分かった上で、来年はやっぱり人をうらやまないように生きていくつもりだ。所詮、それがなくなることはないと分かった上で、平然と必死に己の道をまい進していこう。

波打つ精神について

2005-12-30 20:43:35 | 哲学
僕の精神は波を打っている。いろいろな周期で大きくそして小さく波を打つ。僕はそれを自ら観察することが出来る。そのことに気がつくのに40年ほどかかったが、いま僕はそれを客観的に観測することが出来る。

なぜか。その波はどこからやってくるのか。それは外からやってくる。僕の周りに繰り広げられる全てのことは波打っている。全ての事柄は変化し、絶えず波打っている。

僕の心はその宇宙の様々な波にシンクロする。だから僕の精神は波打つのだ。宇宙の全ての事柄とシンクロする僕の心は宇宙そのものとも言える。宇宙と心は等価なのである。

それは厳密にいえるのか。多分そうではない。ほぼシンクロしているだけだ。両者にはわずかなずれがある。そのずれこそが意識なのではないのだろうか。

意識が宇宙をかえる。わずかだが、宇宙とシンクロしないその意識が宇宙を変える。99%のシンクロと1%の不協和音。それが人生だ。

作り出される意識

2005-12-30 10:08:51 | 哲学
双眼装置を使って天体観測をしていた。その日は月のクレータを観察した。天体観測では、見る対象によってフィルターをつけてみることがある。青いフィルタやオレンジ色のフィルタなど、見る対象が月か惑星か、はたまた星雲かで使い分ける。星雲などの淡い対象を見るときは都会の人工的な光だけをブロックするようなフィルタもある。

僕はオレンジ色のフィルタしか持っていないのだが、それを使うと月のディテールがよく見えるらしい。ただの色めがねなのに不思議な気もするが、光の波長によって大気による撹乱などの影響の受け方が違うので、結果として見え方が違ってくるらしいのである。

僕の持っている双眼装置は、フィルターをつけることが出来ない。両方の接眼レンズに同じフィルタをつければいいのだが、2個持っていない。仕方がないので、片方の接眼レンズだけにフィルタをつけてみた。片方の目でみると普通の色になり、反対の眼にはオレンジ色っぽくなった月が見える。なんだか変な感じだが、両目を開けてみると、オレンジ色の情報が目立つのか全体がオレンジ色になっているように感じられた。

その後、不思議なことが起こった。それまでクレータはボールのようにへこんでいるように見えていたのが、突然ドームのようにでっぱっているように見え始めたのだ。もう、そこは月ではなかった。溶けた溶岩の表面に盛り上がる蒸気のように、月の表面はボコボコと沸騰し始めたのだ。


そして、また数秒経つと別のことが起こり始める。溶岩のように見えた月の表面は、光と影の境目のところに行くと、僕の脳みそは上手く認識ができなくなってしまうのだ。それに気がついた瞬間、目の前の景色は元のクレータに戻ったのだ。

面白いと思ってしばらく眺めていると、またリバースされたイメージが意識にのぼってくる。そして、また元に、、、それは何度も何度も繰り返された。念のためにフィルタをつける接眼レンズを反対にしてみたのだが、結果は同じだった。

意識、それは僕たちが外からの情報を処理して自主的に感じているものだと思っていた。意識を作っている誰かなんているはずないと思っていた。でも、それは明らかに間違いである。意識は作り上げられている。入ってくる情報に無理やり意味をつけてイメージを作り上げているのだ。

月に限らず景色を見て、それが目の前に広がった絶対的な存在だと人々は思う。でも、その景色は客観的な事実ではない。入ってきた膨大な情報によって作り上げられたフィクションなのである。同じ景色でも、人それぞれにその感じ方が違うように、いろいろな形で認識されるのである。

でもそこにもう一つの疑問も生じる。そう、作り出されている自分の知覚を客観的に見ている僕の意識、それって一体何なんだろう。これもまたつくりだされたものなのか、それとも。。

F-4Eファントム

2005-12-28 22:36:43 | その他
ダイソーの100円プラモシリーズ。次のができました。あまりに有名な戦闘機ですね。色は見本が白黒でちゃんと分からず、勝手に違う色で塗ってしまいました。でも出来上がりはまんざらでもないと思っています。色を塗った入りするのも結構慣れてくると技量が上がってくるものです。

プリント・エクスチェンジ(独り言)

2005-12-26 22:40:35 | 写真
モノクロ写真を他の方と交換し合ってコメントしあうという企画に参加した。まあ、オタッキーな企画であることには間違いないのだが、写真趣味人としてはなんとも楽しい企画だった。僕は3人の方々から写真をいただいた。それぞれ個性のある写真が送られてきた。

それぞれの方の写真にもいろいろ言いたいことはあるのだが、それは置いておくとして一番思ったことは、「オレの写真もまんざらではない」ということだった。どっちが上でどっちがしたかはよく分からないが、格段自分の写真が劣っているということはないと思う。それだけ分かっただけでも大きな収穫だったと思う。

BESSA入院

2005-12-26 22:36:28 | 写真
壊れて使えなくなったBESSAをヨドバシの修理センターに持っていった。一応落としたかもしれないことは告げたのだが、修理票にはそんなことは何も記入されず、保証書とモノを持って行った。どのくらいかかるかと聞いたら、3から4週間とのこと、お休みも入るので1月下旬というところか。費用がかかるときは連絡があるとのことなので、ただで治るということでもないらしい。まあ、治ってくれれば多少の出費は致し方ないのだが。

印画紙現像の押し

2005-12-25 18:01:57 | 写真
印画紙の現像時間を、メーカー指定の90秒から3分に伸ばした。当然、黒化は進む。その結果、以前はちょっとネガが濃すぎてハイライトのトーンがでなかったところも少しトーンが出るようになった。

そのことを見越してフィルムの現像時間を7分30秒から8分(22℃)に伸ばし、更にそれを見越して撮影感度を少し上げてEI=200とした。うーん、分かる人にはわかるけど分からない人にはちんぷんかんぷんの記事だなあ。

で、結果は見事に大正解。ゾーン10段階一杯一杯にトーンが得られた。フィルム感度も200くらいだと、結構使いやすい。

結局プリント・エクスチェンジでは、この条件使うことはなく素材優先で35mmでとった写真を使った。でも、いろいろ締め切りに追われて実験したお陰でこの条件にたどり着けた気がする。