少年カメラ・クラブ

子供心を失わない大人であり続けたいと思います。

今を濃縮するメカニズムとしてのカメラ

2013-10-05 21:23:14 | その他
何度も書いているように未だにフィルムで写真を撮っている。なぜデジカメにしないのかと良く聞かれるのだが、正直自分でもよくわからない。もちろん、モノクロフィルムを自分で現像したりプリントするプロセスを楽しむという理由もある。でも、本当の理由はそこではない。

デジカメというのは、言うまでもなく内部のメモリに映像を記憶する。従って、失敗したと思えば、何度でもその内容を消してやり直すことが出来る。何度でも何度でも、思い通りの作品が出来るまで撮り直せばよい。瞬間をとらえたい時は、すごいシャッタースピードで何百枚ものイメージを連射して、あとから最高の瞬間を取りだせばいい。こんなすごいことを可能にしたテクノロジーには驚くばかりだ。

ところがフィルム写真はなかなかそうはいかない。一度とった写真はフィルムにイメージが焼き付けられてしまうから、映像を消してやり直すことはできない。一回きりである。さらに、一本のフィルムにはせいぜい36枚しか撮れないから、連射をするといっても大した枚数は撮れない。画像の分解能だって、詳しいことは知らないが、何千万画素のデジカメと比べて、フィルムの方が優れているということはもうないだろう。こうやって考えると、フィルムカメラのいいところって何もない。あっ、そうそう、フィルム代や現像代などのランニングコストだって重要な要素だろう。

でも、これらのフィルムカメラの欠点が、そのまま長所にもなるような気がするのだ。つまり、シャッターを切る瞬間に全てが決まってしまい、それをやり直すことが出来ないことが、フィルムカメラのメリットではないかと。シャッターを押すその瞬間への集中力を高めるプロセスを楽しむことができるフィルムカメラというメカニズム、ちょっとデジカメにはまねのできない。(詭弁かなあ。)フィルムカメラは今を濃縮する精巧なメカニズムなのである。

そういえば、テレビを見るにしても、最近はハードディスクにいろんな番組をどんどん入れて録画するようになった。以前はVHSテープだったので、録画すると画像が劣化するということで、やっぱり生放送でみるということだったのだけれど、ハードディスクになったら生も録画も全然違わない。こうなったら、別に生で番組を見る必要なんかない。いろんな番組のなかからキーワードで自動抽出された面白そうな番組を、土日に見る。何時間もあるので、再生速度を2倍にして面白そうなところだけをサラサラっと見る。(ありがたいことに話はちゃんと聞こえる!)まあ、こういう見方もいいんだけど、なんかその映像を見る今という瞬間が、薄く延ばされてしまったような気がしてならない。見逃してももう一回巻き戻せば何度でも見直すことが出来る。お手洗いに行くのも自由だ。別に今、一生懸命伴番組を見る必要もないから、結局、一応見たものの何の話だったか良く覚えていない。

私たちは機械ではない。生身の人間だ。いくら機械のスペックが高くなっても、それは我々人間の性能が高くなるということではない。そうしたメカニズムを通して、どんな事を考え、感じるかがはるかに大切だろう。写真を撮るときに何を自分が考えたか、そこんとこを大事にしたいと思うのだ。フィルム代に現像代?そんなんことが気になるなら趣味なんか持たない方がいい。

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