こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

どうするの?

2015年12月08日 00時05分27秒 | 文芸
「ママさん、お元気ですか?」
 懐かしい声。でもちゃんと覚えている。
「久しぶり。でも、どうしたん?」
「……相談したいことあって……?」
「そう、いいよ。どっかで会おうか」
「はい!」
 携帯を切ると、M子と初めて会った時の顔を思い浮かべた。
 あの日、いきなり訪ねてきたM子は初々しい高校生だった。
「ここへ来るまでえらく勇気がいったんです。世の中って怖いとこで騙されることが多いから。劇団って特にそんな世界なんだと思って」
 少し興奮気味で頬を染めた高校生を前に、苦笑するしかなかった。
 当時夢中で取り組んだアマチュア劇団活動。姫路を拠点に学生や社会人がメンバーた。説明に納得したM子はその場で参加を決めた。
「ただし他の仲間に迷惑をかけるような無責任な参加はしないでね。お芝居は仲間の信頼と絆が作り上げるものだって肝に銘じておいて。それがなかったら感動は生まれないから」
「はい、分かりました。頑張ります!」
 ひたむきさが溢れる姿だった。
 M子は真面目だった。芝居作りに取り組む素直な姿に安心を覚えた。
 彼女の初舞台は『オズの魔法使い』になるはずだった。主人公ドロシーといつも一緒に行動する愛犬トト役。セリフは犬の泣き声だからかなり難しい。それでいて重要な役柄だ。
 ある日からM子は稽古を休みがちになった。当然かなと思った。「ワンワン、キャンキャン」を繰り返すだけのセリフ。しかも犬の動き……?晴れやかな舞台でスポットライトを浴びるのに憧れる若い人が面白くないのは確かだ。彼女も期待が外れたのだろう。
「どうしたの、この頃。ちょっと疲れてるようだけど、大丈夫?」
 M子に話しかけた。
「別に疲れてないけど……」
「なら、どうして稽古怠けるの?」
「……私の役、人間じゃないから」
 思った通りだった。
「人間じゃないから、稽古しなくていいの?」「学校の演劇部で主役になったんです」
「そう。だったら劇団辞めなさい」
「え?辞めたくないです。最後までやらなきゃ無責任だし。演劇部の先輩たちも期待してくれているから……辞められない」
「いいこと。あなたはお客さんなの?いえ、そうじゃないでしょ。一つの舞台を作ろうと切磋琢磨している仲間のひとり。あなたのトトがいないと芝居は成り立たない。それが分からない人なら要らない。甘えの許されない社会じゃ責任の取れない人の居場所はないの」
 きついかなと躊躇はあったが、はっきりと言った。無言のままM子は俯いた。
「二兎を追うものは一兎も得ずってことわざ知ってるわね。あなたがいま最も責任を果たすべき演劇部に専念しなさい」
「で、でもトト役がいないと……」
「心配いらない。責任を果たせる仲間は何人もいるから」
 M子は納得しかねる顔で帰っていった。
「申し訳ありませんでした。もう一度メンバーに、仲間にいれてください」
『オズの魔法使い』公演が終わると、楽屋にM子は顔を見せた。そして頭を下げた。
「みんなの素晴らしい舞台を観て、仲間の意味が……完全じゃないけど、思い知りました。無責任だったこと許してください」
「みんな、どうする?」
 私の問いかけに、楽屋にいた仲間たちは即座に頷いた。みんな大人なのだ。
「ありがとうございます!」
 M子は泣いていた。グッと歯を噛みしめて。
 社会人になってからもM子は責任の取れる仲間であり続けた。劇団を解散するまで……。
 そして三十年を経て、また彼女は私にあの自信なさげな笑顔をみせてくれるようだ。
コメント
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