警笛が遠路がちに鳴った。幅が操る軽四が俊彦の車の脇に並んで止まった。
「やあ」
「遅かったやないか。待たせんなよ」
機嫌の悪さを見せたが、幅は一向に気にしない。それが彼なのだ。神主の家に生まれ育った幅は、「わし、神の血統やさかいな」とごく普通に言ってのけ、聞くものをあ然とさせた。ただし、しょっちゅう聞かされると誰しも腹を立てる。嘲りと無視をもたらす。
「寂しいこっちゃ。信じられんけど」
幅は辺りを見回し、ため息を吐いた。
陣幕製造工場の正門に回った。白っぽい車が入り口を閉ざすように止められている。
門柱にはめられていた陣幕の銘板は見当たらない。外されてぽっかりあいた痕跡が、工場の運命を如実に語っている。
「どないする?」
「ともかく行ってみようや」
俊彦に引き返す気持ちはなかった。十年以上世話になった職場がどうなったのか、自分の目で確かめなければ納得できない。
クルマと門扉の間にある狭い隙間をすり抜けると工場に入った。
記憶に刻まれた光景は。ちゃんとそこにあった。しかし、静寂に包まれている。
いつも正門をくぐると、くぐもった色んな音が迎えてくれた。ボイラー音や製造ラインに設置された機械類のモーター音だった。
それがピタッと、完全に止まっている。
「ちょっと胸が詰まりよるわ」
「そや。夜なか中、ゴォーンゴォーン鳴っとったなあ。えろう静かになってしもてるがな」
人の気配を感じた。事務所の方だった。見やると、事務所からちょうど顔が覗いた。見知った顔だ。工場長、いや元工場長というべきだろう。でも俊彦にはやはり工場長だった。
「工場長。来てはったんですか?」
幅が能天気に声をかけた。
「なんや、君らか」
元工場長は俊彦らを思い出したようだ。その風貌は疲弊しきっている。白いものが目立つ頭と頬がそげた顔。何とも痛ましい。
正門を入った直ぐの所にあるベンチに並んで座った。
「大変やったですね、工場の方……」
口をへの字に閉じた気難しい顔の工場長と、居心地の悪さを隠せない幅に挟まれて息が詰まるので、俊彦は口火を切った。
「うん。まあ兆候は大分前からあったんや」
「ボクが辞める頃には相当製造数が減ってましたよね」
「何を作っても売れる時代じゃなくなったからなあ。コンビニが弁当や惣菜に本腰を入れ始めたら、うちのようなガタイだけがでかい旧態依然の工場はやっていけへん。そないなことは誰でも分かりよる。そやけど、進むのも退くのも簡単にでけんズータイは致命傷や」
工場長の口調に自嘲めいたものがあった。
中学を出てすぐ就職したのが、陣幕の前身でもある給食屋だと聞いている。工場長は陣幕の成り立ちから終幕まで付き合ったのだ。苦楽を共にした社長は三年前に他界し、後を継いだ社長の息子に、傾斜に弾みがついた陣幕の経営を立て直す能力はなかった。といって逃げ出すわけにもいかず、後見人的に工場長は最後まで付き合った。
「やあ」
「遅かったやないか。待たせんなよ」
機嫌の悪さを見せたが、幅は一向に気にしない。それが彼なのだ。神主の家に生まれ育った幅は、「わし、神の血統やさかいな」とごく普通に言ってのけ、聞くものをあ然とさせた。ただし、しょっちゅう聞かされると誰しも腹を立てる。嘲りと無視をもたらす。
「寂しいこっちゃ。信じられんけど」
幅は辺りを見回し、ため息を吐いた。
陣幕製造工場の正門に回った。白っぽい車が入り口を閉ざすように止められている。
門柱にはめられていた陣幕の銘板は見当たらない。外されてぽっかりあいた痕跡が、工場の運命を如実に語っている。
「どないする?」
「ともかく行ってみようや」
俊彦に引き返す気持ちはなかった。十年以上世話になった職場がどうなったのか、自分の目で確かめなければ納得できない。
クルマと門扉の間にある狭い隙間をすり抜けると工場に入った。
記憶に刻まれた光景は。ちゃんとそこにあった。しかし、静寂に包まれている。
いつも正門をくぐると、くぐもった色んな音が迎えてくれた。ボイラー音や製造ラインに設置された機械類のモーター音だった。
それがピタッと、完全に止まっている。
「ちょっと胸が詰まりよるわ」
「そや。夜なか中、ゴォーンゴォーン鳴っとったなあ。えろう静かになってしもてるがな」
人の気配を感じた。事務所の方だった。見やると、事務所からちょうど顔が覗いた。見知った顔だ。工場長、いや元工場長というべきだろう。でも俊彦にはやはり工場長だった。
「工場長。来てはったんですか?」
幅が能天気に声をかけた。
「なんや、君らか」
元工場長は俊彦らを思い出したようだ。その風貌は疲弊しきっている。白いものが目立つ頭と頬がそげた顔。何とも痛ましい。
正門を入った直ぐの所にあるベンチに並んで座った。
「大変やったですね、工場の方……」
口をへの字に閉じた気難しい顔の工場長と、居心地の悪さを隠せない幅に挟まれて息が詰まるので、俊彦は口火を切った。
「うん。まあ兆候は大分前からあったんや」
「ボクが辞める頃には相当製造数が減ってましたよね」
「何を作っても売れる時代じゃなくなったからなあ。コンビニが弁当や惣菜に本腰を入れ始めたら、うちのようなガタイだけがでかい旧態依然の工場はやっていけへん。そないなことは誰でも分かりよる。そやけど、進むのも退くのも簡単にでけんズータイは致命傷や」
工場長の口調に自嘲めいたものがあった。
中学を出てすぐ就職したのが、陣幕の前身でもある給食屋だと聞いている。工場長は陣幕の成り立ちから終幕まで付き合ったのだ。苦楽を共にした社長は三年前に他界し、後を継いだ社長の息子に、傾斜に弾みがついた陣幕の経営を立て直す能力はなかった。といって逃げ出すわけにもいかず、後見人的に工場長は最後まで付き合った。