難聴者の生活

難聴者の日々の生活から、人工内耳など難聴者のコミュニケーション、聴覚障害者の制度改革について語る。

人工内耳と補聴器併用の理由

2008年12月08日 20時20分29秒 | 人工内耳
081207-Xマス172510.jpg補聴器で言葉がよく聞き取れずにいた。高い音が聞こえない感音性難聴だからだ。加齢とともにもっと聴力が低下して、かつ高音が聞き取れなくなるのは目に見えていた。

人工内耳は電極を蝸牛の中に挿入し、内耳を通さずに聴神経を刺激する。らせんを巻く蝸牛の手前部分が高い音で奥に行く程低い音を感じる。人工内耳は手前から挿入され奥まで電極が届かないが手前の高い音はしっかり聞こえるはずだ。
高い音を人工内耳で補えば低い音しか聞こえない補聴器は、明瞭に聞こえるはずだと考えた。

人工内耳だけではそこまで聞こえないが、両耳装用で聞こえていればそれでいいじゃんという考えだったが、ドクターも同じ考えを持っていた。
さらに、使い慣れている補聴器と併用することで、聞き取りがスムーズに(連続的に)向上するのではとも考えた。

補聴器と人工内耳を使っていると必ず補聴器側の聞こえがおかしくなる。
つまり、人工内耳の音が補聴器の聞こえの邪魔をするのだ。
しかし、それでも我慢して聞いているとちゃんと聞こえるようになるのだが、そこのところを確信していないと、みな補聴器より人工内耳の方が聞こえると言って、途中で補聴器をはずしてしまうみたいだ。

人工内耳と補聴器を併用すると、反響して聞こえるので頭の中で補聴器の音と時間的な差があるとかよく言われるが、そうではなく補聴器と人工内耳の聞こえ方が違うため、脳で一体的に聞く回路が出来ていないからだ。


ラビット 記




人工内耳で聞こえたばかりに「???」。

2008年12月08日 20時20分13秒 | 人工内耳
081208-183321.jpg今日の昼の食堂で若い女性社員との会話。

女性社員「今日もカレー?」

こちらの胸の内(またって何かな?確かにレトルトのカレーを食べているけれど、初めてだし。)
「先週、カレーが続いたけれどね。」

女性社員「だってTさん、いつもカレーなんだもん。」

こちらの胸の内(???、ああ分かった!中年のおじさんたちはいつも安価なレトルトで済ませているっとことね。ガクッ。そりゃあ105円だけれど。おじさんたちの生活は厳しいんだゾ。)

この若い女性社員の声は高い声なので、パッと言われてしまうと補聴器では聞きにくかった。今回は「Tさん」という別の営業マンの名前が聞こえたのだ。


ラビット 記
写真:病院のロビーを走っている模型の汽車の側を通ったらガタンガタンと音を出しているのが聞こえて驚いた。




人工内耳と補聴器併用1年目の聴力

2008年12月08日 18時24分25秒 | 人工内耳
081208-163908.jpg081208-165013.jpg今日の聴力検査の結果。



     9月   12月
単音 38% → 35%
単語 50% → 84%
文章 87% → 95%

人工内耳コクレア フリーダム アドロ
補聴器スターキー ディスティニー1200 
※9月というのはマップを変えてから1カ月後。

1年経って、両耳でここまで聞こえるようになった。静かな検査室で、スピーカーからでる音や言葉を聞く検査の場合だが。
実際の生活の場面は多様だし、音が大きく変化しているのでどう使いこなしていくか。

昨日は補聴器と人工内耳の両方をテレコイルモードにしているとかなり聞こえていた。プロの業者によって磁気ループが設置されていたので、出力が十分にあって聞こえていたのだろう。。

単音の聞き取り率を上げるためには、朗読CDの聞く「訓練」が効果があるのでちゃんと聞くように言われてしまった。
また、サ行の発音がタ行に転化したり、抜け落ちていると指摘された。やらなくっちゃ。


ラビット 記




「聴覚補償リハビリテーション」の意味

2008年12月08日 15時08分22秒 | 福祉サービス
081207-172448.jpg全難聴が主催した「聴覚補償リハビリテーション」シンポジウムが12月6日、7日と戸山サンライズで開かれた。

聴覚補償、聴覚活用、聴覚管理と似たような言葉が飛び交い、そこへ「聞こえの3段階」も出てきて、参加者も戸惑ったのではないか。

聴覚補償は自らの聞こえを補うことで、聴覚障害者に対する外からの支援である情報保障とは区別される。
補聴器や人工内耳で自分の持つ能力、聴覚の再獲得であると定義された。

一方のリハビリテーションは機能訓練のような狭い意味ではなく、人間的尊厳を取り戻すための活動と支援を表すとされた。

「聴覚補償リハビリテーション」は、「聴覚補償は直接的に自身の残された聞くという機能を再獲得すると同時に、自己実現をはかり、難聴者としてのアイデンティティを確立すること」、「情報保障を活用して、自己実現や個として人間としての尊厳を回復する」(まとめより)と位置づけられた。


個々のパネラーの報告はそれぞれの専門家の報告であり、体験発表であり、新鮮に感じ、得るものは多かった。しかし、それらがテーマの「聴覚補償リハビリテーション」にどの部分で関わっているのか、どこをどれと結びつけるのか見えていない。
難聴者はどこで何をすればよいのか、まだ何も整理されていない。

道なかばどころかまだ一歩を歩み始めたばかりだ。


今日は人工内耳装着から1年目の聴力検査の日だ。

ラビット 記