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【転載記事】ICJ(国際司法裁判所)によるイスラエルに対する「ジェノサイド防止命令」の日本語訳(その1)

2024-02-20 18:15:15 | その他(海外・日本と世界の関係)
1月26日、国際司法裁判所(ICJ)は南アフリカ共和国の提訴に基づき、イスラエルに対しジェノサイド(大量虐殺)を防止するために必要な措置を取るよう命令を出した。ICJは警察や軍などの「暴力装置」を持たないため、この判決をイスラエルに対し物理的に強制することはできないものの、国際法としての法的拘束力を持つことになる。

この判決文の日本語訳が待ち望まれていたが、小倉利丸さんによる日本語訳が完成したので、以下、全文をご紹介する。国際社会がイスラエルの行動を「犯罪、蛮行」と認めた画期的な文書を、このまま埋もれさせるわけにいかない。なお、当ブログの文字数制限を超えるため、2回に分けて掲載する。

また、印刷用PDF版も公開されている。

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小倉利丸 : 国際司法裁判所による保全措置命令の日本語訳全文を公開(JCA-NET)

国際司法裁判所

2024年1 月 26 日 付託事件リストNo.192

ガザ地区におけるジェノサイド犯罪の防止と処罰に関する条約適用の申立て

(南アフリカ対イスラエル)

仮保全措置の提示要求

決定

出席者
ドナヒュー裁判長、ゲボーギアン副裁判長、トムカ裁判官、アブラハム裁判官、ベニューナ裁判官、ユーセフ裁判官、シュエイ裁判官、セブティンデー裁判官、バンダーリ裁判官、ロビンソン裁判官、サラーム裁判官、イワサワ裁判官、ノーテ裁判官、チャールスワース裁判官、ブラント裁判官、バラク特任裁判官、モセヌケ特任裁判官
ゴティエ書記官

国際司法裁判所は上記で構成され、審議の結果裁判所規程第41条および第48条、ならびに裁判所規則第73条、第74条および第75条を考慮して、以下に示す通り決定する:

1.南アフリカ共和国(以下「南アフリカ」)は2023年12月29日、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約(以下「ジェノサイド条約」または「条約」)に基づく義務のガザ地区における違反の疑いに関し、イスラエル国(以下「イスラエル」)に対する申立手続を開始するこの申立書を当裁判所書記官に提出した。

2.この申立書の最後で、南アフリカは、以下のように述べた。
「謹んで裁判所に以下の判断を下すとの宣言を求める、すなわち、
(1)南アフリカ共和国およびイスラエル国はそれぞれ、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、パレスチナ人集団の構成員との関係において、ジェノサイドを防止するために、その力の及ぶ範囲内であらゆる合理的な措置を講じる義務があり、
(2) イスラエル国にあっては、
(a)ジェノサイド条約に基づく義務、特に第1条とともに、第2条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)、第4条、第5条および第6条に定める義務に違反し、かつ、違反し続けており、
(b)ジェノサイド条約、特に第1条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)、第4条、第5条および第6条に定める義務を完全に尊重し、パレスチナ人を殺害しもしくは殺害し続けることができるような行為もしくは措置、パレスチナ人に身体的もしくは精神的に重大な危害を与えもしくは与え続けることができるような行為もしくは措置、またはパレスチナ人の集団に故意に危害を与えるような行為もしくは措置を含めて、これらの義務に違反する行為もしくは措置を直ちに中止しなければならず、
(c)第1条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)に反してジェノサイドを犯した者、ジェノサイドを謀議した者、ジェノサイドを直接かつ公に扇動した者、ジェノサイドを企図した者およびジェノサイドに加担した者が、第1条、第4条、第5条および第6条の要請に従って、権限のある国内審判所または国際審判所によって処罰されることを確保しなければならず、
(d)上記の目的のために、また、第1条、第4条、第5条および第6条に基づく義務を促すために、ガザから避難した集団のメンバーを含め、ガザのパレスチナ人に対して行われたジェノサイド行為の証拠を収集し確保しなければならず、直接的または間接的なその証拠を収集し、保存することを確保することを許可するとともに、これを阻害してはならず、
(e)パレスチナの犠牲者の利益のために、賠償の義務を果たさなければならず、これには、強制的に避難させられたり、拉致されたりしたパレスチナ人の安全で尊厳ある帰還、完全な人権の尊重、さらなる差別や迫害、その他の関連行為からの保護、および第1条のジェノサイド防止義務に合致した、ガザでイスラエルが破壊したものの再建のための提供などが含まれるが、これらに限定されず、
(f)特に第1条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)、第4条、第5条および第6条に規定された義務におけるジェノサイド条約違反が繰り返されないよう保証と確約が提示されければならない。」

3.南アフリカはこの申立書において、裁判所規程第36条第1項およびジェノサイド条約第9条に基づき、当裁判所の管轄権の確認を求めている。

4.この申立書には、規程第41条および裁判所規則第73条、第74条、第75条に基づき提出された仮保全措置の提示を求める請求が含まれていた。

5.南アフリカは申立書の最後で、以下の仮保全措置を提示するよう裁判所に求めた。

(1)イスラエル国は、ガザ内およびガザに対する軍事行動を直ちに停止しなければならないこと。
(2)イスラエル国は、自国の指示、支援または影響を受けている軍隊または非正規武装部隊並びに自国の管理、指示または影響を受ける可能性のあるすべての団体および個人が、上記(1)の軍事作戦を助長するような措置をとらないことを確保すること。
(3)南アフリカ共和国およびイスラエル国は、それぞれ、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、パレスチナの人々との関係において、ジェノサイドを防止するため、その権限内にあるすべての合理的な措置をとるものとすること。
(4)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約により保護される集団としてのパレスチナの人々との関係において、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、特に同条約第2条の範囲内の下記の一切の行為の遂行をやめるものとする。
(a) 集団構成員を殺害すること、
(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、
(d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(5)イスラエル国は、上記(4)(c)に従い、パレスチナ人との関係において、下記の事項を行うことをやめ、その権限内で下記の事項を防止するために、命令、制限、および/または禁止事項を撤回することを含め、あらゆる手段を講じなくてはならない。
(a) 住居からの追放と強制移住、
(b) 以下の剥奪、
(i) 十分な食料と水へのアクセス、
(ii)十分な燃料、避難所、衣服、衛生、下水設備へのアクセスを含めた、人道支援へのアクセス、
(iii) 医療の供給と医療支援、
(c) ガザのパレスチナ人の生活破壊。
(6)イスラエル国は、パレスチナ人との関係において、その軍隊ならびにその軍隊の指揮、支援またはその他の影響を受ける非正規の武装部隊または個人、およびイスラエルの管理、指示または影響を受ける可能性のある組織および個人が、上記(4)および(5)に掲げる行為を行わないこと、またはジェノサイドを行うことを直接かつ公然と教唆しないこと、ジェノサイドの実行を共謀しないこと、ジェノサイドの実行を企てないこと、ジェノサイドの実行もしくはジェノサイドに加担することに関与しないことを確保するものとし、それらの行為に関与した場合はジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約の第1条、第2条、第3条および第4条に従ってその処罰に向けた措置がとられることを確保する。
(7)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約第2条の範囲内の行為の申立てに関連する証拠の破壊を防止し、その保全を確保するための効果的な措置をとるものとする。そのため、イスラエル国は、当該証拠の保全とその継続を確保することを支援する事実調査団、国際委任団、その他の機関によるガザへのアクセスを拒否または制限するような行為を行ってはならない。
(8)イスラエル国は、この決定を実現するためにとられたすべての措置に関する報告を、この決定の日から1週間以内に裁判所に提出するものとし、その後、裁判所がこの事件に関する最終決定を下すまで、裁判所が命じる定期的な間隔で報告書を提出するものとする。
(9)イスラエル国は、裁判所に提起されている紛争の悪化または拡大、あるいはその解決を困難にするようないかなる行動も慎み、かつ、当該行為が行われないことを確保するものとする。」
6.副書記官は、裁判所規程第40条第2項および裁判所規則第73条第2項に従い、仮保全措置の提示の請求が含まれる本申立書をイスラエル政府に直ちに通告した。同書記官はまた、南アフリカがこの申立ておよび仮保全措置の提示を求める要請を提出したことを国際連合事務総長にも通知した。

7.裁判所規程第40条第3項により規定された通知期間内に、副書記官は2024年1月3日付の書簡により、当裁判所に出廷する権利を有するすべての国に対し、この申立ておよび仮保全措置の提示が請求されたことを通知した。

8.同裁判所は、裁判席にいずれの当事国の国籍を有する裁判官も含んでいなかったため、各当事国は、裁判所規程第31条によって与えられている、この裁判に特任裁判官を選任する権利を行使した。南アフリカはディカン・アーネスト・モセヌケ氏を、イスラエルはアーロン・バラク氏を選択した。

9.2023年12月29日付の書簡により、副書記官は裁判所規則第74条第3項に従い、裁判所が仮保全措置の提示請求に関する口頭手続の期日として2024年1月11日と12日を定めたことを当事国に通知した。

10.公聴会では、仮保全措置の提示に関する口頭陳述が次の各人により行われた:

南アフリカを代表して ヴシムジ・マドンセラ氏、ロナルド・ラモーラ氏、アディラ・ハシーム氏、テンベカ・ンガトゥビ氏、ジョン・デュガート氏、マックス・デュ・プレシー氏、ブリン・ニ・グラーレー氏、ヴォーン・ロウ氏
イスラエルを代表して タル・ベッカー氏、マルコム・ショー氏、ガリット・ラジュアン氏、オムリ・センダー氏、クリストファー・ステイカー氏、ギラト・ノーアム氏

11.南アフリカは口頭意見陳述の最後に、以下の仮保全措置を提示するよう裁判所に求めた。

「 (1)イスラエル国は、ガザ内およびガザに対する軍事行動を直ちに停止しなければならないこと。
(2)イスラエル国は、自国の指示、支援または影響を受けている軍隊または非正規武装部隊並びに自国の管理、指示または影響を受ける可能性のあるすべての団体および個人が、上記(1)の軍事作戦を助長するような措置をとらないことを確保すること。
(3)南アフリカ共和国およびイスラエル国は、それぞれ、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、パレスチナの人々との関係において、ジェノサイドを防止するため、その権限内にあるすべての合理的な措置をとるものとすること。
(4)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約により保護される集団としてのパレスチナの人々との関係において、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、特に同条約第2条の範囲内の下記の一切の行為の遂行をやめるものとする。
(a) 集団構成員を殺害すること、
(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、
(d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(5)イスラエル国は、上記(4)(c)に従い、パレスチナ人との関係において、下記の事項を行うことをやめ、その権限内で下記の事項を防止するために、命令、制限、および/または禁止事項を撤回することを含め、あらゆる手段を講じなくてはならない。
(a) 住居からの追放と強制移住、
(b) 以下の剥奪、
(i) 十分な食料と水へのアクセス、
(ii)十分な燃料、避難所、衣服、衛生、下水設備へのアクセスを含めた、人道支援へのアクセス、
(iii) 医療の供給と医療支援、
(c) ガザのパレスチナ人の生活破壊。
(6)イスラエル国は、パレスチナ人との関係において、その軍隊ならびにその軍隊の指揮、支援またはその他の影響を受ける非正規の武装部隊または個人、およびイスラエルの管理、指示または影響を受ける可能性のある組織および個人が、上記(4)および(5)に掲げる行為を行わないこと、またはジェノサイドを行うことを直接かつ公然と教唆しないこと、ジェノサイドの実行を共謀しないこと、ジェノサイドの実行を企てないこと、ジェノサイドの実行もしくはジェノサイドに加担することに関与しないことを確保するものとし、それらの行為に関与した場合はジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約の第1条、第2条、第3条および第4条に従ってその処罰に向けた措置がとられることを確保する。
(7)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約第2条の範囲内の行為の申立てに関連する証拠の破壊を防止し、その保全を確保するための効果的な措置をとるものとする。そのため、イスラエル国は、当該証拠の保全とその継続を確保することを支援する事実調査団、国際委任団、その他の機関によるガザへのアクセスを拒否または制限するような行為を行ってはならない。
(8)イスラエル国は、この決定を実現するためにとられたすべての措置に関する報告を、この決定の日から1週間以内に裁判所に提出するものとし、その後、裁判所がこの事件に関する最終決定を下すまで、裁判所が命じる定期的な間隔で報告を提出し、裁判所はそれを公表するものとする。
(9)イスラエル国は、裁判所に提起されている紛争の悪化または拡大、あるいはその解決を困難にするようないかなる行動も慎み、かつ、当該行為が行われないことを確保するものとする。」

12.イスラエルは口頭意見陳述の最後に、当裁判所に対し次のように要請した。

「 (1) 南アフリカが提出した仮保全措置の提示要求を却下すること。
(2) 本案件を付託事件リストから削除すること」。

I. 緒言
13.当裁判所はまず、本件が提起された直接的な背景を想起することから始める。2023年10月7日、ハマースをはじめとするガザ地区に存在する武装集団がイスラエルで攻撃を行い、1,200人以上が死亡、数千人が負傷、約240人が拉致され、その多くが人質として拘束され続けている。この攻撃の後、イスラエルは陸・空・海による大規模な軍事行動をガザで開始し、大規模な民間人の死傷者、民間インフラの大規模な破壊、ガザの圧倒的多数の民間人の避難を引き起こしている(下記のパラ46を参照)。当裁判所は、この地域で生じている人間の惨事の大きさを痛感し、人命の損失と人的被害が続いていることに深い懸念を抱いている。

14.ガザで進行中の紛争は、国際連合の複数の機関や専門機関の枠組みで扱われてきた。特に、国際連合総会(2023年10月27日に採択された決議A/RES/ES-10/21および2023年12月12日に採択された決議A/RES/ES-10/22を参照)および安全保障理事会(2023年11月15日に採択された決議S/RES/2712(2023)および2023年12月22日に採択された決議S/RES/2720(2023)を参照)では、紛争の多くの側面に言及する決議が採択されている。しかし、南アフリカはジェノサイド条約に基づき本手続を提起したため、当裁判所に提出されている本件の範囲は限定的である。

II. 一応の管轄権

1. 予備的所見

15.当裁判所は、その管轄権を基礎づける根拠が申請者の依拠した規定により一応のところ与えられると見られる場合に限り仮保全措置を提示することができるが、本件の本案に関して管轄権を有することを確定的に満足させる必要はない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)、仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (I), pp.217-218,パラ24参照)。

16.本件において南アフリカは、裁判所規程第36条第1項およびジェノサイド条約第9条(上記パラ3参照)に基づき、当裁判所の管轄権の確認を求めている。従って、当裁判所は、これらの規定が本件の本案に関する管轄権を当裁判所に一応のところ付与し、他の必要条件が満たされた場合には仮保全措置を提示することを可能にするものであるかをまず判断しなければならない。

17. ジェノサイド条約第9条は次のように規定する:

「本条約の解釈、適用または履行に関する締約国間の紛争は、ジェノサイドまたは他の第3条に列挙された行為のいずれかに対する国の責任に関するものを含め、紛争当事国のいずれかの要求により国際司法裁判所に付託する。」

18.南アフリカとイスラエルはジェノサイド条約の締約国である。イスラエルは1950年3月9日に批准書を寄託し、南アフリカは1998年12月10日に加盟書を寄託した。いずれの締約国も、条約第9条またはその他の規定に対して留保を付していない。

2. ジェノサイド条約の解釈、適用、履行に関する紛争の存在

19.ジェノサイド条約第9条は、条約の解釈、適用、履行に関する紛争が存在することを当裁判所の管轄権の条件としている。紛争とは、当事者間の「法律上または事実上の見解の相違、法的見解の対立または利害の対立」である(マブロマチス特許事件、決定No.2, 1924, 常設国際司法裁判裁判所P.C.I.J., Series A, No.2, p.11)。紛争が存在するためには、「一方の当事者の主張が他方の当事者によって積極的に反対されていることが示されなければならない」(南西アフリカ(エチオピア対南アフリカ、リベリア対南アフリカ),暫定抗議,決定, I.C.J. Reports 1962, p.328)。両当事国は「特定の」国際的義務の履行または不履行の疑問に関して、明らかに反対の見解を持っていなければならない(カリブ海の海域における主権侵害の申立て(ニカラグア対コロンビア),暫定抗議, 決定, I.C.J. Reports 2016(I)、p.26,パラ50、これはブルガリア・ハンガリー・ルーマニア和平条約の解釈,第1段階、助言的意見,I.C.J. Reports 1950, p.74を引用する)。本件において紛争の存否を判断するために、当裁判所は、締約国の一方が条約の適用を主張し、他方がそれを否定していることを指摘することのみに制約されない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I), pp. 218-219,パラ 28参照)。

20.南アフリカは当裁判所の管轄権の根拠としてジェノサイド条約の仲裁手続条項を訴求しているため、手続の現段階において当裁判所はまた申立国が訴えている作為ないし不作為が事項的管轄としてその条約の範囲に含まれ得ると見られるものかを確認しなければならない。(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I)、p.219、パラ29)。

21.南アフリカは、ジェノサイド条約の解釈、適用、履行に関してイスラエルとの間に紛争が存在すると主張する。この申立ての提出に先立ち、南アフリカは、イスラエルによるガザでの行為がパレスチナ人に対するジェノサイドに相当するとの懸念を、公式声明や国連安全保障理事会および総会を含むさまざまな多国間の場で繰り返しかつ緊急に表明したと主張する。特に、南アフリカ国際関係協力省が2023年11月10日に発表したメディア向け声明に示されているように、同省の長官は2023年11月9日に駐南アフリカ・イスラエル大使と会談し、南アフリカは「ハマースによる民間人の攻撃を非難」する一方、10月7日の攻撃に対するイスラエルの対応を違法とみなし、パレスチナ情勢を国際刑事裁判所に付託し、イスラエルの指導者層を戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイドの容疑で調査を要請する意向であることを伝えた。さらに、2023年12月12日に再開されイスラエルが代表出席した第10回国連総会緊急特別会議では、南アフリカ国連代表が「ガザにおける過去6週間の出来事は、イスラエルがジェノサイド条約の観点からその義務に反して行動していることを物語っている」と具体的に述べた。申立国は、両当事国間の紛争がその時点ですでに具体化していたと考えている。南アフリカによると、[イスラエルの]外務省が2023年12月6日に発表し12月8日に更新した「ハマースとイスラエルの紛争2023:FAQ」と題する文書において、イスラエルはジェノサイドの非難を否定した。その中で特に、「イスラエルに対するジェノサイドの非難は、事実と法律の問題としてまったく根拠がないだけでなく、道徳的に嫌悪すべきものである」と述べている。申立国はまた、2023年12月21日に南アフリカ共和国の国際関係協力省がプレトリアのイスラエル大使館に公式書簡を送ったことにも触れている。この公式書簡の中で、ガザにおけるイスラエルの行為はジェノサイドに相当し、南アフリカはジェノサイドが行われるのを防ぐ義務があるという見解を繰り返したと主張している。申立国はイスラエルが2023年12月27日付の公式書簡で回答したと主張する。南アフリカはしかし、イスラエルがその公式書簡において南アフリカの提起した問題に対処できなかったと申立てた。

22.申立国はさらに、2023年10月7日の攻撃をきっかけにイスラエルがガザで行った行為は、すべてではないにせよ少なくとも一部がジェノサイド条約の規定に該当するという意見を述べている。申立国は、同条約第1条に反してイスラエルは「同条約第2条で特定されたジェノサイド行為を実行し、実行中」であり、「イスラエル、その当局者および/または代理人は、ジェノサイド条約で保護される集団の一部であるガザのパレスチナ人を意図的に破壊する行動に及んだ」と主張している。南アフリカによれば、問題となっているこれらの行為には、ガザのパレスチナ人を殺害し、身体的・精神的に深刻な危害を加え、身体的破壊をもたらすような生活条件を与え、ガザの人々を強制移住させる行為が含まれる。南アフリカはさらに、イスラエルが「ジェノサイド条約第3条および第4条に反して、ジェノサイド、ジェノサイドの謀議、ジェノサイドの直接的および公然の扇動、ジェノサイド未遂、ジェノサイドへの加担、の、いずれをも防止ないし処罰をしなかった」と主張している。

23.イスラエルは、南アフリカがジェノサイド条約第9条に基づく当裁判所の一応の管轄権を証明していないと主張する。まず、イスラエルは、南アフリカがこの申立てを行う前に、ジェノサイドの申立てに応答する合理的な機会をイスラエルに与えなかったため、当事国間に紛争は存在しないと主張する。イスラエルは、一方では、南アフリカがイスラエルをジェノサイドで公然と非難し、パレスチナ情勢を国際刑事裁判所に付託すると公言したこと、他方では、イスラエル外務省が公表した文書は、直接、あるいは間接的にも南アフリカに宛てたものではなく、当裁判所の判例が要求する見解の「積極的対立」の存在を証明するには不十分であると述べる。2023年12月21日付の南アフリカ共和国の公式書簡に応答する2023年12月27日付の在プレトリア・イスラエル大使館から南アフリカ共和国国際関係協力省への公式書簡において、南アフリカ共和国が提起した問題を協議するための両当事国間の会合をイスラエルが提案していたこと、この対話の試みは南アフリカ共和国によって相当時間無視されたと被申立国は強調する。イスラエルは、この申立ての提起前に両国の間で二国間交流がなかったにもかかわらず、南アフリカがイスラエルに対して一方的に主張したことは、紛争の存在をジェノサイド条約第9条に従って立証するには不十分であると考えている。

24.イスラエルはさらに、パレスチナ人の全部または一部を破壊する必要かつ特定の意図が一応の根拠に基づいても証明されていないため、南アフリカが指摘した行為がジェノサイド条約の規定には当てはまらないと主張する。イスラエルによれば、2023年10月7日の残虐行為の後、ハマースによるイスラエルへの無差別ロケット攻撃に直面したイスラエルは、自国を防衛し、自国に対する脅威を終結させ、人質を救出する意図を持って行動した。さらにイスラエルは、民間人の危害を軽減し人道支援を促進する施策の実施によってジェノサイドの意図がないことが示されていると付け加えた。イスラエルは、本戦争の勃発以来、イスラエルの関係当局が行ったガザ紛争に関する公式決定、特に国家安全保障問題閣僚委員会および戦時内閣、ならびにイスラエル国防軍の作戦本部が行った決定を注意深く検討すれば、民間人への危害を回避し、人道支援を促進する必要性に重点が置かれていることがわかると主張する。そのためこれらの決定にはジェノサイドの意図がなかったことが明確に示されているとの見解を有する。

25.
当裁判所は、この申立ての提起時に両当事国間の紛争の存否を判断する目的で、両当事国間で交換された声明または文書、および多国間でのそのような交換を特に考慮することを想起する。その際、声明または文書の作成者、意図された宛先または実際の宛先、およびその内容に特に注意を払う。紛争の存否は当裁判所が客観的に判断する問題である。すなわち、実質を問題にするのであり、形式や手続の問題ではない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I), pp. 220-221,パラ 35 参照)。

26.当裁判所は、この申立ての提起時に両当事国間の紛争の存否を判断する目的で、特に南アフリカが多国間および二国間のさまざまな場で公式声明を発表し、その中でガザにおけるイスラエルの軍事行動の性質・範囲・程度に照らして、イスラエルの行動はジェノサイド条約の下での義務違反に相当するとの見解を表明したことに留意する。例えば、イスラエルが代表として出席して2023年12月12日に再開された第10回国連総会緊急特別会期では、南アフリカ国連代表は、「ガザにおける過去6週間の出来事は、イスラエルがジェノサイド条約の観点からの義務に反して行動していることを物語っている」と述べた。南アフリカは、プレトリアのイスラエル大使館に宛てた2023年12月21日付の通知で、この声明を想起した。

27.当裁判所は、この申立ての提起時に両当事国間の紛争の存否を判断する目的で、特に、イスラエルが、イスラエル外務省による2023年12月6日発表の文書で、ガザ紛争に関連するジェノサイドの非難を退けていることに留意する。この文書はその後更新され、2023年12月15日にイスラエル国防軍のウェブサイトに「ハマースとの戦争、あなたの最も切実な疑問に答える」というタイトルで掲載され、そのなかで、「イスラエルに対するジェノサイドの非難は、事実と法律の問題としてまったく根拠がないだけでなく、道徳的に極めて不快なものだ」と述べている。この文書でイスラエルはまた、「ジェノサイドという非難は、...法的にも事実的においても支離滅裂であるだけでなく、非常識である」とし、「ジェノサイドというとんでもない非難には、事実上も法律上も正当な根拠がない」と述べている。

28.以上のことから、当裁判所は、イスラエルがガザで行ったとされる特定の作為または不作為が、イスラエルのジェノサイド条約に基づく義務に対する違反に相当するか否かについて、両当事国が明らかに正反対の見解を持っているように見えると考える。当裁判所は、ジェノサイド条約の解釈、適用、履行に関する両当事国間の紛争の存在を一応確立するには、現段階では上記の要素で十分であると判断する。

29.申立国が主張する作為または不作為がジェノサイド条約の規定に該当する可能性の有無に関して、当裁判所は、南アフリカが、イスラエルはガザでのジェノサイドの実行、およびジェノサイド行為の防止と処罰を怠った責任を負うと考えていることを想起する。南アフリカは、イスラエルがジェノサイド条約の下で、「ジェノサイドを犯すための共同謀議、ジェノサイドへの直接かつ公然の教唆、ジェノサイドの未遂、ジェノサイドの共犯」に関する義務を含む他の義務にも違反していると主張している。

30.本手続の現段階では、ジェノサイド条約に基づくイスラエルの義務違反の有無を確認する必要はない。かかる確認は、本件の本案審査の段階においてのみ、当裁判所が行うことができる。すでに示しているように(上記パラ20参照)、仮保全措置の提示請求に対する決定を発する段階で当裁判所の任務は、申立国によって提起された行為および不作為がジェノサイド条約の規定に該当する可能性の存否を確認することである(cf.ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I), p. 222,パラ43)。当裁判所の見解では、イスラエルがガザで行ったと南アフリカが主張する行為および不作為の少なくとも一部は、条約の規定に該当する余地があると思料する。

3. 一応の管轄権に関する結論

31.以上のことから、当裁判所は、ジェノサイド条約第9条に基づき、本件を受理し管轄権を有する裁判所であると一応の結論を得た。

32.以上の結論から、当裁判所は、本件を付託事件リストから削除するというイスラエルの要請に応じることができないと思料する。

III. 南アフリカの原告適格

33.当裁判所は、被申立人が本件手続において申立人の原告適格を否認していないことに留意する。当裁判所は、ジェノサイド条約の申立て(ガンビア対ミャンマー)に関してジェノサイド条約第9条が同じく提起されていた事件について、同条約のすべての締約国が、同条約に含まれる義務を履行するよう努めることによって、ジェノサイドの防止、抑制および処罰を確保する共通の利益を有することを認めたことを想起する。このような共通の利益が意味するところは、当該義務が当該条約のいかなる当事国もその他すべての当事国に対して負うのであって、各当事国がいかなる事件においても義務を遵守するに当たって利害を有するという意味において、あらゆる当事国を拘束する義務であるということである。ジェノサイド条約における当該義務を遵守することにあたって共通の利害は必然的に、いかなる当事国も、区別なく、あらゆる当事国を拘束するその義務の違反があると主張して、他の当事国に責任があると訴える権限があることを意味する。したがって、当裁判所は、ジェノサイド条約のいかなる当事国も、同条約に基づくすべての当事国を拘束する義務を履行することを怠ったと主張して、その有無を決定し、かつ、そのような懈怠を解消することを目的として、当裁判所に訴えを提起することを含めて、他の当事国に責任があると訴えることが許されることを認めている(ジェノサイド条約の適用申立て(ガンビア対ミャンマー)予備的異議申立て、判決、I.C.J.Reports 2022 (II), pp. 516-517,パラ 107-108 and 112)。

34.当裁判所は、一応のところ、南アフリカがイスラエルに対して、ジェノサイド条約に基づく義務違反があると主張することについて原告適格があると結論する。

IV. 保護が求められている人の権利および当該権利と請求される措置との関係

35.当裁判所が規程第41条に基づいて仮保全措置を提示する権限の対象は、ある事件において当事者の主張するそれぞれの権利の功罪を判断するまでの間、その権利を保全することである。したがって、当裁判所が関与するのは、そのような措置によって、いずれかの当事者に属するとされる権利の保全に関わるものに限られる。それゆえ、当裁判所によるこの権限の行使が許されるのは、そのような措置を求める当事者が主張する権利が少なくとも存在の可能性がある場合に限られる(たとえば、ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 224,パラ 51)。

36.しかしながら、この段階において、当裁判所に求められていることは、南アフリカが保護されることを希望する権利が存在するかどうかについて最終的に決定することではない。当裁判所が求められているのは、南アフリカがその存在を主張し保護を求めている権利が一応確かに存在するかどうかを決定することだけである。さらに、保護を求めれている権利と請求されている仮保全措置との相関関係がなければならない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 224,パラ 51)。

37.南アフリカが主張していることは、ガザのパレスチナ人の権利およびジェノサイド条約に基づくその固有の権利を保護することである。南アフリカの主張は、ガザ地区におけるパレスチナ人の権利が、ジェノサイド、ジェノサイドの未遂、ジェノサイドの直接かつ公然の扇動、ジェノサイドの共犯およびジェノサイドの共謀などの行為から保護されることに及ぶというものである。本件申立ては、ジェノサイド条約がある集団またはその一部の破壊を禁止していると主張し、ガザ地区のパレスチナ人が、「ある集団に属するがゆえに、ジェノサイド条約によって保護される」と述べている。南アフリカはまた、ジェノサイド条約の遵守を保証する権利があり、その権利の保護を求めるという主張もしている。南アフリカは、当該権利が、ジェノサイド条約の「可能な解釈に基づく」ものであるから、「少なくとも一応存在する」と主張している。

38.南アフリカは、当裁判所に提示した証拠が「ジェノサイドの行為の相応な程度の主張を正当とする行為および関連する故意の一連のパターンを議論の余地なく示すものである」と主張している。その主張によれば、とりわけ、ジェノサイドの故意をもって次の行為が実行されているとし、すなわち、殺害、重大な肉体および精神的な傷害を生じさせること、集団の全部もしくは一部の身体的な損傷を生じさせることを意図した生活状態を集団に課すこと、および集団内における出生を妨げる意図をもった措置を課す行為がこれである。南アフリカによれば、ジェノサイドの故意は、イスラエルの軍事攻撃を行うやり方、イスラエルのガザにおける行動の明白なパターンおよびガザ地区における軍事作戦行動に関するイスラエル将校が行った発言から判断して明白である。本件申立てはまた、「イスラエル政府がこのようなジェノサイドの扇動を断罪したり、防止したり、処罰したりすることを意図的に怠っていること自体が、ジェノサイド条約の重大な違反に当たる」と主張する。南アフリカが強調するのは、被申立人がハマースを破壊するという発言をしたことは、その意図にかかわらず、ガザにおけるパレスチナ住民の全部または一部に対するジェノサイドの故意を没却するものではないことである。

39.イスラエルの主張は、この仮保全措置の段階では、当裁判所はある事件において当事国が主張する権利が一応確かに存在することを証明しなければならず、「単に主張された権利が一応確かに存在すると宣言するだけでは不十分である」という点にある。被告によれば、当裁判所はまた、相当する文脈において事実の主張を考慮し、主張される権利の侵害の可能性の問題も含めて考慮しなければならないことになる。

40.イスラエルは、ガザにおける紛争のための適切な法的な枠組みは国際人道法の枠組みであって、ジェノサイド条約の枠組みではないと主張する。都市における戦闘では、民間人の死傷は軍事目標に対する適法な武力の行使から生じた意図せざる結果である可能性があり、ジェノサイド行為に当たらないと主張する。イスラエルは、南アフリカが根拠において事実を誤って表現していると思料して、作戦行動を取る場合にガザにおける人道的な活動を通じて被害や苦痛を軽減するように努めていることが、ジェノサイドの意図があるといういかなる主張をも退ける――少なくとも、これを否定する方向で作用する――と述べている。被申立人によれば、南アフリカが提示するイスラエル士官の発言は、「せいぜいのところ誤解を生む程度のもの」であって、「政府の政策に合致するもの」ではない。イスラエルはまた、「とりわけ、民間人に対する意図的な危害を呼びかけるいかなる発言も、……教唆罪を含む犯罪行為に当たる」ものであって、かつ、「現在のところ、いくつかのそのような案件は、イスラエルの法執行当局によって審査されている」という司法長官の最近の発言に留意するよう求めた。イスラエルの見解においては、ガザ地区におけるこれらの発言も行動パターンも、ジェノサイドの故意の「想定される推定」を生じさせるものではない。いずれにせよ、イスラエルは、仮保全措置の目的が両当事国の権利を保全することにあるから、当裁判所は本件において南アフリカおよびイスラエルのそれぞれの権利を考慮し、バランスを取らねばならないと主張する。被申立人は、2023年10月7日に発生した攻撃の結果として捉えられ拘束されている人質を含むイスラエルの市民を保護する責任を負っていることを強調している。したがって、イスラエルは、その自衛の権利が本状況のいかなる評価にとっても必至であると主張する。

41.当裁判所は、条約第1条に従って、その締約国はすべて、ジェノサイド犯罪を「防止し、かつ、処罰する」ことを取り組んできたことを想起する。第2条は次のとおり規定する。

「ジェノサイドとは、民族的、人種的、種族的または宗教的な集団を全部または一部破壊する意図をもって行われた次の行為のいずれをも意味する。
(a) 集団の構成員を殺すこと、
(b)集団の構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を集団に対して課すること、
(d)集団内における出生を妨げることを意図する措置を課すること、
(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。」

42.ジェノサイド条約第3条に従い、次の行為もまた同条約によって禁止される:ジェノサイドの共謀(第3条(b))、ジェノサイドの直接かつ公然の扇動(第3条(c))、ジェノサイドの未遂(第3条(d))およびジェノサイドの共犯(第3条(e))。

43.ジェノサイド条約の規定は、民族的、種族的、人種的または宗教的な集団を第3条に列挙するジェノサイドまたはその他いかなる可罰的な行為から保護することを目的としている。当裁判所は、ジェノサイド条約の下において保護される集団の構成員の権利とこの条約の締約国に課される義務およびいかなる締約国の他の締約国によってこれらの義務を遵守することを求める権利との間には相関関係があると思料する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ガンビア対ミャンマー)仮保全措置、2020年1月23日の決定、I.C.J.Reports 2020, p. 20,パラ 52)。

44.当裁判所は、行為がジェノサイド条約第2条に当たるためには、

「特定の集団のすくとなくとも相当な部分を破壊することを意図したものでなければならない。このことは、ジェノサイド犯罪の本質そのものによって必要とされる。というのも、この条約の目標かつ目的は、全体として、集団の意図的な破壊を防止することになるので、目標となる部分は、全体としてその集団に衝撃を与えるのに十分な程度に意味あるものでなければならない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ボスニア・ヘルツェゴビナ対モンテネグロ)判決、I.C.J.Reports 2007(1), p. 126,パラ 198)。」

45.パレスチナ人は、はっきりとした「民族的、人種的、種族的または宗教的な集団」を構成するように思われ、したがってジェノサイド条約第2条の意味における保護される集団を構成するように思われる。当裁判所は、国際連合の情報源に従って、ガザ地区のパレスチナ住民が200万人を超えるものであることを認める。ガザ地区のパレスチナ人は、保護される集団の実質的な部分を構成する。

46.当裁判所は、2023年10月7日の襲撃に続いてイスラエルによって実行された軍事作戦行動が、大量の死傷者、並びにホームの大規模な破壊、住民の大多数の強制移住、民間施設の広範な損害をもたらしたことに注目する。ガザ地区に関する被害数を独立して検証することはできないが、最近の情報によれば、2万5700人のパレスチナ人が殺害され、6万3000人を超える人が負傷したと報道されており、36万の住居が破壊もしくは部分的に損壊され、ほぼ170万人が地域内で移住させられた(国連人道問題調整部(OCHA)、ガザ地区およびイスラエルにおける敵対行為――伝えられる衝撃、109日間(2024年1月24日)参照)。

47.当裁判所は、この点に関して、人道問題担当国連事務局次長兼緊急救助調整官マーティン・グリフィス氏による2024年1月5日になされた声明に留意する。

「ガザは死と絶望の場所となった。
……気温が急激に下がる中、複数の家族が露天で寝ている。民間人が安全のために移動するよう命じられた区域は、爆撃にさらされている。医療施設は容赦ない攻撃にさらされている。部分的に機能しているわずかばかりの病院も、外傷を受けた人々の対応に忙殺され、あらゆる物資が欠乏して危機的な状態にあり、安全を求めてやってきた死に物狂いの人々であふれかえっている。
公衆衛生の大惨事が広がっている。下水溝があふれかえっているので、超満員のシェルターの中では感染症が広がっている。このような混乱した最中でも、180人ほどのパレスチナ女性が毎日出産している。人びとは、これまで記録した中で最も高いレベルでの食糧危機に直面している。飢餓が差し迫っている。
とりわけ子どもたちにとって、これまでの12週間は衝撃的な経験であった。すなわち、食料はなく、水もなく、学校もなく、来る日も来る日も、恐ろしい戦争の足音だけしかない状態である。
ガザはまさに人が住めない状態にある。人びとは毎日、生存すらも脅かされる脅威に直面している。世界が見守っている中で。(OCHA「国連救援責任者:ガザでの戦争は終止すべきだ」マーティン・グリフィス氏による声明、人道問題担当国連事務局次長兼緊急救援調整官、2024年1月5日)」

48.ガザ北部への派遣の後、WHOは、2023年12月21日現在、次のように報告している。

「例を見ない数であるが、ガザにおける住民の93%が危機的なレベルでの飢餓に直面しており、食料が不足し、栄養不良が高いレベルで存在している。少なくとも4世帯に1世帯が『破滅的な状態』に直面しており、食料の極度の欠乏と飢えを経験しつつ、食べ物を得るためだけに身の回りのものを売却し、その他非常手段に頼らざるを得ない状態にある。明らかに飢餓、貧困、死がそこにある。」(WHO「飢えと疾病の致死的な組み合わせによってガザではさらに死者が増える状態になっている」2023年12月21日。また世界食糧計画「4人に1人が極度の飢餓状態にあってガザは崖っぷちにある」2023年12月20日も参照)。

49.当裁判所はさらに、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のフィリップ・ラザリーニ氏によって2024年1月13日に発せられた声明に留意する。

 「この荒廃をもたらしている壊滅的な戦争が始まってから100日になる。イスラエルの人々に対してハマースおよびその他の集団が実行した恐ろしい襲撃に続いて、この戦争はガザの人々を殺害し、移住させている。捕虜になった人々とその家族にとって、試練と不安の100日であった。
 これまでの100日間において、ガザ地区を縦断して休みなく続く爆撃は、住民の大量移住を引き起こし、その住民たちは、絶え間ない流れの中にあって、絶えず土地・建物を失わされ、夜通し退去を強制され、移動してもそこも安全ではないという状態にある。これは、1948年以来、パレスチナ住民の最も大規模な移住である。
 この戦争によって影響を受けた人は200万人を超える。つまりガザの全住民が影響を被っている。多くの人は、一生残る傷を、身体的にも精神的にも、負うことになる。その大部分の人たちは、子どもも含めて、深く傷ついている。
 UNRWAの超満員で不衛生なシェルターは、今や、140万人の人々の「ホーム」となっている。彼らは、あらゆるものが不足しており、食料から衛生やプライバシーに至るまでないものばかりである。人びとは非人間的な状態で生活しており、そこでは、子どもも含めて、病気がまん延している。彼らは、生活できない状態で生活しており、時計は急速に飢餓に向かって時を刻んでいる。
ガザにおける子どもの窮状は、とりわけ心が痛む。子どものあらゆる世代は、心に傷を負い、治癒するには何年もかかる状態にある。数千人の子どもが殺され、障害が残るほどの重傷を負い、孤児になった。数十万人の子どもが、教育を受けられないでいる。彼らの将来は危ういものであり、どこまでも続き、かつ、いつまでも続く悪い結果が予想される(「ガザ地区:死と破壊と移住の100日間」UNRWAフィリップ・ラザリーニ事務局長声明2024年1月13日)。」

50.UNRWAの事務局長はまた、ガザにおける危機は「人間性を奪う言葉によっていっそうひどくなっている」と述べている(「ガザ地区:死と破壊と移住の100日間」UNRWAフィリップ・ラザリーニ事務局長声明2024年1月13日)。

51.この点について、当裁判所は、イスラエルの高官らが発出した多数の声明に留意する。当裁判所はとりわけ、次の例に注意を喚起する。

52.2023年10月9日、イスラエルのヨアフ・ガラント国防大臣は、「ガザ市」の完全な包囲を命じたこと、またそこでは「電気もなくなり、食料もなくなり、燃料もなくなる」こと、並びに「すべてが封鎖(された)」ことを発表している。翌日、ガラント大臣は、ガザとの境界地帯にいるイスラエルの軍隊に向かって次のように述べた。

「私はあらゆる制限を解除した…。諸君は、我々が誰と戦っているのかを見た。我々は人間の顔をした動物と戦っているのである。これはガザのイスラム国である。これが、我々が戦っている相手である…。ガザは以前のような状態には戻ることはない。ハマースはなくなるであろう。我々はすべてせん滅するであろう。1日で成し遂げられないなら、1週間かかるであろうし、数週間あるいは数カ月かかるかもしれないが、我々はあらゆる場所に行くであろう。」
2023年10月12日、イスラエル大統領イツハク・ヘルツォグ氏は、ガザに触れて、次のように述べた。

「我々は国際法のルールに従って動いており、軍事作戦行動を行っている。一点の疑いもない。あそこにいる全民族こそが責任を負う。民間人は何も知らないとか、関わり合いがないというレトリックは真実ではない。これはまったく真実ではない。彼らは蜂起したのだ。彼らは、クーデタでガザを占拠した邪まな政権に立ち向かって戦うこともできたのだ。しかし、我々は戦争の最中にある。我々は戦争の最中にある。我々は戦争の最中にある。我々は我々の故国を防衛しているのだ。我々は我々のホームを防御しているのだ。これが真実だ。そして、民族がそのホームを保護するときは、民族は戦う。そして我々はやつらの背骨をへし折るまで戦う。」
2023年10月13日、イスラエルのエネルギーおよび社会基盤担当大臣(当時)であったイスラエル・カッツ氏は、X(以前のツイッター)で次のように述べた。

「我々はテロリスト組織ハマースと戦うことになり、これを破壊することになる。ガザにおけるあらゆる民間人は直ちに退去するよう命じる。我々は勝利するであろう。彼らは、この世から去るまで、一滴の水も一個の電池も受け取ることはないであろう。」

53.当裁判所はまた、37名の特別報告者、独立専門家、国際連合人権理事会作業部会のメンバーによる2023年11月16日の記者発表に留意し、そこにおいて「イスラエルの高官らが発した明白にジェノサイド的で人間性を否定する修辞発言」について警告を発していることを留意する。加えて、2023年10月27日、国際連合人種差別撤廃委員会は、「10月7日以降、パレスチナ人に対して向けられた人種的なヘイトスピーチや人間性を否定する発言が著しく増加していることに高い懸念を持つ」という意見を述べた。

54.当裁判所の見解において、上記の事実および事情は、南アフリカによって主張され、かつ、保護を求めている権利の少なくともいくつかが一応存在が推定されると結論付けるのに十分である。これは、ガザにおけるパレスチナ人のジェノサイドの行為および第3条に定める関連する禁止される行為から保護される権利に関する案件であり、この条約に基づくイスラエルの義務の遵守を求める南アフリカの権利に関する案件である。

55.当裁判所は今や、南アフリカによって主張されている一応存在が推定される権利と求められている仮保全措置との相関関係の要件について検討することにする。

56.南アフリカは、保護を求めている権利と南アフリカが請求している仮保全措置との間に相関関係が存在すると思料する。南アフリカは、とりわけ、ジェノサイド条約に基づくイスラエルの義務についてイスラエルが遵守することを確保するために、最初の6項目の仮保全措置を請求したのであり、最後の3項目は当裁判所における手続の完全性を保護し、その主張が公正に裁定される南アフリカの権利を保護することを目的とするものであると主張する。

57.イスラエルは、請求されている措置は、暫定的な根拠に基づいて権利を保護するのに必要とされるものを超えるものであると主張し、したがって保護を求めている権利との相関関係はないと主張する。被告は、とりわけ、南アフリカが求める第1条および第2条の措置(上記パラ11を参照)を認めることが、これらの措置が「ジェノサイド条約に基づく裁判権の行使の根拠となりえない権利の保護のためである」となるので、当裁判所の先例法を覆すものであると主張している。

58.当裁判所は、すでに(前記パラ54を見よ)、少なくともジェノサイド条約に基づいて南アフリカによって主張された権利のいくつかは一応存在が想定されると判断している。

59.当裁判所は、まさにその性質上、南アフリカが求めている仮保全措置のうち少なくともいくつかは、本件においてジェノサイド条約を根拠として南アフリカが主張する存在が推定される権利の保全を目的とするもの、すなわちガザにおいてパレスチナ人が第3条に規定するジェノサイドおよび関連する禁止された行為から保護される権利および条約に基づいたイスラエルの義務をイスラエルが履行することを遵守することを求める南アフリカの権利の保全を目的とするものである。それゆえ、南アフリカが主張する権利で、当裁判所が存在が推定されると判断した権利と請求された仮保全措置の少なくともいくつかとの間には相関関係がある。

V. 回復不能な損害のリスクと緊急性

60.当裁判所は、裁判所規程第41条に従って、裁判手続の主題である権利に対して回復不能な損害が生じうる場合またはそのような権利が軽視されていると主張され、その軽視によって回復不能な結果が生じる可能性がある場合において、仮保全措置を提示する権限を有する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 226,パラ 65)。

61.しかしながら、当裁判所のこの仮保全措置を提示する権限が行使されるのは、当裁判所が最終的決定を下す前に、主張されている権利に対して回復不能な損害が生じる現実かつ差し迫ったリスクが存在するという意味において、緊急性が存在する場合に限られる。当裁判所が本件において最終決定を下す前に、回復不能な損害を生じさせる可能性がある行為が「いかなる時にも行われる」可能性が存在する場合に、緊急性の要件が充足される(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 227,パラ66)。当裁判所は、それゆえ、本件手続のこの段階において、そのようなリスクが存在するかどうかについて考慮しなければならない。

62.当裁判所が求められていることは、仮保全措置の提示を求める請求についてその決定をするために、ジェノサイド条約に基づく義務の違反が存在することを立証することではなく、条約に基づく権利の保護のために仮保全措置の提示を必要とする事情が存在するかどうかを決定することである。すでに指摘したように、当裁判所は、この段階において、事実の最終的な認定を行うことはできず(上記パラ30参照)、その功罪に関して各当事国が議論を提出する権利は、仮保全措置の提示に関する当裁判所の決定によって左右されることはない。

63.南アフリカは、ガザにおけるパレスチナ人の権利に対する回復不能な損害の明白なリスクが存在すると述べている。その主張するところは、人間の生命またはその他の基本権に対して重大なリスクが生じている場合には回復不能の損害という要件が充足されていると当裁判所が繰り返し認定しているという点にある。申立人に従えば、平均して一日に247人のパレスチナ人が殺害され、629人が傷害を負い、3900のパレスチナのホームが損壊または破壊されているのであって、この毎日の統計は緊急性と回復不能な損害の明白な証拠である。さらに、ガザ地区のパレスチナ人は、南アフリカの見解においては、

「イスラエルによって継続されている包囲、パレスチナ人の街の破壊、パレスチナ住民に通過することが許された不十分な支援および爆弾が投下される最中においてこの限られた援助を配給することができないことの結果として、飢餓、脱水症状および疾病による死の差し迫ったリスクの状態にある。」
申立人はさらに、ガザに向けた人道的救済のアクセスをイスラエルがいかに拡大したとしても、仮保全措置の請求に対する回答にはまったくならないと主張する。南アフリカはさらに付言して、「(イスラエルによる)ジェノサイド条約違反がチェックされないままでいるなら」、本件手続の功罪の段階についての証拠を収集し保全する機会は、まったく失われるわけではないとしても、深刻な程度において損なわれるであろうと述べている。

64.イスラエルは、本件において、回復不能な損害の現実かつ差し迫ったリスクが存在することを否認する。その主張するところによれば、ガザにおけるパレスチナ人の生存する権利を認知し、かつ、確保することに特別に目的とする具体的な措置はすでにとられており――継続してとられており――、ガザ地区全体を通して人道的支援の提供が促進されてきている。この点に関して、被申立人が認めるところでは、世界食糧計画WFPの援助によって、10余りのパン屋が1日に200万個以上のパンを製造する能力をもって最近において再開された。イスラエルはさらに、2つのパイプラインによってガザへ自分たち自身の水を提供し続けていると述べ、大量の瓶に詰められた水の配給が容易になったと言い、イスラエルが給水のインフラストラクチャーを修繕し広げていると言う。イスラエルはさらに、医療品や医療サービスへのアクセスが増加したと述べ、とりわけ、6つの野戦病院と2つの水上病院の設立を容易にし、さらにもう2つの病院が建設されつつあると述べた。またイスラエルは、医療チームのガザへの入域が容易になっており、病人や負傷者がラファの境界検問所を通じて退避されていると述べた。イスラエルによれば、テントや避寒用具も配給されており、燃料や調理用ガスの配達が容易になってきている。イスラエルはさらに、2024年1月7日の防衛大臣の声明によれば、敵対行動の範囲や強度は低下していると述べた。

65. 当裁判所は、1946年12月11日の国連総会決議96(I)において強調されているように、

「殺人が個としての人間の生きる権利の否定であるように、ジェノサイドは、人間集団全体の人の生存の権利の否定である。このような生存の権利の否定は、人類の良心を震撼させ、これらの人間の集団によって表現されている文化やその他の貢献の形での人間性に対する重大な喪失という結果を生み出し、かつ、それは道徳の法および国際連合の精神と目的に反するものである。」
当裁判所は、とりわけ、ジェノサイド条約が、「一方におけるその目的が一定の人間集団の正に生存を保護することにあり、かつ、他方におけるその目的が道徳の最も基本的な原理を確認し、裏書きすることにある」ので、「純粋に人道的かつ文明化する目的のために明らかに採択された」ことを認める(ジェノサイド条約に対する留保、勧告的意見、I.C.J.Reports 1951, p.23)。

66.ジェノサイド条約によって保護される根本的価値の点からみると、当裁判所は、本件においてもっともと思われる権利、すなわちガザ地区におけるパレスチナ人のジェノサイドの行為およびジェノサイド条約第3条に同定される関連する禁止される行為から保護される権利並びにこの条約に基づくイスラエルの義務をイスラエルが遵守することを求める南アフリカの権利が、これらの権利に対する侵害が回復不能な害悪を生じさせ得るような性質であると思料する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ガンビア対ミャンマー)仮保全措置、2020年1月23日の決定、I.C.J.Reports 2020, p. 26,パラ70)。

67.継続している紛争の間において、国際連合の高官は、ガザ地区における状態の更なる悪化のリスクに対して繰り返し注意を喚起してきた。当裁判所は、たとえば、2023年12月6日付の書簡に留意し、その中で国際連合事務総長が次の情報について安全保障理事会の注意を喚起したことに留意する。すわなち、

「ガザにおける健康管理システムは破綻している…… ガザにおいて安全な場所はどこにもない。
イスラエル防衛軍による絶え間ない爆撃の最中において、しかも生き残るためのシェルターまたは必需品もなく、私は、絶望的な状態のゆえに公秩序が完全に破綻することを予期し、限られた人道的支援さえ不可能になっていると思う。さらに悪い状況が生じる可能性があり、これには、疫病および近隣諸国への大量移動に向けた圧力の増加という事態が含まれていた。
私たちは、人道的なシステムの崩壊の重大なリスクに直面している。状況は、急速に悪化しており、パレスチナ人全体にとって、またこの地域における平和と安全にとって、潜在的に不可逆的な意味を持った破局に向かっている。このような結果は、いかなる代価を払っても、避けなければならない(国連安全保障理事会,doc. S/2023/962, 2023年12月6日)。

68.2024年1月5日、国連事務総長は再び安全保障理事会に向けて書簡を書いて、ガザ地区における最新の情報を提供し、「悲しいことに、破滅的なレベルで死と破壊が継続している」と述べた(安全保障理事会議長に宛てた事務総長の2024年1月5日付の書簡、doc.S/2024/26, 2024年1月8日)。

69.当裁判所はまた、ガザにおける現在の紛争の開始以来4度目の訪問から帰ったUNRWA事務局長によって発出された2024年1月17日付の声明に留意する。すなわち、「私がガザを訪れるたび、私が目撃するのは、人びとがさらに絶望の淵に埋没し、毎時間を費やして毎日生存のための闘争の状態にあることである」(「ガザ地区:死と極度の疲労および絶望の最中における毎日の生存のための闘争」UNRWAフィリップ・ラザリーニ事務局長声明2024年1月17日)。

70.当裁判所は、ガザ地区における民間人が極度に脆弱な状態にあると思料している。当裁判所が想起するのは、2023年10月7日以降におけるイスラエルによる軍事作戦行動がもたらしたものが、とりわけ、数十万人に及ぶ死傷者と家庭、学校、医療施設およびその他の生存に必要不可欠な社会インフラの破壊であり、並びに大量な規模での移動・移住であるという点である(上記パラ46参照)。当裁判所が留意していることは、この軍事行動が継続していること、およびイスラエルの首相が2024年1月18日にこの戦争が「もっと長く数カ月かかるであろう」と発言したことである。現在、ガザ地区における多くのパレスチナ人は、最も基本的な食料、飲料水、電気、必要不可欠な医薬品または暖房へのアクセスがない。

71.世界保健機構WHOは、ガザ地区において出産した女性のうち15%が合併症を起こしていると推計しており、母体および新生児の死亡率が医療ケアにアクセスすることができないことによって増加することが見込まれていると指摘している。

72.これらの状況において、当裁判所は、ガザ地区における破局的な人道的状況が、当裁判所が最終判決を下す前に、さらに悪化することの重大なリスクにあると思料する。

73.当裁判所は、イスラエルがガザ地区における住民が直面する状況に向けて、これを軽減するいくらかの措置を執ったというイスラエルの声明があることを想起する。当裁判所はさらに、イスラエルの法務長官による最近の、民間人に対する意図的な害悪を呼びかけるのは、扇動の罪を含む犯罪に当たる可能性があり、このような事件のいくつかはイスラエル法執行機関によって吟味されているという声明に注意を払う。これらのような手段が奨励されるべきである一方で、これらは、当裁判所が本件において最終判決を下す前に回復不能な損害が生じるリスクを取り除くには不十分である。

74.以上述べた考察に照らして、当裁判所は、当裁判所が最終判決を下す前に、存在することが推定されると当裁判所が認定した権利に対する回復不能な損害が生じる実体的かつ差し迫ったリスクがあるという意味において、緊急性があると判断する。

VI. 結論および採択すべき措置

75.前述の検討に基づき当裁判所は裁判所規程が仮保全措置の提示に要請する条件は満たされたと判断した。従って、最終判断の決定前に、南アフリカが指摘し存在することが推定されると当裁判所が認定した権利を保護するために当裁判所は特定の仮保全措置を提示する必然性がある(上記パラ54を参照)。

76.裁判所規程に基づき、仮保全措置の要請がなされたとき当裁判所が全部または一部に要請とは異なる措置を提示する権限をもつことを当裁判所は想起する。裁判所規則の第75条第2項は当裁判所のこの権限を特段に明示するものである。当裁判所はこれまでにもこの権限を複数の事件において行使してきた(例えばジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ガンビア対ミャンマー)仮保全措置、2020年1月23日の決定、I.C.J.Reports 2020, 28ページ、パラ77を参照)。

77.本申立においては、南アフリカが請求した仮保全措置の内容および本件の状況を考慮し、当裁判所は提示することとなる仮保全措置は請求されたそれらと同一である必要はないと判断した。

78.
当裁判所は、上記の状況に鑑み、イスラエルはジェノサイド条約の示す義務に従い、ガザ地区のパレスチナ人に関して、条約第2条の特に、
(a) 集団構成員を殺すこと、
(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、
および
(d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること、
の各号で規定するすべての行為を防止するすべての措置を講ずるべきであると思料する。当裁判所は、これらの行為が当該集団の全部または一部を破壊する意図から発した場合は条約第2条の規定範囲に含まれることを想起する(上記パラ44を参照)。当裁判所はさらに、イスラエル各軍がここに示したいかなる行為をも行わないことをイスラエルは直ちに措置するべきであると思料する。

79.当裁判所はまた、ガザ地区のパレスチナ人の集団構成員に関して直接的かつ公然のジェノサイド扇動行為を防止しまた処罰するためイスラエルがその権限内であらゆる措置を講じるべきであるとの見解を有する。

80.当裁判所はさらに、イスラエルはガザ地区のパレスチナ人が置かれている不利益な生活条件に対処するため緊急の必要性をもつ基本的サービスおよび人道支援の到達を可能とする迅速かつ有効な措置を講じるべきであると思料する。

81.イスラエルは、ガザ地区のパレスチナ人集団に向けられているジェノサイド条約第2条および第3条で規定された行為の疑いに関する証拠の破壊防止と保全確保をなす有効な措置を講じなければならない。

82.当裁判所による決定の実効性を担保するためにイスラエルが講じたすべての措置について当裁判所へ報告を提出するとの南アフリカによる仮保全措置請求に関して、当裁判所は、裁判所規則第78条によって、裁判所が提示したあらゆる仮保全措置の履行に関連する一切の事項について当事者から情報を求める権限を有していることを想起する。当裁判所が提示を決定した本件仮保全措置について、当裁判所は、決定の実効性を担保するためイスラエルは講じたすべての措置について発令日から1か月以内に報告を提出するべきであると思料する。かかる報告は南アフリカへ通知され、よって南アフリカは当裁判所へかかる報告への意見を提出する機会が与えられる。

83.当裁判所は裁判所規定第41条による仮保全措置決定は拘束力があること、したがって仮保全措置の対象となるいかなる当事者も服するべき国際法上の義務が生じることを想起する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (I), 230ページ, パラ84)。

84.当裁判所は、本手続での決定事項が本案における当裁判所の管轄権に関するいかなる疑義についても予断するものでなく、また本申立ての有効性あるいは本案についての疑義についても予断するものでないことを再確認する。それら疑義について南アフリカ共和国政府の、およびイスラエル国政府の、主張を陳述する権利は影響されない。

85.当裁判所は、ガザ地区における衝突に関与するすべての当事者は国際人道法に拘束されることを強調しておく必要があると見なしている。当裁判所は、2023年10月7日の対イスラエル攻撃の際に拉致されそれ以後ハマースおよび他の集団らによって拘束されている人質らの命運に重大な懸念を持ち、人質らを直ちに無条件で解放することを要請する。

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第二次大戦後のスキームが完全に終わった2023年 機能不全となった日本と世界はどこへ向かうのか?

2023-11-22 23:54:29 | その他(海外・日本と世界の関係)
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2023年12月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 「本誌が読者諸氏のお手元に届いた時点で、2022年はまだ1ヶ月以上残っており、総括するのはまだ早いと思われる方も多いだろう。だが、半世紀を過ぎた筆者の人生の中で「こんな年、早く終わってしまえばいいのに」とこれほどまでに強く思った年はかつてなかった」――私がこんな書き出しで本誌原稿を執筆したのは昨年12月号でのことだった。今年、2023年も本稿執筆時点でまだ1ヶ月以上残っているが、2022年を2023年に変えるだけで、どうやら同じ書き出しで始めなければならないようだ。

 ●世界~国際機関も各国政府も機能不全に

 2011年3月の福島第1原発事故以降、日本政府が機能不全に陥り、一般市民はもちろん、彼らの支持基盤であるはずの保守層や経済界のための政治さえまともに行われていないのではないかという疑いを私はずっと抱いてきた。それでも機能不全は日本政府だけで、諸外国の政府や国際機関に対しては、まだそれなりに機能していると思っていた。

 その認識が怪しくなったのはウクライナ戦争以降である。国連安全保障理事会は常任理事国同士の拒否権合戦となりまともな決定はできなくなった。米国、中国を初め諸外国の政府も、迫り来る危機に対する有効な手を打てないまま漂流し続けているように思う。

 そうこうしているうちに、中東で新たな戦争が始まってしまった。「西側の裏切り」でNATO(北大西洋条約機構)入りしたウクライナが自国に核を向けるかもしれないから機先を制しておきたいというプーチン大統領の思惑には、納得はできなくても「相手側の立場からはそう見えても仕方がない」という程度の理解はできる。だがイスラエル軍は、まるで鼻歌でも歌いながらガザ地区を戦車で蹂躙し、ゲームでもするような感覚で子どもの殺戮を楽しんでいるようにさえ見える。ここまでの民族浄化、虐殺はまったく理解不能である。

 イスラエル政府の現職閣僚からガザ地区への核兵器使用を示唆する発言まで出た。極右政党リクード(保守連合)を率いるベンヤミン・ネタニヤフ首相もさすがにこの閣僚を無期限の職務停止にしたが、そのような事態になれば、ガザ地区を実効支配するハマスの後ろ盾であり「事実上の核保有国」のイランが核による反撃に出る事態もあり得る。このような事態を想定外だと笑い飛ばす人もいるかもしれないが、かつて湾岸戦争(1991年)の際、サダム・フセイン政権下のイラクがイスラエル第2の都市テルアビブを標的にスカッド・ミサイル攻撃を行ったことを考えると、十分想定しておかなければならないだろう。

 ナチスのホロコーストで殺害されたユダヤ人は600万人に及ぶとされるが、ガザ地区でイスラエル軍が殺害した人数はすでに1万人を超えた。ここまでくれば規模の大小はあったとしても「彼らがナチスとの違いをどうやって証明するのかという話になってくる」(ジャーナリスト木下黄太氏)のは当然で、イスラエル国内でも反戦デモが起きていることはその何よりの証拠であろう。

 世界が破局へのレールを一直線に走っていることはもはや疑いがない。このまま事態を傍観すれば、人類に2030年代は訪れないだろう。ここ数年間の国際情勢はそれほどまでに危機的で切迫の度合いを増している。

 ●現代と似ている両大戦間期~戦後世界の大きな転機

 現代と似ている時代を挙げるとすれば両大戦間期がある。第1次世界大戦終結とほぼ時期を同じくしてスペイン風邪が大流行し、各国政府が巨額の財政支出を強いられた。第1次世界大戦は、各国政府にとって国民生活とその資産(経済学用語でいうストック)を根こそぎ破壊する愚行であり、スペイン風邪対策は、国民の健康という未来に向けての大きな資産を残す代わりに巨額の紙幣を増刷しなければならない非常事態だった。この国民生活基盤の破壊と巨額の紙幣増刷、財政支出の拡大がハイパーインフレと恐慌に結びついた。そのハイパーインフレと恐慌の中からナチスが生まれ、世界は次の大戦に向かっていった。

 第1次世界大戦後に設立された国際連盟において日本が常任理事国であったことはあまり知られていない事実かもしれない。だが米国が不参加だった上、日本がアジア侵略を繰り返す中で脱退するなど機能不全に陥ったことも第2次世界大戦への引き金を引くことにつながった。国連安保理常任理事国の1つであるロシアが、すべての議案に対して拒否権を持つという有利な立場をみずからの愚行によって傷つけ、国連の権威を低下させていることも両大戦間期に似ている。

 United Nationsを国際連合と称するのは日本の外務省による「政策的・意図的誤訳」であり、本来の英語の語感としてはせいぜい「国家連合」としての意味しか持たない。これを連合国と訳している国が大半であることからもわかるように、日本政府が称するところの「国連」は第2次世界大戦の戦勝国が主導する国際秩序である。

 この国際秩序が成立してから、2025年には80年が経過する。80年がほぼ人の一生に相当することを考えると、この国際秩序の耐用年数がいよいよ切れ、世界が「次」を求める時代に突入したという程度のことは、断定しても差し支えないように思われる。

 ●日本国内~「長年の悪事」が次々露呈し次への希望も

 一方、日本国内に目を転じると、絶望の中にも一筋の希望が見えた年だったのではないか。長年に渡って隠されてきた「悪事」が次々と露呈する1年になった。そのすべてを論じる余裕も紙幅もないので、1990年代に続いて昨年再び社会問題となった「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)問題に続き、2023年に新たに明るみに出た「旧ジャニーズ事務所による性加害問題」のほか、宝塚歌劇団における団員のいじめ自殺問題を挙げておきたい。旧統一教会、旧ジャニーズ問題、宝塚歌劇団はいずれも極度に閉鎖的で多くの資本主義的利権にまみれた「ムラ」である。

 昭和の異物であるこうした「体育会的ムラ」の多くで長年の悪事が露呈した。犯罪・不正を告発しようとする被害者側と、隠蔽しようとする加害者側の闘争で、双方が傷つきながらも、そのすべてにおいて圧倒的世論の支持を受けた被害者側が勝ち、日本の「暗部」から大量の膿が出たのも2023年の特徴であると同時に、今後に向けた一筋の希望といえよう。

 旧ジャニーズによる所属タレントへの性加害問題を、最初、私は単なる芸能ニュースに過ぎず、本誌で取り上げるだけの価値はないと考えていた。それが、先々月号(2023年10月号)でこの問題を取り上げることになったのは、これこそが「ザ・ニッポンの人権問題」そのものであり、日本社会の立ち後れた人権感覚を象徴する事件なのではないかと思うに至ったからである。つい先日、執行猶予付き有罪判決が言い渡された歌舞伎俳優・市川猿之助による両親自殺ほう助事件など、今年は芸能界で重大ニュースが多かったが、これもまた梨園と称される独特の閉鎖社会の中で起きた事件である。

 社会のあちこちに風通しが悪く監視の及ばない「ムラ」が林立し、そこから犯罪が生まれ、大量の膿が流れ出たという意味で、この事件もまた「単なる芸能ネタ」で片付けられるようなものではなく、他のすべての問題と地続きである。文字通り「次」に向け動き始めた世界に日本が歩調を合わせたいのであれば、解決は避けて通れない課題だ。

 ●総崩れとなった新興宗教

 いわゆる新興宗教が総崩れとなったのも今年の特徴だ。数々の問題を起こし、安倍元首相暗殺事件で30年ぶりに社会的注目が集まった旧統一教会に対しては、文化庁が宗教法人法に基づく6回の意見聴取の末、史上初となる解散命令請求を行った(注)。請求が認められ解散命令が出された場合、旧統一教会は宗教法人格を失うが、権利なき団体としての活動は規制されない。

 旧統一教会以外を見ても、「幸福の科学」は創設者であり「教祖」でもあった大川隆法総裁が3月に死去。後継者はいないとされる。そしてこの11月18日には、創価学会の池田大作名誉会長の死去が報じられた。

 池田氏が表舞台から消えてすでに10年以上が経過し、創価学会は池田氏亡き後に向けた指導体制を確立しており、学会運営という意味では大きな影響はないというのが衆目の一致するところだ。ただ、表舞台から消えても池田氏の教えを教団の教えとして心の拠り所としてきた学会員は少なくない。これら学会員に対し、池田氏亡き後も学会がこれまでと同じような求心力を持てるかどうかは未知数というのもまた現実であろう。

 岸田政権成立後、東京での自公協力が一時は完全崩壊に至った時期もある。とりわけ東京の各級選挙において自民党系候補の敗北が続いている状況を見ると、「遺恨」がいまだに尾を引いているとする見方も一定の説得力を持っている。

 ●内政も激動の予感がする2024年

 『今回の事件は、山上容疑者の意図とは全く別として、日本政治の行方を大きく変える出来事になる可能性もあります』――「文藝春秋」2022年10月号誌上で、宗教学者の島田裕巳さんが発した不気味な「警告」を私が紹介したのはちょうど1年前、2022年12月号の本欄だった。「可能性としては高くないが、起こりうる展開のひとつ」と私はそこでは控えめに述べるに留めておいたが、2024年はいよいよ日本政治の行方が変わる年になりそうである。自民党にとって大きな集票力となってきた旧統一教会、創価学会という2大宗教勢力がいずれも時代の節目にさしかかり大きく揺らいでいるからである。これらは、自民党から民主党への政権交代(2009年)のときでさえ存在していなかった日本政界の根本的地殻変動といえる。長年癒着関係を続けてきた政治と宗教の関係をゼロベースで見直す上でかつてないチャンスが訪れている。

 保守層が自民党から離反し新たな受け皿を求めている。次回国政選挙は、日本の最大勢力である保守層が分裂したまま迎えなければならない久しぶりの選挙になる。この期に及んで、野党が小異を理由に団結できないでいるのは嘆かわしい。2024年こそ野党は自民党政権打倒のために団結できるか真価を問われる。解散総選挙が行われ、野党が団結できれば、10数年ぶりの与野党逆転や政権交代までもが視野に入る重大局面となるかもしれない。

 再び国外に目を転じると、2024年は米国、ロシア、ウクライナで大統領選挙が行われる。10月以降、パレスチナ情勢の陰に隠れる形で動向が伝えられることも少なくなっていたウクライナ戦争とその行方に再び注目が集まるであろう。これら3カ国の選挙の行方によっては停戦の動きになる可能性がある。無益な戦争に終止符を打たなければならない。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は戦時中であることを理由に大統領選挙を延期するかもしれないと報じられているが、そんなことをすればそれこそロシアの思うつぼだ。「私は国民に選挙で信任を受けた。選挙をせず延期したゼレンスキー氏にウクライナ国民の代表を名乗る資格があるのか」とプーチン大統領が宣伝してくるのは目に見えているからである。私としてはできることならウクライナが正々堂々と大統領選挙を実施し、停戦に積極的な新たなトップが選ばれることを望む。

 米国大統領選挙は、いずれも80歳代のバイデン、トランプ両氏の争いになるとの見方もあるが、この世界的非常事態にそんなことでいいのか。若くて柔軟な指導者をトップに就けなければ国際社会における米国の地位のさらなる低下は免れないだろう。

 これだけの政治的要素を見るだけでも、2024年は今年とは比べものにならないほど激動の1年になると思う。私たちにとって最も大切なことは、機能不全に陥っている各国政府と国際機関に対し、人々の命と暮らしを尊重するよう強く要求していくことだ。2020年代後半がどのような時代になるかは、来年おそらく決まるだろう。

注)宗教法人に対する解散命令請求としては「アレフ」(旧オウム真理教)に対するものがあるが、こちらは破壊活動防止法に基づく団体としての解散命令請求であり、認められた場合、法人格の剥奪だけでなく、団体としても解散となり、個人としての宗教活動しかできなくなる点が異なっている。なおこの際は、公安審査委員会で解散命令請求が棄却されたため、いわゆるオウム新法を政府が新たに制定した。オウム真理教の後継団体(「アレフ」「山田らの集団」など)に対する公安調査庁による監視や聴聞などは、このオウム新法に基づくものであり、破防法に基づいて付与された権限ではない。

(2023年11月19日)

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【転載記事】日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている BBC東京特派員が振り返る

2023-01-25 23:11:38 | その他(海外・日本と世界の関係)
外国特派員として、10年間という異例の長期間日本で過ごし、このほど離日したBBC記者による日本への「惜別の辞」が話題になっている。日本人の自画自賛的「ニッポンスゴイ」より何倍も参考になるので、全文掲載する。

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日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている BBC東京特派員が振り返る(BBC)

ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ、BBC東京特派員

日本では、家は車に似ている。

新しく入居した途端に、マイホームの価値は購入時の値段から目減りする。40年ローンを払い終わった時点で、資産価値はほぼゼロに等しい。

BBCの東京特派員として初めて着任した時、このことを知って私は途方に暮れた。あれから10年たち、離任の準備をする中でも、この現象は同じだった。

この国の経済は世界第3位の規模だ。平和で、豊かで、平均寿命は世界最長。殺人事件の発生率は世界最低。政治的対立は少なく、パスポートは強力で、新幹線という世界最高の素晴らしい高速鉄道網を持っている。

アメリカとヨーロッパはかつて、強力な日本経済の台頭を恐れていた。現在、中国の経済力の成長を恐れているように。しかし、世界が予想した日本は結局のところ、出現しなかった。1980年代後半に、日本国民はアメリカ国民よりも裕福だった。しかし今では、その収入はイギリス国民より少ない。

日本はもう何十年も、経済の低迷に苦しんできた。変化に対する根強い抵抗と、過去へのかたくなな執着が、経済の前進を阻んできた。そして今や、人口の少子高齢化が進んでいる。

日本は、行き詰まっている。

■かつて未来がここにあった

私が初めて日本に来たのは1993年。当時とりわけ驚いたのは、ネオンがきらびやかな銀座や新宿の街並みではなく、原宿に集まる少女たちのワイルドな「ガングロ」ファッションでもなかった。

自分が行ったことのあるアジアのどこよりも日本ははるかに裕福だと、当時の私は感じて、そのことに驚いた。アジアの他のどの都市よりも、いかに東京が見事なほど清潔できちんとしているか、そのことにも驚いた。

対照的に、香港はうるさくて臭くて、こちらの五感に襲いかかってくる街だった。ヴィクトリア・ピークの高級住宅街と、「魔窟」のような九龍北端の工場街の落差をはじめとして、極端から極端に振れる落差の街だった。私が中国語を勉強していた台北は当時、道路にあふれる2ストローク自動二輪車の騒音がたえまなく響き、鼻をつく排気ガスの臭いと煙で、数十メートル先はもうほとんど見えないというありさまだった。

当時の香港と台北がアジアのやかましい10代の若者だったとするなら、日本はアジアの大人だった。確かに東京はコンクリート・ジャングルだったが、美しく手入れの行き届いたコンクリート・ジャングルだった。

東京の皇居の前には、三菱、三井といった日本の巨大企業のガラス張り社屋がそびえていた。ニューヨークからシドニーに至るまで、野心的な親は子供たちに「日本語を勉強して」と力説していた。自分が中国語を選んだのは間違いだったのか、私もそう思ったことがある。

日本は第2次世界大戦の破壊から復興を遂げ、世界の製造業を席巻した。その利益は国内に還流し、不動産市場を急成長させ、日本の人たちは手当たり次第に土地を買った。森林さえ買った。1980年代半ばにもなると、皇居内の土地の値段が、カリフォルニア州全体の土地の値段と同じだとさえ、冗談めかして言われた。日本で「バブル時代」と呼ばれる時期のことだ。

バブルは1991年にはじけた。東京の市場では株価と不動産価格が暴落し、いまだに回復していない。

最近のことだが、日本の山林を数ヘクタール購入しようとしている友人がいた。所有者の売値は平米あたり20ドル。「今の山林時価は平米あたり2ドルですよと伝えた」のだと友人は言う。

「でも所有者は、1平米あたり20ドル払ってもらわないと困ると言うんだ。1970年代に自分が買った時の地価が、そうだったから」

日本のスマートな新幹線や、トヨタ自動車の驚異的な「ジャストインタイム」生産方式を思えば、この国が効率性のお手本のような場所だと思ったとしても仕方がない。しかし、実態は違う。

むしろ、この国の官僚主義は時に恐ろしいほどだし、巨額の公金があやしい活動に注ぎ込まれている。

私は昨年、日本アルプスのふもとにある小さい町で使われる、見事なマンホール蓋(ふた)の裏話に巡り合った。町の近くの湖で1924年に、氷河時代のナウマンゾウの化石が発見されて以来、ゾウはこの町のシンボルになった。そして数年前に、この有名なゾウの姿をあしらったマンホール蓋を、町のすべてのマンホールに使おうと、誰かが決めた。

同じようなことは日本各地で行われている。「日本マンホール蓋学会」によると、全国のマンホール蓋のデザインは、6000種類に及ぶ。マンホール蓋が大好きだという人が大勢いるのは理解できる。芸術品だと思う。けれども、1枚につき最大900ドル(約12万円)するのだ。

日本がどうして世界最大の公的債務国になったか、理解するヒントになる。そして、高齢化の進む人口は膨れ上がる巨額債務の軽減につながらないし、医療費や年金の圧迫で高齢者は仕事をやめることができないのだ。

私が日本で自動車運転免許を更新したとき、とことん丁寧なスタッフは私を視力検査から写真撮影ブース、料金支払いまで案内してくれて、さらには「第28講習室」へ行くよう指示した。この「安全」講習は、過去5年間で何かしらの交通違反をした全員に義務付けられている。

部屋に入ると、同じように罰を受けるのを待つ人たち、心もとなさそうに座っていた。パリッとした身なりの男性が入ってきて、「講習」は10分後に始まると説明した。しかも、2時間かかると! 

講習の内容を理解する必要さえない。私は内容のほとんどがわからなかったし、2時間目に入ると受講者の何人かは居眠りを始めた。私の隣の男性は、東京タワーのスケッチを完成させた。かなり上手だった。私は退屈で、不満だらけになった。壁の時計が、こちらをあざ笑っているようだった。

「あれはいったい何が目的なの?  あれは、罰なんだよね?」 

オフィスに戻り、日本人の同僚にこう尋ねると、「そうじゃないよ」と彼女は笑った。

「あれは、定年退職した交通警官の働き口を作るためなの」

しかし、この国に長く住めば住むほど、いらいらする部分にも慣れて、愛着さえわくようになる。ちょっと妙だなと思うことさえ、ありがたく思うようになる。たとえば、ガソリンスタンドに行けば、給油している間に従業員4人が車の窓を片端から拭いてくれて、出発する際には全員がそろってお辞儀してくれるのだ。

日本では今でも日本であって、アメリカの複製ではない。そういう感じがする。だからこそ世界は、パウダースノーからファッションまで、日本のいろいろなものが大好きなのだ。東京には素晴らしいことこの上ないレストランがたくさんあるし、(ディズニーには申し訳ないが)スタジオ・ジブリは世界で一番魅力的なアニメを作る。確かにJ-Popはひどいが、それでも日本はまぎれもなく、ソフトパワーの超大国だ。

ギークや変わり者は、日本の素晴らしく妙な部分を愛している。しかし同時に、移民受け入れを拒否し家父長制を維持していることをたたえる、オルタナ右翼もいる。

日本は、古い社会のあり方を手放すことなく、現代社会への変貌を成功させた国だと、よく言われる。これはある程度、本当だ。しかし私は、日本の現代性は表面的なものに過ぎないと思う。

新型コロナウイルスのパンデミックが起きると、国境を封鎖した。定住外国人でさえ、帰国が認められなかった。何十年も日本で暮らし、ここに自宅や事業がある外国人を、なぜ観光客のように扱うのか、私は外務省に質問してみた。返ってきたのは、「全員外国人だから」という身も蓋もない答えだった。

無理やり開国させられてから150年。日本はいまだに、外の世界に対して疑心暗鬼で、恐れてさえいる。

■外部という要因

房総半島の村で会議場に座っていたことがある。消滅の危険があるとされる約900の日本の集落のひとつだったからだ。議場に集まった高齢の男性たちは、現状を心配していた。1970年代以降、若者が仕事を求めて次々と村を離れ、都会へ行くのを、ここのお年寄りたちは見ていた。残る住民60人のうち、10代はたった1人。子供はいなかった。

「自分たちがいなくなったら、だれが墓の世話をするんだ」。高齢男性の1人はこう嘆いた。日本では、死者の霊を慰めるのは大事な仕事なのだ。

しかし、イングランド南東部で生まれた自分にとって、この村が死に絶えるなど、まったくあり得ないばかげたことに思えた。絵葉書にしたいようなたんぼや、豊かな森林におおわれた丘に囲まれた、美しい場所だ。しかも東京は車で2時間弱という近さなのに。

「ここはこんなに美しいのだから」と、私はお年寄りたちに言った。「ここに住みたいという人は大勢いるはずです。たとえば、私が家族を連れてここに住んだら、どう思いますか」。

会議場はしんと静まり返った。お年寄りたちは黙ったまま、ばつが悪そうに、お互いに目をやった。やがて1人が咳ばらいをしてから、不安そうな表情で口を開いた。

「それには、私たちの暮らし方を学んでもらわないと。簡単なことじゃない」

この村は消滅へと向かっていた。それでも、「よそもの」に侵入されるかと思うと、なぜかその方がこの人たちには受け入れがたいのだった。

今では日本人の3割が60歳を超えている。そのため日本は、小国モナコに次いで、世界で最も高齢化の進む国だ。生まれる子供の数は減り続けている。2050年までに人口は現状から2割は減っているかもしれない。

それでもなお、移民受け入れへの強い拒否感は揺らいでいない。日本の人口のうち、外国で生まれた人はわずか約3%だ。イギリスの場合は15%だ。ヨーロッパやアメリカの右翼運動は、日本こそが純血主義と社会的調和の輝かしいお手本だとたたえる。

しかし、そうした称賛をよそに、日本は実はそれほど人種的に一様ではない。北海道にはアイヌがいて、南には沖縄の人たちがいる。朝鮮半島にルーツを持つ人たちは約50万人。中国系は100万人近くいる。そして、両親の片方が外国人だという日本の子供たちもいる。私の子供3人もここに含まれる。

2つの文化にルーツを持つこうした子供は「ハーフ」、つまり「半分」と呼ばれる。侮辱的な表現だが、この国では普通に使われる。有名人や有名スポーツ選手にもいる。たとえば、テニス界のスター、大坂なおみ選手もその1人だ。大衆文化では、「ハーフはきれいで才能がある」とちやほやされることもあるが、ちやほやされるのと、受け入れられるのは、まったく別のことだ。

出生率が低下しているのに移民受け入れを拒否する国がどうなるか知りたいなら、まずは日本を見てみるといい。

実質賃金はもう30年間、上がっていない。韓国や台湾の人たちの収入はすでに日本に追いつき、追い越している。

それでも、日本は変わりそうにない。原因の一部は、権力のレバーを誰が握るのか決める、硬直化した仕組みにある。

■年寄りがまだ権力を握っている

「いいですか、日本の仕組みについて、この点を理解する必要がある」。とある高名な学者が、私にこう言った。

「武士は1868年に刀を手放し、髷(まげ)を落とし、西洋の服を着て、霞ケ関の役所にぞろぞろと入っていった。そして、今でもそこに居座っている」

1868年の日本では、欧米列強によって中国と同じ目に遭うのを恐れた改革派が、徳川幕府を倒した。それ以降、日本は急速な工業化へと邁進(まいしん)することになった。

しかし、この明治維新は、フランス革命におけるバスティーユ陥落とは全く異なる。明治維新は、エリート層によるクーデターだった。1945年に2度目の大転換が訪れても、日本の「名家」はそのまま残った。圧倒的に男性中心のこの国の支配層は、日本は特別だという確信とナショナリズムに彩られている。第2次世界大戦において、日本は加害者ではなく被害者だったのだと、この支配層は信じている。

たとえば、殺害された安倍晋三元首相は元外相の息子で、岸信介元首相の孫だった。岸氏は戦時下に閣僚を務め、戦犯容疑者としてアメリカに逮捕された。それでも絞首刑は免れ、1950年代半ばに自由民主党の結党に参加した。この自由民主党がそれ以来、日本を支配し続けている。

日本は単独政党国家だろうと、冗談で言う人もいる。それは違う。しかし、特権的なエリートが支配する政党、アメリカに押し付けられた平和主義を廃止したいと切望する政党、それなのにもう30年も生活水準を向上させられずにいる政党に、なぜ日本の有権者は繰り返し投票し続けるのか、そこを不思議に思うのは、当然のことだ。

最近の選挙の最中、私は都心から車で西に約2時間離れた、山間の狭い渓谷を車で登った。自民党の地盤だ。そこの地元経済はセメント作りと水力発電に依存している。小さい町の投票所に歩いていくお年寄りの夫妻に、私は話を聞いた。

「自民党に投票する」と男性は言った。「信用しているので。私たちの面倒をしっかり見てくれる」。

「私も主人と同じです」と、男性の妻は言った。

この夫妻は、最近完成したばかりのトンネルと橋を挙げた。これがあれば週末に、都心からの観光客が増えるかもしれないと期待していると。

自民党の支持基盤はコンクリートでできているとよく言われる。利益誘導型のこの政治が原因のひとつとなって、日本の海岸がテトラポッドだらけで、河岸は灰色のコンクリートでがっちり固められている。コンクリートを作り続けるのが不可欠だからだ。

人口構成の影響で、都市部を離れたこうした地域の支持基盤が、今や自民党にとって何より重要だ。何百万人もの若者が就職のために都市部に移動したのだから、それ以外の地域の政治的影響力は減少したはずなのに、そうはならなかった。自民党にとってはその方が好都合だ。高齢者の多い非都市部の票が、重みをもつので。

しかし、高齢者が亡くなり世代交代が進めば、変化は避けがたい。だからといって、日本が今よりリベラルに開放的になるかというと、私は必ずしも確信できずにいる。

日本の若い世代は上の世代よりも、結婚したり子供を持つ可能性が少ない。同時に若い世代の間では、両親や祖父母の世代に比べて、外国語が話せたり、海外留学したりする割合は減っている。日本の経営者に占める女性の割合はわずか13%で、女性の国会議員は10%に満たない。

女性初の東京都知事となった小池百合子氏を取材したとき、男女格差対策をどうするつもりか質問した。

「うちにはもうすぐ大学を卒業する娘が2人います」と私は小池氏に話した。「2人はバイリンガルな日本国民です。君たちはこの国に残ってキャリアを築くべきだと2人を応援するため、何が言えますか」と尋ねた。

「私が成功できるならあなたたちもできますよと、そう言うでしょうね」と、小池氏は答えた。それだけですか? と私は思った。

しかし、こうした諸々のことがあっても、それでもなお、私は日本を懐かしく思うだろう。日本にとてつもない愛着を抱いている。同時に、日本はたまにではなく、しばしば私を辟易(へきえき)とさせる国だ。

東京出発を目前に控え、私は年末に友人たちと都内の商店街を訪れた。ひとつの店で私は、古くて美しい大工道具の入った箱を物色した。そのすぐそばでは、華やかな絹の着物姿の女性たちが立ち話をしていた。昼には、ぎゅうぎゅうづめの小さい食堂になんとかみんなで収まって、焼きサバと刺身とみそ汁の定食に舌鼓を打った。おいしい料理、居心地の良い店、何かと世話を焼いてくれる親切な老夫婦……。すっかりおなじみの、慣れ親しんだものばかりだ。

この国で10年過ごして、私は日本のあり方に慣れたし、日本がそうそう変わらないだろうという事実も受け入れるようになった。

確かに、私は日本の未来を心配している。そして日本の未来は、私たち全員にとって教訓となるだろう。人工知能(AI)の時代には、労働者の数が減っても技術革新は推進できる。高齢化の進む日本の農家も、AIロボットが代役を務めるようになるかもしれない。国土の大部分が自然に帰ることだってあり得る。

日本は次第に、存在感のない存在へと色あせていくのだろうか。それとも日本は自分を作り直すのか。新たに繁栄するには、日本は変化を受け入れなくてはならない。私の頭はそう言っている。しかし、日本をこれほど特別な場所にしているものをこの国が失うのかと思うと、心は痛む。

(英語記事 Japan was the future but it's stuck in the past)

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2023年に向けて~民主主義は生き残れるのか?

2022-12-20 23:31:17 | その他(海外・日本と世界の関係)
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2023年1月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 2022年も残りわずかとなった。年の瀬に配達され、年末年始を通じてじっくり読み込まれることが多い新年号では、私はこの先10年の展望や人類の思想的潮流など、割と大きめのテーマを扱うことが多い。特に今年はウクライナ戦争や安倍元首相殺害事件など内外ともに世情騒然とした年だったからなおさらその思いは強い。本誌読者の中にも、これからどうしていいかわからず、立ちすくんでいる人もいるのではないだろうか。

 私たちは、今はまだ激動する歴史の渦中に身を置いており、これらの出来事に現時点で評価を下すことは難しい。このような時代に大切なことは、個別の事件や出来事の評価は後世の歴史家に委ねざるを得ないとしても、そこで肯定的な評価を受けられるように、今、自分に課せられた役割をきちんと果たすことに尽きる。

 ところで、2022年以前から、私の中で徐々に膨らんできた「ある疑問」がある。民主主義はこの先の時代も果たして生き延びられるのかというものだ。中国やロシアなど、従来のいわゆる「西側社会的常識」の範囲外にある国が、民主主義国家よりはるかに迅速な意思決定の下に、効率的に国家・経済建設を進めているように見えるからだ。ウクライナ戦争や安倍元首相殺害事件は、この疑問を後押しするものではあっても、解決の糸口を提供するような性質のものではない。

 ●何が本当の民主主義かわからなくなった

 敗戦でGHQ民政局に陣取ったニューディール派から世界で最も民主主義的憲法を「プレゼント」された日本の市民は、すでに人の一生に匹敵する80年近い年月をこの憲法とともに暮らしてきた。西側陣営の一員に属し、市民的自由や複数政党制に基づく民主主義は疑いを挟む余地のない、自明な、所与の条件であり、独裁国家や専制体制に対する優位性の根拠になってきた。ソ連崩壊で官僚主義的社会主義体制が崩壊し、自由民主主義体制が普遍性を持つ唯一の政治体制と捉えられるようになってから、その傾向にはますます拍車がかかった。

 民主主義が本当に機能しているのかという私の問題意識は、2016年大統領選で米国にトランプ政権が成立してからかなり明確になったが、今年6月にNHKで放送された「マイケル・サンデルの白熱教室~中国って民主主義国?」を見てから決定的になった。米ハーバード大学、中国・復旦大学、そして日本からは東京大学、慶應義塾大学の学生が出演して民主主義について議論するというものだ。最近、物価高など生活に密着した課題はテーマになっても、こうした大きなテーマが論じられることがまったくといっていいほどない日本で、多くの知的刺激を与えられた。

 番組の詳細を紹介する余裕はないが、市民的自由や複数政党制に基づく民主主義に信頼を置いているのが米国の学生であり、対照的に「中国には中国の民主がある」とそれらに否定的なのが中国の学生。日本の学生はその中間だが、真ん中より若干中国寄りというのが、番組を見た私の印象だった。

 司会進行を務めるマイケル・サンデルはハーバード大教授で、2009年に出版した「これからの「正義」の話をしよう」は100万部の売り上げを記録。日本でも注目されるようになった。2021年に出版した「実力も運のうち」では、有名進学校から有名大学に進めたのが自分の努力のように見えても、それには裕福で有名進学校に子どもを通わせられる家にたまたま生まれたという要素が大きく、エリートが自分自身の努力の結果と思っていることのほとんどが「運」によるものであるとして、先進国の社会にまん延するいわゆる能力主義(メリトクラシー)に真っ向から疑問を投げかけ、再び話題を呼んだ。

 「白熱教室」で、サンデル自身は自分の意見を押しつけることはなく学生の意見を尊重する。その意見が極端なものであっても、主張に一貫性があれば問題としない代わり、議論の過程で学生の意見が変わり、または主張が一貫しないときは「君は先ほど○○と言っていたはずだが?」と確認を求める。自分の教え子かもしれないハーバード大学生を特別扱いもせず、公正な司会進行に努める姿が印象的だった。

 米国の学生は、共産党が国家社会の全領域を指導し、包摂する政治体制について「共産党が間違いを犯した場合、誰がチェックするのか」との疑問を投げかけた。サンデルが別の話題に切り替えたため、中国人学生は直接この質問には答えなかった。だが、全体の利益に配慮した善政を「王道政治」、権力者が私利私欲を満たそうとする悪政を「覇道政治」として区別する考え方が中国では歴史的に根強い。仮に聞かれたとしても、中国人学生は共産党をチェックできる外部勢力の有無には触れず「どのような政治が“民主”かは、人民は見ればわかるものです」と答えたに違いない。

 中国の政治体制について「自由選挙でも複数政党制でもなく、言論の自由も完全に保証されていないのに、それは民主主義と呼べるのか」との疑問が出されたのに対し、中国人学生がそれを「中国式“民主”」として堂々と肯定する姿に私は違和感を覚えた。もしこれでも“民主”に含まれるなら、そもそも“民主”でない政治体制にはどんなものがあるのかという疑問を持ったからである。おそらく、中国でいう“民主”は王道政治のことではないかというのが私の推測である。

 「中国の政治体制を民主主義と認めるか」というサンデルの問いに対し、米国人学生は6人全員が認めないと回答したのに対し、中国人学生6人全員が認めると回答したのは対照的だが予想通りだった。私が衝撃を受けたのは、日本の学生6人のうち4人までが「認める」と回答したことである。

 ここからは私の推測になるが、日本では自民党は保守合同によって1955年に結党してから、ほとんどの期間与党の地位にあった。自民1党支配はそろそろ人の一生に近い70年になろうとしており、自民党政権成立以前の日本を知る日本人はいなくなりつつある。その上、過去2度起きた非自民政権への交代がたいした成果も上げられなかったとなれば、ほとんどの日本人は1党支配を疑う余地のない所与の前提と思うだろう。中国で、共産党とその公認を受けた8つの「民主党派」以外には立候補の自由がないのに対し、日本は誰がどんな政党・結社を作っても自由に立候補できるなど本質的な違いはある。だが少なくとも「誰がどれだけの期間、政権を担当しているか」という外形的な部分だけを見れば、長期1党支配として日本も中国も大きな違いはなくなっている。日本人学生が、自国の政治体制を民主主義に含めるなら、中国の“民主”も民主主義に含めなければ平仄がとれないと考えたとしても、それを責めるのは酷というものだろう。

 ●選挙は機能しているか

 サンデルが別の話題に移ったため、米国人学生から投げかけられた疑問に答えるチャンスを逃した中国人学生に代わり、私が西側的「民主主義」より中国型“民主”のほうが優れていると思われる点も挙げておくことにしよう。

 近年、日本の選挙では再び投票率低下が激しくなっており、大都市部では20~30%台という極端な例も見られる。先日行われた東京都品川区長選挙は、6人が乱立した末、公職選挙法が定める法定得票(有効票数の4分の1)を得た候補者がなく再選挙となった。再選挙では当選者が決まったが、投票率は10月の1回目投票が35.22%、再選挙も32.44%という惨憺たるものだった。

 仮に、投票率が32.44%で当選者の得票率が4分の1すれすれだった場合、全有権者の8%の支持しか得られなかったことになる。このような状態で当選した人に公職者としての政治的正統性があるかどうかは検証されるべきだろう。

 当選した人が圧倒的な得票率だったとしても問題の本質は同じである。投票率を「現行選挙制度に対する支持率」だと見るならば、支持率が30%代前半で「危険水域」といわれている岸田政権と大して変わらない。日本の現行選挙制度も岸田政権同様の危険水域にある。

 これに対し、中国では政治体制こそ一党独裁だが、各級選挙は、党が選んだ官選候補に対する信任投票として行われる。信任か不信任かの二者択一しかなく、不信任が上回った場合には、候補者を差し替えるなどの方法で選挙がやり直される。いずれにしても、信任された場合、その信任票は必ず投票総数の半数を超えることになる。「誰でも立候補できる選挙制度の下で、全有権者数の8%の支持しかないのに当選した者と、誰でも立候補できるわけではないものの、必ず投票者の過半数からの信任を得なければ当選できない制度の下で信任を得た者とでは、あなたならどちらを正当な政治的交渉相手として認めますか」と聞かれた場合、それでも前者だと答えられるだけの勇気は私にはない。

 本誌読者の皆さんは、この問いを投げかけられた場合、あなたならどう答えるか頭の体操をしてほしい。このように考えれば、東西冷戦崩壊後、私たちが疑いを挟む余地のない、自明な、所与の条件であり、独裁国家や専制体制に対する優位性の根拠だと考えてきた民主主義が実際にはたいしたものではないことが見えてくるだろう。

 中国の習近平国家主席は、一般市民は参加できない中国共産党員のみの選挙で総書記に選ばれているに過ぎないが、それをいうなら日本の首相も自民党員だけの選挙で党総裁になり、国会議員だけの選挙で首相に選ばれているに過ぎない。習近平国家主席や、プーチン・ロシア大統領が民主主義陣営に「果敢に挑戦」し、一定の成果を上げている背景には、隙だらけの民主主義の本質を見通しているからである。民主主義が専制政治より優位に立っていたこれまでの世界が今後も続くかどうかは、私はかなり危うくなっていると思う。単なる代表選出の方法論では回収できない言論の自由や多様性など「こちらにあって、あちらにないもの」を守り、強化させる努力なくして西側世界が今後、今の地位にとどまれないことは、この間の経過を見れば明らかだ。

 ●哲学を持たない日本人

 「失われた30年」については本誌前号で述べたので、今号では繰り返さない。長く続く日本の漂流の原因について、日本と日本人の「哲学不在」を指摘する声は多い。日本は何を目標とするどんな国であるべきか。国際社会での立ち位置をどこに定めるか。そんな本質的なことを日本人が議論している姿は、もう何十年の単位で見ていない気がする。

 そもそも、子どもたちの教科書に、太字で名前が書かれている日本人はほとんどが政治家や文化人だ。これに経済人が加わる程度で、哲学者、思想家はほとんどいない。枚挙にいとまがないほど多くの哲学者、思想家を輩出してきたギリシャ、ドイツ、フランス、中国などの国々とは違う。

 ドイツでは、メルケル前政権の下で2022年末までの脱原発を決めた。福島原発事故後のエネルギー政策について諮問するため、メルケル首相みずから設置した「脱原発倫理委員会」による答申を受けてのものだ。この倫理委員会で筆頭委員を務めたのが、ミュンヘン大学社会学部教授(リスク社会学)のウルリヒ・ベックであった。ベックはチェルノブイリ原発事故直後の1988年に「危険社会~新しい近代への道」を著している。同書は10年後の1998年になってようやく日本語版が出された。私は福島原発事故後に同書を手にしたが、科学と社会との関係、原発のような巨大な科学技術が社会にもたらす正負の影響、科学者という専門家集団を通じた「サブ政治(政治の中の政治)」がもたらす民主主義無力化など多くの点が論じられている。

 日本では他の学問分野に属さない種々雑多な領域を扱うものとして捉えられ、社会学と社会学者の地位は高くない。何を対象とする学問なのかわからないと言われるのはまだいいほうで、オタク、サブカルチャーや文化芸能などについて論じるのが本業だと思っている人さえいる。実際、私が学生時代には自嘲気味に「社会学者ってのは失業対策のためにいるようなもんですよ」などと発言する教授もいた。

 これに対し、ドイツでは社会学者の地位は高く「職業としての政治」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」などの著作で知られるマックス・ウェーバーも社会学者であった。哲学者、思想家の域に達していなくとも、ウェーバーやベックのような、人間と社会、人間と科学、あるいは人間相互の関係について的確に論じられる社会学が日本に確立し、それを担う社会学者がいれば、30年もの長期にわたって日本が漂流する事態は避けられただろう。

 日本では、哲学不在は有史以来の一大課題だったが、近代に入るまでは宗教者がその穴を埋めてきた。この基本構造は現在も変わらない。原発差し止め訴訟に多くの宗教者が関わるなど、教科書に名前が載るような存在でなくても、多くの無名の宗教者が政治運動に立ち上がっているところに、ひとつの希望を感じる。

 ドイツで本来なら今ごろ実現していたはずの脱原発の期限は、ウクライナ戦争によるエネルギー危機のため先送りされたが、脱原発の方針自体は現在も覆されたわけではない。

 ●「大きな物語」とコミュニティの再建を

 安倍元首相殺害事件とともに、30年ぶりに統一教会が社会を騒がせていることについても、前号で触れたので多くは繰り返さないが、このようなカルト宗教団体をめぐる問題が日本で周期的に起きる背景に、私は日本と日本人の哲学不在が大きいと考えている。失われた30年の間、一貫して続いた新自由主義による共同体、コミュニティの解体によって、多くの日本人が孤独、孤立に追いやられたことも、「心の隙間」にカルトがつけ込みやすくなる土壌を作り出している。

 この問題に特効薬はない。日本人を孤立、孤独から救い出すためには、面倒で長い道のりであっても、共同体やコミュニティを再建する以外に解決策はない。国家、政府と市民ひとりひとりの中間に位置する労働組合、市民団体、文化団体などの再建が急務である。

 同時に、冷戦崩壊後ほとんど語られることのなくなった「○○主義」などの物語も多くの人々を共同体に束ねるためには再建が必要であろう。人間が損得を度外視してでも行動するのは、正義や自由、民主主義など信じる価値観があるときである。

 輝きを失ったソ連型社会主義が人々の希望になるとは思わない。民主主義も昔に比べれば色褪せて見える。これらに代わって私たちの心を捉える価値体系があるのだろうか。自由と多様性、環境保護と持続可能な社会、そして硬直したソ連型の欠点を克服した新しい形での社会主義あたりが、その候補となりうるだろう。いずれにしても、この事態を第2の敗戦と捉え、まったく新しい社会への構想力を持たない限り、日本の復活はあり得ない。2023年をそのためのスタートにしたいと私は今考えている。

(2022年12月18日)

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膠着状態に陥ったウクライナ戦争 長期化する危機の中で

2022-05-25 23:34:08 | その他(海外・日本と世界の関係)
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2022年6月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 ロシアによるウクライナ侵略に端を発した戦争は、本誌が読者のお手元に届く頃には3か月を迎える。「危惧されるのは、お互いのメンツがぶつかったまま、落としどころが見つからず、消耗戦に突入して犠牲者数だけが積み上がることである」(本誌4月号拙稿)という予測通りの展開になってきた。

 これまでにいろいろな識者がメディアに出演しては、無責任な言説を垂れ流す姿を見せつけられた。4月以降、そうした言説にうんざりしてメディアのウクライナ報道からは意識的に距離を置いている。ただ、この間の世界情勢を見る中で、いくつか明瞭になってきたこともある。先の読めないことに一喜一憂しても仕方ないので、今回は論点整理の意味も込め、現時点で明瞭になってきたことに絞って論じておきたい。

 ●パンデミックの「出口」としての世界大戦

 約2年前の2020年3月――新型コロナウィルスの感染が急拡大し、初の緊急事態宣言が出される情勢の中で、筆者はこう論じている。少し長くなるが抜粋・再掲しておこう。

 『世界史的に見ると、1720年代にはペストの大流行があった。1820年前後にはコレラが世界的猛威を振るった。1920年代には「スペイン風邪」が大流行。そして今回のコロナウィルス大流行だ。未知の伝染病流行は、まるで計ったように正確に100年周期で起きている。

 歴史的資料が少なすぎて検証が困難な1720年代の事情や、人間以外の動物の動向も無視して近代以降の人類史だけで見ると、1820年代のコレラ流行時はフランス革命とアメリカ独立から半世紀弱という時代だった。アメリカは次第に国際社会で力を付けつつあったが、1823年、モンロー大統領が自国第一主義を採り、国際社会には積極的に関わらない、とする有名な「モンロー主義」宣言をしている。また、1920年代のスペイン風邪流行当時は第1次大戦が終了した直後で世界は疲弊していた。アメリカは第1次大戦に最終段階になって参戦、ヨーロッパがみずから始めながら終了させられないでいた大戦に終止符を打ったことで国際的な威信を高めたが、100年続いたモンロー主義を転換して積極的に国際社会の秩序づくりに関わるには至っていなかった。そして、今回のコロナウィルス大流行も、EUから英国が離脱、トランプ政権が「自国ファースト」を唱え、国際社会との関わりを縮小させる方向性を強める中で起きている。

 こうしてみると、世界的な伝染病の大流行は、内政、外交ともに国際協調よりも自国優先の内向きの政策を採り、国際社会でリーダーシップを取る意思のない国が大勢を占める時期に起きていることが見えてくる。国際社会の「覇者」が交代局面を迎えている時期に大流行が起きているという共通点も見逃せない。』

 世界は今なおコロナ禍の中にある。アフリカなど途上国には最初のワクチン接種さえできていない国や地域が多くある。新型コロナの確認からまだ2年しか経っていない以上、当然のことであろう。

 しかし、ウクライナ戦争をきっかけとして、先進国の目は一気にウクライナに集中し、コロナ禍はすでに後景に退いてしまったかに見える。しかし、本稿筆者はコロナ禍の「後景化」にはっきり反対を表明する。コロナ禍とウクライナ戦争には密接な関連があるからだ。

 筆者の見るところ、ちょうど1世紀前の時代と今の時代は怖いほど酷似している。1918年2月から1920年4月までの2年2か月間がスペイン風邪の流行期間とされている。スペイン風邪で失われた命の数は2500万に及び、それは第1次世界大戦における死者数(1千万人)よりも多かったことを、多くの記録が今に伝えている。

 スペイン風邪の収束後、世界は一気に不安定化した。世界経済はやや遅れ、1929年10月に起きたウォール街での株大暴落をきっかけに世界恐慌が始まった。この混乱の中から、ヒトラーが完全に民主的な選挙で首相の座を射止めたのは1933年。6年後、ナチスによるポーランド侵攻を発端に、世界は第2次大戦に突入していった。

 パンデミックは人と人との距離を広げ、対面でのコミュニケーションを困難にする。第1次大戦後の講和条約の締結について協議するパリ講和会議はパンデミックが継続する中で行われた。ウィルスを恐れるあまりに各国首脳が本音で協議できず、敗戦国ドイツに巨額の賠償を負わせる条項が盛り込まれたという(注1)。この巨額の賠償こそ、ドイツでのハイパーインフレの原因となり、ヒトラーの台頭を招くのである。

 1世紀後の今日、ロシアのプーチン大統領に忖度なく正しい情報を報告し、信頼を置いていた側近との関係がコロナ禍で疎遠となる中で、プーチン大統領が次第に孤立を深め、正しい情報に基づく適切な判断ができなくなっていったとの指摘もある。やはり歴史は繰り返している。コロナ禍の影響を捨象したまま、今回のウクライナ戦争を「情報から閉ざされた専制的指導者による孤立的事象」として読み解くことは事態の評価を誤らせることになりかねない。だからこそ本稿筆者はコロナ禍の「後景化」は時期尚早だと考えている。

 ●核の時代には、過去2回の大戦と同じ解決策は採れない

 世界史を理解している人であれば、過去2回の世界大戦がヨーロッパから始まったこと、みずから戦争を引き起こしながら、ヨーロッパは自分たちで戦争を終結させられなかったことは認識していることだろう。過去2回の大戦では、両陣営の戦力が均衡していたところに、2回とも米国が参戦したことが帰趨を決めた。過去2回の大戦当時と比べ、政治的発言力も国際社会における威信もさらに低下させたヨーロッパに、独力で今回の戦争を終結させる力があるようには、筆者にはとても見えない。

 そのように考えると、今回も過去2回の大戦と同じように、停戦、終戦にはヨーロッパ外の勢力による働きかけが必要になりそうだ。ロシア、ウクライナのどちらにも利害関係を持たず中立的な第三国が望ましいが、世界は今、1世紀前とは比較にならないほど広範かつ複雑な利害関係で結ばれている。完全な中立国はないと見ておく必要がある。さしあたり、仲介が可能なのは中国、インドの他、NATO(北大西洋条約機構)加盟国でありながら非欧米的で独自の文化を持つトルコ、マクロン大統領がプーチン大統領と定期的に電話会談を続けているフランスなどが候補になりそうだ。いずれにしても、米国に付き従うだけの「属国コバンザメ外交」の経験しか持たない日本がその任にないことだけははっきりとしている。ろくな外交ができない日本が、いたずらに戦争拡大をあおり、危険な軍事援助を続けることは破滅を招く行為だと知る必要がある。

 前々号でも述べたが、たとえそれが国際法で禁止されている力による一方的現状変更であったとしても、戦争では当事者の一方だけが絶対的な悪ということはない。ましてや、過去の日本によるアジア侵略戦争を「欧米列強による圧迫からアジアを解放するための聖戦だった」などと主張している連中が、今回のロシアによる侵略を否定していることは恥さらし以外の何ものでもない。

 過去2回の大戦のような米国の直接的参戦という事態は断じて避けなければならない。過去2回の大戦と違うのは、人類を全滅させられる膨大な量の核兵器を持つ米ロ両国の直接対決につながるからだ。このまま推移すれば、戦争と同時に人類も終末を迎えかねない。

 ●危機は長期化する

 ヨーロッパ外で今回のウクライナ戦争の仲介に動けそうな国々や国際機関は、本稿執筆時点でまだ浮上していない。今回のウクライナ戦争はある程度長期化するかもしれない。世界は不安定化しており、それに伴って人類滅亡の危機と当面「隣り合わせ」で生活していくしかない状態も今後かなり長期にわたって続くと覚悟しなければならない。

 今日明日にも世界が破滅しておかしくないのに、誰もがそこから目を背け、危機など存在しないかのように毎日を享楽的に生きる――40歳以下の若い世代にとって、この不気味で奇妙な感覚は理解しがたいだろう。だが本稿筆者(50歳代)より上の世代にははっきりした記憶があるはずだ。懐かしくも二度と戻ってきてほしくないと思っていた東西冷戦時代のあの感覚である。東西両陣営のトップは核という最終兵器を背景に神経戦を繰り広げた。「緊張激化」と「デタント(緊張緩和)」という文字が新聞紙面を交互に飾った。突発的な事件が起きるたびに、今度こそ世界の終わりかと身構えた。またあの時代に戻るのかと思うと憂鬱になる。

 しかも、これから始まる「第2次冷戦」はかつての東西冷戦よりはるかに不確実性が高いと筆者は思う。東西冷戦には資本主義対社会主義という明確な対決軸、イデオロギー対立が存在した。自分たちの理想とする社会を実現させるためには人類滅亡を回避しなければならないというある種の抑制が機能していた。哲学的な表現になるが、本能よりもイデオロギーという「超自我」(注2)を優先する必要に迫られていた。

 しかし、当時の世界に存在した「超自我」は現在はない。世界は当時より今のほうがずっと本能的に動いている。日本ではまだ自覚されていないが、米国では国家権力によるあらゆる規制・介入を撤廃し、本能の赴くまま動物のように生きさせるよう主張する「リバタリアン」がすでに無視できない政治勢力として台頭している。本稿の主題ではないため今回は紹介のみにとどめるが、リバタリアニズム(自然的自由至上主義)はすでに日本でも若年男性層の大半を捉えていると筆者は見ており、10年後は日本でも政治的一大勢力としてはっきり自覚されると思う。大胆にいえば人々の分断線は、現在の米国のように、10年後は日本でもリバタリアンとそれ以外の人々との間に引かれることになろう。

 ●日本型組織には結局、危機管理はできない

 日常化した危機が多くの予測不可能な変数を持ち、事態はどのような方向にも転化しうる。そのような不確実性の時代は、本誌読者の大半が生きているうちは続くのではないかと筆者は考えている。起こりうる事態のすべてに備え、全方位的な危機管理を長期にわたって続けなければならない今回のような事態は、いわゆる日本的組織が最も苦手とするもののひとつである。多くの日本的組織は「リソースは限られているのに、すべての危機への対処などできるわけがない」として、結局は何もしないことを選択するであろう。岸田政権が何もしていないのに空前の支持率を続けていることを不思議に思う読者が多いかもしれない。しかし筆者の分析は逆であり、岸田政権は何もしない「からこそ」高支持率を維持しているのである。

 今振り返ってみると、昨年秋の総選挙直前に行われた自民党総裁選は、日本的組織のリーダー選出の典型例に見える。可もなく不可もない、どんぐりの背比べのようなトップ候補が並び立つが、積極的に何かにチャレンジしようとした人から順に失敗して減点され、レースから脱落していく。何もしなかった人が最後まで生き残り、リーダーに選ばれる。そのようなリーダー選びをした日本的組織の脆さは事故や不祥事などの危機に顕在化する。対応を誤り市場から退出させられる組織の姿を私たちは何度も見てきた。

 問題なのは、評価が減点主義的で危機に脆い組織の多くが「競争相手がいない」ことだけを理由に生きながらえていることである。大事故を起こしたJR西日本や東京電力、多くの日本の市民にとって災厄の発信地でしかない自民党など、耐用年数が切れたと思われる日本的組織の多くが今なお1丁目1番地にいる。交代させたくても代わりとなる勢力は存在せず、浮上する気配もない。

 このような時代に、特に自分の所属、帰属している組織が日本型である場合、構成員は所属組織に自分の運命を委ねてはならない。自分の頭で考え、自分の足で歩かなければならない。たとえそれがどんなに困難な道のりだったとしても。

 ●ウクライナ前には戻れない中で、私たちはどう生きるべきか

 2022年2月24日を境に世界は新たな段階に突入した。コロナ前に戻りたいと夢想してもそれが叶わないのと同じように、ウクライナ戦争前に戻りたいとする願望も叶えられることはない。新たな不確実性の時代の中から、私たちは未来につながる何かを得なければならない。

 「いいかい。社会というのはそんなに簡単に変わるものじゃないんだ。社会の中で人は生きるために食べなければならない。食べるためには労働しなければならない。その労働のあり方、生活様式こそが私たちの社会の下部構造を作っている。その下部構造の上に、社会の姿という上部構造が見えるに過ぎない。だからこそ、たかが1回の選挙や、10回くらいのデモや集会ごときで社会が変わるとしたら、そのことのほうが嘘っぽくて僕には信じられないよ」。

 昨年11月。本稿筆者も執筆陣に加わり、共著として出版された「地域における鉄道の復権-持続可能な社会への展望」出版記念を兼ねた合評会で、主催者団体である札幌唯物論研究会会長から筆者はこのような言葉をいただいた。「こんなに努力をしているのに、どうして世の中は変わらず、自民党も倒せないんでしょうか」という私の疑問に対する会長からの「回答」だった。さすがは唯物論者と感心するとともに、うわべだけの政権交代などを追い求めるくらいなら、きちんと政治的足場を固めた上で、その足場を基礎に変革への種をまこうという決意が固まった。

 自民党がそこまでして政権にしがみつきたいなら勝手にすればいい。その代わり私たちは自民党政権70年で腐りきった日本社会の土壌を入れ替える「除染活動」をしたい。下部構造を変えない限り、腐った土壌の上にどんな種をまいても腐った花しか咲かないからだ。きれいな花(=上部構造)を見たいなら、土(=下部構造)をきれいにしなければならない。ガーデニングの世界では当たり前のことだ。

 政治も同じである。あちこちで市民と対話し、支持を広げ、民主的な地域を生み出す。原発や化石燃料で作られる大手電力会社の電気の使用をやめ、再生エネルギーで発電している地産地消の電力会社に切り替える。市場でお金を出し、生活必需品と「命がけの交換」をする暮らしから、自分たちで耕し、生産する自給自足の暮らしに変えていく。選挙よりも、そしておそらくデモや集会よりも何倍も大切なことのように私には思われる。

 変革はおそらく、その道のずっと先にある。人々がその労働に応じてではなく、必要に応じて受け取れる新しい社会が到来し、国家が死滅するときまで自民党はしぶとく生き延びるのだろう。でも私はそれでいいと思っている。いずれは地球上のすべての人々が社会主義経済の下で暮らすべきであるという私の信念は揺らがないどころか、ウクライナ戦争以降はますます強まっている。

注1)「ウイルスがまいた第2次大戦の種 歴史生かせぬ宰相ら」(2020年12月11日付「朝日」記事)

注2)精神分析学の開祖であるオーストリアの精神科学者フロイトは、人間の心を「本能」「自我」「超自我」の3領域に区分。規範意識に基づき、自我を通じて本能を抑制する働きをする領域を超自我と名付けた。本稿では、国家間の紛争に暴力、実力で決着をつけたいと望む国家指導者の本能に対し、それを抑制するイデオロギーなどの規範を超自我に例えて論じている。

(2022年5月15日)

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今、当ブログがすべての「主戦論者」に送る全面核戦争の恐怖描いた映画「THE DAY AFTER」(1983年米国)

2022-05-08 18:02:26 | その他(海外・日本と世界の関係)
ロシアによるウクライナ侵攻から2ヶ月半が経過した。事態は収束の気配を見せないまま、5月9日、ロシアにとって最も重要な祝日である対独戦勝記念日を、まもなく迎える。

日本国内には危うい空気が流れている。侵略者ロシアを懲らしめるために、経済制裁しろ、防衛費を倍増しろ、敵の基地だけでなく中枢も叩ける能力を持て、そして挙げ句の果てには「日本も核武装を」--。核が抑止力にならないことを学ばなければならないのが今回の戦争ではなかっただろうか。

そんな中、四国旅行中の5月1日、現地で見つけた「徳島新聞」に政治学者・姜尚中さんが「保てるか共存可能な世界」と題した一文を寄せている。姜さんは「私たちは敵を倒したとしても味方の存続すらままならない、破局の深淵を垣間見つつある」とした上で、「正義が実現されなくても、醜悪な取引であっても、平和的な「共存」が可能な国際秩序を保つことができるだろうか」と問うている。この問いは、少なくとも「打倒ロシアのためなら何をしてもいい」という極論よりはマシなのではないだろうか。

今、いきり立って「ロシアをせん滅せよ」と叫んでいる人たちは、その正義が絶対かどうか冷静になってもらいたい。人類が破滅してまでも、それは貫かなければならないほどの正当性を持っているのか。「ロシアなんてどうでもいいから、自分は生き残りたい。世界の終末なんて見たくない。自分の人生を楽しみたい」という人がいても、それもまた正義なのではないだろうか。

人類は、今、「正義」とやらのために滅亡の淵に立っている。世界の終末を防ぐには、全員が少しずつ「正義」をあきらめ、譲歩しなければならないのではないだろうか。特に、ロシア制裁を声高に叫ぶ保守層に私は問いたい。20年前、米国がイラクに侵攻したとき、あなた方は「対テロ戦争」と叫び米国を支持していたのではなかったか。同じ「力による一方的な現状変更」なのに、米国ならよく、ロシアならダメだというなら当ブログが納得できるだけの根拠を示してもらいたい。

それに、河合案里事件に見られるように、有権者を汚いカネで買収して不正選挙で勝ち、平和・人権・環境保護・脱原発などを訴える人たちを「お花畑」「9条信者」「きれい事」「対案を出せ」などと口汚く罵ってきたお前らが、相手がロシアになったとたんに正義だのなんだのとご託を並べているのを見ると、吐き気がするんだよ!

ご都合主義の保守層・対ロシア「主戦論者」どもに告ぐ。1983年に米国で公開され、全米に衝撃を与えた映画「THE DAY AFTER」の一部をご紹介する(映画「The Day After」(1983年、米国)から、核爆発の瞬間の場面)。世界全面核戦争になればどのような事態が起きるかを迫真の映像で描いている。日本でも1980年代にテレビ朝日系「日曜洋画劇場」で放送され話題を呼んだ。日本もこのようになるかもしれない。

これを見てもなお、「それでもロシアを倒すべきだ。世界が終わってもいい」という人とは、残念ながら対話の余地はない。当ブログは「ロシアなんてどうでもいいから、自分は生き残りたい。世界の終末なんて見たくない。自分の人生を楽しみたい」と思っているから、そのような人々がもしいたら、容赦なく「敵」とみなす。世界がこのような事態を迎えないため、当ブログは今後もあらゆる努力を続けたい。

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プーチン氏が病気治療か、甲状腺がん専門家が別荘に出入り…露メディア報道

2022-04-02 23:34:50 | その他(海外・日本と世界の関係)
プーチン氏が病気治療か、甲状腺がん専門家が別荘に出入り…露メディア報道

驚くべきニュースが飛び込んできた。情報の真偽が現段階では明らかではないが、ロシアのような独裁的・情報統制的な国家では、このような情報が表に出ること自体が「帝国の終わりの始まり」を告げるものであることが多い。とりわけそれが世界の運命を狂わせた指導者に関するものであればなおさらである。

政敵を葬り去りたいとき、病気でもないのに病気をでっち上げ、強制入院させて辞任せざるを得ないように仕向ける手法は、古今東西問わず常套手段としてしばしば歴史上に登場してきた。

ちなみに、甲状腺がんというと、放射線被ばくを思い出す人が、とりわけ当ブログの読者には多いかもしれない。プーチン大統領の甲状腺がんが事実だとして、それがチェルノブイリ原発事故と影響があるかどうかは何とも言えない。甲状腺がんは、加齢に伴って発生率が上がることが知られており、ロシア人男性としてはすでに平均寿命を超えているプーチン大統領の場合、放射線被ばくの影響がなくても発生して何らおかしくないからである。

チェルノブイリや福島での甲状腺がんは、18歳以下の若年層では、通常100万人に1人程度の発生率であるものが、20万人の検査で300人近くも発生しているから問題とされているのであり、高年齢層では発生率が幾分増えたとしても、それが放射線被ばくに由来するかどうかの見極めは、実はきわめて難しい。

それはともかく、平均寿命が68歳といわれるロシア人男性にとって、プーチン大統領の69歳は平均年齢を超えており、日本で言えば80歳を超えた二階俊博前自民党幹事長や麻生太郎自民党副総裁が首相になるようなものだといえば、日本人にもその危険性が理解されると思う。プーチン大統領もそろそろ「引き際」を考えるときだろう。

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【ウクライナ侵攻1ヶ月】映画「ひまわり」(ソフィア・ローレン主演)テーマ曲

2022-03-24 22:31:50 | その他(海外・日本と世界の関係)
ウクライナで撮影、名作「ひまわり」上映広がる 「同じこと現実に」(朝日)

早いもので、ロシア軍によるウクライナ侵攻から1ヶ月となった。当初は短期終結が見込まれたこの戦争は予想外に長引いている。ロシア、ウクライナとも停戦交渉は続けているが、現状は「交渉のチャンネルは閉ざさない」というメッセージの意味合いが大きいように見える。

当ブログ管理人は、9条改憲を狙う改憲派が衆院ではすでに発議に必要な3分の2を握る中、この戦争が継続したままの状態で参院選に突入するのはまずいと考え、早期停戦を願ってきた。だが、ロシア、ウクライナともに政治・軍事両面で決め手を欠いており、当ブログが最も恐れていた展開--「停戦できず、戦争が継続したまま参院選突入」もそれなりに考えなければならない事態になってきた。

これ以上、この戦争のことを考えても今は決め手もないので、今日はウクライナにまつわる話題として、1970年制作のイタリア映画「ひまわり」を取り上げる。第二次大戦における独ソ戦の悲劇を描いた反戦映画で、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ主演。一面にひまわりが咲き誇るシーンは、当時のソ連・ウクライナ共和国(正式国名「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」)のヘルソン州で撮影されたとされる。ヘルソン州での撮影には、ソ連の映画制作スタジオ・モスフィルムが協力している。モスフィルムは、これ以外にも「誓いの休暇」などの優れた反戦映画を世に送り出している。

今、半世紀前に映画で描かれたのと同じ事態が進行、ひまわり畑のすぐそばで独ソが激戦を繰り広げたヘルソン州は再び戦場となり、ロシアに制圧された。戦争に翻弄された主役たちを象徴するように、美しくももの悲しいメロディーが印象的な主題歌がアップされているので、曲だけでも聴いて現地に思いを馳せてほしい。

ひまわり テーマ曲


なお、ウクライナでの今回の戦争は現在「社会・時事」カテゴリーで扱っているが、もともとこのカテゴリーは他のカテゴリーに収まりきれない種々雑多な記事のために設けたものである。この戦争が長期化した場合、ウクライナ戦争を専門に扱うカテゴリーを新設する可能性があるので、お知らせしておきたい。4月末までに戦争が終結しなかった場合をひとつの判断時期としたいと考えており、当ブログとしては、その前に停戦となるよう努力を続けたいと考えている。

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世界情勢を一夜にして塗り替えたロシアのウクライナ侵略戦争 第3次世界大戦に至る前に停戦を!

2022-03-21 21:36:00 | その他(海外・日本と世界の関係)
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2022年4月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 ●2世紀も戻った歴史の針

 2月24日、ロシアが引き起こしたウクライナ侵略戦争は、世界情勢を文字通り一夜にして塗り替えた。21世紀も5分の1をすでに終えた今日になって、20世紀どころか19世紀に戻ったかのような野蛮な帝国主義がこんな露骨な形で復活するとは予想さえしていなかった。近年の「戦争」は、国家対テロ組織のような形で行われるものが多く、互いに国連に議席を持ち、国際社会に承認を受けている主権国家同士のこれほど本格的な戦争は、米国の対イラク侵略戦争以来、約20年ぶりのことである。

 時計の針を2世紀も逆流させるような今回の戦争の発生は、多くの識者によって昨年秋くらいから予想されていたことでもある。ロシアが2021年から10万を超える兵力をウクライナ国境へ展開させていたからである。日本でもこのニュースは報道されている。

 軍事に疎い一般の人々にとって、10万が軍事作戦上どのような意味を持つのかを判断するのは難しいかもしれない。しかし、自衛隊の兵員数が陸15万、海4.5万、空4.7万、計25万(出典:令和2年版防衛白書)という数字を示せばその巨大さがわかるだろう。自衛隊の約半数と同規模のロシア軍をウクライナ国境に投入するという信じがたい事態が起きていたのである。ロシアのような広大な国土面積を持つ国では、兵員を移動させるだけでも莫大な経費がかかる。単なる軍事的威嚇のレベルでここまでの犠牲は通常、払わない。悪い意味でロシアの本気度を見せつけるのに十分な兵員数である。

 もうひとつは、ウクライナの死活的重要性である。ウクライナはロシアにとって裏庭というべき存在であり、ロシア革命によるソ連建国後、第2次大戦中の一時期、ナチスドイツに奪われたことがあるものの、ソ連が奪還した。以降、ウクライナはソ連内の共和国として存在し、ソ連解体後も現在のゼレンスキーが大統領に就任するまではずっと親露派政権が続いてきた。ウクライナはナチスから奪還後、ロシアにとって敵対的外国勢力には一度も割譲したことがない絶対不可侵の土地である。

 ソ連・ロシアでは第2次大戦中の独ソ戦を「大祖国戦争」と呼ぶが、ウクライナ東部では、ソ連軍とナチスドイツ軍が激突、死闘が繰り広げられ、多くの犠牲者を出した。世界地図を見ればわかるが、ウクライナ、ベラルーシ両国が親露派の手中にある限り、NATO(北大西洋条約機構)加盟諸国は陸路で直接ロシア領内に入れない。一方でここを失うなら、ロシアにとってウクライナ領内に展開するNATO軍と国境で直接対峙しなければならない。冷戦終結当時「NATOは1インチたりとも東方拡大させない」との約束が反故にされ、NATOに加盟したバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)とロシアはすでに国境を接する事態を迎えている。バルト3国は、ロシア革命後のソ連政府が自国に編入した経緯もあり、最初から自宅の裏庭だったわけではないから我慢できるとしても、戦後一度も親西側勢力に譲ったことのない「裏庭」ウクライナまで失うならば、それはロシアにとって悪夢そのものであり、第2次大戦後最大の危機といえる。盗人にも三分の理と言われるが、戦争では一方だけに100%責任があるということはなく、ロシアにもこうした「言い分」がある。もちろん、そうした理由があっても武力による国境線変更を正当化できるものではない。

 今、国内では何の罪もないロシア料理店が破壊されるなど、反ロシア感情が暴走する兆しも見え始めている。こうした嫌がらせは中韓両国に対する「ヘイトスピーチ」と同じであり、戦争とは別問題として毅然と対応すべきであることは言うまでもない。


<地図>ウクライナがNATOに加盟した場合、NATO軍はウクライナ経由で直接、陸路からロシア領内に侵入できる。

 ●理解できるウクライナ市民の心情

 全人類を何度も全滅させることができるといわれる6千発の核兵器をロシア軍は持つ。そんな超大国と戦いたい国などあるわけがなく、現時点ではNATO加盟国でもないウクライナはNATO加盟国にとって「集団的自衛権」の発動対象に当たらない。どこからも助けが来ないまま、早ければ2月中に首都キエフがロシア軍の圧倒的軍事力の前に陥落し、ウクライナは独立国家からロシアの事実上の衛星国になるか、最悪の場合、旧ソ連時代のような形(ロシア連邦共和国内の1共和国に格下げ)となる――本稿筆者もまたロシアによる開戦の時点ではそのようなシナリオしか思い描けなかった。

 ところが大方の予想に反し、ロシアによる侵攻開始から3週間を過ぎた本稿執筆(3月20日)段階でもウクライナ全土はおろか首都キエフが陥落する気配さえ見えない。ロシアは国際法違反を承知で大規模な軍事侵攻を仕掛けた行きがかり上、引くに引けない。一方、ウクライナはNATOに接近し、加盟を望むという「命知らずの政治的冒険」の過ちを犯したとはいえ、それだけで国際法違反に当たる一方的軍事侵攻を受け、屈服を強いられなければならない道理はない。危惧されるのは、お互いのメンツがぶつかったまま、落としどころが見つからず、消耗戦に突入して犠牲者数だけが積み上がることである。

 ウクライナは、スターリン時代、モスクワの党中央による非人道的飢餓政策が採られるなど「大ロシア」に虐げられた歴史を持つ一方で、第2次大戦後は旧ソ連を構成する共和国同士、ロシアとは家族のように仲良く暮らしてきた。そうした歴史と、西側とロシアの狭間で両文明の衝突を防がなければならない自国の微妙な地理的事情を踏まえることなく、バランス感覚を失い、NATO接近と加盟を訴える危険な人物をトップに選んでしまったことで、ウクライナ市民が払う代償は高くつきつつある。しかし、「民主主義は、これまで人類が経験してきた他の制度を除けば最低の制度である」(ウィンストン・チャーチル英元首相)という言葉通り、民主主義もまた多くの欠陥を抱えている。多くの国々で民主主義が選択されているのは完璧な制度だからではなく、単なる比較優位の結果に過ぎない。

 選挙で誤った人物を選んでしまうことは「自由選挙」である以上はいつでも起きうる。侵略決行を決断したウラジーミル・プーチン大統領が口を極めて非難するヒトラーもまた「正当な自由選挙」によって生まれた。米国ですらドナルド・トランプという奇特な人物をトップに選ぶことで国際的評価を大きく下げるという経験を最近したばかりである。プーチン大統領にとっての最善の道は、ロシアにとって家族だったウクライナとその市民を信じ、ゼレンスキー大統領が他の親露的人物に取って代わられるまで数年間我慢するという理性的な方法を選ぶことだった。だが、その数年間すらプーチン大統領は待てず、時計の針を2世紀も逆戻りさせる野蛮な帝国主義的侵略に打って出た。この暴挙を許すことはやはりできない。

 筆者にはウクライナ市民の心情は大いに理解できる。同列に論じられないかもしれないが、本稿筆者もまた2011年3月の福島原発事故以降、ずっと東京電力と闘い続けてきたからである。東電という企業には、一般的な企業が持ち合わせているような良識、常識はまったく通じない。ライオンがウサギを殺すにも全力を尽くすといわれるように、原発反対派をつぶすためにどんな卑劣な手段でも平気で使う。見え透いたデマやプロパガンダを平然と流し、1万の証拠を突きつけても事実を認めることも恥じることもない。いわば東電とその背後にいる原子力ムラは「日本経済界のプーチン」である。

 自分たちは何も悪いことをしていないにもかかわらず、一方的に生業を奪われ、生活を壊され、健康を害され、財産を毀損させられ、踏みにじられる。その原因を作った相手がどれだけ巨大であっても、自分の名誉・生活・健康・財産を守るために闘いをやめる選択肢はない。正直なところ、勝てるとは思えない。しかし、自分たちを見くびった代償がどれだけ高くつくかくらいは、せめて相手にわからせたい。武器を取るか取らないかが違うだけで、巨象と闘うアリの心境としては通じるものがある。筆者の立場上、戦争や日本の軍事支援に同意することは決してできないが、ウクライナの市民がロシアに屈せず闘い続ける心情には、寄り添いたいと思っている。

 ●今後の行方は?

 ロシアに戦争を止めさせる唯一の手段は、ウクライナが望むNATO加盟をあきらめさせることである。第2次大戦後、人の一生に匹敵する時間を家族のように暮らしてきたロシアの元に戻るか、ロシアの専制主義的政治体制に同意できないのであれば、せめて文明の衝突を防ぐ「緩衝地帯」として、政治的には民主主義を、軍事的には中立を維持する。前述した歴史、地理的条件を考えると、ウクライナにはこの2つの道しかない。

 大半の日本人にとって初めて聞く話かもしれないが、ウクライナのゼレンスキー大統領は元コメディアンである。政治経験、行政経験はなく、ポピュリズムと、旧ソ連時代、スターリンに虐げられてきたウクライナ国民の歴史的反ロシア感情をうまくくすぐり、大統領の地位を射止めた。「吉本興業のお笑い芸人が大阪維新に担がれて首相を射止めるようなもの」だと例えれば日本人にもぐっと理解が容易になるであろう。面白半分に維新所属の犯罪予備軍を選挙で連戦連勝させるようなことをしていては、日本もいずれ戦争を招き寄せることになる。日本人にとっても教訓とすべき事例だと筆者は考える。

 軍事力による現状変更は認められないという近代以降の世界が確立してきたルールに忠実であろうとするならば、今回の軍事侵攻でロシア軍が強奪し、支配下に置いた場所はウクライナに返すべきである。プーチン大統領は「民主主義的“自由選挙”の下では、自分たちの意に沿わない人物がリーダーに選出されることがある」ということを理解しなければならない。ロシアでもはなはだ不公正ではあるが「選挙」が行われており、自分自身もそれにより選ばれることで大統領の地位に就いているはずである。

 有権者は、公職に選ばれた人が自分の投票した人物以外であったとしても、ルールとして受け入れると同時に、全体の奉仕者として行動しているか任期中常に監視する。選ばれた公職者は「自分に投票しなかった有権者も含む国民全体」を代表しているのだという自覚の下に政治、行政を担う。この原則が貫かれる限り、「これまで人類が経験してきた他の制度を除く最低の制度」としての民主主義の地位くらいは少なくとも維持できるだろう。

 平穏期と動乱期が交互に現れ、その両極端を行ったり来たりするのがロシアの歴史であるという点で、ロシアに詳しい識者の認識は一致している。ロシアはソ連時代という安定期を終え、ソ連崩壊から始まった本格的動乱期に入ったと認識すべきである。これから2020年代末くらいまでは何が起きてもおかしくないと見ておかなければならない。

 ウクライナ侵略への懲罰として国際社会が科している経済制裁が実を結ぶかどうかは正直なところわからない。ロシアは何度もこのような極限の経済危機に直面しては、克服してきた歴史を持つからである。レーニン率いるロシア社会民主労働党(ボルシェヴィキ)が人類史上初の社会主義革命を実現したときも、世界はこの革命が広がることを恐れてソ連に経済封鎖を科した。ロシアの通貨ルーブルは紙屑同然になったが、スターリン政権は重工業部門での生産力強化と並行して無価値となったルーブルを事実上廃棄、チェルヴォーネツという新通貨を臨時に発行した。一部を金との兌換制(金本位制の部分的復活)とし、市場流通する財・サービスの総価値を超えるチェルヴォーネツの発行を禁止することで通貨価値を維持した。この大胆な新政策に成功し経済を急回復させたことがその後の「大祖国戦争」における勝利にもつながった。

 ウクライナ戦争に伴う制裁で今またルーブルが紙屑になっても、過去の歴史に学んだロシアが経済制裁に耐え抜くという展開もあり得る。広大な国土面積を持ち、エネルギー・食料から生活必需品に至るまで何でも自分たちで作ることができるという点もロシアの強みである。世界がロシアを必要とする時期は遠からず再びやってくる。この大国を追い詰めすぎることが得策とは思えない。

 一方、世界をあっと言わせる別の展開もあり得る。ロシアの再社会主義化である。荒唐無稽だと思われるかもしれない。しかし世界史の教科書を紐解き、もう一度、社会主義がどんなときに生まれてきたか調べてみるといい。戦争と動乱、格差拡大と貧困が同時進行するときに社会主義は生まれてきた。

 ロシアの中高年世代にはまだソ連時代の記憶が残っている。加えて、ロシア議会(一院制)には小選挙区制が導入されており、プーチン与党「統一ロシア」7割、ロシア共産党3割という議席構成になっている。ロシア共産党は、ゴルバチョフ大統領によるソ連解体と共産党解散に反対していた旧党員らがその後再建したが、ソ連のような一党独裁制は再び採用しないとしている。プーチン政権の政策に反対はしておらず準与党的立場にある。真の意味での野党は存在せず、そのことが「プーチン1強」の政治的土壌となってきた。

 このまま制裁による経済危機が長引けば、ソ連解体で巨大な財を成した「オリガルヒ」(新興財閥)がプーチンを見限る可能性がある。一方、プーチンは自分に敵対する者は許さないとして、オリガルヒの財産を接収し、国有化すると言い出すかもしれない。それは決して杞憂ではない。実際、制裁によってロシアから撤退したスターバックスやマクドナルドなどの西側企業の「接収」をほのめかす発言が「統一ロシア」幹部からすでに出ている。プーチンが統一ロシアを解党してロシア共産党と合流しそのまま全産業を再国有化(ロシアの再社会主義化)――冗談ではなく本当に起こりかねない。そのような可能性さえ視野に入れなければならない動乱期に、ロシアは突入しているのである。

 ●反戦の闘い続く

 野蛮な帝国主義的戦争の勃発によって、この2年、人類を悩ませてきた新型コロナ問題はすっかり後景に退いた感がある。新型コロナ感染拡大以降、人々の感情は自分自身の内部へと向かい続けてきた。長く続いた行動自粛とあいまって鬱屈した市民感情が、何らかのはけ口を求めるタイミングでウクライナ戦争は起きた。抑鬱的状態にあった市民感情が爆発的に解放された結果、はなはだ不適切な表現だが、日本国内にも世界にも妙な高揚感すら漂っているように感じる。まだまだ新型コロナの感染拡大が続く地域があるにもかかわらず、世界は科学的検証抜きに「ポストコロナ」時代という新しいフェーズに突入させられた。プーチンという野蛮で常識外れの指導者が「世界劇場」のカーテンを暴力的に引き裂いたのである。

 抑鬱的感情が解放された結果、市民はコロナを恐れず街頭で再び意思表示を始めた。2月24日以前はウクライナがどこにあるのかさえわからなかった市民までが、黄色と青の旗を振り、反ロシア感情をみなぎらせている。ウクライナ国旗の色は、青空とその下で黄色く実る小麦畑を象徴する。「木の枝をウクライナの土に突き刺せば、そのまま育つ」といわれるほど肥沃な土地を持つウクライナは世界の穀物倉庫として重要な役割を果たしてきた。そこでの戦争を止めることは、世界を食糧危機突入という事態から救う意味でも、価値ある行動であることは確かだろう。

 今月号の本誌はウクライナ情勢一色になると見込まれる。首都圏や関西圏での戦争反対行動に関しては他の執筆者に譲って、本稿では筆者も参加し、札幌で開催されたウクライナ戦争反対集会についてのみ報告する。

 3月19日、「戦争させない北海道委員会」主催のウクライナ反戦集会には、約200人が集まった。主催者を代表して、佐藤環樹代表(自治労北海道本部副委員長)があいさつ。「大阪では、都構想をめぐる住民投票が二度行われ、二度とも否決。2015年は橋下徹・大阪府知事が辞任。2020年は松井一郎・大阪維新の会代表が政界引退を表明した。改憲国民投票でもし負ければ、トップは辞任しなければならないことを与党は理解しており、だからこそ今年夏の参院選で改憲派に3分の2を与えれば、彼らは死に物狂いで改憲に全力を挙げるだろう」と参院選に向けた結束と「3分の2阻止」を訴えた。

 同委員会呼びかけ人の清末愛砂・室蘭工業大学大学院教授は「ウクライナ戦争を台湾有事に結びつけ改憲をあおる動きに断固抗議する」とロシアと国内改憲勢力を批判する一方、旧ソ連による侵略が行われたアフガニスタンについて、今日のウクライナのような世論の盛り上がりはなかったとして「私たちの中にあるレイシズムと不平等性を問いたい」とした。同じ戦争被害者なのに、世界のどこにいるどんな人々かによって関心に差を付ける日本の市民の意識に一石を投じる重要な問題提起として受け止める必要がある。

 岩本一郎・北星学園大学教授は核保有国による帝国主義的戦争が核抑止戦略を破たんさせ、冷戦時代さながらに人類を滅亡の危機に追いやっている、とした上で「プーチンに対し、勇気を持って民主的手段で反戦の声を上げているロシア市民を支えなければならない。21世紀を20世紀のような野蛮な暴力と戦争の時代に戻してはならない」と訴えた。

 北海道高等学校教職員組合に所属する20代女性労働者からも発言があった。「私は学者でも政治家でも専門家でもなく、地域の有力者でもないただの1人である。戦争を前にして市民にできることは少ない。しかし2015年の戦争法強行採決の際、テレビの前で怒っているだけでは何も変わらないと、初めて自分の意思でデモに参加した。黙っていてはいけないという自分の意思に背中を押された。会場に行ってみると、同じ思いの仲間がこんなにいたんだと思い勇気が出て、毎週のように仲間がいる会場に行くようになった」。

 札幌での護憲集会、反戦集会では必ず一般市民の発言枠が設けられる。労働現場で、デモや集会の現場で、闘いながら成長する自分の姿を生き生きとした言葉で表現する。その表現が空気振動のように、場を共有する参加者に伝わる。オンライン集会では決して味わうことができない久しぶりの臨場感。やはり街頭集会はいいと思う。「今日は久しぶりの大型の街頭集会ですよ」という市民の弾む声を開始前にも聞いた。ステイホームが始まって2年、市民はこの瞬間を待っていたのだ。

 「安保法は成立させられてしまったが、私たちの闘いによって強行採決せざるを得なかったという事実は残った。世界には逮捕される危険があっても街頭に出る人たちがいる。ロシアで声を上げる人たちへの連帯を表明し、世界中の人々が見ているよ、と伝えたい」――若き労働組合員からの訴えは続く。この日の集会で、発言者が異口同音に訴えたのはプーチン政権に怯まず平和的、民主主義的手段で闘う市民への連帯だった。

 この他、同じく戦争させない北海道委員会呼びかけ人の上田文雄・元札幌市長から「ロシア軍によるウクライナの原発占拠が、福島を経験した日本の市民の前で、よりによって3月に行われるとは許しがたい暴挙だ」との発言があった。

 ●小さな「予兆」

 集会翌日の20日。ロシア国営テレビで生中継されていたプーチン大統領の演説の映像が突然途切れた、というニュースが短く伝えられた。日本のメディアでは片隅扱いの小さなニュースを、しかし私は見逃さなかった。中継が途絶えた画面の向こう側で何が起きていたのかを、遠く離れた異国の地では知る術もない。だが、1989年、ルーマニアでチャウシェスク独裁政権が一気に倒れたとき、筋書きのないドラマは首都ブカレストで開催された政府支持の官製集会で、演説するチャウシェスク大統領を映す国営テレビの映像が突然途絶えるという小さな異変によって幕を開けた。ルーマニア語では、飢え、寒さ、恐怖を表す単語はすべてFで始まることから、チャウシェスク時代のルーマニアは「3つの“F”の国」と言われていた。その国で起きた小さな異変が、後の大きな歴史的政変につながるとまで予想できた人は当時、ほとんどいなかった。時として歴史は人々の思惑を超えて大きく動くことがある。この小さな異変は、もしかするとプーチン失脚という大きな歴史的出来事の序幕になるかもしれない。

(2022年3月20日)

2022.3.19 ウクライナ反戦集会@札幌

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ウクライナ問題をどう見るか(レイバーネットTVより)

2022-03-17 22:24:35 | その他(海外・日本と世界の関係)
ロシアのウクライナ侵略開始から3週間が過ぎた。大方の予想を覆し、ウクライナは善戦しており、ロシアは全土制圧はおろか、首都キエフ制圧も困難な情勢だ。

長期化の様相も見せ始めたウクライナ情勢をどう見たらよいのか。当ブログ管理人が運営委員を務めるレイバーネット日本のインターネットテレビ放送「レイバーネットTV」の3月特集番組がウクライナ情勢を取り上げている。

つまらないテレビのバラエティー番組を見るよりもこの問題の本質に迫れると思うので、ぜひご覧いただきたい。

レイバーネットTV第167号 : ウクライナ危機をどう見るか? 一緒に考えよう

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