(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2018年2月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)
2014年10月に事業認可され、長大トンネルや駅の非常口など難航が予想される部分から工事が始まったリニア中央新幹線。昨年12月、工事を受注した大林組、鹿島、清水建設、大成建設の大手ゼネコン4社が東京地検特捜部・公正取引委員会の強制捜査を受けた。4大ゼネコン(総合建設業社)の間で工事契約の「受注調整」(談合)をしていた疑いである。だが事業認可以前からリニアの問題点を追ってきた安全問題研究会にとって、談合は起こるべくして起きたものであり驚きはない。なぜならリニア新幹線事業は初めから安倍首相と「お友達」らによる利権事業として始まったからである。
●WTO「政府調達協定」からの突然のJR離脱
大手ゼネコン4社すべてに均等に仕事を割り振ることは事業認可当初からの既定路線であり、むしろこの談合はそれに沿って政府が周到にお膳立てした官製談合なのではないだろうか。もちろん現時点で確証があるわけではない。だが単なる憶測では片付けられない官製談合の「状況証拠」ともいうべき情報を筆者は得ている。今日は、その驚愕すべき情報を皆さんにお伝えしておきたい。
1995年、それまでのGATT(関税と貿易に関する一般協定)に代わる国際間貿易ルールとして、各国間合意によってWTO協定(世界貿易機関を設立するマラケシュ協定)が発効した。そのWTO協定に基づいて締結された関連協定のひとつに「政府調達に関する協定」がある。加盟国の中央政府や地方政府、政府関係機関などが基準額以上の高額の契約を締結する場合、外国企業の参加も可能となるような形で国際競争入札により業者選定しなければならないことを定めたものだ。協定の内容を詳述する余裕はないが、基準額は物品調達・役務調達・工事など契約の種類ごとに決められており、工事の場合、それは日本円で20億円である。協定の適用対象となる「政府関係機関」も、加盟国間で紛争にならないよう、協定の附属書に名称を列挙する形で具体的に取り決められている。言うまでもないが、JR各社は旧国鉄を引き継いだ企業であり、民営化後もしばらくは国が全額を出資する国鉄清算事業団(その後の日本鉄道建設公団~現在の独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が全株式を保有していたことから、政府関係機関として協定の適用対象になっていた。
このうち、JR東日本、東海、西日本の本州3社に関しては、2001年までに鉄建公団が保有していた全株式を放出し、完全民営化された。政府関係機関でなくなった本州3社は、本来であればこの時点で政府調達協定の適用から除外されるはずだった。だが、国内(域内)企業の日本の鉄道工事への参入を狙っていた米国、カナダ、EU(欧州連合)がWTOに対して異議を申し立てたため、JR本州3社は完全民営化後も政府調達協定からの離脱ができない事態に陥った。米国とカナダは2006年に異議を撤回するものの、EUはその後も撤回しなかった。異議申立の撤回に向けた日本政府からEUへの再三にわたる働きかけも実らず、JR本州3社の政府調達協定からの離脱交渉は暗礁に乗り上げたかに見えた。
ところが事態は急転する。2014年10月28日になって、EUが異議申立の撤回に同意したのだ。完全民営化から13年も経過して、ようやく「純粋な民間企業」と認められたJR本州3社は政府調達協定の適用から除外。20億円以上の大規模工事を発注する場合であっても、外国企業の参加も可能となるような形での国際競争入札により業者選定を行う必要がなくなったのである。総額9兆円ものビッグプロジェクトを推進する政府・JR東海にとって最大の障害が取り除かれたのだ。
日本政府はこれを「EUに対する長年の外交上の働きかけが結実した結果」(2014年10月28日付け外務大臣談話)と自賛した。だが、ここでもう一度皆さんには思い出してほしい。リニア中央新幹線計画が事業認可されたのは2014年10月17日。EUによる異議撤回の、わずか11日前の出来事だ。
あまりにも出来すぎたタイミングといえる。これを偶然の一致と思えるほど筆者はお人好しではない。どこをどう見ても、外国企業を排除し日本企業だけで「談合」できるよう、日本政府が政府調達協定からのJR東海の離脱を待ってリニア中央新幹線の事業認可をしたと勘ぐられても仕方のないタイミングだ。談合へのレールは最初から敷かれていたのではないか。
李下に冠を正さずということわざもある。もしそうではないと言うのであれば、なぜわざわざ痛くもない腹を探られるような時期を選んで事業認可に踏み切ったのか。政府にはそのことに対する説明責任がある。
●アベ友右翼が君臨
自分の存命中にリニアの完成を――そう執念を燃やす葛西敬之JR東海代表取締役名誉会長は国鉄分割民営化によってJR東海の取締役となった。国鉄時代は職員局長として分割民営化に反対していた国労組合員らの首切りに直接関与。2008年6月、被解雇者が起こした裁判では「規律違反を犯した国労組合員の採用率は低くて当然」だと言い放った。警察を監督する国家公安委員在任中には、差別集団・在特会を「新しい市民運動」などと持ち上げた。経済界内部の「アベ友財界人」による安倍氏支援組織「四季の会」の立ち上げにも関わった。一貫して安倍首相を支え「首相の後見人」を自認。自他共に認める「アベ友」右翼だ。国鉄「改革」を推進し、改革派三羽ガラスと呼ばれた松田昌士JR東日本元社長、井手正敬JR西日本元社長が引退する中、今もJR東海に君臨し恐怖支配を続ける。創業者社長が長期間君臨しワンマン体制を敷く田舎の中小企業のようだ。このような前近代的経営体制の企業が東海道新幹線という交通の大動脈を握っていること、リニア新幹線工事を通じて日本の国土まで改変しようとしていることには恐怖心を覚える。
リニア新幹線は当初、建設費を全額JR東海が負担する民間事業とされた。だが1988年、葛西常務(当時)はすでに「建設費の3分の1は国費が必要。ナショナルプロジェクトとして実施しなければならない」と述べている。
安倍首相と葛西名誉会長が初めからリニアを国策にするつもりだったことは、2014年の事業認可が全国新幹線鉄道整備法に基づいて行われたことからも明らかだ。この法律は、国が建設主体となる「整備新幹線」建設のために制定されたからである。
政府はその後、リニアの大阪延伸を前倒しする目的で、財政投融資(財投、注)資金の投入を目指す。だが、JR東海は財投の引き受け機関でないため法整備が必要だった。2016年11月、鉄道・運輸機構を財投機関にできるよう鉄道・運輸機構法が改定される。財投機関となった鉄道・運輸機構が資金を国から受け入れ、JR東海に又貸しする手法が採られた。投入された財投資金は3兆円で、JR東海が見積もった建設費9兆円の3分の1。葛西名誉会長の狙い通りになった。森友・加計学園問題と同じ国政私物化でも金額はケタ外れだ。
ネット上では、「リニアは大手ゼネコンの高い技術力が必要だから高額でも仕方ない」「財投は融資でいずれ返済されるから問題ない」と、安倍首相を擁護するコメントがあふれる。だが高い技術力が必要なら何をしてもいいわけではないし、リニアは当時の山田佳臣JR東海社長(現会長)自身「絶対にペイしない」と認めたいわく付きの事業なのだ。事業失敗で財投が返済できなくなれば、税金か運賃値上げでツケは市民に回される。
注)かつての財投は郵便貯金などを原資として借り入れた資金を大蔵省資金運用部が公共事業などで運用、利益が上がり始めれば郵貯などに返済していく制度だった。郵政民営化で郵貯が国の資金でなくなって以降は国債の一種である「財投債」発行で国が資金調達する制度に改められたが、原資が借金であり返済する必要がある点は変わりがない。このため、制度運用上「採算性が見込めるものに限定」して融資することになっているが、今回のリニア事業に当たって、国が採算性を精査した形跡は見られない。
●世紀の愚策、事故も
反対運動の市民らが懸念していた事故も起き始めた。12月15日、長野県中川村の県道59号線で道路脇の斜面が崩れた。迂回路は県道22号線の1本のみ。リニア走行ルートに当たる大鹿村の村民は、村内外を結ぶ重要道路が寸断され不便な遠回りを強いられている。原因はトンネル工事に伴う発破作業だ。この程度のこともまともにできないゼネコンのどこに談合を正当化できるほどの「高い技術力」があるのか。
「リニアは少し軌道がずれただけでも走行できなくなる。完成などするわけがないし、できたとしても地震が起きれば新幹線より先にリニアが止まる可能性もある」。公共事業の融資審査の経験もある政府系金融機関OBはこう証言する。
東日本大震災当時、太平洋側の路線がすべて寸断される中で、根岸製油所(横浜市)から東北への燃料輸送の大役を担ったのは新潟など日本海側の在来線だった。災害時に鉄道が輸送ルートとして機能するためには既存の路線とつながっていることが重要だ。災害に弱いばかりか既存のどの路線ともつながらず、貨物輸送もできないリニアが非常時の輸送ルートとして機能することは絶対にない。「東海道新幹線が災害で寸断された際の代替路線としてリニアが必要」というJR東海の説明はすでに崩れているのだ。
東海道新幹線の代替路線が本当に必要なら、現在、金沢まで開通している北陸新幹線を関西(京都または大阪)まで延伸すればよい。金沢~大阪と聞くと遠いイメージがあるが、在来線の営業キロを当てはめれば267.6km。東海道新幹線・東京~新大阪間(552.6km)の約半分だ。1964年東京五輪に間に合わせる必要があったとはいえ、当時の技術力でこの区間をわずか5年で建設していることを考えると、当時より技術が進歩し、距離も半分しかない金沢~大阪間は2~3年あれば十分建設できるだろう。所要時間面で見ても、北陸新幹線は東京~金沢間を2時間半程度で走破している。金沢~大阪間の所要時間は1時間程度であることを考えると、東京~大阪間を北陸新幹線回りでも3時間半程度で行けることになる。おまけに新幹線なら山陽・九州新幹線(新大阪~鹿児島中央)にもそのまま乗り入れできるし、大宮駅に連絡線を設ければ、東京を経由せず東北方面とも新幹線で直通させることができる。現在、東海道本線で「スーパーレールカーゴ」(電車方式による貨物列車)がすでに営業運転していることを考えると、新幹線を利用した貨物輸送も数年の社会実験を経れば実用化できる水準にある。いざというときの代替路線としてはこのほうがはるかに有効だろう。本来、鉄道とはこのようなネットワーク、「面」として活用するものだ。
にもかかわらず、北陸新幹線の福井延伸でさえ現段階では20年後というかなり遠い未来の計画になっている。2~3年で実現できるはずの北陸新幹線大阪延伸がなぜ今ではなく20年後なのか。理由は簡単だ。ここがリニアより先に開通した場合、「東海道新幹線が寸断された場合の代替ルートは北陸新幹線で十分だ」ということになり、リニア不要論に一気に火がつく。また、北陸新幹線がJR東日本・西日本両社の営業区域内のみを走行し、「アベ友」葛西名誉会長が君臨するJR東海の営業区域内をまったく通らないことも影響しているに違いない。
●こんな予算の使い方でいいのか?
東海道新幹線は、当初1972億円と見積もられていた建設費が最終的に2倍の3800億円まで膨れあがった。しかも国鉄は当初からこれを知りながら隠蔽。国会で予算不足を追及された十河信二国鉄総裁は開業日を待たず辞任に追い込まれた。
今回のリニア談合も、そもそもJR東海の示した予定価格が安すぎることが背景にある。リニアにとって最初の大規模工事だった品川駅建設から早くも入札不調(全業者が落札できず)になっている。建設費が9兆円で収まる保証はどこにもなく、東海道新幹線と同様、2倍と考えると最終的に20兆円ほどに膨れあがることも容易に予想できる。
そうでなくても、当研究会の活動拠点である北海道では、JR北海道が10路線13線区を「自社単独では維持困難」と公表、上下分離や路線廃止~バス転換も含めた地元との協議が始まろうとしている。実際のところ、JR北海道が維持困難と表明している路線を守るためには年に数百億程度の国の支援があれば足りる。地方の生活のための路線が危機を迎えているのに見向きもせず、それより2桁も多い金額をリニアに投入、今でも十分便利なところをさらに便利にして地域間格差を広げた挙げ句、ゼネコンが談合でつり上げたリニアの建設費のツケを利用者が支払わされるのでは踏んだり蹴ったりだ。
リニア建設は始まったばかりで本体工事には着手していない。違法談合、莫大な国費投入による市民への負担転嫁、環境破壊、地震への安全対策。問題だらけのリニア中央新幹線工事は今すぐ中止すべきだ。
(黒鉄好・2018年1月28日)