(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)
鉄道が歌に歌われなくなって久しい。ここでいう歌とは、一部のマニアだけが笑い、歌いあっているものの、一般の人には歌詞の意味も分からないようなマニアックソングのことではない。そのようなマニアック鉄道ソングを専門とするSUPER BELL"Z(スーパーベルズ)というグループがあるが、一般人が聞いてもほとんど意味がわからないだろう。
私のいう「歌」とは、昭和時代の「いい日旅立ち」(山口百恵)や「なごり雪」(イルカ)のような曲のことである。日本語を日常語とする人なら誰でも容易に理解でき、市民こぞって歌い合うことで一体感を醸成できるような曲――少し古い言葉で言えば「国民歌謡」、最近の言葉であればJ-POPに分類されるような曲の中で鉄道が舞台であるものや、鉄道に言及しているものである。こうした曲がほとんど出ないまま、平成というひとつの時代が終わりを迎えてしまった。
ドラマや映画の出会いや別れの舞台としても、かつては鉄道が頻繁に登場していた。蒸気機関車が牽引する、扉が手動式の旧型客車がゆっくり、ゆっくりと加速していく。携帯電話などなかった時代、大切な人との別れを惜しむように最後の瞬間まで語らいあった後、発車ベルが鳴り、列車が動き出すのを見て、ようやく覚悟を決めたようにホーム上を走って列車に追いつき、手動式のドアから乗り込む。歌謡曲に話が戻るが、「あれは3年前/止めるあなた駅に残し/動き始めた汽車に/ひとり飛び乗った」(「喝采」ちあきなおみ、1972年レコード大賞受賞)という歌詞は多くの人に共感をもって迎えられたからこそ大賞を受賞したといえよう。
私は、小学生の頃、「喝采」の歌詞そのままに、動き出した旧型客車に手動式のドアから飛び乗る体験をしてみたことがある。自宅の前を走っていた日豊本線は電化され、すでに大部分が自動ドアの電車になっていたが、1日3往復だけ旧型客車の列車があった。その頃蒸気機関車はすでに引退、性能のいい電気機関車に代わっていたため、予想に反してホームを発車した列車はグイグイと加速し、危うく乗り遅れそうになった。なんとかホームを走って追いつき、飛び乗ることには成功したが、「蒸気機関車でないとあのドラマは成り立たないな」と子ども心に思ったことを今でも覚えている。昭和の時代のドラマや映画には、こうしたシーンが随所に盛り込まれていた。
このような形で歌謡曲、ドラマ、映画の主役だった鉄道が、平成に入って以降、まったくと言っていいほど登場しなくなった。その原因はいくつかある。国鉄時代には撮影・制作に協力的だった現場がJRになってから非協力的になったこと、駅が地域の拠点、公共の場からエキナカビジネスのためのプライベート・スペースへとその位置づけを変えたことがその大きな要因だと思う。こうしたことがあいまって、鉄道が市民から遠いところに行ってしまい、市民に意識されなくなってしまう現象につながった。国鉄民営化は駅という空間の「民営化」につながり、ひいては鉄道の社会的地位の低下をももたらしたのだ。
現在、ドラマや映画での出会いや別れのシーンに登場する場所は圧倒的に空港が多くなった。それに次いで多いのが「クルマで走り去る」シーンであり、もはや公共交通ですらない。新自由主義は人間同士の出会いや別れまでパブリック(公)からプライベート(私)に変えてしまった。
平成時代を通じて貫かれたのは経済、カネの論理だった。昭和の歌謡曲の主役だった「動き始めた汽車にひとり飛び乗る」女性、「汽車を待つ君の横で時計を気にしてる」僕の代わりにテレビの主役になったのは、新幹線のわずか7分の折り返し時間に手際良く16両編成の列車の清掃と座席転換を終える清掃会社、駅の代わりに百貨店の催し場で売り上げ1位を目指す駅弁業者のような、身も蓋もない経済とカネの論理だった。震度7の激震で公共交通機関も電気・ガス・水道もすべて止まった2011年3月11日、「列車を走らせられない駅に人を入れる意味はない」と早々に駅のシャッターを閉め、まだ冬が居座る中、寒空の下に10万人近い帰宅困難者を放り出し、社会的批判を浴びてもなお改めなかったJRの姿は、本来なら公共空間であるはずの駅「民営化」がもたらしたひとつの悲劇的結末だった。
2020年、突如発生したコロナ禍ではトイレットペーパーがなくなるという噂が広まった。噂自体に根拠がなくても、多くの人が買い占めに走ることで本当にその通りの結末が訪れる「予言の自己成就」は行動経済学の世界では研究対象になっている。「自分」と「他人」の行動を「買い占める/買い占めない」に分け、2×2の4通りのケースでどの行動が最も理にかなっているか、ゲーム理論を基に説明を試みる研究者も現れた。結果は「自分が買い占めておけば、他人が買い占めをしてもしなくても敗者になることはない」というものだった。結局、資本主義は利己主義であり「抜け駆けをする者が有利」という結論である。
だが、そのような人々の利己的行動もさることながら、私が最も関心を抱いて推移を見守っていたのは、トイレットペーパー供給不足の背景にある問題だった。製紙工場の倉庫にはトイレットペーパーがうずたかく積まれているのに、ドラッグストアの店頭からは消えている。矛盾する2つの現象が同時展開するニュース映像を見てふと私の頭に浮かんだのは国鉄民営化だった。
国鉄時代は多くの貨物駅が「国営物流倉庫」として機能しており、余裕物資を備蓄する役割を果たしていた。大きくてかさばるトイレットペーパーは鉄道向きの貨物であり、国鉄時代はワム80000型有蓋貨車(通称ワムハチ)を使ってトイレットペーパーが全国各地に運ばれていた。国鉄民営化で貨物事業は大幅に縮小、貨物駅も整理統合された。物資の保管中は経費がかかるだけで利益は生まれないから、荷主の間にトヨタ流のジャスト・イン・タイム方式が広がるにつれ、倉庫は民間でもビジネスとして成り立たなくなり整理統合が進んだ。物流分野におけるこうした「余裕備蓄力の崩壊」がトイレットペーパー不足の背景にあるのではないか。長く公共交通業界を見てきた私の現在までの推測である。
元号が令和に変わって3年。カネカネカネで走り続けてきたニッポンはこの先どこに向かうのか。市民意識から遠ざかってしまった鉄道が公共交通の地位を取り戻し、駅が再び公共空間に戻るためにこれから何が必要なのか。鉄道がもう一度「歌」を取り戻すことにその答えがあるのではないかと、私はいま思っている。
(2021年11月1日)
鉄道が歌に歌われなくなって久しい。ここでいう歌とは、一部のマニアだけが笑い、歌いあっているものの、一般の人には歌詞の意味も分からないようなマニアックソングのことではない。そのようなマニアック鉄道ソングを専門とするSUPER BELL"Z(スーパーベルズ)というグループがあるが、一般人が聞いてもほとんど意味がわからないだろう。
私のいう「歌」とは、昭和時代の「いい日旅立ち」(山口百恵)や「なごり雪」(イルカ)のような曲のことである。日本語を日常語とする人なら誰でも容易に理解でき、市民こぞって歌い合うことで一体感を醸成できるような曲――少し古い言葉で言えば「国民歌謡」、最近の言葉であればJ-POPに分類されるような曲の中で鉄道が舞台であるものや、鉄道に言及しているものである。こうした曲がほとんど出ないまま、平成というひとつの時代が終わりを迎えてしまった。
ドラマや映画の出会いや別れの舞台としても、かつては鉄道が頻繁に登場していた。蒸気機関車が牽引する、扉が手動式の旧型客車がゆっくり、ゆっくりと加速していく。携帯電話などなかった時代、大切な人との別れを惜しむように最後の瞬間まで語らいあった後、発車ベルが鳴り、列車が動き出すのを見て、ようやく覚悟を決めたようにホーム上を走って列車に追いつき、手動式のドアから乗り込む。歌謡曲に話が戻るが、「あれは3年前/止めるあなた駅に残し/動き始めた汽車に/ひとり飛び乗った」(「喝采」ちあきなおみ、1972年レコード大賞受賞)という歌詞は多くの人に共感をもって迎えられたからこそ大賞を受賞したといえよう。
私は、小学生の頃、「喝采」の歌詞そのままに、動き出した旧型客車に手動式のドアから飛び乗る体験をしてみたことがある。自宅の前を走っていた日豊本線は電化され、すでに大部分が自動ドアの電車になっていたが、1日3往復だけ旧型客車の列車があった。その頃蒸気機関車はすでに引退、性能のいい電気機関車に代わっていたため、予想に反してホームを発車した列車はグイグイと加速し、危うく乗り遅れそうになった。なんとかホームを走って追いつき、飛び乗ることには成功したが、「蒸気機関車でないとあのドラマは成り立たないな」と子ども心に思ったことを今でも覚えている。昭和の時代のドラマや映画には、こうしたシーンが随所に盛り込まれていた。
このような形で歌謡曲、ドラマ、映画の主役だった鉄道が、平成に入って以降、まったくと言っていいほど登場しなくなった。その原因はいくつかある。国鉄時代には撮影・制作に協力的だった現場がJRになってから非協力的になったこと、駅が地域の拠点、公共の場からエキナカビジネスのためのプライベート・スペースへとその位置づけを変えたことがその大きな要因だと思う。こうしたことがあいまって、鉄道が市民から遠いところに行ってしまい、市民に意識されなくなってしまう現象につながった。国鉄民営化は駅という空間の「民営化」につながり、ひいては鉄道の社会的地位の低下をももたらしたのだ。
現在、ドラマや映画での出会いや別れのシーンに登場する場所は圧倒的に空港が多くなった。それに次いで多いのが「クルマで走り去る」シーンであり、もはや公共交通ですらない。新自由主義は人間同士の出会いや別れまでパブリック(公)からプライベート(私)に変えてしまった。
平成時代を通じて貫かれたのは経済、カネの論理だった。昭和の歌謡曲の主役だった「動き始めた汽車にひとり飛び乗る」女性、「汽車を待つ君の横で時計を気にしてる」僕の代わりにテレビの主役になったのは、新幹線のわずか7分の折り返し時間に手際良く16両編成の列車の清掃と座席転換を終える清掃会社、駅の代わりに百貨店の催し場で売り上げ1位を目指す駅弁業者のような、身も蓋もない経済とカネの論理だった。震度7の激震で公共交通機関も電気・ガス・水道もすべて止まった2011年3月11日、「列車を走らせられない駅に人を入れる意味はない」と早々に駅のシャッターを閉め、まだ冬が居座る中、寒空の下に10万人近い帰宅困難者を放り出し、社会的批判を浴びてもなお改めなかったJRの姿は、本来なら公共空間であるはずの駅「民営化」がもたらしたひとつの悲劇的結末だった。
2020年、突如発生したコロナ禍ではトイレットペーパーがなくなるという噂が広まった。噂自体に根拠がなくても、多くの人が買い占めに走ることで本当にその通りの結末が訪れる「予言の自己成就」は行動経済学の世界では研究対象になっている。「自分」と「他人」の行動を「買い占める/買い占めない」に分け、2×2の4通りのケースでどの行動が最も理にかなっているか、ゲーム理論を基に説明を試みる研究者も現れた。結果は「自分が買い占めておけば、他人が買い占めをしてもしなくても敗者になることはない」というものだった。結局、資本主義は利己主義であり「抜け駆けをする者が有利」という結論である。
だが、そのような人々の利己的行動もさることながら、私が最も関心を抱いて推移を見守っていたのは、トイレットペーパー供給不足の背景にある問題だった。製紙工場の倉庫にはトイレットペーパーがうずたかく積まれているのに、ドラッグストアの店頭からは消えている。矛盾する2つの現象が同時展開するニュース映像を見てふと私の頭に浮かんだのは国鉄民営化だった。
国鉄時代は多くの貨物駅が「国営物流倉庫」として機能しており、余裕物資を備蓄する役割を果たしていた。大きくてかさばるトイレットペーパーは鉄道向きの貨物であり、国鉄時代はワム80000型有蓋貨車(通称ワムハチ)を使ってトイレットペーパーが全国各地に運ばれていた。国鉄民営化で貨物事業は大幅に縮小、貨物駅も整理統合された。物資の保管中は経費がかかるだけで利益は生まれないから、荷主の間にトヨタ流のジャスト・イン・タイム方式が広がるにつれ、倉庫は民間でもビジネスとして成り立たなくなり整理統合が進んだ。物流分野におけるこうした「余裕備蓄力の崩壊」がトイレットペーパー不足の背景にあるのではないか。長く公共交通業界を見てきた私の現在までの推測である。
元号が令和に変わって3年。カネカネカネで走り続けてきたニッポンはこの先どこに向かうのか。市民意識から遠ざかってしまった鉄道が公共交通の地位を取り戻し、駅が再び公共空間に戻るためにこれから何が必要なのか。鉄道がもう一度「歌」を取り戻すことにその答えがあるのではないかと、私はいま思っている。
(2021年11月1日)