(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)
新型コロナ感染が始まる以前の時代、クラウドファンディングはまだ一般には馴染みの薄い言葉だったと思う。富裕層や社会的地位の高い人たちはノブリス・オブリージュ(高貴なるがゆえの義務)の一環として寄付をするのが当然だという風潮のある米国などと違い、もともと寄付文化も希薄な日本では、街頭募金やカンパなどを求めてもなかなか集まらないのが常だった。
しかし、「プロジェクトや寄付金の使用目的を提示して、一定期間内に目標金額を集める企画」をクラウドファンディングと呼ぶのだということが、ここ1~2年でかなり浸透してきた。発案者が設定した寄付額を期間内に集め、プロジェクトが成立した場合に限り寄付金が発案者に引き渡されるが、成立しなければ寄付金を拠出した人に返金されるもの、成立しなくても締切時点で集まった金額が発案者に渡されるものなどいくつかのタイプがある。実施するインターネット事業者も「CAMPFIRE」「READYFOR」など数社あり、プロジェクト実現のための企画書の書き方や目標金額の設定方法などを初心者にもわかりやすく手ほどきしてくれるところが多い。
従来なら成立させることが難しかったようなプロジェクトでも、ここ1~2年で成立に至る事例が急速に増えてきた。長引くコロナ禍によって医療崩壊という事態を市民が現実に目の当たりにしたことがきっかけであることは間違いない。感染対策上、密集を避けることが有効であることから自宅で過ごすことが奨励された。従来であれば旅行・外食・レジャーなどに向けられてきた市民の巨大な資金が行き場を失った。日本の観光業の経済効果は39兆円に上るとの試算もある。これだけの巨大な資金の向かう先が新たに必要になったという事情も見逃すことができないだろう。
とはいえ、ここ数年で急増したクラウドファンディングの成功例を見ていると、何でもいいというわけではもちろんなく、そこには一定の傾向も見えてくる。(1)生活に必要不可欠な分野(いわゆるエッセンシャルワーク/サービス)、(2)政府・自民党サイドに理解がないため公的支援が薄く、また今後も改善する見込みがないと考えられる分野――に寄付が集中する傾向が見えてきたのである。医療・福祉・教育などがその典型的分野であり、福祉施設の開業資金援助や子ども食堂への資金援助などといったクラウドファンディングが次々と成立するようになっている。こうした分野は本来、政府が最も手厚く予算と人員を配分しなければならないことはいうまでもないが、自民党に今さらそれを求めても仕方がないという思いもあるのだろう。必要不可欠な存在として自分が守りたいと思っている産業や業界を「政治以外」の方法で直接、手軽に支援できる有効な存在としてますますクラウドファンディング頼みの傾向は強まっているように思える。
ただ、鉄道はコロナ前からクラウドファンディングの一大人気分野だった。引退した古い車両を復活運転させるイベントなどには多くの資金が集まり、失敗例を探す方が難しいくらいの人気だった。ただ、イベントへの参加など、寄付金の拠出者に対する明確な見返りがあり、かつ一過性のものに限られていた。通常運行している車両の整備補修費や、鉄道会社の赤字補てんのように、果実を伴わず、一過性でもないため際限なく寄付を求められ続けるような案件には「理解が得られるわけがない」と考える鉄道会社がほとんどで、そのような案件に寄付を募るという発想自体が鉄道会社にはなかったといえる。
コロナ禍で大きく変わったのは、このような分野にも寄付が集まり始めたことだ。特に大きかったのは、旧国鉄北条線を転換した第三セクター・北条鉄道(兵庫県)で、国鉄時代の主力車両でありながら多くの路線からは引退したキハ40系気動車を復活させるためのクラウドファンディングが成功したことである。引退した旧車両の復活という部分に趣味的・イベント的な要素もあるものの、北条鉄道が公表した趣意書を読むと、ダイヤ改正で計画している増便後、車両数がギリギリとなり車両の定期検査を交代で受けさせるための予備車もないという状況になる。そうした事態を避けるため、新規にキハ40系を導入したいとしている。要するに、一過性のイベントでも趣味的動機がメインでもなく、鉄道会社の日常経費に当たる部分でのクラウドファンディングとして実施された点に特徴がある。当初の目標額は300万円だったが、あっという間に集まったため、二度にわたり目標を引き上げ。第3回目標は無謀とも思える1千万円に設定したが、これすら期間内にあっさりと突破、1300万円もの寄付を集めた。
この成功には大きな意味がある。特に北海道では、鉄道の公共財としての性格を理解せず、その維持のため前面に出ようとする動きが国にも道にもないまま、赤字路線維持のため、背負いきれないほど巨額の財政負担が沿線自治体に対して求められ、沿線自治体と地域住民が涙を流しあいながら、鉄道会社から提案された廃線を「仕方なく」受け入れる悲劇を多く見てきた。北条鉄道でのクラウドファンディングの成功は、こうした局面を打開し、地域住民に必要とされながらも、採算性至上主義の下では廃線一択だったローカル線の行方を大きく変える可能性を開いたという意味で、きわめて画期的出来事である。
こうした動きに対しては「政府に金を出させるべきだ」という反論が予想される。しかし、その議論をしている間にもローカル線の赤字は日々蓄積している。鉄道の価値をまったく認めず、予算も割かない自民党の意識変化を待っていてもいつになるかわからないし、そうした自民党政治からの転換を目指した野党共闘も政権交代にはほど遠かった。それならば、鉄道の価値なんてわかる人だけにわかってもらえればいいという割り切りも必要だろう。次善の策として「鉄道の価値を正しく認める人たちだけで浄財を出し合ってでも支えていこう」という動きにつながることに何の不思議もない。
群馬県の第三セクター・わたらせ渓谷鉄道(旧国鉄足尾線)もクラウドファンディングを成功させた例である。コロナ禍で利用客が激減し、車両整備補修費も捻出できないほど危機的状況に陥ったがクラウドファンディングで確保した。鉄道ライター枝久保達也氏の取材に対し、わたらせ渓谷鉄道の担当者は「かなり頑張って支援していただいた中で、また次も、とは言いづらい。これが最後のつもり」というが、そんな変な遠慮はせず、どんどん援助を求めたらいい。貧困が広がる日本ではにわかに信じられないかもしれないが、富裕層の中にはカネの使い道に困っている人たちもいる。欧米諸国のように、日本でも富裕層に対し、ノブリス・オブリージュの一環として公共サービスへの寄付を求める時期に来ていると思う。
(2022年1月15日)
新型コロナ感染が始まる以前の時代、クラウドファンディングはまだ一般には馴染みの薄い言葉だったと思う。富裕層や社会的地位の高い人たちはノブリス・オブリージュ(高貴なるがゆえの義務)の一環として寄付をするのが当然だという風潮のある米国などと違い、もともと寄付文化も希薄な日本では、街頭募金やカンパなどを求めてもなかなか集まらないのが常だった。
しかし、「プロジェクトや寄付金の使用目的を提示して、一定期間内に目標金額を集める企画」をクラウドファンディングと呼ぶのだということが、ここ1~2年でかなり浸透してきた。発案者が設定した寄付額を期間内に集め、プロジェクトが成立した場合に限り寄付金が発案者に引き渡されるが、成立しなければ寄付金を拠出した人に返金されるもの、成立しなくても締切時点で集まった金額が発案者に渡されるものなどいくつかのタイプがある。実施するインターネット事業者も「CAMPFIRE」「READYFOR」など数社あり、プロジェクト実現のための企画書の書き方や目標金額の設定方法などを初心者にもわかりやすく手ほどきしてくれるところが多い。
従来なら成立させることが難しかったようなプロジェクトでも、ここ1~2年で成立に至る事例が急速に増えてきた。長引くコロナ禍によって医療崩壊という事態を市民が現実に目の当たりにしたことがきっかけであることは間違いない。感染対策上、密集を避けることが有効であることから自宅で過ごすことが奨励された。従来であれば旅行・外食・レジャーなどに向けられてきた市民の巨大な資金が行き場を失った。日本の観光業の経済効果は39兆円に上るとの試算もある。これだけの巨大な資金の向かう先が新たに必要になったという事情も見逃すことができないだろう。
とはいえ、ここ数年で急増したクラウドファンディングの成功例を見ていると、何でもいいというわけではもちろんなく、そこには一定の傾向も見えてくる。(1)生活に必要不可欠な分野(いわゆるエッセンシャルワーク/サービス)、(2)政府・自民党サイドに理解がないため公的支援が薄く、また今後も改善する見込みがないと考えられる分野――に寄付が集中する傾向が見えてきたのである。医療・福祉・教育などがその典型的分野であり、福祉施設の開業資金援助や子ども食堂への資金援助などといったクラウドファンディングが次々と成立するようになっている。こうした分野は本来、政府が最も手厚く予算と人員を配分しなければならないことはいうまでもないが、自民党に今さらそれを求めても仕方がないという思いもあるのだろう。必要不可欠な存在として自分が守りたいと思っている産業や業界を「政治以外」の方法で直接、手軽に支援できる有効な存在としてますますクラウドファンディング頼みの傾向は強まっているように思える。
ただ、鉄道はコロナ前からクラウドファンディングの一大人気分野だった。引退した古い車両を復活運転させるイベントなどには多くの資金が集まり、失敗例を探す方が難しいくらいの人気だった。ただ、イベントへの参加など、寄付金の拠出者に対する明確な見返りがあり、かつ一過性のものに限られていた。通常運行している車両の整備補修費や、鉄道会社の赤字補てんのように、果実を伴わず、一過性でもないため際限なく寄付を求められ続けるような案件には「理解が得られるわけがない」と考える鉄道会社がほとんどで、そのような案件に寄付を募るという発想自体が鉄道会社にはなかったといえる。
コロナ禍で大きく変わったのは、このような分野にも寄付が集まり始めたことだ。特に大きかったのは、旧国鉄北条線を転換した第三セクター・北条鉄道(兵庫県)で、国鉄時代の主力車両でありながら多くの路線からは引退したキハ40系気動車を復活させるためのクラウドファンディングが成功したことである。引退した旧車両の復活という部分に趣味的・イベント的な要素もあるものの、北条鉄道が公表した趣意書を読むと、ダイヤ改正で計画している増便後、車両数がギリギリとなり車両の定期検査を交代で受けさせるための予備車もないという状況になる。そうした事態を避けるため、新規にキハ40系を導入したいとしている。要するに、一過性のイベントでも趣味的動機がメインでもなく、鉄道会社の日常経費に当たる部分でのクラウドファンディングとして実施された点に特徴がある。当初の目標額は300万円だったが、あっという間に集まったため、二度にわたり目標を引き上げ。第3回目標は無謀とも思える1千万円に設定したが、これすら期間内にあっさりと突破、1300万円もの寄付を集めた。
この成功には大きな意味がある。特に北海道では、鉄道の公共財としての性格を理解せず、その維持のため前面に出ようとする動きが国にも道にもないまま、赤字路線維持のため、背負いきれないほど巨額の財政負担が沿線自治体に対して求められ、沿線自治体と地域住民が涙を流しあいながら、鉄道会社から提案された廃線を「仕方なく」受け入れる悲劇を多く見てきた。北条鉄道でのクラウドファンディングの成功は、こうした局面を打開し、地域住民に必要とされながらも、採算性至上主義の下では廃線一択だったローカル線の行方を大きく変える可能性を開いたという意味で、きわめて画期的出来事である。
こうした動きに対しては「政府に金を出させるべきだ」という反論が予想される。しかし、その議論をしている間にもローカル線の赤字は日々蓄積している。鉄道の価値をまったく認めず、予算も割かない自民党の意識変化を待っていてもいつになるかわからないし、そうした自民党政治からの転換を目指した野党共闘も政権交代にはほど遠かった。それならば、鉄道の価値なんてわかる人だけにわかってもらえればいいという割り切りも必要だろう。次善の策として「鉄道の価値を正しく認める人たちだけで浄財を出し合ってでも支えていこう」という動きにつながることに何の不思議もない。
群馬県の第三セクター・わたらせ渓谷鉄道(旧国鉄足尾線)もクラウドファンディングを成功させた例である。コロナ禍で利用客が激減し、車両整備補修費も捻出できないほど危機的状況に陥ったがクラウドファンディングで確保した。鉄道ライター枝久保達也氏の取材に対し、わたらせ渓谷鉄道の担当者は「かなり頑張って支援していただいた中で、また次も、とは言いづらい。これが最後のつもり」というが、そんな変な遠慮はせず、どんどん援助を求めたらいい。貧困が広がる日本ではにわかに信じられないかもしれないが、富裕層の中にはカネの使い道に困っている人たちもいる。欧米諸国のように、日本でも富裕層に対し、ノブリス・オブリージュの一環として公共サービスへの寄付を求める時期に来ていると思う。
(2022年1月15日)