2024年は帰省もでき、「年齢相応に衰えたものの年齢の割には元気」な親の顔も見られ、個人的にはいい正月だったが、新年早々、能登半島地震と羽田空港事故が起き、新年気分など吹き飛んでしまった。特に羽田空港事故に関しては、新年から2本(他の記事を含めると3本)の記事を「レイバーネット日本」に発表するなど、新年目標の発表どころではない多忙さの中にいる。
それでも当ブログにとっては恒例になっているし、昨日受診した人間ドックの結果も思いの外良好だったことから、やはり新年目標は発表すべきだと思っている。今年の目標は未乗車路線のうち5路線乗車とする。
2023年と同じだが、昨年は7月だけで11路線乗車と、我ながら狂っているとしか思えない勢いで乗車活動が進み、年の途中から目標を15路線に上方修正した。新規開業する「相鉄・東急新横浜線」、福岡市地下鉄七隈線延伸区間、宇都宮ライトレールのうち、相鉄・東急新横浜線だけでも乗りたいと控えめな目標にしていたが、結局、全部乗ることができた。昨年は上手く行きすぎたと思っている。2024年は、新規開業のような強いモチベーションを起こさせる路線もないので、2023年の新年目標同様、控えめなところからスタートさせたい。
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ところで、普段は夢を見ることはほとんどない私だが、年末年始は普段と環境や精神状態が違った状態になることが多いせいか、向こう数か月を占うようなメッセージ性の強い夢を見ることが多い。今年は年始にこそなかったものの、昨年末--12月23日の夜から24日の朝にかけて、また見た。
夢の内容も、それから3週間経っているのに、今なお鮮明に思い出せるほど画像がはっきりしており、忘れようにも忘れられないが、記憶は風化するものなので、今のうちにその内容を記録しておくとともに、例によって夢判断サイトに書かれている内容と併せ、自分なりの解釈を加えておきたい。
私個人の備忘録的な意味合いもあるので、興味のない方は読み飛ばしていただいてかまわない。
<2023年12月23日夜に見た夢の内容>
場所はショッピングセンターかどこかの立体駐車場の4~5階くらい。用事を終え、駐車場に停めていた自分の車に乗るため歩いていたところ、どこからか火の手が上がり、猛烈な勢いで自分のいる駐車場にまで燃え広がってきた(が、不思議と火災現場特有の、煙に巻かれるような息苦しさは感じなかった)。早く車を脱出させなければと思い、走って車に向かったが、出口が1か所しかない立体駐車場の、その出口にまで火が回っていて出せそうにない。やむを得ず車をあきらめ、まだ火の手の回っていない階段を伝って1階まで降りることができた。自分自身だけは焼死を免れたが、全体に火の手が回り、勢いよく燃える駐車場を呆然と見ていた。
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ここで夢が終わったため、自分の車が燃えたかどうかははっきりしないままだったが、全体的に見た夢の印象からは、全焼している可能性が最も高そうに思われた。
私は過去に一度だけ、自分が死ぬ夢を見たことがある。そのことは、かなり昔のことだが2005年12月12日付の当ブログ記事「怖い夢の話」に書いている。不思議と怖さは感じなかったが、このときも「新たな旅立ちが近づいています」という某夢判断サイトのメッセージを紹介しながら、それが何を示しているのかはその時点ではわからなかった。
今回も、メッセージ性の強い夢で気になったのでいくつかの夢判断サイトを回ってみた。夢の中では車が「自分自身の社会的地位や立場(特に仕事面)」を表すこと、燃える夢が基本的に凶夢である一方、火災の後には建物が建て替えられるなど「崩壊」と「再生」の両面の意味を持つことでは、ほぼすべてのサイトが一致していた。
車ごと燃えて自分が焼け死ぬ夢だと、2005年に見た夢と同じく「新たな旅立ち」を意味するが、今回は自分だけは逃げ出し辛くも難を逃れている。これは一見いいことのように思われるが、夢判断としては逆で「変化を拒絶し現状維持でいたい自分自身」を投影しているといくつかの夢判断サイトは指摘している。
これらを参考として、今回見た夢に自分なりの解釈を加えると、以下のようになる。
平凡に考えても、自分の仕事(本業)か、仕事に近い位置を占めている重要な活動のどこかで、近いうちに大きな転機がやってくる。それは、2005年の夢の半年後に起きたことが妻との結婚だったように、それ以前の自分の人生には二度と回帰不可能なほど決定的な転機の訪れを暗示している。
2005年の夢と異なり、今回、自分自身は死なずに車だけが全焼している。燃えさかる車の前から逃げ出すことで、自分自身としては変化を拒絶し、現状を維持したいと思っているが、そんな自分の意思と無関係に車が全焼(崩壊と再生)していることから、転機は自分が拒絶しようとしても否応なしに訪れる。
ほとんどの夢判断サイトが夢の中での「車」を社会的地位の象徴としている点で、転機は家庭生活などプライベートな領域ではなく、仕事や仕事に近いウェイトを占めている活動など、社会との接点を持っている領域で起きそうな予感がある。実際、私の身辺で最近起きている出来事の中には、いくつか不穏な兆候を示しているものがある。
一方で、夢に現れる「火災」に「再生」の意味が含まれているように、私にもおそらく「出口」「新たな道」が用意されている。来年の今ごろ、もしかすると私は今とはまったく異なる新しいステージに立っている可能性がある。とりあえず、それが何か今の段階ではわからないが、近く訪れるかもしれない転機に向け、心の準備だけはしておきたいと思う。
それでも当ブログにとっては恒例になっているし、昨日受診した人間ドックの結果も思いの外良好だったことから、やはり新年目標は発表すべきだと思っている。今年の目標は未乗車路線のうち5路線乗車とする。
2023年と同じだが、昨年は7月だけで11路線乗車と、我ながら狂っているとしか思えない勢いで乗車活動が進み、年の途中から目標を15路線に上方修正した。新規開業する「相鉄・東急新横浜線」、福岡市地下鉄七隈線延伸区間、宇都宮ライトレールのうち、相鉄・東急新横浜線だけでも乗りたいと控えめな目標にしていたが、結局、全部乗ることができた。昨年は上手く行きすぎたと思っている。2024年は、新規開業のような強いモチベーションを起こさせる路線もないので、2023年の新年目標同様、控えめなところからスタートさせたい。
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ところで、普段は夢を見ることはほとんどない私だが、年末年始は普段と環境や精神状態が違った状態になることが多いせいか、向こう数か月を占うようなメッセージ性の強い夢を見ることが多い。今年は年始にこそなかったものの、昨年末--12月23日の夜から24日の朝にかけて、また見た。
夢の内容も、それから3週間経っているのに、今なお鮮明に思い出せるほど画像がはっきりしており、忘れようにも忘れられないが、記憶は風化するものなので、今のうちにその内容を記録しておくとともに、例によって夢判断サイトに書かれている内容と併せ、自分なりの解釈を加えておきたい。
私個人の備忘録的な意味合いもあるので、興味のない方は読み飛ばしていただいてかまわない。
<2023年12月23日夜に見た夢の内容>
場所はショッピングセンターかどこかの立体駐車場の4~5階くらい。用事を終え、駐車場に停めていた自分の車に乗るため歩いていたところ、どこからか火の手が上がり、猛烈な勢いで自分のいる駐車場にまで燃え広がってきた(が、不思議と火災現場特有の、煙に巻かれるような息苦しさは感じなかった)。早く車を脱出させなければと思い、走って車に向かったが、出口が1か所しかない立体駐車場の、その出口にまで火が回っていて出せそうにない。やむを得ず車をあきらめ、まだ火の手の回っていない階段を伝って1階まで降りることができた。自分自身だけは焼死を免れたが、全体に火の手が回り、勢いよく燃える駐車場を呆然と見ていた。
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ここで夢が終わったため、自分の車が燃えたかどうかははっきりしないままだったが、全体的に見た夢の印象からは、全焼している可能性が最も高そうに思われた。
私は過去に一度だけ、自分が死ぬ夢を見たことがある。そのことは、かなり昔のことだが2005年12月12日付の当ブログ記事「怖い夢の話」に書いている。不思議と怖さは感じなかったが、このときも「新たな旅立ちが近づいています」という某夢判断サイトのメッセージを紹介しながら、それが何を示しているのかはその時点ではわからなかった。
今回も、メッセージ性の強い夢で気になったのでいくつかの夢判断サイトを回ってみた。夢の中では車が「自分自身の社会的地位や立場(特に仕事面)」を表すこと、燃える夢が基本的に凶夢である一方、火災の後には建物が建て替えられるなど「崩壊」と「再生」の両面の意味を持つことでは、ほぼすべてのサイトが一致していた。
車ごと燃えて自分が焼け死ぬ夢だと、2005年に見た夢と同じく「新たな旅立ち」を意味するが、今回は自分だけは逃げ出し辛くも難を逃れている。これは一見いいことのように思われるが、夢判断としては逆で「変化を拒絶し現状維持でいたい自分自身」を投影しているといくつかの夢判断サイトは指摘している。
これらを参考として、今回見た夢に自分なりの解釈を加えると、以下のようになる。
平凡に考えても、自分の仕事(本業)か、仕事に近い位置を占めている重要な活動のどこかで、近いうちに大きな転機がやってくる。それは、2005年の夢の半年後に起きたことが妻との結婚だったように、それ以前の自分の人生には二度と回帰不可能なほど決定的な転機の訪れを暗示している。
2005年の夢と異なり、今回、自分自身は死なずに車だけが全焼している。燃えさかる車の前から逃げ出すことで、自分自身としては変化を拒絶し、現状を維持したいと思っているが、そんな自分の意思と無関係に車が全焼(崩壊と再生)していることから、転機は自分が拒絶しようとしても否応なしに訪れる。
ほとんどの夢判断サイトが夢の中での「車」を社会的地位の象徴としている点で、転機は家庭生活などプライベートな領域ではなく、仕事や仕事に近いウェイトを占めている活動など、社会との接点を持っている領域で起きそうな予感がある。実際、私の身辺で最近起きている出来事の中には、いくつか不穏な兆候を示しているものがある。
一方で、夢に現れる「火災」に「再生」の意味が含まれているように、私にもおそらく「出口」「新たな道」が用意されている。来年の今ごろ、もしかすると私は今とはまったく異なる新しいステージに立っている可能性がある。とりあえず、それが何か今の段階ではわからないが、近く訪れるかもしれない転機に向け、心の準備だけはしておきたいと思う。