しょっぱなから、すごいことが書いてある。「正しくて、おもしろくて、そして新しいことを、上手に言う。それが文筆家の務めではないか」
文筆業者でなくてよかった、こんな芸当は自分にはとうていできない・・・・などと慌てないように。すぐ後に、この四拍子が全部そろうのは難しい、とつけ加えられている。せめて新味のあることを言うのを心がけよ、と。たしかに、夫子自身はオリジナリティあふれる文章を書きまくっている。
では、その秘訣は何か。これが本書のテーマである。
6つのレッスンで構成される。すなわち、(1)思考の型の形成史、(2)私の考え方を励ましてくれた三人、(3)思考の準備、(4)本を読むコツ、(5)考えるコツ、(6)書き方のコツ、である。
誰にでもできる具体的なレッスンがある。(4)の「本を読むコツ」から例をひこう。
読みながら、人物表や年表を作るのだ。人物表とは、ハワカワ・ミステリーの最初に用意されている登場人物一覧表のようなものである。これを自分で作る。登場人物の関係図を作ると、理解が深まる。同様に、年表も自分で作り、関係する事項を追加していく。
しかし、こうしたテクニックより興趣がまさるのは、丸谷が著作をものするきっかけである。
たとえば、丸谷が少年時代にいだいた二つの疑問だ。その一つは、「日本の小説は、なぜこんなに景気が悪いことばかり扱うんだろう」というもので、これが後年批評家として大成する出発点となった。
疑問の力はおおきい。
日本文学史の本はみなつまらない、という不満を丸谷はかねてから抱懐していた。ある日、英国人が詞華集を好きなのはなぜか、という疑問が湧いた。英国人が引用好きなせいではないか。いやいや、日本人も明治以前には詞華集が好きだった、勅撰集や七部集があった。今はよいアンソロジーがない、共同体の文学が失われた。待てよ、これを使ったら日本文学史の時代区分ができるのではないか。・・・・という思考の流れがあって、政治的時代区分を借用していた従来の文学史を一新する『日本文学史早わかり』が誕生した。
このあたりも、本書で定式化されている。
つまり、第一によい問いを立てること。
第二に自分自身が発した謎をうまく育てること。
そして、これは文章を書くコツにつながる。問いがあり、謎を育てていくうちに言いたいことが出てくるし、言うべきことを持てば、言葉が湧き、文章が生まれるのだ。
本書は、ハウツー的な発想法としても読めるが、批評家丸谷才一の楽屋裏をのぞくのに格好な本である。
□丸谷才一『思考のレッスン』(文藝春秋、1999。後に文春文庫、2002)
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文筆業者でなくてよかった、こんな芸当は自分にはとうていできない・・・・などと慌てないように。すぐ後に、この四拍子が全部そろうのは難しい、とつけ加えられている。せめて新味のあることを言うのを心がけよ、と。たしかに、夫子自身はオリジナリティあふれる文章を書きまくっている。
では、その秘訣は何か。これが本書のテーマである。
6つのレッスンで構成される。すなわち、(1)思考の型の形成史、(2)私の考え方を励ましてくれた三人、(3)思考の準備、(4)本を読むコツ、(5)考えるコツ、(6)書き方のコツ、である。
誰にでもできる具体的なレッスンがある。(4)の「本を読むコツ」から例をひこう。
読みながら、人物表や年表を作るのだ。人物表とは、ハワカワ・ミステリーの最初に用意されている登場人物一覧表のようなものである。これを自分で作る。登場人物の関係図を作ると、理解が深まる。同様に、年表も自分で作り、関係する事項を追加していく。
しかし、こうしたテクニックより興趣がまさるのは、丸谷が著作をものするきっかけである。
たとえば、丸谷が少年時代にいだいた二つの疑問だ。その一つは、「日本の小説は、なぜこんなに景気が悪いことばかり扱うんだろう」というもので、これが後年批評家として大成する出発点となった。
疑問の力はおおきい。
日本文学史の本はみなつまらない、という不満を丸谷はかねてから抱懐していた。ある日、英国人が詞華集を好きなのはなぜか、という疑問が湧いた。英国人が引用好きなせいではないか。いやいや、日本人も明治以前には詞華集が好きだった、勅撰集や七部集があった。今はよいアンソロジーがない、共同体の文学が失われた。待てよ、これを使ったら日本文学史の時代区分ができるのではないか。・・・・という思考の流れがあって、政治的時代区分を借用していた従来の文学史を一新する『日本文学史早わかり』が誕生した。
このあたりも、本書で定式化されている。
つまり、第一によい問いを立てること。
第二に自分自身が発した謎をうまく育てること。
そして、これは文章を書くコツにつながる。問いがあり、謎を育てていくうちに言いたいことが出てくるし、言うべきことを持てば、言葉が湧き、文章が生まれるのだ。
本書は、ハウツー的な発想法としても読めるが、批評家丸谷才一の楽屋裏をのぞくのに格好な本である。
□丸谷才一『思考のレッスン』(文藝春秋、1999。後に文春文庫、2002)
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