語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『ニルスの不思議な旅』

2010年03月27日 | □スウェーデン
 著者は、スウェーデン人として、また女性として初めてノーベル文学賞を受賞した(1909年)。
 本書の原題は、『ニルス・ホルゲルソンの不思議なスウェーデン旅行』。スウェーデン教育会が執筆を依頼した。10歳前後の子どもたちにわかりやすい、スウェーデンの地理や歴史に関する読みもの、というのが注文であった。
 準備に3年間を要した。苦心のかいがあって、子どもはもとより大人の鑑賞にたえる文学となった。

 第1部(第1章から第21章まで)が1906年に発表され、第2部(第22章から第55章まで)が1907年に発表された。この発表年次のずれは、看過できない。
 第1部は、冒険小説の気配が濃厚である。スウェーデンの伝説的な妖精トムテの魔法にかかって、こびととなったニルスは、ガンの群とともに旅立つ。空から鳥瞰するスウェーデン各地の自然。各分冊に地図が付され、章ごとの進路が記されていて便利である。鳥や小動物は、人間と同じ感情とことばをもって行動する。天敵となったキツネの<ずる>との闘いやドブネズミ対クマネズミの戦さがある。ほとんどの場面で、ニルスが主役となる。ニルスは、次第に鳥や小動物から頼られる存在になっていく。

 ところが、第2部になると、ガラリと趣がかわる。深みがぐんと増し、主役は次々に交替する。大型の動物も登場し(オオジカの<灰毛>)、シートン動物記の英雄譚に近い味わいさえ漂わせる。あるいは、擬人化された自然(ストール川とフェール川)がある一方、家族の病気と事故で貧困と孤独におちいった人間にも大幅に紙数が割かれる(少女オーサ)。ことに特徴的なのは、伝説・昔話が頻出することだ。自然の創生(イェムトランド伝説)から銅山の開発(ファールン鉱山の昔話)まで。人間は自然と一体になって、大きな生のうねりの一部をなす。これら単独で完結する物語には、ニルスは申しわけ程度に顔をだすにすぎない。ただし、依然として主役はニルスという体裁であり、もとの姿にもどって両親と再会する大団円も用意されている。

 本書の見どころを、三つあげておこう。
 第一に、スウェーデンの風土である。本書は、地理はもとより、今なお生きている伝説・昔話のよきガイドブックである。
 第二に、少年の精神発達である。怠け者の悪たれ小僧が、旅を通じて、数多くの他者との関わりの中で大きく成長していく。「自分にも北のラプランドへ旅する力があるのだ」と証明するべくガンの群に身を投じたガチョウのモルテンも、ニルスとともにひとまわり大きくなる。
 第三に、人間の集団あるいはその営みからはみ出た、と感じる者の、自然との豊かな交歓である。ニルスは、矮小なトムテとなったことで、鳥や動物たちと会話する能力を獲得する。自然との共生が可能になった。これは、たとえば事故あるいは疾病により体や心に障害を受けた者が、自然に身をひたすうちに再生していく過程とほとんど重なる。今日では、アニマルセラピーという分野も開拓されているのだ。
 百年前の児童文学だが、現代のおとなにも読みごたえのある小説だ。

□セルマ・ラーゲルレーヴ(香川鉄蔵・香川節訳)『ニルスの不思議な旅(1)~(4)』(偕成社、1982)
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書評:『マンガ 心のレスキュー』

2010年03月27日 | 心理
 パニック障害、強迫性障害(OCD)、うつ病、睡眠障害という4種の心の病気をとりあげ、原因、症状、治療法を漫画と文章でやさしく説く。最後に、今日の精神医療について、精神科・神経内科・心療内科の異同、よい病院・医者の選び方、外来医療と入院医療の違い、向精神薬の効果、神経伝達物質と心身の相関、薬物療法以外の治療法などをQ&A方式で解説する。
 あとがきによれば、発症率はパニック障害1~2%、強迫性障害2%、うつ病3%(睡眠障害は記されていない)だから、一人が複数の病を病んでいないと仮定すると、わずか4種の心の病気だけで人口の5%を越える。
 うつ病や発症率1%のスキゾフレニア(日本精神神経学会は2002年8月に精神分裂病を「統合失調症」に名称変更した)は昔からあったが、現代に特徴的な心の病もある。OA機器の普及に伴うテクノストレスはすでに耳なれた言葉だし、ノルマストレス(朝刊症候群、通勤電車症候群ほか)は近ごろの経済情勢からして増えていきそうだ。
 要するに、誰もが心の病気にかかる可能性を秘めているわけだ。
 だから、精神衛生に係る啓発は大事だ。早めに症状をキャッチして、すみやかに対応するのだ。
 
 本書は、心を病む本人と家族や周辺の人々への水先案内である。患者への接し方から相談機関、参考書もガイドしている。
 この本を、あるいはこの手の啓発書を、保健所や市町村の精神保健主管課の文書展示コーナーなど住民の目にふれやすいところ、気軽に手にとってパラパラとめくって見やすいところに常備するとよさそうだ。

□越野好文・文、志野靖史・作画『マンガ 心のレスキュー』(北大路書房、2002)
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