著者は、スウェーデン人として、また女性として初めてノーベル文学賞を受賞した(1909年)。
本書の原題は、『ニルス・ホルゲルソンの不思議なスウェーデン旅行』。スウェーデン教育会が執筆を依頼した。10歳前後の子どもたちにわかりやすい、スウェーデンの地理や歴史に関する読みもの、というのが注文であった。
準備に3年間を要した。苦心のかいがあって、子どもはもとより大人の鑑賞にたえる文学となった。
第1部(第1章から第21章まで)が1906年に発表され、第2部(第22章から第55章まで)が1907年に発表された。この発表年次のずれは、看過できない。
第1部は、冒険小説の気配が濃厚である。スウェーデンの伝説的な妖精トムテの魔法にかかって、こびととなったニルスは、ガンの群とともに旅立つ。空から鳥瞰するスウェーデン各地の自然。各分冊に地図が付され、章ごとの進路が記されていて便利である。鳥や小動物は、人間と同じ感情とことばをもって行動する。天敵となったキツネの<ずる>との闘いやドブネズミ対クマネズミの戦さがある。ほとんどの場面で、ニルスが主役となる。ニルスは、次第に鳥や小動物から頼られる存在になっていく。
ところが、第2部になると、ガラリと趣がかわる。深みがぐんと増し、主役は次々に交替する。大型の動物も登場し(オオジカの<灰毛>)、シートン動物記の英雄譚に近い味わいさえ漂わせる。あるいは、擬人化された自然(ストール川とフェール川)がある一方、家族の病気と事故で貧困と孤独におちいった人間にも大幅に紙数が割かれる(少女オーサ)。ことに特徴的なのは、伝説・昔話が頻出することだ。自然の創生(イェムトランド伝説)から銅山の開発(ファールン鉱山の昔話)まで。人間は自然と一体になって、大きな生のうねりの一部をなす。これら単独で完結する物語には、ニルスは申しわけ程度に顔をだすにすぎない。ただし、依然として主役はニルスという体裁であり、もとの姿にもどって両親と再会する大団円も用意されている。
本書の見どころを、三つあげておこう。
第一に、スウェーデンの風土である。本書は、地理はもとより、今なお生きている伝説・昔話のよきガイドブックである。
第二に、少年の精神発達である。怠け者の悪たれ小僧が、旅を通じて、数多くの他者との関わりの中で大きく成長していく。「自分にも北のラプランドへ旅する力があるのだ」と証明するべくガンの群に身を投じたガチョウのモルテンも、ニルスとともにひとまわり大きくなる。
第三に、人間の集団あるいはその営みからはみ出た、と感じる者の、自然との豊かな交歓である。ニルスは、矮小なトムテとなったことで、鳥や動物たちと会話する能力を獲得する。自然との共生が可能になった。これは、たとえば事故あるいは疾病により体や心に障害を受けた者が、自然に身をひたすうちに再生していく過程とほとんど重なる。今日では、アニマルセラピーという分野も開拓されているのだ。
百年前の児童文学だが、現代のおとなにも読みごたえのある小説だ。
□セルマ・ラーゲルレーヴ(香川鉄蔵・香川節訳)『ニルスの不思議な旅(1)~(4)』(偕成社、1982)
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本書の原題は、『ニルス・ホルゲルソンの不思議なスウェーデン旅行』。スウェーデン教育会が執筆を依頼した。10歳前後の子どもたちにわかりやすい、スウェーデンの地理や歴史に関する読みもの、というのが注文であった。
準備に3年間を要した。苦心のかいがあって、子どもはもとより大人の鑑賞にたえる文学となった。
第1部(第1章から第21章まで)が1906年に発表され、第2部(第22章から第55章まで)が1907年に発表された。この発表年次のずれは、看過できない。
第1部は、冒険小説の気配が濃厚である。スウェーデンの伝説的な妖精トムテの魔法にかかって、こびととなったニルスは、ガンの群とともに旅立つ。空から鳥瞰するスウェーデン各地の自然。各分冊に地図が付され、章ごとの進路が記されていて便利である。鳥や小動物は、人間と同じ感情とことばをもって行動する。天敵となったキツネの<ずる>との闘いやドブネズミ対クマネズミの戦さがある。ほとんどの場面で、ニルスが主役となる。ニルスは、次第に鳥や小動物から頼られる存在になっていく。
ところが、第2部になると、ガラリと趣がかわる。深みがぐんと増し、主役は次々に交替する。大型の動物も登場し(オオジカの<灰毛>)、シートン動物記の英雄譚に近い味わいさえ漂わせる。あるいは、擬人化された自然(ストール川とフェール川)がある一方、家族の病気と事故で貧困と孤独におちいった人間にも大幅に紙数が割かれる(少女オーサ)。ことに特徴的なのは、伝説・昔話が頻出することだ。自然の創生(イェムトランド伝説)から銅山の開発(ファールン鉱山の昔話)まで。人間は自然と一体になって、大きな生のうねりの一部をなす。これら単独で完結する物語には、ニルスは申しわけ程度に顔をだすにすぎない。ただし、依然として主役はニルスという体裁であり、もとの姿にもどって両親と再会する大団円も用意されている。
本書の見どころを、三つあげておこう。
第一に、スウェーデンの風土である。本書は、地理はもとより、今なお生きている伝説・昔話のよきガイドブックである。
第二に、少年の精神発達である。怠け者の悪たれ小僧が、旅を通じて、数多くの他者との関わりの中で大きく成長していく。「自分にも北のラプランドへ旅する力があるのだ」と証明するべくガンの群に身を投じたガチョウのモルテンも、ニルスとともにひとまわり大きくなる。
第三に、人間の集団あるいはその営みからはみ出た、と感じる者の、自然との豊かな交歓である。ニルスは、矮小なトムテとなったことで、鳥や動物たちと会話する能力を獲得する。自然との共生が可能になった。これは、たとえば事故あるいは疾病により体や心に障害を受けた者が、自然に身をひたすうちに再生していく過程とほとんど重なる。今日では、アニマルセラピーという分野も開拓されているのだ。
百年前の児童文学だが、現代のおとなにも読みごたえのある小説だ。
□セルマ・ラーゲルレーヴ(香川鉄蔵・香川節訳)『ニルスの不思議な旅(1)~(4)』(偕成社、1982)
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