(1)物価上昇の原因
2010年夏以降、原油、貴金属、非鉄金属、農産物など国際商品の価格が上昇している。
原因は、長期的にみれば新興国の需要増加にあるだろう。しかし、短期的にはドル価値の低下(金価格の上昇)に伴って自動的に生じた側面のほうが強い。
金は、10年11月に1オンス1,400ドルを突破し、その後も史上最高値を記録しつつある。これに伴って商品価格が上昇しているのだ。
原油は、09年2月までに1バレル30ドル台まで下落したが、その後上昇に転じ、10年末には90ドルをこえている。農産物価格上昇も金表示の価格を維持する動きと解釈できる。
これは、07~08年に生じた現象とまったく同じだ。
今回の商品価格上昇は、10年秋の米国の金融緩和(QE2)によって引き起こされた。実需の増加より、ドル価値の低下という貨幣的な要因の影響が強い点で、前回と基本的に同じ現象だ。
なお、70年代の石油ショックも、基本的にはこれらと同じじものだ。
(2)物価上昇の結果
08年の国際商品価格上昇は、同年の日本の消費者物価指数を上昇させた(同年秋には年率2%)。
今回も、日本の消費者物価指数は上昇するだろう。
物価上昇は、日本経済の問題を解決するだろうか?
むろん、解決しない。むしろ、問題は深刻化するだろう。
これまで日本で生じていた物価下落は、工業製品の価格低下である。すべての物価の一様な下落ではない(サービスの価格は上昇してきた)。これは、基本的には新興国の工業化とITによってもたらされたものだ。この点は、今後も変わらない。
ところが、今後は原材料価格が上昇する。したがって、企業の利益がさらに減少するだろう。
原材料価格上昇を資産物価格に転嫁できる財サービスもあるが、パソコン、テレビ、デジタルカメラなどの製品価格下落は止まらない。これらは、新興国メーカーとの激しい競争があり、しかもITの進展で価格が急激に低下するからだ。
(3)日本経済停滞の真因
(2)の事態が進展すれば、日本経済を次のように正しく認識せざるをえないだろう。
(a)日本の物価動向(とくに貿易可能財)は、国内の金融政策ではなく、海外の物価動向で決まる。
(b)日本経済停滞の原因は、物価下落とは別のものである。世界経済の大変化、とりわけ新興国の工業化に対応できていないところにある。
(4)食料自給論の問題点
危惧されるのは、農産物価格が上昇することで、食料自給論が息を吹き返す危険だ。
食糧自給論の真の目的は、農産物に対する高率の輸入関税を正当化し、国内農業を保護するところにある。
この議論は、次のような問題を含む。
(a)食糧の大部分を国内で供給・・・・仮にそうなった場合、天候不順で不作になれば、大変な事態になる。自給率の向上は、食糧供給に関するリスクを増大させる。食糧供給の安全保障は、供給源を分散化させることによって実現するのだ。
(b)「買い負け」・・・・仮に海外の農産物価格が上昇した場合、まず買えなくなるのは最貧国である。日本は高所得国だから、買えなくなることはない。
(c)「いくらカネを出しても買えない」・・・・アメリカ、カナダ、オーストラリアなどでは、輸出のために農業生産が行われる。仮にこれらの国の政府が輸出禁止令を出せば、所得稼得の機会を奪われた農民は暴動を起こすだろう。
(d)食料自給率の指標・・・・使われる指標が「カロリーベース自給率」であるため、多くの人が錯覚に陥っている。この指標では、鶏卵の自給率は10%だ。大部分の卵が国内で生産されながら、こうような低い自給率になるのは、飼料が輸入されているからだ。われわれの実感に近い生産額ベースの自給率でみると、日本の自給率は70%程度だ。
エネルギーの96%を海外に頼る日本が、食料についてだけ自給率を高めようとするのは、滑稽だ。
【参考】野口悠紀雄「消費者物価の上昇は日本経済を救わない ~「超」整理日記No.548~」(「週刊ダイヤモンド」2011年2月12日号)
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2010年夏以降、原油、貴金属、非鉄金属、農産物など国際商品の価格が上昇している。
原因は、長期的にみれば新興国の需要増加にあるだろう。しかし、短期的にはドル価値の低下(金価格の上昇)に伴って自動的に生じた側面のほうが強い。
金は、10年11月に1オンス1,400ドルを突破し、その後も史上最高値を記録しつつある。これに伴って商品価格が上昇しているのだ。
原油は、09年2月までに1バレル30ドル台まで下落したが、その後上昇に転じ、10年末には90ドルをこえている。農産物価格上昇も金表示の価格を維持する動きと解釈できる。
これは、07~08年に生じた現象とまったく同じだ。
今回の商品価格上昇は、10年秋の米国の金融緩和(QE2)によって引き起こされた。実需の増加より、ドル価値の低下という貨幣的な要因の影響が強い点で、前回と基本的に同じ現象だ。
なお、70年代の石油ショックも、基本的にはこれらと同じじものだ。
(2)物価上昇の結果
08年の国際商品価格上昇は、同年の日本の消費者物価指数を上昇させた(同年秋には年率2%)。
今回も、日本の消費者物価指数は上昇するだろう。
物価上昇は、日本経済の問題を解決するだろうか?
むろん、解決しない。むしろ、問題は深刻化するだろう。
これまで日本で生じていた物価下落は、工業製品の価格低下である。すべての物価の一様な下落ではない(サービスの価格は上昇してきた)。これは、基本的には新興国の工業化とITによってもたらされたものだ。この点は、今後も変わらない。
ところが、今後は原材料価格が上昇する。したがって、企業の利益がさらに減少するだろう。
原材料価格上昇を資産物価格に転嫁できる財サービスもあるが、パソコン、テレビ、デジタルカメラなどの製品価格下落は止まらない。これらは、新興国メーカーとの激しい競争があり、しかもITの進展で価格が急激に低下するからだ。
(3)日本経済停滞の真因
(2)の事態が進展すれば、日本経済を次のように正しく認識せざるをえないだろう。
(a)日本の物価動向(とくに貿易可能財)は、国内の金融政策ではなく、海外の物価動向で決まる。
(b)日本経済停滞の原因は、物価下落とは別のものである。世界経済の大変化、とりわけ新興国の工業化に対応できていないところにある。
(4)食料自給論の問題点
危惧されるのは、農産物価格が上昇することで、食料自給論が息を吹き返す危険だ。
食糧自給論の真の目的は、農産物に対する高率の輸入関税を正当化し、国内農業を保護するところにある。
この議論は、次のような問題を含む。
(a)食糧の大部分を国内で供給・・・・仮にそうなった場合、天候不順で不作になれば、大変な事態になる。自給率の向上は、食糧供給に関するリスクを増大させる。食糧供給の安全保障は、供給源を分散化させることによって実現するのだ。
(b)「買い負け」・・・・仮に海外の農産物価格が上昇した場合、まず買えなくなるのは最貧国である。日本は高所得国だから、買えなくなることはない。
(c)「いくらカネを出しても買えない」・・・・アメリカ、カナダ、オーストラリアなどでは、輸出のために農業生産が行われる。仮にこれらの国の政府が輸出禁止令を出せば、所得稼得の機会を奪われた農民は暴動を起こすだろう。
(d)食料自給率の指標・・・・使われる指標が「カロリーベース自給率」であるため、多くの人が錯覚に陥っている。この指標では、鶏卵の自給率は10%だ。大部分の卵が国内で生産されながら、こうような低い自給率になるのは、飼料が輸入されているからだ。われわれの実感に近い生産額ベースの自給率でみると、日本の自給率は70%程度だ。
エネルギーの96%を海外に頼る日本が、食料についてだけ自給率を高めようとするのは、滑稽だ。
【参考】野口悠紀雄「消費者物価の上昇は日本経済を救わない ~「超」整理日記No.548~」(「週刊ダイヤモンド」2011年2月12日号)
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