語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『デキゴトロジー -恋の禁煙室-』

2011年02月17日 | ノンフィクション
 川崎市の会社員Kさん(35)が属する自治会の役員選挙が行われた。
 役員は、前年度の班長12名から選出される。
 班長だったKさん夫婦は大の競馬ファンで、土、日曜日はテレビとラジオにかじりつくのが常だった。
 貴重な時間をつぶすハメになっては一大事とばかり、役員就任を断固拒否することにした。役員選考会は欠席した。
 選考会の翌日、自治会長が訪れていわく、選考会ではあみだくじを引いて役員を選んだ、Kさんが役員に当選した、うんぬん。
 Kさん、いきりたって、「うちはすぐ近くに寝たきりの親がいるんです。土日はいつでも世話で大変なんです。老いた親を見捨ててまで役員をやれというんですか!」
 次の日曜日、Kさんは馬券があたって、妻子とともに夕食へ出かけることにした。
 ばったり出会った自治会長に、小学2年生の娘が無邪気にいった。「あのね、お馬さんが当たると、日曜はいつもパパとママがレストランへ連れていってくれるの。いいでしょ」

 「へーえ、そうだったの。いいねえ」
 自治会長の目は少しも笑っていなかった。

  *

 本書は、「週間朝日」に連載された「デキゴトロジー」集成の一。オリジナル文庫化第3弾である。
 「デキゴトロジー」は、すれっからしの視線に徹して、下ネタも避けない。週刊誌としてはやや高踏的な「週間朝日」のうちで、唯一無頼の気配をただよわせるコラムだった。
 連載中に愛読し、単行本を全巻そろえ、いまでも折りにふれてとりだしては睡眠薬代わりにしたりもする。
 このコラムは、前記の一例のように、いずれも秘めやかな笑いをもたらし、時として読者をおおいに哄笑させる。
 しかし、海千山千がひしめく世間で人気を保ちつづけるためには、ネタ発掘の取材に悲喜劇がともなったのである。記者のひとり森下典子は、手持ちのネタが尽きてのちは親兄弟や友人を売り、はては自分自身を売って祇園の舞妓に変身した(『「典奴どすえ』、角川書店、1987)。

□週間朝日編『デキゴトロジー -恋の禁煙室-』(朝日文庫、1997)
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