語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】波多野完治『生涯教育論』再読(1) ~序文~

2011年02月10日 | 心理
 波多野完治は、小学館の「100万人の創造選書シリーズ」の一環として、昭和47年に『生涯教育論』を上梓した。本書は、ポール・ラングラン『生涯教育入門』(波多野完治訳、社会教育連合会、1971)の「評釈」である。
 フランス心理学の「紹介」をやりつけた波多野が、単なる「紹介」ではなく、より深く踏みこんだ「評釈」を試みたのだ。「評釈」は、日本の学問的伝統の一つである。仏典または四書五経の注解から河上肇『資本論注解』や和辻哲郎『孔子』まで。
 波多野には、アンリ・ワロン『子どもの精神的発達』を注解した編著『精神発達の心理学 -子どもの成長の弁証法-』(大月書店、1956)がある。これでは誰の本かわからぬ、と不満を抱いた竹内良知が、後に原文に忠実に訳出した(人文書院、1982)が、波多野注解は心理学の初学者には便利な本だった。
 本書は、注解より一歩上の評釈に挑戦している。

 ただし、第1章を書いたところで大患にあって、気力が充実していないから「評釈」が「紹介」に後退したところもある、と序文で自認している。
 大患とは、心筋梗塞だ。
 病から回復後、朝日新聞に寄稿した身辺雑記の切り抜きが、手元の『生涯教育論』に挟みこんである。朝日新聞であることは確かだが、掲載年月日はメモしていない。出典は常に明らかにしておく、という資料保存術を徹底するのは、わが自分史において、もう少し後のことだ。
 で、その切り抜きにはこう書いてある。題して「近況/余生、楽しい仕事に」。 

 「重症の心筋こうそくをやり、死生の間をさまよった。さいわい一命をとりとめたが、せっかくひろった余生なので、その後は、なるべくたのしく、しかも世の中のためになる仕事をするようにしている。/ちかごろは映画の再興機運がもりあがってきて、すぐれた作品もボツボツあらわれているので、二十年来、理事をしている『優秀映画鑑賞会』の審査会にできるだけ出席したい、とおもう。わたしどもの世代は、精神の形成期がすなわち映画のぼっ興期でもあった。一つの『芸術』が生まれ、成長し、ガルガンチュアのような巨人になっていくのを、まのあたり見る、という歴史的な幸運にめぐまれたのである。ああいう興奮と陶酔をもう一度味わいたい」
 「語られる言葉の河へ」管理人が、凝りに凝った渡辺一夫訳のラブレーを全巻読みとおす気になったのは、この短文によるところが大きい。

 閑話休題。
 ラングランの原著は決してやさしくない、と序文で波多野はいう。
 ユネスコ出版の本には、シュラムの諸著書のようにやさしく、程度をさげないで書いているものもある。他方、加盟国の諸事情を懸念するあまり、そのまま詠んでははっきりしない本もある。ラングランの原著は後者だった。
 波多野は、ラングランが遠慮していえないところは、それをハッキリさせ、ラングランとは別の考え方から生涯教育を主張する人の説も取り入れて、それがラングランの本ではどう活かされているかを書こうと志した。

【参考】波多野完治『生涯教育論』(小学館、1972)
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