米国はなぜTPP(環太平洋経済連携協定)を強力に推進しはじめたか。
米国は、2011年度から、ロシアとともに東アジア・サミットに招かれる。しかし、アジアの地域統合において主導権を握れないことを見抜いている。だから、米国主導の下で推進できるTPPを強力に進めようとしているのだ。
そもそも、第二次大戦後の米国の世界経済戦略は、GATT/WTO体制にみられるように多角的貿易自由化政策を基盤としている。
1987年にオーストラリアのイニシアティブの下に設立されたAPECも、基本的には貿易と資本取引の自由化をめざしている。APECはしかし、21の参加国の大半がASEANをはじめ開発途上国だった。米国の意図に反し、自由化を義務づけるものではなかった。
米国は、APECの限界を見てとって、2006年には、より厳しい自由化をめざしたFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)構想を提唱した。完全な形での貿易と資本取引の自由化をめざし、そのためにTPPを強化してFTAAP実現のための核にすることを狙った。
日本は、米(778%)のみならず、まだ多くの品目が高関税(小麦252%、バター360%、牛肉38.5%、粗糖328%)および規制により保護されている。これらは本来WTOが取り扱うべき問題だが、WTOは機能麻痺に陥っている。だから、米国はWTOに依存せず、APECよりもより強力かつハイ・レベルな自由化をめざすTPPを組織して、日本・韓国のみならず広く発展するアジア諸国、特に中国市場の自由化を狙っているのだ。
菅政権がTPPへの加入を急ぐ背景に、最近の不安定化する東アジア情勢があるのだろう。安全保障の見地から米国に近づきはじめたわけだ。
国内経済の不況から脱するためにもアジア太平洋への進出を狙うオバマ政権にとっては、一つのチャンスだ。米国が先般のAPEC会議において、急遽TPPを推進してきた真意もそこにある。
米国のTPP戦略は、世界の農産物市場支配をめざす。これを可能にするのは、圧倒的に強い米国農業の生産性だ。米国で最も強いセクターは、農業である。
米国は、長年にわたる直接、間接の公的資金投入により、灌漑、種子の改良、さらに農民の所得補償などを通じて農業の近代化に努め、世界最高の生産性を誇る農業を築きあげてきた。この事実については、意外と知られていない。米国が莫大な公的資金を投入していたことについては、公表されていない。GATT上も一種の hidden agenda (隠された課題)とされていた。GATTを創設し、そのルールを作ったのは米国である。米国は、GATTのルールに直接抵触しない形の農業保護戦略をとってきた。
OECDの1997年の調査によると、2020年に農産物の純輸入量の最も多い国は日本だ。1,750億ドルの輸入を必要とする。次が中国で、農業の自由化を進めるならば1,700億ドルの輸入量となる。この時に農産物を供給できるのは米国だ。2,750億ドルの輸出余力を持つ。ついでオセアニアが1,100億ドル、ラテン・アメリカが800億ドル、ブラジルが480億ドルと続く。
2020年の世界の農産物貿易の輸出入はバランスしているが、2050年の世界となると、世界人口、特に中国、インド、アフリカ等の人口増大と、これら諸国の所得上昇による食料消費量の増大により、世界の農産物輸出入のバランスは崩れる。食糧不足に陥る危険性は排除できない。
要するに、世界の農産物供給能力の鍵を握っているのは、主として米国なのだ。この見とおしに立って、米国はTPP戦略を進めている。
そして、米国は、EUやラテン・アメリカに比べて容易にTPP戦略を展開しうると見て、アジア太平洋地域にTPP戦略を持ち出した。その真のターゲットは中国だ。
TPPが単に米国だけではなく、もとはアジア、特にASEAN諸国からも出てきた自由化構想であれば、日本は対アジア政策としても、これを無視することはできない。また、日本一国でこの流れを阻止または潰すことはできない。日本は、TPPを契機として利用するべき面は多いに活用し、悪しき面は排除するべきだろう。
日本は、長期的視野に立って、(1)TPPとの関連で最も問題となる農業問題をどうするか、(2)TPPにより追いこまれる前に懸案の日・韓FTA、日・中FTAを結ぶこと、(3)「東アジア共同体」の実現に向けた地固めに着手するべきだ。
2050年の世界人口は、推定91億人に増大する。中国、インド等人口大国も、豊かになるにつれ、食糧消費量が増大していく。
1973年から1975年にかけて、米国は大豆輸出を規制し、大豆の需給が切迫したことがあった。谷口はこの時、米国の農林省の担当局長に、米国産大豆の最大顧客である日本には特別に大豆を供給してくれ、と頼みに行った。しかし、なぜ日本にだけ供給しなければならないのか、と簡単に断られた。
いつまでも米国の食糧供給に依存するのではなく、日本の食糧自給率を高めるべきだ。併せて、食糧供給の安全保障を確保するべきだ。農業に関しては、米国のTPP戦略に迎合するべきではない。
先進諸国のGDPに占める農業の比率は、一般的には決して高くない。米国といえども、わずか1.1%だ。日本より低い。他の先進国の比率も、一部農業国を除けば1%以下だ。しかし、どの国にとっても農業は、他の工業セクターとは異質の戦略的産業である。
GATTルールも、元来は工業製品を対象としたものだった。農生産物は例外扱いとされていた。米国も、特定の農産物については、1955年にGATT25条のウェーバー(自由化義務の免除)を取得し、輸入農産物の制限措置をとった。また、米国はオーストラリアとの二国間協定により、佐藤と乳製品の2品目については戦略的物資として保護している。EUも、共通農業政策による助成金という形で農民の所得保障のほかに農産品輸出女性を行ってきたし、EUという超国家機構に組みこまれることでグループとして保護されている。
日本は、食糧転入国として組むべきパートナーを見いだせずに孤立化している。これまでのGATT/WTOの交渉においても不利な立場に置かれてきた。
TPPがアジアに与える長期的影響は、米国の政治、経済力が相対的に低下しつつあるにもかかわらず、アジアの対米依存体質を変えないことだ。世界第二の大国として躍進しつつある中国も、米国経済への依存体質から脱却していない。韓国経済にいたっては、ますます対米依存関係を深め、実質的にはTPP加入国といってよい。
アジアがこのような状態から抜け出すには、「東アジア共同体」のもたらすメリットを再検討するべきだ。
現状では、TPPはアジアを二分する危険性を孕んでいる。日本、韓国は加入あるいは加入を検討する方向に進むだろう。中国はTPPに慎重な対応をするだろう。
TPPが、アジアにおいて有効な地域協力組織として成功するか否かの鍵は、中国が握っている。
中国は、農業生産増大に努めることで主要穀物の90数%台の自給率を保っている。しかし、所得増による生活レベルの向上により、食糧消費量は増大する。また、食生活のパターンが穀物より食肉(特に牛肉)の消費に変化していく。そのため、中国の食肉用飼料の輸入は急増しつつある。
中国が農業市場を自由化すれば、中国が日本を抜いて世界最大の食糧輸入国となる。
アジアに係る米国のTPPによる農業戦略の弊害を回避できるかどうかは、日本と中国、特に中国がどの程度食糧自給体制を保ち、いつまで食糧自給率を維持できるか、にかかっている。
日本も中国も、米国をはじめとする一部の限られた国または地域に依存することは、きわめてリスクが高い。
現状では、食糧供給の安全保障について、日本は裸に近いし、中国もリスクを抱えている。日中が協力して「東アジア共同体」を構築し、アジア諸国の共通農業政策の下で食糧供給の安全保障システムを打ち立てることが重要だ。
日本は、限られた自然条件の中で育成した高品質の農産物を生産する能力と技術を持つ。すぐれた環境技術も持つ。これらをアジア諸国に移転することでアジアに新しいグリーン・レボリューションを起こすことができれば、アジアは米国の農業に依存しないで自立の道を歩むことができる。
これは「東アジア共同体」の構築によってのみ可能であり、「東アジア共同体」のもたらす最大のメリットだ。
【参考】谷口誠「米国のTPP戦略と『東アジア共同体』 -私たちがいま考えなければならないこと-」(「世界」、2011年3月号)
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米国は、2011年度から、ロシアとともに東アジア・サミットに招かれる。しかし、アジアの地域統合において主導権を握れないことを見抜いている。だから、米国主導の下で推進できるTPPを強力に進めようとしているのだ。
そもそも、第二次大戦後の米国の世界経済戦略は、GATT/WTO体制にみられるように多角的貿易自由化政策を基盤としている。
1987年にオーストラリアのイニシアティブの下に設立されたAPECも、基本的には貿易と資本取引の自由化をめざしている。APECはしかし、21の参加国の大半がASEANをはじめ開発途上国だった。米国の意図に反し、自由化を義務づけるものではなかった。
米国は、APECの限界を見てとって、2006年には、より厳しい自由化をめざしたFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)構想を提唱した。完全な形での貿易と資本取引の自由化をめざし、そのためにTPPを強化してFTAAP実現のための核にすることを狙った。
日本は、米(778%)のみならず、まだ多くの品目が高関税(小麦252%、バター360%、牛肉38.5%、粗糖328%)および規制により保護されている。これらは本来WTOが取り扱うべき問題だが、WTOは機能麻痺に陥っている。だから、米国はWTOに依存せず、APECよりもより強力かつハイ・レベルな自由化をめざすTPPを組織して、日本・韓国のみならず広く発展するアジア諸国、特に中国市場の自由化を狙っているのだ。
菅政権がTPPへの加入を急ぐ背景に、最近の不安定化する東アジア情勢があるのだろう。安全保障の見地から米国に近づきはじめたわけだ。
国内経済の不況から脱するためにもアジア太平洋への進出を狙うオバマ政権にとっては、一つのチャンスだ。米国が先般のAPEC会議において、急遽TPPを推進してきた真意もそこにある。
米国のTPP戦略は、世界の農産物市場支配をめざす。これを可能にするのは、圧倒的に強い米国農業の生産性だ。米国で最も強いセクターは、農業である。
米国は、長年にわたる直接、間接の公的資金投入により、灌漑、種子の改良、さらに農民の所得補償などを通じて農業の近代化に努め、世界最高の生産性を誇る農業を築きあげてきた。この事実については、意外と知られていない。米国が莫大な公的資金を投入していたことについては、公表されていない。GATT上も一種の hidden agenda (隠された課題)とされていた。GATTを創設し、そのルールを作ったのは米国である。米国は、GATTのルールに直接抵触しない形の農業保護戦略をとってきた。
OECDの1997年の調査によると、2020年に農産物の純輸入量の最も多い国は日本だ。1,750億ドルの輸入を必要とする。次が中国で、農業の自由化を進めるならば1,700億ドルの輸入量となる。この時に農産物を供給できるのは米国だ。2,750億ドルの輸出余力を持つ。ついでオセアニアが1,100億ドル、ラテン・アメリカが800億ドル、ブラジルが480億ドルと続く。
2020年の世界の農産物貿易の輸出入はバランスしているが、2050年の世界となると、世界人口、特に中国、インド、アフリカ等の人口増大と、これら諸国の所得上昇による食料消費量の増大により、世界の農産物輸出入のバランスは崩れる。食糧不足に陥る危険性は排除できない。
要するに、世界の農産物供給能力の鍵を握っているのは、主として米国なのだ。この見とおしに立って、米国はTPP戦略を進めている。
そして、米国は、EUやラテン・アメリカに比べて容易にTPP戦略を展開しうると見て、アジア太平洋地域にTPP戦略を持ち出した。その真のターゲットは中国だ。
TPPが単に米国だけではなく、もとはアジア、特にASEAN諸国からも出てきた自由化構想であれば、日本は対アジア政策としても、これを無視することはできない。また、日本一国でこの流れを阻止または潰すことはできない。日本は、TPPを契機として利用するべき面は多いに活用し、悪しき面は排除するべきだろう。
日本は、長期的視野に立って、(1)TPPとの関連で最も問題となる農業問題をどうするか、(2)TPPにより追いこまれる前に懸案の日・韓FTA、日・中FTAを結ぶこと、(3)「東アジア共同体」の実現に向けた地固めに着手するべきだ。
2050年の世界人口は、推定91億人に増大する。中国、インド等人口大国も、豊かになるにつれ、食糧消費量が増大していく。
1973年から1975年にかけて、米国は大豆輸出を規制し、大豆の需給が切迫したことがあった。谷口はこの時、米国の農林省の担当局長に、米国産大豆の最大顧客である日本には特別に大豆を供給してくれ、と頼みに行った。しかし、なぜ日本にだけ供給しなければならないのか、と簡単に断られた。
いつまでも米国の食糧供給に依存するのではなく、日本の食糧自給率を高めるべきだ。併せて、食糧供給の安全保障を確保するべきだ。農業に関しては、米国のTPP戦略に迎合するべきではない。
先進諸国のGDPに占める農業の比率は、一般的には決して高くない。米国といえども、わずか1.1%だ。日本より低い。他の先進国の比率も、一部農業国を除けば1%以下だ。しかし、どの国にとっても農業は、他の工業セクターとは異質の戦略的産業である。
GATTルールも、元来は工業製品を対象としたものだった。農生産物は例外扱いとされていた。米国も、特定の農産物については、1955年にGATT25条のウェーバー(自由化義務の免除)を取得し、輸入農産物の制限措置をとった。また、米国はオーストラリアとの二国間協定により、佐藤と乳製品の2品目については戦略的物資として保護している。EUも、共通農業政策による助成金という形で農民の所得保障のほかに農産品輸出女性を行ってきたし、EUという超国家機構に組みこまれることでグループとして保護されている。
日本は、食糧転入国として組むべきパートナーを見いだせずに孤立化している。これまでのGATT/WTOの交渉においても不利な立場に置かれてきた。
TPPがアジアに与える長期的影響は、米国の政治、経済力が相対的に低下しつつあるにもかかわらず、アジアの対米依存体質を変えないことだ。世界第二の大国として躍進しつつある中国も、米国経済への依存体質から脱却していない。韓国経済にいたっては、ますます対米依存関係を深め、実質的にはTPP加入国といってよい。
アジアがこのような状態から抜け出すには、「東アジア共同体」のもたらすメリットを再検討するべきだ。
現状では、TPPはアジアを二分する危険性を孕んでいる。日本、韓国は加入あるいは加入を検討する方向に進むだろう。中国はTPPに慎重な対応をするだろう。
TPPが、アジアにおいて有効な地域協力組織として成功するか否かの鍵は、中国が握っている。
中国は、農業生産増大に努めることで主要穀物の90数%台の自給率を保っている。しかし、所得増による生活レベルの向上により、食糧消費量は増大する。また、食生活のパターンが穀物より食肉(特に牛肉)の消費に変化していく。そのため、中国の食肉用飼料の輸入は急増しつつある。
中国が農業市場を自由化すれば、中国が日本を抜いて世界最大の食糧輸入国となる。
アジアに係る米国のTPPによる農業戦略の弊害を回避できるかどうかは、日本と中国、特に中国がどの程度食糧自給体制を保ち、いつまで食糧自給率を維持できるか、にかかっている。
日本も中国も、米国をはじめとする一部の限られた国または地域に依存することは、きわめてリスクが高い。
現状では、食糧供給の安全保障について、日本は裸に近いし、中国もリスクを抱えている。日中が協力して「東アジア共同体」を構築し、アジア諸国の共通農業政策の下で食糧供給の安全保障システムを打ち立てることが重要だ。
日本は、限られた自然条件の中で育成した高品質の農産物を生産する能力と技術を持つ。すぐれた環境技術も持つ。これらをアジア諸国に移転することでアジアに新しいグリーン・レボリューションを起こすことができれば、アジアは米国の農業に依存しないで自立の道を歩むことができる。
これは「東アジア共同体」の構築によってのみ可能であり、「東アジア共同体」のもたらす最大のメリットだ。
【参考】谷口誠「米国のTPP戦略と『東アジア共同体』 -私たちがいま考えなければならないこと-」(「世界」、2011年3月号)
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