語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『自立のスタイルブック -「豊かさ創世記」45人の物語-』

2011年02月18日 | 社会
 バブル崩壊による不況は、個人と社会の価値観を変容させた。
 個人においては、従来正統的とされてきた生活のスタイルが見なおされた。たとえば、ある33歳の女性は、11年間勤めた商社を退職して、子ども時代からの夢であるイラストレーターになるためにニューヨークの美術大学へ進んだ。あるいは、別の27歳の女性は、花火への思いやみがたく、OLを辞めて、きつい、汚い、危険の「3K職場の典型のような」花火メーカーに転職した。
 会社経営のスタイルも変わった。かたや、事業リーダーもメンバーも公募、実力主義と競争原理を徹底させて、1994年度以降5年連続で利益が二桁増のミスミ(東証一部上場)。かたや、社長を置かず、役員はすべて平取締役、社員のすべてが何らかの形で経営の意思決定に参加し、ボーナスの査定は廃止、年功序列を堅持して65歳の実質定年まで雇用しつつも赤字とは無縁で大企業に劣らない賃金水準を維持する白光(大阪市)。
 本書には、こうした個性的な生き方、創造的な経営のしかたの実例が45件、報告されている。
 「自立」とは何か。本書の事例からすると、既成の社会通念や組織の惰性になずむことなく、志をたいせつにして自分の生きる道を選択することであり、あるいは時代に機敏に対応した組織改革や起業を行うことである。言うは易く、行うは難しい。じじつ、ある30代の男性は父子関係を重視して父親育児休暇を取ったために「事実上の左遷」となり、別の50歳の男性は一人暮らしの高齢者が集える食堂を開いて年収が半減した。自分の「こころ」を大切にして社会通念とは異なる生き方をすれば、それだけの犠牲を払わねばならないのだ。組織においても同様のことが言える。
 とはいえ、時代の変化は、人々に厳しい要請をするだけではなくて、それまで不遇だった人に光をあてた。たとえば、ある下肢障害者は、パソコンを使った在宅勤務、SOHOと出会ったおかげで社会参加が可能になり、安定した収入を得るにいたった。
 そもそも、時代は一方的に人へ与えられるだけではなくて、人がつくりだすものでもある。民間非営利団体(NPO)をはじめ、環境保護から手作りの祭りまで地域に広がった市民運動がこの点をよく示す。
 本書は、旧套を墨守しない生き方、組織のあり方を探る人々に多くの示唆を与えてくれる。新聞掲載時から若干の期間をおいて追跡した「追録」には、記者の肉声も加わっているから親しみやすい。また、連絡先や関連するホームページのサイトが付記されているから、より深く知りたい読者にとって便利である。

□共同通信社経済部編『自立のスタイルブック -「豊かさ創世記」45人の物語-』(株式会社共同通信社、2001)
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