語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】山口二郎の、幻滅の与党&空洞化の野党に対して国民はどう付き合うか ~政党政治の危機~ 

2011年02月14日 | 批評・思想
(1)はじめに
 「民主党に対する幻滅が決定的となった今、政党政治と辛抱しながら付き合うという感覚は持ちにくい。しかし、自民党に代わる政権政党を作り出すということは、半世紀がかりの大仕事である。期待が大きかったあまり、民主党政権のすべてを否定するという態度は誤りである。今までの経験を通して学習し、矯正すべき部分と、政権交代の大義に照らして逸脱した現状を厳しく批判するという部分を識別することが必要である」

 「同時に、今の民主党政権が実現できること、優先的に実現すべきことをある程度絞り込むという現実的な対処法を取るべきである。(中略)政権が取り組む政策綱領を絞り込み、力を発揮できる領域でその実現を図ることを応援することが必要である」

 「一年足らずでまたしても政権崩壊ということになれば、国民の政党不信は無限大となる。自民党政権に戻すという選択が魅力的でないことも明らかである」

(2)民主党における常識の必要
 「民主党にはいろいろな問題があるが、最大の問題は政策以前に、政党、政権の体をなしていないという点で、人々が呆れているというのが実態であろう。与党の政治家の最大の役割は、予算編成など国家の経営のために必要な意思決定を紀元までに行うことである。民主党は、党として決定に責任を負うという体制を持っていない」

 「与党の政治家が責任感を持つということは、統治の大前提である。責任感の中身には、目先の人気や忠実な支持者の利益だけを重視するのではなく、広い視野でものを考えること、一度決まったことには個人として不満があってもそれに従い、支えることなどがある。政権を担えば、あちらを立てればこちらが立たずちった類の問題について、意思決定を繰り返していかねばならない。その種のトレードオフから逃げず、これを引き受けることこそ、政治家の責任である」

 「さらに、政策調査会を復活させた以上、議員が政策論議に参加し、党として意思決定を行うためのルールを確立しなければならない。(中略)これを通して、トレードオフについて責任を持って決定するという感覚を党全体で共有しなければならない。政権交代以後、一年半ほどの民主党は、まさに仮免許状態だったのであり、そのことを率直に謝って、新しい体制を作るしかない」

(3)政権交代の大義と政策的基軸
 「民主党に綱領が存在しないことは、しばしばこの党が理念的根拠を持たないことへの批判として語られる。(中略)しかし、対立軸の困難な時代において、政党が機会主義になることは必ずしも悪いことではない。政党にとっては、万古不易のイデオロギーを探すことよりも、同時代の問題を察知し、その解決を図る際に役立つ道標を見つけることのほうが重要である。問題認識や打ち出す処方箋の適格性をめぐって、政党は競争するしかない」

 「『生活第一』路線は、ポスト小泉改革の時代、生活苦を感じるようになった国民に支持された。問題は、民主党がその機会を生かして、『生活第一』路線を実現する実際的な能力を発揮するかどうかである。民主党の議員が全員社会民主主義の思想を持つ必要などない。しかし、国民から負託を受けた以上、この衆議院の任期中に『生活第一』を具体化する政策を一つでも多く実現することは、民主党の責務である。政治家に必要な理念とは、このような専門的職業人としての責任感である」

 「菅政権は、政権交代に希望を托した人々の思いを無視し、民主党には一度も投票したことがなく、政権交代など起きて欲しくないと思っていた集団【引用者注:法人税減税を要求する集団・武器輸出三原則を変えたい集団】の意向を必死で聞こうとしているようである。そのことこそ民主党への失望が広がっている最大の原因であることに、指導部は気づくべきである」

(4)民主党の統合と小沢問題
 「小沢に対する検察の捜査は、政党政治に対する官僚権力の介入という別の問題をはらんでいる。検察の暴走が明らかになった今、起訴されただけで離党や議員辞職を要求するというのは、政党政治の自立性を自ら放棄することにつながる」

 「他方、小沢の側にも、犯罪事実があったかどうかは検察が証明する責任を負うという姿勢を続けるだけでは不十分である。与党の実力者は、身に覚えのないことであっても、疑惑が持ち上がれば進んで自らそれを払拭するための努力をしなければならない。進んで公開の場に出て、野党の追及の矢面に立つことが政治家の宿命である。小沢が国会で釈明することを拒み続けるのは、民主党ももう一つの自民党に過ぎないという失望感を広めるだけである」

 「マニフェストの財源に関する公約は不十分なものだった。(中略)したがって、『生活第一』の理念に照らして、マニフェストの中のどの政策から先に実現するかという優先順序をつけ、そのための財源をどのように確保するかを考えるという作業にまじめに取り組まなければならない。民主党の議員はすべてその作業から逃れることはできない」

 「菅首相が何よりもはっきりさせるべきことは、『生活第一』という理念を堅持することである。『生活第一』を、責任を持って実現するために、税制や社会保障制度を改革することが必要だという論理で、与党や国民を説得するしかない。(中略)小沢を厄介払いしようとする姿勢は、『生活第一』を廃棄しようとする態度に重なって見える。そのことが民主党の混迷の最大の原因である。TPP(環太平洋経済連携協定)への参加は、『生活第一』への逆行という批判を受けて当然である」

(5)税・社会保障一体改革をめぐって
 「この布陣には、『生活第一』を国民合意のもとに安定した政策基軸に高める可能性があると期待できる。/そもそも与謝野【引用者注:与謝野馨・経済財政担当大臣】は、自公政権末期の社会保障国民会議や安心社会実現会議の中心として、社会保障改革の議論を主導した経験がある。(中略)当時、小さな政府路線からの転換に関しては、程度の違いはあったが、実は政党間で共通の問題意識が存在したのである」

 「菅首相と与謝野が目指そうとしているのは、かつて自公連立の福田、麻生政権でも主張していた『人生全般をカバーする社会保障』である。(中略)日本では神野直彦が北欧諸国の経験をもとに、日本でもこのようなモデルを取るべきと提唱してきた。福田、麻生政権以降の自民党の展開と民主党の言う『生活第一』の両方を公平に視野に入れるならば、新しい社会保障モデルで幅広い国民的合意を構築することも、決して荒唐無稽な話ではない」

 「もちろん、気息奄々の菅政権がいきなりこのような合意を求めても、すぐに議論が進むわけではない。ただし、野党の抵抗については、憂慮する必要はない。下野した後、敗北の総括もせず、敵失で政権復帰をねらう自民党に対しては、国民の期待は大きくない。政局第一で立ち回るなら、世論の支持は得られない。今の空洞化した野党にとっては、きわめてリスクの大きな選択肢である」

 「問題は国民の理解を得るための手順と議論の中身である。各種の世論調査が示すように、国民は社会保障を確保するためであれば、税負担の増加を受け入れる用意があると考えている。しかし、税制改革や負担増の問題を議論するときに人々が不信感を持つのは、負担増がどのような社会をつくり出すことにつながるのか、はっきりした道筋が見えないからである」

 「その際の障害は、財務省と経済界という二つの主体である。財務省は財政赤字の縮小のために一貫して増税に執念を持っている。その健全財政主義には二つの欠陥がある。第一は、増やすべき財源として消費税に偏っている点である。金額としては消費税率の引き上げがすぐに大きな歳入増につながるとしても、公正、公平な負担という理念に照らせば、増税の手順を十分議論する必要がある。/第二は、負担増によってどのような社会を目指すのかという基本的理念が空白だという点である。本来財務省の主計官僚は予算編成の事務屋である。大きな負担で大きな福祉国家を作るのか、小さな負担で貧弱な社会保障を選ぶのかは、国民が決めることである。しかし、財務官僚は分際を超えて、国民の選択を先取りしてきた。税と社会保障の一体改革の中では、このような財務官僚の越権を打破しなければならない」

 「経済界およびその利益を代弁する一部のメディアは、依然として小さな政府のイデオロギーを信奉している。彼らは民主党政権の積極的な社会政策をバラマキと非難する一方で、法人税減税を要求してきた。(中略)その点で経済界は、臆面もなく自己利益を主張する最後の圧力集団である。日本の企業が利益を追求するために労働市場の流動化を進めたことこそ、日本人の生活の安定を脅かす一因となった。かつてのように終身雇用で日本人の生活を支えろというのは過剰な要求だろうが、それが崩壊した今、社会の底割れを防ぐために応分の負担をせよというのは、真っ当な要求である。経済界が消費税率の引き上げを要求するのは、単に国債の暴落を防ぐためだけであろう。そんな動機の議論が国民の理解を得られるはずはない」

(6)おわりに 政党政治と辛抱して付き合う
 「政権交代とは、単に権力者を入れ替えるだけではない。新しい権力者に任せきりにしていては、政権交代の意義などたちまち消え失せる。我々のおかげで政権を取ったのだから我々が望む理念を追求せよというふうに政権に対して声を上げ続けることが、選んだ側の役割である」

 「もちろん、このように政権交代の結末を辛抱強く見守ろうと主張することと、政権が何をしても許すということとは同じではない。譲れない一線を持ちつつよりましな道を選ぶという態度で政治を見ることこそ、政権交代可能な時代を切り開く市民に求められる」

【参考】山口二郎「民主党の“失敗” 政党政治の危機をどう乗り越えるか」(「世界」、2011年3月号)
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