(1)厳しくなる相続税負担、財政の破綻懸念、放射能の危険など、高まる“ジャパンリスク”に嫌気がさし、祖国を見限る富裕層が昨年来、急増しているといわれる。複数のメディアも、ここ最近、富裕層の海外移住が増加していることを取り上げ始めた。
(2)ところが、事態は想定外の方向に進んでいる。
「日本に帰りたい」「子どもの国籍を日本に戻したい」・・・・都心に事務所を構える大手税理士法人に、そんな相談が舞い込み始めたのは、今年に入ってからだ。いずれも日本人の富裕層からだ。流れに乗って日本を脱出し、移住したのはよいが、結局、慣れない海外生活に耐えられず、帰国を願い出る富裕層が出てきているのだ。ブームの足元では、早くも「逆転現象」が起きているのだ。
(3)富裕層が海外移住する最大の理由は、相続税対策だ。日本の相続税は最大50%。いくら巨額の遺産があっても、3代続けば財産がなくなる、といわれる。さらに、日本政府は相続税の適用範囲を広げ、最高税率の引き上げまで打ち出している。
日本の相続税の対象からはずれるパターンは、大きく2つ。
(a)財産を渡す親と、受け取る子が共に5年以上海外に住む。
(b)子だけが海外に出る。国籍も日本以外に移す。
(4)富裕層が移住する候補地として注目されているのは、相続税がゼロの国・地域だ。<例>香港、スイス、シンガポール。
香港は、昨今の日中関係の緊迫化で、カントリーリスクが意識され、敬遠される傾向にある。
スイスは、距離の問題に加え、黄色人種はどうしても下に見られてしまう。
よって、富裕層の間で特に人気となっているのが、政治的にも安定し、同じアジアのシンガポールへの移住だ。シンガポールは、相続税がゼロであることに加えて、資産の運用益にかかるキャピタルゲイン課税もゼロ、所得税は最大20%、法人税17%(一律)、さらに、教育、医療といった生活水準が高く、治安もいい。世界の富裕層が続々と拠点を移している。<例>エドゥアルト・サベリン(Facebookの共同設立者)、ジム・ロジャーズ(世界的な大物投資家)、鈴木洋・「HOYA」CEO・・・・中野美奈子・元「フジテレビ」アナウンサーも。
ただ、シンガポールは小国なので、今後も高い経済成長を維持していくには限界がある。オフィス賃料や家賃は上昇の一途だ。そこで注目されているのが、同国北部に隣接するマレーシア・ジョホール州で進む「イスカンダール計画」だ。シンガポールの3倍の地域に、高級住宅地、教育機関、テーマパーク、工業団地などの都市開発が進んでいる。すでに同州から橋を渡ってシンガポールに通勤する人は1日10万人に上る。今後は、国境をまたいだ考え方でシンガポールを捉え直すことが重要だ。【小林昇太郎・船井総合研究所 経営コンサルタント】
(5)しかし、実際に移住するとなると、話は別だ。高齢になって初めて海外に移住する場合、病気などになると途端に弱気なって帰国を望むケースが増加している。5年間の間に家族関係が大きく変わることもあり、移住に失敗する富裕層が後を絶たない。
留学経験のある子が拠点を海外に置くなど、ビジネスが関連してくれば移住の成功率は高まる。しかし、相続税逃れが移住の第一目的では、成功するのは難しい。
さらに、今年に入ってから、海外移住自体のハードルが高まった。シンガポールへの移住は資産さえあれば簡単だった。純資産12億円のうち半分の6億円をシンガポール国内で運用すれば永住権を申請できた。しかし、この制度は今年4月をもってストップした。
(6)香港やシンガポールに銀行口座を開設する富裕層が増えているが、日本で買えない金融商品を購入できると勘違いしている富裕層が少なくない(勘違いを利用した詐欺も増えている)。海外投資をしたいだけならば、ネット証券を使えばいい。香港などにオフショア口座を開設しても、日本の税法が適用される。メリットは限られている。
(7)国は法人については税率を下げる方針だが、国税当局は個人が保有する1,500兆円の金融資産を税収に変えたい、と考えている。
「国外財産調書制度」は、2013年末からスタートし、5,000万円超の資産を海外に保有する場合、報告義務が発生する。富裕層が隠し持ちながら表に出ることのなかった海外のグレーなカネに包囲の網が張られた。
日本から海外に100万円以上送金すると、金融機関から税務当局にレポートが上がる。が、この仕組みができたのは、バブル崩壊後。バブル期には巨額の資金が海外に流れた、とされる。申告が義務化されることで、5,000万円超の海外資産を持つ富裕層が、それを表に出すかどうかの決断を迫られている。
この制度では、最悪の場合、懲役刑が待っている。
(8)「国外財産調書制度」に限らず、国税当局は海外資産に対する監視の目を強めていて、抜け道は徐々に通用しなくなりつつある。
日本とスイスは、2011年末、租税条約の改定に合意した。スイス当局は、日本から情報提供の要請があれば、国内の金融機関に顧客情報を照会して提出する義務を負うことになった。スイスの「安全神話」は過去のものとなった。
“お金持ち包囲網”は狭まる一方だ。
以上、記事「お金持ちの失敗から学ぶ資産運用の裏側と投資哲学」(「週刊ダイヤモンド」2012年10月20日号)に拠る。
↓クリック、プリーズ。↓
(2)ところが、事態は想定外の方向に進んでいる。
「日本に帰りたい」「子どもの国籍を日本に戻したい」・・・・都心に事務所を構える大手税理士法人に、そんな相談が舞い込み始めたのは、今年に入ってからだ。いずれも日本人の富裕層からだ。流れに乗って日本を脱出し、移住したのはよいが、結局、慣れない海外生活に耐えられず、帰国を願い出る富裕層が出てきているのだ。ブームの足元では、早くも「逆転現象」が起きているのだ。
(3)富裕層が海外移住する最大の理由は、相続税対策だ。日本の相続税は最大50%。いくら巨額の遺産があっても、3代続けば財産がなくなる、といわれる。さらに、日本政府は相続税の適用範囲を広げ、最高税率の引き上げまで打ち出している。
日本の相続税の対象からはずれるパターンは、大きく2つ。
(a)財産を渡す親と、受け取る子が共に5年以上海外に住む。
(b)子だけが海外に出る。国籍も日本以外に移す。
(4)富裕層が移住する候補地として注目されているのは、相続税がゼロの国・地域だ。<例>香港、スイス、シンガポール。
香港は、昨今の日中関係の緊迫化で、カントリーリスクが意識され、敬遠される傾向にある。
スイスは、距離の問題に加え、黄色人種はどうしても下に見られてしまう。
よって、富裕層の間で特に人気となっているのが、政治的にも安定し、同じアジアのシンガポールへの移住だ。シンガポールは、相続税がゼロであることに加えて、資産の運用益にかかるキャピタルゲイン課税もゼロ、所得税は最大20%、法人税17%(一律)、さらに、教育、医療といった生活水準が高く、治安もいい。世界の富裕層が続々と拠点を移している。<例>エドゥアルト・サベリン(Facebookの共同設立者)、ジム・ロジャーズ(世界的な大物投資家)、鈴木洋・「HOYA」CEO・・・・中野美奈子・元「フジテレビ」アナウンサーも。
ただ、シンガポールは小国なので、今後も高い経済成長を維持していくには限界がある。オフィス賃料や家賃は上昇の一途だ。そこで注目されているのが、同国北部に隣接するマレーシア・ジョホール州で進む「イスカンダール計画」だ。シンガポールの3倍の地域に、高級住宅地、教育機関、テーマパーク、工業団地などの都市開発が進んでいる。すでに同州から橋を渡ってシンガポールに通勤する人は1日10万人に上る。今後は、国境をまたいだ考え方でシンガポールを捉え直すことが重要だ。【小林昇太郎・船井総合研究所 経営コンサルタント】
(5)しかし、実際に移住するとなると、話は別だ。高齢になって初めて海外に移住する場合、病気などになると途端に弱気なって帰国を望むケースが増加している。5年間の間に家族関係が大きく変わることもあり、移住に失敗する富裕層が後を絶たない。
留学経験のある子が拠点を海外に置くなど、ビジネスが関連してくれば移住の成功率は高まる。しかし、相続税逃れが移住の第一目的では、成功するのは難しい。
さらに、今年に入ってから、海外移住自体のハードルが高まった。シンガポールへの移住は資産さえあれば簡単だった。純資産12億円のうち半分の6億円をシンガポール国内で運用すれば永住権を申請できた。しかし、この制度は今年4月をもってストップした。
(6)香港やシンガポールに銀行口座を開設する富裕層が増えているが、日本で買えない金融商品を購入できると勘違いしている富裕層が少なくない(勘違いを利用した詐欺も増えている)。海外投資をしたいだけならば、ネット証券を使えばいい。香港などにオフショア口座を開設しても、日本の税法が適用される。メリットは限られている。
(7)国は法人については税率を下げる方針だが、国税当局は個人が保有する1,500兆円の金融資産を税収に変えたい、と考えている。
「国外財産調書制度」は、2013年末からスタートし、5,000万円超の資産を海外に保有する場合、報告義務が発生する。富裕層が隠し持ちながら表に出ることのなかった海外のグレーなカネに包囲の網が張られた。
日本から海外に100万円以上送金すると、金融機関から税務当局にレポートが上がる。が、この仕組みができたのは、バブル崩壊後。バブル期には巨額の資金が海外に流れた、とされる。申告が義務化されることで、5,000万円超の海外資産を持つ富裕層が、それを表に出すかどうかの決断を迫られている。
この制度では、最悪の場合、懲役刑が待っている。
(8)「国外財産調書制度」に限らず、国税当局は海外資産に対する監視の目を強めていて、抜け道は徐々に通用しなくなりつつある。
日本とスイスは、2011年末、租税条約の改定に合意した。スイス当局は、日本から情報提供の要請があれば、国内の金融機関に顧客情報を照会して提出する義務を負うことになった。スイスの「安全神話」は過去のものとなった。
“お金持ち包囲網”は狭まる一方だ。
以上、記事「お金持ちの失敗から学ぶ資産運用の裏側と投資哲学」(「週刊ダイヤモンド」2012年10月20日号)に拠る。
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