湾岸戦争で、イラクはスカッド・ミサイルをイスラエルへ射ちこんだ。イスラエルが反撃すれば、多国籍軍に属するアラブ諸国が反発し、結束を弱め、あわよくばイランでさえイラク側に転向させることができるかもしれない、というのがサダム・フセインの読みであった。多国籍軍の中核をなす米英としては、軍の結束を維持するために、イスラエルの参戦を防がねばならない。イスラエルに対するイラクの攻撃を阻止しなくてはならない。
こうした政治的な理由だけではなかったが、スカッド・ミサイル発射基地ないしTEL(輸送車兼用起立式発射機)を叩くためにイラクへ英国特殊空挺部隊(SAS:Special Air Service)が送り込まれた。
本書は、派遣されたSASのうちの一個小隊、コード・ネーム「ブラヴォー・ツー・ゼロ」を率いるマクナブ軍曹及び隊員計8名の闘いと脱出行、さらに捕虜体験を描いた記録である。
事前に得ていた情報と異なっていたため、小隊ははやくも潜入した翌日に発見されてしまう。悪いことに無線が通じない(帰国後、教えられた周波数が間違っていたことが判明した)。AWACS(空中警戒管制システム)機とも連絡がとれない(帰国後、交信範囲より300キロ離れていたことがわかった)。国境をめざすうちに、隊員の一部を見失い、戦闘のうちに離散する。マクナブは捕虜になった。
マクナブは拷問を耐え抜いて帰国するのだが、小隊は結局3名の死者を出した。生存者の一人クリス・ライアンは、飲料水も食糧もほとんどないまま8日間で300キロを踏破し、サウジアラビアたどり着いた(退役後作家となった)。
著者が捕虜となった日々に紙数のなかばが割かれている。なんせ、当時独裁者が血で権力を維持していたイラクである。悲惨としか言いようのない体験をするのだが、これを図太い、野卑ともいえるユーモアをまじえて闊達に語る。
最悪な環境をしのがせたのは、SAS隊員精神である。苛酷なまでの訓練は、肉体を鍛え、その結果として精神も鍛える。獄中で肉体を痛めつけられても、理性を維持するために日時に注意し(見当識の保持)、一度口にした虚言を首尾一貫させているか、いつどう述べれば効果的かなどを刻々自問して確かめている。精神は訓練できるし、訓練された精神の成果がここにみられる。
本書に引用されたスリム元帥の演説は一顧の価値がある。
「わたしが戦いの指揮をとっており、なにもかも計画どおり順調に進み、勝利を収めつつあるとき--わたしは偉大な指導者であり、優秀な将校である。だが、なにもかもうまくいかないときは、自分がじっさいに指揮をとっているかどうかに関係なく、非難されるのはわたしなのだ」
軍隊にかぎらない。会社その他の組織においても、トップの責任はこうしたものだ。
下士官にして元帥の視点を持つ。これはアンディ・マクナブ固有の特質なのか、SAS隊員が総じてこうした意識の持ち主なのかは詳らかではないが、すくなくとも幾人かはマクナブと同じ視点を有しているにちがいない。つまり、幾人かは、組織の一員として組織の要請を着実に遂行する一方で、担当する業務を超えた広い視野をもつことができるのだ。これは独りSASに限らない、優秀な組織は、こうした人材によって支えられいるのだ。
□アンディ・マクナブ(伏見威蕃・訳)『ブラヴォー・ツー・ゼロ -SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録-』(ハヤカワ文庫、2000)
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こうした政治的な理由だけではなかったが、スカッド・ミサイル発射基地ないしTEL(輸送車兼用起立式発射機)を叩くためにイラクへ英国特殊空挺部隊(SAS:Special Air Service)が送り込まれた。
本書は、派遣されたSASのうちの一個小隊、コード・ネーム「ブラヴォー・ツー・ゼロ」を率いるマクナブ軍曹及び隊員計8名の闘いと脱出行、さらに捕虜体験を描いた記録である。
事前に得ていた情報と異なっていたため、小隊ははやくも潜入した翌日に発見されてしまう。悪いことに無線が通じない(帰国後、教えられた周波数が間違っていたことが判明した)。AWACS(空中警戒管制システム)機とも連絡がとれない(帰国後、交信範囲より300キロ離れていたことがわかった)。国境をめざすうちに、隊員の一部を見失い、戦闘のうちに離散する。マクナブは捕虜になった。
マクナブは拷問を耐え抜いて帰国するのだが、小隊は結局3名の死者を出した。生存者の一人クリス・ライアンは、飲料水も食糧もほとんどないまま8日間で300キロを踏破し、サウジアラビアたどり着いた(退役後作家となった)。
著者が捕虜となった日々に紙数のなかばが割かれている。なんせ、当時独裁者が血で権力を維持していたイラクである。悲惨としか言いようのない体験をするのだが、これを図太い、野卑ともいえるユーモアをまじえて闊達に語る。
最悪な環境をしのがせたのは、SAS隊員精神である。苛酷なまでの訓練は、肉体を鍛え、その結果として精神も鍛える。獄中で肉体を痛めつけられても、理性を維持するために日時に注意し(見当識の保持)、一度口にした虚言を首尾一貫させているか、いつどう述べれば効果的かなどを刻々自問して確かめている。精神は訓練できるし、訓練された精神の成果がここにみられる。
本書に引用されたスリム元帥の演説は一顧の価値がある。
「わたしが戦いの指揮をとっており、なにもかも計画どおり順調に進み、勝利を収めつつあるとき--わたしは偉大な指導者であり、優秀な将校である。だが、なにもかもうまくいかないときは、自分がじっさいに指揮をとっているかどうかに関係なく、非難されるのはわたしなのだ」
軍隊にかぎらない。会社その他の組織においても、トップの責任はこうしたものだ。
下士官にして元帥の視点を持つ。これはアンディ・マクナブ固有の特質なのか、SAS隊員が総じてこうした意識の持ち主なのかは詳らかではないが、すくなくとも幾人かはマクナブと同じ視点を有しているにちがいない。つまり、幾人かは、組織の一員として組織の要請を着実に遂行する一方で、担当する業務を超えた広い視野をもつことができるのだ。これは独りSASに限らない、優秀な組織は、こうした人材によって支えられいるのだ。
□アンディ・マクナブ(伏見威蕃・訳)『ブラヴォー・ツー・ゼロ -SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録-』(ハヤカワ文庫、2000)
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