語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】組織を支える人材の、組織を超える視点 ~『ブラヴォー・ツー・ゼロ』~

2015年12月28日 | ノンフィクション
 湾岸戦争で、イラクはスカッド・ミサイルをイスラエルへ射ちこんだ。イスラエルが反撃すれば、多国籍軍に属するアラブ諸国が反発し、結束を弱め、あわよくばイランでさえイラク側に転向させることができるかもしれない、というのがサダム・フセインの読みであった。多国籍軍の中核をなす米英としては、軍の結束を維持するために、イスラエルの参戦を防がねばならない。イスラエルに対するイラクの攻撃を阻止しなくてはならない。
 こうした政治的な理由だけではなかったが、スカッド・ミサイル発射基地ないしTEL(輸送車兼用起立式発射機)を叩くためにイラクへ英国特殊空挺部隊(SAS:Special Air Service)が送り込まれた。

 本書は、派遣されたSASのうちの一個小隊、コード・ネーム「ブラヴォー・ツー・ゼロ」を率いるマクナブ軍曹及び隊員計8名の闘いと脱出行、さらに捕虜体験を描いた記録である。
 事前に得ていた情報と異なっていたため、小隊ははやくも潜入した翌日に発見されてしまう。悪いことに無線が通じない(帰国後、教えられた周波数が間違っていたことが判明した)。AWACS(空中警戒管制システム)機とも連絡がとれない(帰国後、交信範囲より300キロ離れていたことがわかった)。国境をめざすうちに、隊員の一部を見失い、戦闘のうちに離散する。マクナブは捕虜になった。
 マクナブは拷問を耐え抜いて帰国するのだが、小隊は結局3名の死者を出した。生存者の一人クリス・ライアンは、飲料水も食糧もほとんどないまま8日間で300キロを踏破し、サウジアラビアたどり着いた(退役後作家となった)。

 著者が捕虜となった日々に紙数のなかばが割かれている。なんせ、当時独裁者が血で権力を維持していたイラクである。悲惨としか言いようのない体験をするのだが、これを図太い、野卑ともいえるユーモアをまじえて闊達に語る。
 最悪な環境をしのがせたのは、SAS隊員精神である。苛酷なまでの訓練は、肉体を鍛え、その結果として精神も鍛える。獄中で肉体を痛めつけられても、理性を維持するために日時に注意し(見当識の保持)、一度口にした虚言を首尾一貫させているか、いつどう述べれば効果的かなどを刻々自問して確かめている。精神は訓練できるし、訓練された精神の成果がここにみられる。

 本書に引用されたスリム元帥の演説は一顧の価値がある。
 「わたしが戦いの指揮をとっており、なにもかも計画どおり順調に進み、勝利を収めつつあるとき--わたしは偉大な指導者であり、優秀な将校である。だが、なにもかもうまくいかないときは、自分がじっさいに指揮をとっているかどうかに関係なく、非難されるのはわたしなのだ」
 軍隊にかぎらない。会社その他の組織においても、トップの責任はこうしたものだ。
 下士官にして元帥の視点を持つ。これはアンディ・マクナブ固有の特質なのか、SAS隊員が総じてこうした意識の持ち主なのかは詳らかではないが、すくなくとも幾人かはマクナブと同じ視点を有しているにちがいない。つまり、幾人かは、組織の一員として組織の要請を着実に遂行する一方で、担当する業務を超えた広い視野をもつことができるのだ。これは独りSASに限らない、優秀な組織は、こうした人材によって支えられいるのだ。

□アンディ・マクナブ(伏見威蕃・訳)『ブラヴォー・ツー・ゼロ -SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録-』(ハヤカワ文庫、2000)
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【心理】もの忘れを防ぐテクニック ~記憶術~

2015年12月28日 | 心理
(1)符号化
 無意味な語は有意味な語に置き換える。
 1492は、「いよ、くに」と覚える。

(2)精緻化
 関連情報を追加する。
 コロンブスが西インド諸島に到達した1492年は、「いよ、くに(が見えた)」と覚える。

(3)イメージ化
 視覚的なものに置き換える。
 14は、「いよ」より「いし(石)」のほうが記憶しやすい。

(4)場所法
 多くの材料を一定の順序で覚えるために、自分の身体の部分、家の部屋の並び方など熟知した場所に結びつける(連合)。
 居間の06→おおむ、が79→啼く。

(5)論理的な理解
 23,26、28、31・・・・をまるごと暗記するより、21+2=23、23+3=26、26+2=28、28+3=31・・・・のように、数字が+2、+3、+2、+3・・・・の規則で作られていることを理解すると、いつまでも記憶が保持される。

(6)7プラス・マイナス2
 直接記憶には許容範囲がある。数字なら、7プラス・マイナス2である。心理的まとまりをもっった単位(チャンク)が7件プラス・マイナス2件である。
 だから、記憶するべきものに優先順序をつけて、優先するものから記憶するとよい。 

□鹿取廣人・杉本敏夫・鳥居修晃編『心理学 第3版』(東京大学出版会、2008)
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【詩歌】「独楽吟」 ~52の楽しみ~

2015年12月28日 | 詩歌
 橘曙覧は、幕末の歌人・国文学者である。今上天皇が1994年に訪米したとき、当時の大統領ビル・クリントンは歓迎あいさつに橘曙覧「独楽吟」から「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を引用した。以下、「独楽吟」全52首。

   たのしみは艸のいほりの莚敷ひとりこゝろを静めをるとき

   たのしみはすびつのもとにうち倒れゆすり起すも知らで寐し時

   たのしみは珍しき書人にかり始め一ひらひろげたる時

   たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時

   たのしみは百日ひねれど成らぬ謌のふとおもしろく出きぬる時

   たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時

   たのしみは物をかゝせて善き値惜みげもなく人のくれし時

   たのしみは空暖かにうち晴し春秋の日に出でありく時

   たのしみは朝おきいでゝ昨日まで無りし花咲ける見る時

   たのしみは心にうかぶはかなごと思ひつゞけて煙艸すふとき

   たのしみは意にかなふ山水のあたりしづかに見てありくとき

   たのしみは尋常ならぬ書に画にうちひろげつゝ見もてゆく時

   たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴しとき

   たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき

   たのしみは物識人に稀にあひて古しへ今を語りあふとき

   たのしみは門売りありく魚買て烹る鐺の香を鼻に嗅ぐ時

   たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時

   たのしみはそゞろ読ゆく書の中に我とひとしき人をみし時

   たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食て火にあたる時

   たのしみは書よみ倦るをりしもあれ声知る人の門たゝく時

   たのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時

   たのしみは世に解がたくする書の心をひとりさとり得し時

   たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅くなりきて湯の煮る時

   たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき

   たのしみは昼寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時

   たのしみは昼寝目さむる枕べにこと/\と湯の煮てある時

   たのしみは湯わかし/\埋火を中にさし置て人とかたる時

   たのしみはとぼしきまゝに人集め酒飲め物を食へといふ時

   たのしみは客人えたる折しもあれ瓢に酒のありあへる時

   たのしみは家内五人五たりが風だにひかでありあへる時

   たのしみは機おりたてゝ新しきころもを縫て妻が着する時

   たのしみは三人の児どもすく/\と大きくなれる姿みる時

   たのしみは人も訪ひこず事もなく心をいれて書を見る時

   たのしみは明日物くるといふ占を咲くともし火の花にみる時

   たのしみはたのむをよびて門あけて物もて来つる使えし時

   たのしみは木芽煮して大きなる饅頭を一つほゝばりしとき

   たのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてゝ食せけるとき

   たのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時

   たのしみはいやなる人の来たりしが長くもをらでかへりけるとき

   たのしみは田づらに行しわらは等が耒鍬とりて帰りくる時

   たのしみは衾かづきて物がたりいひをるうちに寝入たるとき

   たのしみはわらは墨するかたはらに筆の運び思ひをる時

   たのしみは好き筆をえて先水にひたしねぶりて試るとき

   たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々

   たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたむけてかひえたるとき

   たのしみは神の御国の民として神の教をふかくおもふとき

   たのしみは戎夷よろこぶ世の中に皇国忘れぬ人を見るとき

   たのしみは鈴屋大人の後に生れその御諭をうくる思ふ時

   たのしみは数ある書を辛くしてうつし竟つゝとぢて見るとき

   たのしみは野寺山里日をくらしやどれといはれやどりける時

   たのしみは野山のさとに人遇て我を見しりてあるじするとき

   たのしみはふと見てほしくおもふ物辛くはかりて手にいれしとき

【参考】橘曙覧(水島直文・橋本政宣編注)『橘曙覧歌集』(岩波書店、1999)
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 森下照堂「たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたむけてかひえたるとき」、歌碑(福井市田ノ谷町 大安禅寺の上)、橘曙覧像(慶応四年越智通兄写)
   

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【食】「加工肉」の危険性に改めて目を向ける ~発癌性~

2015年12月28日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)10月26日、世界保健機関(WHO)の外部組織の国際癌研究機関(IARC)は、加工肉(ベーコン・ハム・ウィンナーソーセージ・コンビーフなど)を食べると大腸癌になりやすくなると発表した。【注】

 (2)加工肉が危険なのは、発色剤の亜硝酸Na(ナトリウム)が添加されているからだ。亜硝酸Naは、ニトロソアミン類という発癌性物質に変化する。だから、加工肉を食べ続けると、癌になる確率が高まるのだ。
 ベーコン・ハム・ウィンナーソーセージの原材料は、主として豚肉だ。豚肉にはミオグロビンなどの赤い色素が含まれ、時間が経つと酸化して製品がしだいに褐色になる。それを防ぐ目的で添加されるのが亜硝酸Naだ。亜硝酸Naは、ミオグロビンなどと反応して鮮やかな赤い色素を作るため、黒ずむことなく美しい色を保つことができるのだ。

 (3)ところが、亜硝酸Naは急性毒性が強い。これまでの中毒事故から算出されたヒトの致死量は、0.18~2.5gとごく少量だ。ちなみに、猛毒として知られる青酸カリ(シアン化カリウム)の致死量は、0.15g。そのため、ハムに一定以上含まれると中毒を起こすので、添加量が厳しく制限されている。
 しかし、制限されているとはいえ、これほど毒性が強い化学物質を食品に混ぜること自体が問題なのだ。

 (4)亜硝酸Naは、肉に含まれる物質アミンと反応して、発癌性のあるニトロソアミン類に変化することがある。ニトロソアミン類は、酸性状態の胃の中でできやすい。ために、亜硝酸Naを含んだハムやウィンナーソーセージなどを食べると、体内でそれができる可能性が高い。
 加工肉自体にニトロソアミン類が含まれていることもある。

 (5)ニトロソアミン類は、10種類以上が知られている。いずれも動物実験で発癌性が認められている。
 中でも代表的なN-ニトロソジメチルアミンの発癌性は非常に強い。わずか0.0001~0.005%を餌や飲料水に混ぜてラットに与えた実験では、肝臓や腎臓に癌が認められた。
 だから、ハムやベーコンなどの加工肉を毎日食べていると、ニトロソアミン類の影響で癌が発生しやすくなる。
 ちなみに、今回取り上げた製品にはいずれも酸化防止剤のビタミンCが添加されているが、これはニトロソアミン類の発生を防ぐためのものだ。ビタミンCには抗酸化作用があり、亜硝酸Naがアミンと反応するのを防ぐ働きがある。だが、ニトロソアミン類の発生を十分に防ぐことができない。

 (6)今回取り上げた製品の問題点は、いずれも発色剤の亜硝酸Naが添加されているため発癌性のあるニトロソアミン類が発生することがあることだ。
  ①伊藤ハム「朝のフレッシュベーコン」・・・・亜硝酸Naが添加。また、コチニール色素が添加されている。
  ②丸大食品「ロースハム」・・・・亜硝酸Naが添加。また、カルミン酸色素(別名:コチニール色素)が添加されている。カルミン酸色素は、南米に生息するエンジムシから抽出した赤い色素。コチニール色素を3%含む餌をラットに13週間食べさせ続けた実験では、中性脂肪やコレステロールの増加が認められた。
  ③川崎フーズ「ノザキコンビーフ」・・・・亜硝酸Naが添加。
  ④日本ハム「シャウエッセン」・・・・亜硝酸Naが添加。

 (7)(1)のJARCの発表では、「牛や豚、馬などの赤身の肉についても、発癌の可能性がある」とされた。
 JARCでは、発癌物質について5段階に分類している。もっとも発癌性が強いものはグループ1で、「ヒトに対して発癌性がある」だ。これに含まれるものは、肺癌や中皮腫を起こすアスベスト、白血病を起こすベンゼンなどで、加工肉もそうだ。
 つまり、加工肉は間違いなく癌を起こすが、赤身の肉は癌を起こす可能性があるということだ。
 赤身の肉には動物性の蛋白質や脂肪が含まれるが、腸内細菌の悪玉菌によってこれらが硫化水素やインドールなどの有害物質に変化するため、その影響によって癌が発生しやすくなると考えられている。だから、赤身の肉を食べ過ぎないで、ビフィズ菌や乳酸菌などの善玉菌を増やせばリスクはなかり減らすことができる。

 (8)市販のハムやベーコンなどでも、発色剤の亜硝酸Naを使ってない製品もある。
 <例>信州ハムのグリーンマークシリーズ、イオンのトップバリュ・グリーンアイシリーズ、JA高崎のSマークシリーズなど。

 【注】「【食】世界中でバッシング? ~加工肉での発がん性リスク~

□渡辺雄二「「加工肉」の危険性に改めて目を向ける」(「週刊金曜日」2015年12月18日号)
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