映画好きなら、たまらない鼎談集。「千夜一夜」と銘打つが、一夜で読みつくしてしまう。
蓮實重彦及び山田宏一はサヨナラおじさんのひきたて役をつとめようとしているが、自ずから蘊蓄が口をついて出る。
たとえば『第三の男』のラスト・シーンは秋か冬かにはじまって、
「秋そのもので、しみじみしたものが西洋にはないねえ」
と淀川長治が言えば、
「フランスでは秋の夕暮れは19世紀にならないとない」
と仏文学者の蓮實重彦が解説する。
象徴派の詩人がうたうまで、フランス人は秋の夕暮れに詩情を感じなかったらしい。
しかし、こうした知識もさりながら、作品の見どころを拾いだす手際がすばらしい。
見てない映画でも見た気になる。
たとえば『青髭八人目の妻』。
「ゲーリー・クーパーが高級洋品店にパジャマを買いに入って、結婚するんだから下のほうはいらない、だから安くしろと値切るところは笑ってしまいました」
と蓮實重彦。これに
「ゲーリー・クーパーが誠実そうな顔をしてやるからおかしかったですね」
と山田宏一が和す。当然ながら、俳優についても一家言がある。
「(イングリッド・)バーグマンは階段を降りるとき、いつも素晴らしいと思います」
と山田宏一。
この鼎談から、映画は細部までしゃぶって、なおかつ、しゃぶり尽せぬ奥行きのある芸術であることを知る。
じつに奥が深い。ゆえに楽しみは大きい。
淀川長治は、いつでも、たちまち映画のストーリーを生き生きと再現する。無数に見てきた映画が、さきほど見てきたように鮮やかに記憶の棚にしまいこまれているらしい。彼は、まさに映画の中を生きてきた。
いまでは見る機会に恵まれない古い映画の話題が多くて、いささか縁遠く感じさせられるのが難点といえば難点だ。
しかし、言葉によって伝えられる昔の映画は、繊細で、しっとりとした情緒に包まれていたらしい。
このあたりの機微が、打てば響く者同士のかけあいでしみじみと伝わってくる。
□淀川長治、蓮實重彦、山田宏一『映画千夜一夜』(中央公論社、1983、後に中公文庫、2000)
↓クリック、プリーズ。↓
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蓮實重彦及び山田宏一はサヨナラおじさんのひきたて役をつとめようとしているが、自ずから蘊蓄が口をついて出る。
たとえば『第三の男』のラスト・シーンは秋か冬かにはじまって、
「秋そのもので、しみじみしたものが西洋にはないねえ」
と淀川長治が言えば、
「フランスでは秋の夕暮れは19世紀にならないとない」
と仏文学者の蓮實重彦が解説する。
象徴派の詩人がうたうまで、フランス人は秋の夕暮れに詩情を感じなかったらしい。
しかし、こうした知識もさりながら、作品の見どころを拾いだす手際がすばらしい。
見てない映画でも見た気になる。
たとえば『青髭八人目の妻』。
「ゲーリー・クーパーが高級洋品店にパジャマを買いに入って、結婚するんだから下のほうはいらない、だから安くしろと値切るところは笑ってしまいました」
と蓮實重彦。これに
「ゲーリー・クーパーが誠実そうな顔をしてやるからおかしかったですね」
と山田宏一が和す。当然ながら、俳優についても一家言がある。
「(イングリッド・)バーグマンは階段を降りるとき、いつも素晴らしいと思います」
と山田宏一。
この鼎談から、映画は細部までしゃぶって、なおかつ、しゃぶり尽せぬ奥行きのある芸術であることを知る。
じつに奥が深い。ゆえに楽しみは大きい。
淀川長治は、いつでも、たちまち映画のストーリーを生き生きと再現する。無数に見てきた映画が、さきほど見てきたように鮮やかに記憶の棚にしまいこまれているらしい。彼は、まさに映画の中を生きてきた。
いまでは見る機会に恵まれない古い映画の話題が多くて、いささか縁遠く感じさせられるのが難点といえば難点だ。
しかし、言葉によって伝えられる昔の映画は、繊細で、しっとりとした情緒に包まれていたらしい。
このあたりの機微が、打てば響く者同士のかけあいでしみじみと伝わってくる。
□淀川長治、蓮實重彦、山田宏一『映画千夜一夜』(中央公論社、1983、後に中公文庫、2000)
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