語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【映画】好き同士の神は細部に宿りたまう ~『映画千夜一夜』~

2015年12月29日 | □映画
 映画好きなら、たまらない鼎談集。「千夜一夜」と銘打つが、一夜で読みつくしてしまう。
 蓮實重彦及び山田宏一はサヨナラおじさんのひきたて役をつとめようとしているが、自ずから蘊蓄が口をついて出る。

 たとえば『第三の男』のラスト・シーンは秋か冬かにはじまって、
 「秋そのもので、しみじみしたものが西洋にはないねえ」
と淀川長治が言えば、
 「フランスでは秋の夕暮れは19世紀にならないとない」
と仏文学者の蓮實重彦が解説する。
 象徴派の詩人がうたうまで、フランス人は秋の夕暮れに詩情を感じなかったらしい。

 しかし、こうした知識もさりながら、作品の見どころを拾いだす手際がすばらしい。
 見てない映画でも見た気になる。

 たとえば『青髭八人目の妻』。
 「ゲーリー・クーパーが高級洋品店にパジャマを買いに入って、結婚するんだから下のほうはいらない、だから安くしろと値切るところは笑ってしまいました」
と蓮實重彦。これに
 「ゲーリー・クーパーが誠実そうな顔をしてやるからおかしかったですね」
と山田宏一が和す。当然ながら、俳優についても一家言がある。
 「(イングリッド・)バーグマンは階段を降りるとき、いつも素晴らしいと思います」
と山田宏一。

 この鼎談から、映画は細部までしゃぶって、なおかつ、しゃぶり尽せぬ奥行きのある芸術であることを知る。
 じつに奥が深い。ゆえに楽しみは大きい。

 淀川長治は、いつでも、たちまち映画のストーリーを生き生きと再現する。無数に見てきた映画が、さきほど見てきたように鮮やかに記憶の棚にしまいこまれているらしい。彼は、まさに映画の中を生きてきた。

 いまでは見る機会に恵まれない古い映画の話題が多くて、いささか縁遠く感じさせられるのが難点といえば難点だ。
 しかし、言葉によって伝えられる昔の映画は、繊細で、しっとりとした情緒に包まれていたらしい。
 このあたりの機微が、打てば響く者同士のかけあいでしみじみと伝わってくる。

□淀川長治、蓮實重彦、山田宏一『映画千夜一夜』(中央公論社、1983、後に中公文庫、2000)
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【戦争】英国特殊部隊秘録 ~『SAS特殊任務』~

2015年12月29日 | 社会
 (1)英国特殊空挺部隊(SAS:Special Air Service)に20年間あまり勤め、一等准尉に登りつめた著者による回想録。アンディ・マクナブやクリス・ライアンの直属の上司であった。実戦が豊富に綴られている。北アイルランド作戦、コロンビアの麻薬マフィア撲滅作戦、情勢不穏なザイールにおける大使館警備、シエラレオネ人質救出作戦など。
 全体の三分の一を占めるアフガニスタンへの潜入記録が圧巻だ。

 (2)ムジャヒディーンの一隊と3か月間行動をともにし、スティンガー・ミサイルの操作を教えた。
 このミサイルは、1989年に戦争が終結するまでに270機以上のソ連機を撃墜した。アフガン戦争におけるソ連邦敗北の決定要因となり、ソ連邦崩壊の遠因ともなった。
 ハンターらの目的を達成できたのだが、本書に語られるのは、血と硝煙の、ほとんど死と背中合わせの日々を語る。

 (3)アフガンの戦争における西側の関与はかねてからささやかれていた。しかし、当事者による報告は本書が初めてだとされる。
 それだけに、当局の検閲が加わっているはずだ。除隊して民間人の立場で潜入したことが強調されているが、除隊の理由はとってつけたようだし、その気になれば元の階級で復帰させるという上司の保証も妙な話だ。家族と過ごす時間を持ちたい、と言いながら、長期間のアフガン潜入に躊躇していない。そして、目的が達成されるやいなや、ほとんど間をおかずSASに復帰している。
 当局が検閲し損ねたらしい文面も見られる。
 「わたしは、アフガニスタンに入ったら、とくにソ連軍との直接的接触にかかわってはならないと厳命されていた」
 命令は組織の構成員である限りにおいて有効なはずだ。してみれば、著者の除隊は、英国政府が(公式には)関与していない、と表向きには言えるための粉飾にすぎない。

 (4)著者が有能な指揮官であったことは、本書の至るところに見てとれる。
 情勢の全体を掌握する視野、その冷静な分析、付与された権限にもとづく果断な決断、組織的な欠陥を見破り改善のために直言する率直、コミュニケーションがままならぬムジャヒディーンに対してさえ効果的に行う訓練・・・・。
 著者は年功序列で昇進させることのなくなった新しい波の一員だった、という。SASの「変化のプロセスに積極的な影響をおよぼした」と誇り高く回顧するのもむべなるかな。

□ギャズ・ハンター(村上和久・訳)『SAS特殊任務 -対革命戦ウィング副指揮官の戦闘記録-』(並木書房、2000)
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 【参考】
【本】米最強のスペシャル・フォースの戦闘記録~『ブラックホーク・ダウン』~
【本】組織を支える人材の、組織を超える視点 ~『ブラヴォー・ツー・ゼロ』~

【本】米最強のスペシャル・フォースの戦闘記録~『ブラックホーク・ダウン』~

2015年12月29日 | ノンフィクション
 1993年10月3日、内戦が続くソマリアの首都モガディシュで小さな部隊が出動した。デルタ、シール、レインジャーなど、米軍の陸海空の精鋭、99名の特殊部隊である。国連の平和活動を妨害する武装組織アイディド派の最高幹部を拉致すること、が課せられた任務であった。
 午後3時半、部隊は基地を出発した。1時間で片づく単純な作戦のはずであった。夜あらためて電話する、と妻に約束した隊員もいた。だが、部隊の大部分はその日のうちに基地へ戻れなかった。
 ハイテクを装備したヘリコプター「ブラックホーク」がRPGのロケット弾を浴びて撃墜され、生存者の救出に向かった別の「ブラックホーク」もまた同じ憂き目にあい、主導権を失ったのである。
 アイディドを支持するソマリ族たち数千人に包囲され、車輌部隊は複雑に入り組んだ街路を迷走して死傷者をいたずらに増やした。歩兵は負傷者をかかえて動けなくなって複数の小さな集団に分散してしまった。水、食糧、医薬品、弾丸、すべてが不足した。不足しなかったのは、敵から雨霰と浴びせかけられる銃弾、RPGや手榴弾だけであった。
 墜落した2機目の「ブラックホーク」の機長、マイク・デュラントは、幸い生きて囚われの身となり、11日目に基地へ戻ることができた。しかし、多数が永遠に帰らなかった。死者18名、負傷者73名の甚大な損害を受けたのである。一度の、短時間の戦闘で米軍が受けた損害としては、ヴェトナム戦争以来最大のものである。
 地元民はそれ以上に多大な死傷者を出した。死者500名以上、負傷者1000名以上といわれる。

 本書は、この一昼夜にわたる戦闘を克明に再現する。
 一方に、鍛えぬかれた兵士ならではの果敢な行動がある。正規軍ならば、はやい段階で壊滅していたかもしれない。しかし、戦さに馴れたデルタが現場でリーダーシップをとり、レンジャーの若者たちがこれに倣った。
 他方に、戦さにつきものの悲惨がある。もぎとられた腕、大腿から骨盤へ抜けた銃創、不発のRPGが胸に突き刺さったまま、まだ生きている兵士。

 すべて即物的に記述される。
 あくまで事実が追求されているが、事実の指摘そのものが批評ともなる。たとえば「歩兵大隊の指揮に慣れてはいるが、車輌縦隊に慣れていないマクナイト中佐は、あろうことか目的地を誰にも知らせていなかった!」かくて、レンジャーの経験不足のハンヴィー運転手たちは交差点を横断するつど停止し、後続の車輌を敵の集中砲火の的にしてしまったのである。
 これは人間がからむミスだが、ハイテクの限界からくる情報の食い違いもあった。上空で航空部隊任務指揮官が地上の状況を基地の司令部へ伝え、司令部が救援の車輌部隊の指揮官へ指示したのだが、当然生じたタイムラグが車輌部隊を迷走させたのである。曲がるべき角を指示された時には、すでに角を通りすぎていた。結果として誤った街角で曲がり、迂回に迂回を重ね、貴重な時間が空費された。時間の経過とともに至るところにバリケードが築かれ、車輌隊部の損害は加速度的に増していった。

 本書は、丹念な調査のたまものである。米軍の関係者をインタビューしてまわっただけではなくて、現地の住民や生き残りの戦闘員からも取材し、戦闘の様相を立体的に浮き上がらせている。混乱に満ちた戦場を綿密に再構成している。
 著者は、「フィラデルフィア・インクワイアラー」の、数多くの賞を受けたベテラン記者である。歴史家の権威、回想録の感情、小説の面白み、あくまで事実に即する読みもの。これらを本書のねらいとしたらしいが、その意図は十分に達せられている。
 著者の批評は控え目だが、政治と軍事との関係、合衆国の世界の警察的機能・・・・考えるテーマには事欠かないが、まず著者とともに事実そのものへ接近するのが読者の務めだろう。
 この事件は、米国の軍略の転換点となった。冷戦終結後の世界の諸悪を叩くという米国の方針は、ソマリアで瓦解したのだ。のみならず、米国の敵に対して、米国とどう闘えばよいかの要領を教えてしまった。9・11(米国同時多発テロ)、あるいはアフガニスタンやイラクにおける勝利なき戦いの淵源がここにある。

□マーク・ボウデン(伏見威蕃訳)『強襲部隊 -米最強のスペシャル・フォースの戦闘記録』(早川書房、1999。後に『ブラックホーク・ダウン -アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録-』、ハヤカワ文庫、2002)
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【保健】機能性表示食品の効果は信用できるか ~成分ごとの検証~

2015年12月29日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)機能性表示食品の届出件数が150件を超えた。成分でいうと40種類ほどだ。その40成分がどれくらい信用できるか。大きく分類すれば、次の3つ。
  (a)トクホでも認められている:8成分 
  (b)機能性を示唆する研究あり:11成分
  (c)証拠不十分:21成分

 (2)機能性表示食品は、2015年4月から新たに導入された制度だ。企業が自己責任で食品の機能性を表示できる。その代わり、その科学的根拠となる情報を消費者庁に届け出ねばならない。届け出た情報は、一般に公開される。
 植田武智・科学ジャーナリストは、今年5月、調査時点で届出受理された21商品中10商品に問題があると指摘した【注】。消費者庁にも疑義情報として提出したが、消費者庁は何の対応もとってない。
 その後も届出件数は増え続け、12月2日現在151件となった。

 (3)(1)の分類に際して今回使用したデータは、国立健康・栄養研究所のホームページ「健康食品」の安全性・有効性情報」の中にある「素材情報データベース」だ。成分ごとに、研究所が論文などの科学情報を調査し、有効性と安全性の証拠の度合いを評価している。
 機能性表示食品として届出された40成分が、そこでどう評価されているかによって3つに分類できるのだ。
  (a)国が審査し、許可するトクホに使われている成分の場合、信頼度は比較的高い。
  (b)研究所のホームページで機能性を示唆する研究があると指摘されている成分。
  (c)証拠不十分とされている成分。

 (4)40成分のうち半分以上の21成分がC評価となった。
   ①ただし、研究所の情報でC計画だからといって、ただちに証拠なしと断言するわけにはいかない。企業が新たに独自の研究や調査で機能性があるという証拠を示している可能性もあるからだ。
   ②ただ、機能性表示食品は、あくまで企業の自己申告。C評価の成分については、消費者は情報を鵜呑みにせず、注意深く届出情報を吟味する必要がある。情報を読み込むのはなかなか大変だが、特に現段階で手を出さない方がよいものの見分け方が一つある。
   ③C評価の成分の中で、企業が自社の最終製品で検証せず、既存の論文を検索することによる評価(システィマティックレビュー)で届けているもの。特にレビューの対象とした論文が1~3件程度と極端に少ないものが要注意だ。
   ④特に問題なのは、原材料の企業がレビューのデータセットをそろえている場合だ。<例>キューピー「ヒアルロン酸」・・・・ヒアルロン酸の肌の保水効果をうたった商品が10件届出されているが、証拠のデータはすべてキューピーが提出したものと同じだ。トクホのように申請ごとに臨床試験を求める場合には、商品数が増えるごとに検証されることになる。しかし、今回のヒアルロン酸のケースは、証拠データは1種類の使い回しなので、新たな検証がなされず、商品数だけが増えていくことになる。

 (5)本来、システィマティックレビューとは、すでに多くの研究結果が示されている成分について、総合的に判断するもの。申請企業だけの研究が数件しかない場合に使うべきではない。

 【注】「【保健】機能性表示食品は信頼できるか? ~21商品を徹底チェック~

□植田武智「機能性表示食品の効果は信用できるか? 成分ごとに検証してみた」(「週刊金曜日」2015年12月11日号)
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