(1)浦環(うら・たまき)・東京大学名誉教授は、長年、東大で水中工学を専門とし、深海で活動するロボットなどを開発してきた。資源探査などを手がけてきたのだが、定年後、残りの人生を賭けて取り組もうとしたのは、沈んだまま放置されている日本軍の艦船を見つけることだ。
日本では戦艦に限らず、海中に沈んだ船を放置することが多く、技術者としてその“臭いものに蓋”という風潮に一石を投じたかった。
(2)当初は、世界中の戦艦好きの中で〈発見したい沈没船リスト〉の筆頭だった「武蔵」を狙い、フィリピン沖に行くつもりだったが、マイクロソフトの共同創業者である米国人に先を越されてしまった。
そこで新たに目標にしたのが、長崎・五島列島沖の深さ200メートル地点に沈む艦船群だ。
2015年、テレビ局がその中から潜水艦「伊402」を探すという企画を立て。その番組に浦氏も協力した。取材班の調査で24隻の沈んでいる位置がほぼ特定された。
2017年5月、浦氏のチーム「ラ・プロジェクト深海工学会」は24隻の中から大きさなどで目星をつけ、音波の反射で物体の形状を調べるソナーを使って残り23隻の撮影に成功した。
まるで潜水艦の墓標ではないか。・・・・爆破されてから70年の歳月を経て海中で起立する姿を見たとき、そんな思いが浦氏の頭を横切った。
二つに折れた潜水艦が海底に刺さっていた。第二次世界大戦後、GHQによって当地で沈められた日本海軍の潜水艦24隻のうち、「伊58」の可能性がある。
伊58は、“人間魚雷”回天を搭載した潜水艦であり、実際にグアム沖などで発射している。また、伊58は広島、長崎に落とされた原子爆弾をテニアン島に搬送した重巡洋艦インディアナポリスを魚雷で沈めている。実はこの艦は米海軍にとって敵軍に沈められた最後の水上艦艇。そのため米国でも伊58は有名な潜水艦だ。
(3)2017年8月に、浦氏のチームはROVというカメラ付きの遠隔操作ロボットを使い、沈む24隻すべてを特定しようとしている。ロボットの使用には1日500万円の費用がかかるので、時間が勝負。4日間不眠不休で作業する予定だ。
(4)ただし、歴史や戦艦に詳しくない浦氏のチームは、外部の知識も借りている。
〈例〉プラモデル愛好家たち。
当時の写真資料なども取り寄せているが、艦船は何度も改造されるケースが多く、沈む直前の状態を正確に把握するのは難しい。そこで、プラモデルで当時の姿を徹底的に再現していた愛好家のブログを見つけて連絡をとり、艦橋にあるトイレの扉の位置の違いなど、詳細な情報を得ることができた。
(5)特定できた後は、本音を言えばサルベージをして、修復した後に実物を展示する記念館を作りたい。しかし、ざっと予算を見積もると約100億円かかることがわかった。少人数の有志で活動する浦氏のチームには非現実的だ。
そこで、撮影した写真をコンピューターで三次元に再構成して、ヴァーチャルな記念館を作りたい。
さらに夢みているのが、有人潜水艦で沈んだ艦船を観にいくツアーを組むこと。カリブ海では30年前に、3人乗りの小型潜水艇に乗って、240メートルの深海までひとり3万円で行けた。
伊58の場合、長崎の50キロ沖まで潜水艦を運ばなければいけない。さすがに3万円では無理だが、現実的な価格で半日の深海ツアーを組めるはずだ。
(6)日本には戦争の記憶を伝える記念碑はあっても、実物がモニュメントとして残るのは、原爆ドームなど数えるほどしかない。横須賀にある戦艦三笠が日露戦争の記憶を今に伝え、ハワイのアリゾナ・メモリアルで真珠湾に沈むアリゾナの姿を見られるように、政治的、思想的背景を越えた戦争の実物を提示したい。
海中に沈んだからといって歴史を“水に流す”のではなく、じっくりひとつの出来事の前後にある物語について考えてほしい。そして1隻の艦船には乗組員や建艦者、その家族など多くの人を巻き込む物語があることを知ってほしい。
それが、海中を調査する技術をつくってきた浦氏の未来へのメッセージだ。
□浦環(東京大学名誉教授)「沈んだ伊58を見つけるために」(文藝春秋 2017年8月号)
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