(1)「幕が上がったときには芝居は終わっていた」
永田町の常套句どおりの展開で衆院選挙はゴールを迎えた。首相の安倍晋三が衆院解散を最終決断し、新聞各紙が報じたのが9月17日。わずか1カ月余で終幕。
しかも、これほどの目まぐるしいテンポで場面転換が連続したのは過去に例がない。安倍の「不意打ち解散」→小池百合子・東京都知事の動き→民進党代表の前原誠司との共演。一時は主役の座を小池が独占した。
(2)「小池劇場」は連日札止め。小池が旗揚げした希望の党の「電波ジャック」に安倍が出る幕はなかった。安倍は街頭演説の場所すら事前に公表することなく、ゲリラ的に行うほど追い詰められていた。いわば歌舞伎座は小池に占拠され、“旅回り”を余儀なくされた。
ところが小池の「排除の論理」が致命的な結果をもたらした。小池劇場に前原が率いる民進党の全員合流構想が頓挫したからだ。枝野幸男・元官房長官の立憲民主党、野田佳彦・前首相ら無所属グループに3分裂。
この時点で安倍が主役の座を奪い返した。そして脇役トップに枝野が躍り出た。
安倍は野党側の内紛、分裂に助けられ「漁夫の利」を手にした格好だ。前原が当初もくろんだ「1対1の対決構図」は完全に崩壊した。ここから選挙後の水面下の動きが始まった。分岐点は公示日翌日の10月11日だった。この日午前中にマスコミ各社と自民党本部が実施した全選挙区の情勢調査の結果が出そろい、「自公圧勝」の4文字がくっきりと浮かび上がった。
(3)この日に放送されたテレビ朝日の「報道ステーション」は安倍と小池が攻守所を変えたことを象徴した。安倍に冗舌さが戻り、控えめな小池が目に付いた。安倍は初めて選挙後について語った。
「外交の現場に行くと国民の信任を得たリーダーは強い影響力を持つんです」
その上で米大統領、ドナルド・トランプの来日、11月11日からベトナムのダナンで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合への出席など外交日程に触れた。安倍の意をくんだかのように、ホワイトハウスは16日になって11月5日からの大統領の訪日を正式に発表した。さらに来日時に、北朝鮮に拉致された横田めぐみの両親、滋・早紀江夫妻にトランプが面会することも同時に公表された。選挙戦の終盤に差し掛かったところで放たれた絶妙のアシストボールといえた。
(4)外交日程だけではない。安倍は番組の中で、憲法改正問題に関連して高村正彦・自民党副総裁の続投を表明した。
「国会議員でなくても副総裁は務められる。任期の間は務めてもらいたい」
高村はこの衆院選を機に政界引退を表明しており、常識的には副総裁を辞めるものとみられていた。高村の任期は2018年9月の自民党総裁選まで。非議員の副総裁は「余人をもって替え難い」(自民党幹部)重要な使命を帯びる。高村は説明するまでもなく安倍が執念を燃やす憲法改正をめぐる党内調整の中心的存在。図らずも安倍が高村続投を表明したことで、安倍が選挙後に憲法改正に向け本気で取り組む意向を示すことになった。
(5)これまでも安倍は憲法改正に向けて着々と手を打ってきているが、選挙後は与党の自公に加え、希望、日本維新の会が改憲勢力に名を連ねる可能性が高く、総仕上げの段階に入るに違いない。自民党は選挙公約の柱に「憲法改正を目指す」と書き込んだ。さらに改正の対象として「自衛隊の明記」「教育の無償化」「緊急事態対応」「参院の合区解消」--を挙げた。これも初めてのことだ。
この4項目のうち、安倍が目指す改憲の核心が憲法9条改正にあることは言うまでもない。安倍は9条に関して第1項の「戦争放棄」と第2項の「戦力不保持」をそのまま残し、新たに自衛隊の存在を憲法上に明記する「加憲」の考えを明らかにしている。
この加憲方式はもともと公明党が「環境権」など時代とともに新たに生まれた価値観、概念を盛り込むことを意図したもので、9条改正については慎重な姿勢を貫く。今回の選挙公約でも直接9条には触れず、別紙の中に書き込んだ。
「多くの国民は自衛隊の活動を支持し、憲法違反の存在と考えていない」
憲法解釈を変更して安保法制を制定した段階で、9条改正の意味は薄れたと解しているからだ。しかし、仮に自民党が希望と維新と連携して9条改正に向かうとなると、連立与党を構成する立場として極めて難しい立場に追い込まれる可能性が出てくる。
(6)安倍は8月3日の内閣改造後の記者会見で、「初めにスケジュールありきではない」と明言、改憲論議に一時的にストップを掛けた印象を与えていたが、選挙情勢の好転により再び、「スケジュールありき」に転じたとみていい。
それでは安倍はどんなスケジュールを描いているのだろうか。まずは2018年9月の自民党総裁選で3選を果たすことが次の大きなハードル。それを越えると2019年の参院選が視野に入ってくる。
参院は今も改憲勢力が憲法改正発議に必要な3分の2以上の議席を有しているが、19年参院選ではこれを維持できる保証はない。つまりこれから先2年間の政治スケジュールを俯瞰すると、19年参院選と同時に憲法改正の国民投票が見えてくる。「安倍改憲」はそこまで来ている。
□後藤謙次「党副総裁の続投表明に透ける首相が描く改憲スケジュール ~永田町ライブ!No.361」(「週刊ダイヤモンド」2017年10月28日号)
↓クリック、プリーズ。↓

【参考】
「【後藤謙次】自民党優位、希望の党苦戦の裏で注目高まる無所属ネットワーク」
「【後藤謙次】「希望の党」の失言が引き起こした民進党解体 ~政治は一言で動く~」
「【後藤謙次】選挙戦の主導権握った小池新党 ~舞台裏は「細川劇場パート2」~」
「【後藤謙次】前代未聞の「トランプ解散」へ ~日程に伴う大きな北朝鮮リスク~」
「【後藤謙次】再々改造は権力構造を変える ~事実上の「古賀・菅連合内閣」~」
「【後藤謙次】急浮上する電撃解散説 ~ダブル補選と内閣支持率急落の絡み合い~」
「【後藤謙次】反自民の受け皿になれないし、小池知事との連携も困難 ~民進党~」
「【後藤謙次】内閣改造は「専守防衛」でも活路が見えない「守りの安倍」」
「【後藤謙次】経世会(額賀派)・宏池会(岸田派)・石田茂 ~都議選大惨敗後の動き~」
「【後藤謙次】安倍首相の改憲案の前倒し発言 ~「年内解散」に向けた思惑~」
「【後藤謙次】支持率急落で首相が「反省の弁」 ~それでも止まらぬ内部文書流出~」
「【後藤謙次】憲法改正発議までの長い道のりが賭のリスクに ~天皇退位・総裁選・衆院選~ 」
「【後藤謙次】【加計学園疑惑】沈黙していた政官双方から異論 ~加計学園問題が招く想定外反応~」
「【後藤謙次】共謀罪に加計学園問題まで炎上 ~予想以上に高い「6月の壁」~」
「【後藤謙次】安倍1強時代を揺るがすリスク ~森友学園問題で一躍「渦中の人」~」
「【後藤謙次】北朝鮮、金正男氏殺害の深層 ~日本政府内に異なる二つの見方~」
「【後藤謙次】政府与党内の二つの見方 ~北方領土交渉は頓挫?~」
「【後藤謙次】トランプの地滑り的勝利で始まった未知なる対米外交」
「【後藤謙次】築地市場の移転延期の決断が小池都知事の手足を縛るリスク」
「【後藤謙次】幹事長の入院が人事に波及、「ポスト安倍」めぐり早くも火花」
「【後藤謙次】参院選大勝も激戦12県で大敗 ~劣る「勝利の質」~」
「【後藤謙次】都知事選で与党分裂の理由 ~自民党内の反安倍勢力~」
「【後藤謙次】日本が直面する「ABCリスク」 ~英EU離脱で顕在化~」
「【後藤謙次】甘利大臣辞任をめぐる二つのなぜ ~後任人事と直後のマイナス金利~」
「【政治】不可解な時期に石破派が発足 ~その行方は内閣改造で~」
「【政治】震災後2度目の統一地方選 ~異例なほど注力する自民党本部~」
「【政治】安倍が描いた解散戦略の全内幕 ~周到な準備~」
「【政治】安部政権の危機管理能力の低さ ~土砂災害・火山噴火~」
「【政治】「地方創生」が実現する条件 ~石破-河村ラインの役割分担~」
「【政治】露骨な安倍政権へのすり寄り ~経団連が献金再開~」
「【政治】石原発言から透ける政権の慢心 ~制止役不在の危うさ~」
「【原発】政権の最優先課題 ~汚染水と廃炉作業~」
「【政治】「新党」結成目前の小沢一郎の前にたちはだかる難問」
「【政治】小沢一郎、妻からの「離縁状」の波紋 ~古い自民党の復活~」
「【政治】国会議員はヤジの質も落ちた」
永田町の常套句どおりの展開で衆院選挙はゴールを迎えた。首相の安倍晋三が衆院解散を最終決断し、新聞各紙が報じたのが9月17日。わずか1カ月余で終幕。
しかも、これほどの目まぐるしいテンポで場面転換が連続したのは過去に例がない。安倍の「不意打ち解散」→小池百合子・東京都知事の動き→民進党代表の前原誠司との共演。一時は主役の座を小池が独占した。
(2)「小池劇場」は連日札止め。小池が旗揚げした希望の党の「電波ジャック」に安倍が出る幕はなかった。安倍は街頭演説の場所すら事前に公表することなく、ゲリラ的に行うほど追い詰められていた。いわば歌舞伎座は小池に占拠され、“旅回り”を余儀なくされた。
ところが小池の「排除の論理」が致命的な結果をもたらした。小池劇場に前原が率いる民進党の全員合流構想が頓挫したからだ。枝野幸男・元官房長官の立憲民主党、野田佳彦・前首相ら無所属グループに3分裂。
この時点で安倍が主役の座を奪い返した。そして脇役トップに枝野が躍り出た。
安倍は野党側の内紛、分裂に助けられ「漁夫の利」を手にした格好だ。前原が当初もくろんだ「1対1の対決構図」は完全に崩壊した。ここから選挙後の水面下の動きが始まった。分岐点は公示日翌日の10月11日だった。この日午前中にマスコミ各社と自民党本部が実施した全選挙区の情勢調査の結果が出そろい、「自公圧勝」の4文字がくっきりと浮かび上がった。
(3)この日に放送されたテレビ朝日の「報道ステーション」は安倍と小池が攻守所を変えたことを象徴した。安倍に冗舌さが戻り、控えめな小池が目に付いた。安倍は初めて選挙後について語った。
「外交の現場に行くと国民の信任を得たリーダーは強い影響力を持つんです」
その上で米大統領、ドナルド・トランプの来日、11月11日からベトナムのダナンで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合への出席など外交日程に触れた。安倍の意をくんだかのように、ホワイトハウスは16日になって11月5日からの大統領の訪日を正式に発表した。さらに来日時に、北朝鮮に拉致された横田めぐみの両親、滋・早紀江夫妻にトランプが面会することも同時に公表された。選挙戦の終盤に差し掛かったところで放たれた絶妙のアシストボールといえた。
(4)外交日程だけではない。安倍は番組の中で、憲法改正問題に関連して高村正彦・自民党副総裁の続投を表明した。
「国会議員でなくても副総裁は務められる。任期の間は務めてもらいたい」
高村はこの衆院選を機に政界引退を表明しており、常識的には副総裁を辞めるものとみられていた。高村の任期は2018年9月の自民党総裁選まで。非議員の副総裁は「余人をもって替え難い」(自民党幹部)重要な使命を帯びる。高村は説明するまでもなく安倍が執念を燃やす憲法改正をめぐる党内調整の中心的存在。図らずも安倍が高村続投を表明したことで、安倍が選挙後に憲法改正に向け本気で取り組む意向を示すことになった。
(5)これまでも安倍は憲法改正に向けて着々と手を打ってきているが、選挙後は与党の自公に加え、希望、日本維新の会が改憲勢力に名を連ねる可能性が高く、総仕上げの段階に入るに違いない。自民党は選挙公約の柱に「憲法改正を目指す」と書き込んだ。さらに改正の対象として「自衛隊の明記」「教育の無償化」「緊急事態対応」「参院の合区解消」--を挙げた。これも初めてのことだ。
この4項目のうち、安倍が目指す改憲の核心が憲法9条改正にあることは言うまでもない。安倍は9条に関して第1項の「戦争放棄」と第2項の「戦力不保持」をそのまま残し、新たに自衛隊の存在を憲法上に明記する「加憲」の考えを明らかにしている。
この加憲方式はもともと公明党が「環境権」など時代とともに新たに生まれた価値観、概念を盛り込むことを意図したもので、9条改正については慎重な姿勢を貫く。今回の選挙公約でも直接9条には触れず、別紙の中に書き込んだ。
「多くの国民は自衛隊の活動を支持し、憲法違反の存在と考えていない」
憲法解釈を変更して安保法制を制定した段階で、9条改正の意味は薄れたと解しているからだ。しかし、仮に自民党が希望と維新と連携して9条改正に向かうとなると、連立与党を構成する立場として極めて難しい立場に追い込まれる可能性が出てくる。
(6)安倍は8月3日の内閣改造後の記者会見で、「初めにスケジュールありきではない」と明言、改憲論議に一時的にストップを掛けた印象を与えていたが、選挙情勢の好転により再び、「スケジュールありき」に転じたとみていい。
それでは安倍はどんなスケジュールを描いているのだろうか。まずは2018年9月の自民党総裁選で3選を果たすことが次の大きなハードル。それを越えると2019年の参院選が視野に入ってくる。
参院は今も改憲勢力が憲法改正発議に必要な3分の2以上の議席を有しているが、19年参院選ではこれを維持できる保証はない。つまりこれから先2年間の政治スケジュールを俯瞰すると、19年参院選と同時に憲法改正の国民投票が見えてくる。「安倍改憲」はそこまで来ている。
□後藤謙次「党副総裁の続投表明に透ける首相が描く改憲スケジュール ~永田町ライブ!No.361」(「週刊ダイヤモンド」2017年10月28日号)
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【参考】
「【後藤謙次】自民党優位、希望の党苦戦の裏で注目高まる無所属ネットワーク」
「【後藤謙次】「希望の党」の失言が引き起こした民進党解体 ~政治は一言で動く~」
「【後藤謙次】選挙戦の主導権握った小池新党 ~舞台裏は「細川劇場パート2」~」
「【後藤謙次】前代未聞の「トランプ解散」へ ~日程に伴う大きな北朝鮮リスク~」
「【後藤謙次】再々改造は権力構造を変える ~事実上の「古賀・菅連合内閣」~」
「【後藤謙次】急浮上する電撃解散説 ~ダブル補選と内閣支持率急落の絡み合い~」
「【後藤謙次】反自民の受け皿になれないし、小池知事との連携も困難 ~民進党~」
「【後藤謙次】内閣改造は「専守防衛」でも活路が見えない「守りの安倍」」
「【後藤謙次】経世会(額賀派)・宏池会(岸田派)・石田茂 ~都議選大惨敗後の動き~」
「【後藤謙次】安倍首相の改憲案の前倒し発言 ~「年内解散」に向けた思惑~」
「【後藤謙次】支持率急落で首相が「反省の弁」 ~それでも止まらぬ内部文書流出~」
「【後藤謙次】憲法改正発議までの長い道のりが賭のリスクに ~天皇退位・総裁選・衆院選~ 」
「【後藤謙次】【加計学園疑惑】沈黙していた政官双方から異論 ~加計学園問題が招く想定外反応~」
「【後藤謙次】共謀罪に加計学園問題まで炎上 ~予想以上に高い「6月の壁」~」
「【後藤謙次】安倍1強時代を揺るがすリスク ~森友学園問題で一躍「渦中の人」~」
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「【後藤謙次】政府与党内の二つの見方 ~北方領土交渉は頓挫?~」
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「【後藤謙次】築地市場の移転延期の決断が小池都知事の手足を縛るリスク」
「【後藤謙次】幹事長の入院が人事に波及、「ポスト安倍」めぐり早くも火花」
「【後藤謙次】参院選大勝も激戦12県で大敗 ~劣る「勝利の質」~」
「【後藤謙次】都知事選で与党分裂の理由 ~自民党内の反安倍勢力~」
「【後藤謙次】日本が直面する「ABCリスク」 ~英EU離脱で顕在化~」
「【後藤謙次】甘利大臣辞任をめぐる二つのなぜ ~後任人事と直後のマイナス金利~」
「【政治】不可解な時期に石破派が発足 ~その行方は内閣改造で~」
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