★アナスタシア・マークス・デ・サルセド(田沢恭子・訳)『戦争がつくっった現代の食卓』(白楊社 2,808円)【注】
(1)爆薬、ミサイル、潜水艦、戦闘機--。「軍事研究」という言葉でわれわれが思い浮かべるのは、ふつう、そういうものだろう。だが、軍事研究の成果は、はるかに広く、深く、日常生活に浸透している。
行軍中の兵士のためには、ポケットに入り、カロリーが十分で、他の栄養素も摂取できる食品が望まれた。そのためにチョコレートバーや各種のエナジーバーが案出されたのだが、それらに似た商品が、日本のコンビニエンスストアにも並んでいる。
多数の兵士に大量の食料を供給するには、輸送コストを減らし、保存を容易にする必要がある。そこで、輸血用血漿のためにフリーズドライ製法が案出されたのだが、いまはそれが朝食用シリアルに使われている。
旧日本軍と違い、米軍は戦場でも肉を食いたいという兵士の要求に応えた。だが、骨付き肉の巨大な塊を吊り下げたまま輸送するのは効率が悪いし、兵士ごとに食べる部位の当たり外れが生じることにもなる。無駄を省き、コンパクトに輸送できる合成肉は、そのための発明だ。
同じような理由でプロセスチーズも発明された。
(2)食品だけではない。
ポリ塩化ビニリデン(サラン)を使った透明な食品用ラップや、缶詰に代わって食品の保存と携帯を容易にしたレトルト・パウチも、米陸軍の研究所から生まれた。
米軍は、温度、湿度、pH(ピーエッチ。水素イオン濃度)、そして圧力をコントロールして、カビなどの真菌や微生物に対して一つ一つ対策を講じた。それにより、何カ月たっても食べられるピザやパンが生み出された。
(3)本書を読んで、チーズ味のピザやスナック菓子、それに「お口で溶けて手で溶けない」チョコなど「特殊部隊と同じもの」を子どもに買い与えるのをためらう読者もいるかもしれない。
だが、著者の意見は、驚くほど前向きである。
何年もの間、著者は子どもたちのために毎日手作りの食事と弁当を用意していた。それは家族との触れ合いをもたらした。だが、食事の支度に手をかけずに済むのは、自由な時間を増やし、創造性を高める。いまや料理は趣味であり、特別なアートだ。・・・・そう著者は言う。
食料の効率的な生産、保存、輸送といった軍事的合理性は、同時に経済的合理性でもあった。本書は、軍の予算が大学に投入され、産学連携によって民間企業に移転してきたさまも、活写している。
軍事技術の日常生活への応用は、必要な栄養を安価に供給し、人類を飢餓から解放することにもなる。ハムやチーズを古代ローマの軍団が帝国内外の各地に広めたときから、軍事研究は、食事と不可分だった。
【注】「【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~」
「【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~」
□玉井克哉(東京大学教授、信州大学教授)「加工食品はどこから来たのか/軍隊と科学の密な関係を読む ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年月日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~」
「【本】万華鏡のように迫る名著 ~『新装版 資本主義・社会主義・民主主義』~」
「『【本】『世界をまどわせた地図』」
「【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~」
「【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
「【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~」
「【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~」
「【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~」
「【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~」
「【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~」
「【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~」
「【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~」
「【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~」
「【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~」
「【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~」
「【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』」
「【本】中国から見た邪馬台国とは」
「【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~」
「【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』」
「【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』」
「【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~」
「【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~」
「【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』」
「【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~」
「【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~」
「【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~」
「【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~」
「【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~」
「【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~」
「【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~」
「【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~」
「【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~」
「【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~」
「【本】国谷裕子『キャスターという仕事』」
(1)爆薬、ミサイル、潜水艦、戦闘機--。「軍事研究」という言葉でわれわれが思い浮かべるのは、ふつう、そういうものだろう。だが、軍事研究の成果は、はるかに広く、深く、日常生活に浸透している。
行軍中の兵士のためには、ポケットに入り、カロリーが十分で、他の栄養素も摂取できる食品が望まれた。そのためにチョコレートバーや各種のエナジーバーが案出されたのだが、それらに似た商品が、日本のコンビニエンスストアにも並んでいる。
多数の兵士に大量の食料を供給するには、輸送コストを減らし、保存を容易にする必要がある。そこで、輸血用血漿のためにフリーズドライ製法が案出されたのだが、いまはそれが朝食用シリアルに使われている。
旧日本軍と違い、米軍は戦場でも肉を食いたいという兵士の要求に応えた。だが、骨付き肉の巨大な塊を吊り下げたまま輸送するのは効率が悪いし、兵士ごとに食べる部位の当たり外れが生じることにもなる。無駄を省き、コンパクトに輸送できる合成肉は、そのための発明だ。
同じような理由でプロセスチーズも発明された。
(2)食品だけではない。
ポリ塩化ビニリデン(サラン)を使った透明な食品用ラップや、缶詰に代わって食品の保存と携帯を容易にしたレトルト・パウチも、米陸軍の研究所から生まれた。
米軍は、温度、湿度、pH(ピーエッチ。水素イオン濃度)、そして圧力をコントロールして、カビなどの真菌や微生物に対して一つ一つ対策を講じた。それにより、何カ月たっても食べられるピザやパンが生み出された。
(3)本書を読んで、チーズ味のピザやスナック菓子、それに「お口で溶けて手で溶けない」チョコなど「特殊部隊と同じもの」を子どもに買い与えるのをためらう読者もいるかもしれない。
だが、著者の意見は、驚くほど前向きである。
何年もの間、著者は子どもたちのために毎日手作りの食事と弁当を用意していた。それは家族との触れ合いをもたらした。だが、食事の支度に手をかけずに済むのは、自由な時間を増やし、創造性を高める。いまや料理は趣味であり、特別なアートだ。・・・・そう著者は言う。
食料の効率的な生産、保存、輸送といった軍事的合理性は、同時に経済的合理性でもあった。本書は、軍の予算が大学に投入され、産学連携によって民間企業に移転してきたさまも、活写している。
軍事技術の日常生活への応用は、必要な栄養を安価に供給し、人類を飢餓から解放することにもなる。ハムやチーズを古代ローマの軍団が帝国内外の各地に広めたときから、軍事研究は、食事と不可分だった。
【注】「【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~」
「【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~」
□玉井克哉(東京大学教授、信州大学教授)「加工食品はどこから来たのか/軍隊と科学の密な関係を読む ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年月日号)
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【参考】
「【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~」
「【本】万華鏡のように迫る名著 ~『新装版 資本主義・社会主義・民主主義』~」
「『【本】『世界をまどわせた地図』」
「【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~」
「【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
「【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~」
「【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~」
「【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~」
「【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~」
「【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~」
「【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~」
「【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~」
「【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~」
「【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~」
「【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~」
「【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』」
「【本】中国から見た邪馬台国とは」
「【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~」
「【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』」
「【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』」
「【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~」
「【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~」
「【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』」
「【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~」
「【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~」
「【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~」
「【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~」
「【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~」
「【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~」
「【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~」
「【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~」
「【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~」
「【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~」
「【本】国谷裕子『キャスターという仕事』」