そばなどの屋台の飲食店が登場したのは、江戸時代の初めごろ。当時は朝夕の1日2食だったそうだ。町人や農民は午前7時か8時に朝食をすまし、夕飯は午後4時から5時ごろだったという。だが時代と共に活動時間が増えて、夜が長くなる。「小腹がすく」ことも多くなり、屋台のそばは、もっぱら夜食として広まったのだそうだ。
午後2時から4時の「八つどき」に何か食べる「おやつ」の習慣も、もともと江戸時代の風習だったらしい。食生活が豊かになってきたのと共に産業が盛んになり、仕事で忙しい人が増える。脳もよく使うようになる。朝食から夕方まで何も口にしないのは、持久力がなくなるのだろう。
江戸時代後期には1日3食になったようだ。今日では厚生労働省も「1日3回規則正しく食べる」ことを奨励しているが、長い歴史から見ると、食事量としては1日2食でおやつか夜食を軽く食べるくらいがちょうどいいのかもしれない。現代社会が昔より脳を酷使する生活だとしても、1日3回食事を取ったらおやつや夜食はいらないのではないだろうか。
□南雲つぐみ(医学ライター)「1日2食か3食か ~歳々元気~」(「日本海新聞」 2017年5月26日)を引用
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午後2時から4時の「八つどき」に何か食べる「おやつ」の習慣も、もともと江戸時代の風習だったらしい。食生活が豊かになってきたのと共に産業が盛んになり、仕事で忙しい人が増える。脳もよく使うようになる。朝食から夕方まで何も口にしないのは、持久力がなくなるのだろう。
江戸時代後期には1日3食になったようだ。今日では厚生労働省も「1日3回規則正しく食べる」ことを奨励しているが、長い歴史から見ると、食事量としては1日2食でおやつか夜食を軽く食べるくらいがちょうどいいのかもしれない。現代社会が昔より脳を酷使する生活だとしても、1日3回食事を取ったらおやつや夜食はいらないのではないだろうか。
□南雲つぐみ(医学ライター)「1日2食か3食か ~歳々元気~」(「日本海新聞」 2017年5月26日)を引用
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