9月27日(木)に愛媛県神道青年会再発足40周年記念式典が執り行われました。
記念講演では松下政経塾1期生・東洋日本思想家 林英臣先生に「日本復活は教育の再生からはじまる」~知・情・意、三位一体の学びで志子人物となれ!~と題して講演して頂き、「綜學」と呼ばれる全体学と共に我々若手神主の心に火を付けるような熱いメッセージを頂きました。
その後の祝賀会は異常盛り上がる展開となり予想外ではありましたが、なんとか無事終わる事が出来ました。
今回、総合司会として進行をしておりましたので良い経験となりました。
これにて愛媛県神道青年会再発足40周年記念事業は
○再発足40周年報告祭の齋行
○沖縄県愛媛之塔戦没者慰霊祭の齋行
○記念式典・記念講演の開催
が終了し残るは
○「再発足40周年記念誌」の発刊
○「愛媛の神々」の発刊
のみとなりました。
先輩達の素晴らしい伝統を受け継ぐべく今後とも精進努力して参ります。
東温市滑川にて樹齢数百年の2本のご神木が枯らされるという被害がありました。
根本に小さな穴が空いており、松山南署では薬物で故意に枯らされた可能性があると見て器物損壊容疑で捜査しているそうです。
なんて非道いことをする人がいるんでしょう・・・。
実はこの件につきましては、高知県にて中堅神職研修を受けた際に講義の中で、最近の高知県内の神社で被害が続出しているということでお話を聞いたばかりでしたので大変驚きました。
その話によると、境内の巨木が枯れ、丁度枯れたのが分かり、伐採することが決まった頃に業者が現れ、安い値段(安いといっても数百万円台)で取引される ということでした。
しかもよくよく見て調べると木に小さな穴が開けられているとのことでした。
そしてどうやら故意に枯らした者と業者が組んでいるという話でした。
今回のケースと非常に類似しています。
愛媛新聞(9月16日付け、9月23日付け)にも取り上げられました。
これ以上被害が増加しない為にも広くこのことを知って頂きたいと思い注意喚起の為アップさせて頂きました。
特に山中にあるお社は素晴らしいご神木があるお社が珍しくありませ。ご注意下さい!
画像はクリックすると拡大します。
今朝は起きて肌寒く感じましたので、一枚羽織りました。朝晩は秋らしい気候ですね。
さて、秋祭り期間中(10月5,6,7日)は、普段駐車場としている場所を祭りで使用しますので、臨時駐車場を設けております。
車で来られる予定の方は秋祭り(10月5、6、7日)の時のみ臨時駐車場をお使いください。 臨時駐車場はラ・ムー松山西店(愛媛県松山市三津三丁目5番40号)と パルティ・フジ松江(愛媛県松山市松江町5番38号)駐車場となっております。 詳しくは厳島神社までお問い合わせください。 三津 厳島神社(みつ いつくしまじんじゃ) 〒791-8063 愛媛県松山市神田町1-7 tel 089-951-1471 fax 089-951-2220
少しづつ秋らしい風が吹き始めた今日この頃、本日から彼岸入りということであちらコチラで彼岸花が綺麗に咲いているのを見かけます。
さて先日ブログでアップしましたが、
今年度、愛媛県神道青年会(愛媛県内の40歳以下の若手神職の会)が再発足40周年を迎えるにあたり様々な事業を行っております。
その一環で、神主が年に一回でも奉仕しており、尚且つ神主の名簿等に載っていない神社を調べております。
先日は双海町の山中等に参りましたが、今回は砥部町並びに久万高原町、内子町に調査しに行きました。
例の如く住所の番地がないような山の中、
ところによっては地元の人に場所をお聞きして、親切にも案内までして頂きました。誠にありがとうございました。
源氏物語にも登場する「伊予すだれ」の原料スダレヨシ(天然記念物)も見ることが出来ました。因みに「伊予すだれ」は伊予の国ならどこでも良いわけではなく、久万高原町露峰のスダレヨシで編まれたものを「伊予すだれ」と言います。
それにしても立派なお社が多いですね。
丁度改修していたり、数年前に改修したばかりのお社が多かったです。
神主は神様と人を繋ぐ中取り持ちであると共に、様々な人の思いが込められたものをお守りする立場であるということを強く感じました。
本日は台風の影響で天気の変わりようが凄かったですね。朝は曇り空でしたが次第に雨が降ってきて、その後綺麗に晴れたと思ったら、短い間でしたがもの凄い風が吹き荒れました。
さて、総代提灯に引き続き取締提灯を整理しました。
同じ提灯でも、長年使っているものと新品ではこんなに色が違います。
新人さんは中も真っ新です。
使い込むほどに味わい深くなり、貫禄が出てきます。蝋燭のこげも良い味を出します。
こういったものは大事に使用して次の世代に繋げていけるよう、愛用してあげて下さい。
※画像はクリックすると拡大されます。
秋祭りではハチ合わせ(けんか神輿)に目が行きますが、使用されているものにも注目すると、また違った楽しみが出来るかもしれません。
台風16号が近づいております。四国に直撃はしないものの大変勢力が強いそうですので、夜間の外出は特にお気を付け下さい。
さて、三津、古三津両地区において、総代・代議員・取締が一堂に会する三者会議が執り行われました。
日程の変更などにより両地区の会議日程が重なり、各会場に行ったり来たりとなりましたが、無事終わりました。
昨年の秋祭りの様子はブログ左側のアルバムや
ブログ右側にリンクしております古三津南神輿HPをご覧下さい。
http://furumitu-minami.jimdo.com/
また、「嚴島だより」を初めて発行致しましたのでアップしておきます。
画像はクリックすると拡大されます。
「嚴島だより」は神社にて配布しております。
「関ヶ原の戦いのさなか、三津浜でも戦が! こうして海賊衆は活躍の場を失った」
関ヶ原の戦いの混乱に乗じて伊予国での領土切り取りを謀った毛利氏は、現地で御家再興を狙う河野氏の旧臣や瀬戸内の水軍衆に働きかけて蜂起させた。
安芸国竹原から出陣した数百艘におよぶ舟の将は能島水軍の村上元吉、因島水軍の村上吉忠ら豊臣秀吉の定めた海賊停止令によって活動の場を失った海賊たちで、伊予国三津浜(現在の愛媛県松山市古三津)に上陸すると、現地の河野氏旧臣の平岡直房らと合流し正木城(松前城)へ迫った。
これに対して守将の加藤嘉明の弟加藤忠明や足立重信、佃十成らは女子供を城内より逃がしたいと偽って猶予を求める間に城下の民衆を使って、さも毛利氏の侵攻を歓迎するかのような流言を行い、また宇和島城主藤堂高虎に援軍を求める使者を密かに出した。
こうして油断しきって三津刈屋口に布陣していた敵陣に一気呵成に夜襲をかけ、あたり一面に火をかけると数で勝るはずの毛利軍はたちまち瓦解し、村上元吉をはじめほとんどの諸将を失ってしまう。
その後も毛利軍は諸城に立てこもって抵抗を続けるものの、勢いに乗った加藤軍に各個撃破された。
この敗北により、河野氏のお家再興の望みは完全に絶たれ、海賊衆は活躍の場を完全に失うことになり、毛利氏は吉川広家らの画策した本領安堵の約束を反故にされる遠因ともなった。
なお、この一連の戦いには様々な文献や資料によって「三津刈屋口の戦い」「刈屋畑の合戦」「三津浜夜襲」「竹原崩れ」など、多くの呼称が伝わっている。
約400年前のこの合戦により当嚴島神社の前の社殿が燃え、今の鎮座地に遷った。
相変わらず日中は厳しい暑さが続いております。冷房の効いた車内等にいても、日差しが当たり続けると暑さを感じます。
さて今年度、愛媛県神道青年会(愛媛県内の40歳以下の若手神職の会)が再発足40周年を迎えるにあたり様々な事業を行っております。
その一環で神主の名簿等に載っていないが、神主が奉仕している神社を調べております。
先日訪れたところはまさに山中!ナビ上に神社の印もなければ道もないという場所。
地元の人に場所教えて貰い、蜘蛛の巣と格闘しながらようやくたどり着きました。
行ってみるとそこは立派なお社。本殿に明かりもついておりました。
神社は様々な人の思いがあってこそ存在します。
この機会に、このようなお社を記録をきちんと留めて、記憶に残していきたいと思います。
本日は風があり日陰にいるといつもより涼しいですね。日向で作業をしているともの凄く暑いですが・・・。
9月の愛媛雅楽会練習日を報告します。
9月13日(木)午後6半時~午後9時
吹揚神社(愛媛県今治市通町3-1-4)にて
TEL 0898-22-0369
9月20日(木)午後6時半~午後9時 嚴島神社(愛媛県松山市神田町1-7)にて TEL 089-951-1471
興味のある方はご連絡の上、是非見学に来て下さい。