北海道新聞 09/03 10:22
「原発はオコッコ・アペだ」。私の恩師、萱野茂さん(アイヌ民族初の国会議員で2006年に死去)は晩年、アイヌ文化を伝える講演でそう語るようになった。オコッコ・アペはアイヌ語で「化け物の火」という意味だ。「人の手に負えるものではない。そんなものに頼ってはいけない」
講演で萱野さんが語るアイヌの世界観に、聴衆はうっとり聞き入る。けれども講演の最後に唐突に原発の話が出て、会場の空気が一気に冷えることに私は当時、違和感があった。
私自身もともと原子力に賛成ではない。ごみをどう処分するか分からないまま原発を使うことにも疑問を持っていた。でも世の中の多くの人と同じように、あえて口にしないし、行動もしなかった。しかし11年の東京電力福島第1原発事故で気付いた。人の手に負えない―。語らずにはいられなかった萱野さんの気持ちをなぜ私は理解できなかったのだろう。愚かだった。
昨年、後志管内の寿都町と神恵内村が高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の処分候補地に名乗りを上げたことにショックを受けた。
前札幌市長の上田文雄さんや作家の池澤夏樹さんが「核ゴミ問題を考える北海道会議」を立ち上げると知り、悩んだ末、呼び掛け人に加わった。私が代表を務める札幌大学ウレシパクラブのアイヌの若者たちは多くの企業に活動を支援してもらっていて、会議に加わることで経済界とのつながりが断ち切られるかもしれないと怖かった。でも、アイヌ文化を学ぶ人間として、ここで何も言わずにはいられないと勇気を出した。
私たち和人は約150年前、アイヌモシリ(アイヌ民族の大地)を一方的に統合した。もし、その大地に核のごみ捨て場を造るとすれば、150年前よりもっとひどいことだ。豊かな生活をするために原発を使い、その後始末をまたアイヌモシリに押し付けるのか。
アイヌ民族の権利を回復すると同時に50年後、100年後の子孫が豊かな大地で生きる権利を守るべきだ。親しいアイヌの人たちと一緒にそのことを訴えたい。
多くの道民が寿都や神恵内だけの話と受け止めているのも気になる。私たちは福島原発事故を(原発が立地する)双葉町や大熊町の話とは考えない。福島の問題だ。同じように津軽海峡の南から見れば、北海道全体が核のごみ捨て場になるかもしれないのだ。北の大地を汚してはいけない。道民一人一人が自分事として考えてほしい。(聞き手・編集委員 関口裕士)
◆「ウレシパ」の「シ」と「アイヌモシリ」の「リ」は小さい字
<略歴>ほんだ・ゆうこ 1957年金沢市生まれ。北大卒業後、日高管内平取町二風谷に11年間住み、萱野茂さんに師事。その後、札大へ。文化学部長、副学長などを歴任。現在、同大アイヌ文化教育研究センター長。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/585284
「原発はオコッコ・アペだ」。私の恩師、萱野茂さん(アイヌ民族初の国会議員で2006年に死去)は晩年、アイヌ文化を伝える講演でそう語るようになった。オコッコ・アペはアイヌ語で「化け物の火」という意味だ。「人の手に負えるものではない。そんなものに頼ってはいけない」
講演で萱野さんが語るアイヌの世界観に、聴衆はうっとり聞き入る。けれども講演の最後に唐突に原発の話が出て、会場の空気が一気に冷えることに私は当時、違和感があった。
私自身もともと原子力に賛成ではない。ごみをどう処分するか分からないまま原発を使うことにも疑問を持っていた。でも世の中の多くの人と同じように、あえて口にしないし、行動もしなかった。しかし11年の東京電力福島第1原発事故で気付いた。人の手に負えない―。語らずにはいられなかった萱野さんの気持ちをなぜ私は理解できなかったのだろう。愚かだった。
昨年、後志管内の寿都町と神恵内村が高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の処分候補地に名乗りを上げたことにショックを受けた。
前札幌市長の上田文雄さんや作家の池澤夏樹さんが「核ゴミ問題を考える北海道会議」を立ち上げると知り、悩んだ末、呼び掛け人に加わった。私が代表を務める札幌大学ウレシパクラブのアイヌの若者たちは多くの企業に活動を支援してもらっていて、会議に加わることで経済界とのつながりが断ち切られるかもしれないと怖かった。でも、アイヌ文化を学ぶ人間として、ここで何も言わずにはいられないと勇気を出した。
私たち和人は約150年前、アイヌモシリ(アイヌ民族の大地)を一方的に統合した。もし、その大地に核のごみ捨て場を造るとすれば、150年前よりもっとひどいことだ。豊かな生活をするために原発を使い、その後始末をまたアイヌモシリに押し付けるのか。
アイヌ民族の権利を回復すると同時に50年後、100年後の子孫が豊かな大地で生きる権利を守るべきだ。親しいアイヌの人たちと一緒にそのことを訴えたい。
多くの道民が寿都や神恵内だけの話と受け止めているのも気になる。私たちは福島原発事故を(原発が立地する)双葉町や大熊町の話とは考えない。福島の問題だ。同じように津軽海峡の南から見れば、北海道全体が核のごみ捨て場になるかもしれないのだ。北の大地を汚してはいけない。道民一人一人が自分事として考えてほしい。(聞き手・編集委員 関口裕士)
◆「ウレシパ」の「シ」と「アイヌモシリ」の「リ」は小さい字
<略歴>ほんだ・ゆうこ 1957年金沢市生まれ。北大卒業後、日高管内平取町二風谷に11年間住み、萱野茂さんに師事。その後、札大へ。文化学部長、副学長などを歴任。現在、同大アイヌ文化教育研究センター長。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/585284