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アイヌ民族の昔話一冊に 週刊まなぶん連載「ミンタラ」の27話収録

2021-09-24 | アイヌ民族関連
北海道新聞 09/23 11:07 更新
「ミンタラ《1》 アイヌ民族27の昔話」の表紙
 毎週土曜日の朝刊別刷り「道新こども新聞 週刊まなぶん」で、アイヌ文化を紹介している連載「ミンタラ」が本になった。「ミンタラ《1》 アイヌ民族27の昔話」(北海道新聞社)。さまざまなカムイ(神)や魔物、英雄たちが登場するドラマチックな物語をかわいらしいイラストとともに収録。ともにアイヌ民族出身の、筆者で北大アイヌ・先住民研究センター准教授の北原モコットゥナシさん(45)と、イラストレーターの小笠原小夜さんに話を聞いた。
■カムイや英雄、ドラマチック 筆者・北原モコットゥナシさん/イラストレーター・小笠原小夜さん
 ミンタラは、週刊まなぶん創刊1周年の2016年春から続く月1回の人気連載。今回の本には、19年1月~21年3月に掲載したアイヌ民族の昔話シリーズ「ネウサラ(おはなし) イェコロ(語りながら)ヌコロ(聞きながら)」全27話を収録した。
 北原さんは、道内各地や樺太に伝わるアイヌ民族の昔話の中から毎月紙面に載せる話を選び、子供にも分かりやすい文体に書き直してきた。「地域によってアイヌ語の語りの録音が残るものもあれば、日本語に翻訳された筋書きしかないものもある。翻訳されたものは聞いた人の解釈が入っていることが多く、なるべく原文が残る話を選ぶように心がけました」と話す。
■女性も生き生き
 アイヌの昔話はストーリーが多彩でドラマチックな人情物語が多い。例えば北原さんのいちおしは、登別市に伝わる「銀のキセル、ウラシペッの村長を救う」という話。食糧不足の村に山裾のクマの神が現れ、村長に仕留められて村を助ける。が、クマの神は村長が感謝してささげた宝刀を自慢してほかの神々の怒りを買い、村長が神々に詰問される―というあらすじだ。
 「紙面では少し短くしましたが、この村長の父親が動物を敬愛する人で、普通の狩人なら山で解体して無造作に捨てる動物の内臓を、草を敷いてきれいに並べ鳥の神々にささげる。その心がけにシマフクロウが感激して宝刀を授けた…という背景がある。元の話にはそうした事柄もアイヌ語で詳しく表現されていて、すごくおもしろいんです」
 「食べ物を大切に」と説く物語も少なくない。「なぜそんな話ができたかといえば、昔の人も食料が豊富な時はおそらく粗末にしたからで、戒めのために作られたのでしょう。ご先祖もやっぱり人間なんだよなと思います」と笑う。ほかにも女性や女神が生き生きと活躍する話も多く、勇気づけられる読者は多いだろう。
 昔話のほか、現代に生きるアイヌの人たちのインタビューやアイヌ語地名クイズなども収録。ミンタラは大人からも人気があり、小学校などの授業で活用される例も少なくない。北原さんは「本にまとめたことで、より読みやすくなったと思う。学校ではもちろん、家庭でもぜひ親子で楽しんでほしい」と勧める。
■単純明快に表現
 ミンタラの昔話には、かつてのアイヌ民族の暮らしぶりや神々の姿が頻繁に登場する。小笠原小夜さんの描くイラストは、読者の理解を助け、想像力をかき立てるのに一役買っている。
 「私が小学生のころ図書館でよく読んでいた昔話集には、残念ながらアイヌ民族のお話がありませんでした。この本が全国の学校図書館に行き渡ることを願っています」と小笠原さん。作画ではアイヌ民族の世界観が伝わるよう単純明快な表現を心がけ、「お化けや死人などは子供が泣いてしまわないよう適度な怖さとかわいさを目指している」という。
 森羅万象に魂が宿るという世界観から、昔話では物が擬人化されて登場することも多い。そうした“キャラクター”の中で小笠原さんのお気に入りは、踊りが上手な「銅のなべ」と、勇気ある「銀のマレク(魚を捕る鉤銛(かぎもり))」だ。「日本の昔話には出てこないアイヌ民族特有の風習や道具など、イラストで分かる文化の違いにも注目してみてほしい」と話している。

 「ミンタラ《1》 アイヌ民族27の昔話」はB5判、152ページ。1980円。書店、アマゾンなどインターネットサイトのほか道新販売所でも扱う。問い合わせは道新出版センター(電)011・210・5744(平日午前9時半~午後5時半)へ(元井麻里子)
<略歴>きたはら・モコットゥナシ 東京都生まれ、埼玉県育ち。自身がアイヌ民族と知ったのは4歳のころ。樺太生まれで日高管内平取町に住む祖母の影響で、樺太の言葉や文化に関心を持った。現在は主に昔のアイヌ民族の言葉や音楽、文学、宗教などを研究し、新聞などを通してアイヌ文化を広く紹介している。
<略歴>おがさわら・さよ 小樽市生まれ、江別市育ち。先祖は日高管内新ひだか町静内地区のアイヌ民族。大人になってから踊りやししゅうなどのアイヌ文化を覚え、海外の先住民族との交流経験もある。幼少期から絵が好きで、アイヌ民族の世界観を描くイラストレーターとして多方面で活躍している。
◆「ミンタラ」と「ネウサラ」の「ラ」、「北原モコットゥナシ」さんと「ウラシペッ」の「シ」、「イェコロ」と「ヌコロ」の「ロ」、「マレク」の「ク」は小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/592007

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伝統無縁の類似品出現 アイヌ文様保護に議論を=平山公崇(北海道報道部)

2021-09-24 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2021/9/24 東京朝刊 有料記事
 今、北海道の先住民族アイヌの文化に注目が高まる。「伝統文様がかっこいい」。こんな感覚が若者らの間で広まっている。道内で生まれ育ち、アイヌの歴史や現状を取材する私にとっても喜ばしい状況だ。しかし、そのブームの陰で伝統文様をまねた「偽物」が目立ち始めた。独特の文様をいかに守っていくか、新たな課題について考えたい。
残り1708文字(全文1864文字)
https://mainichi.jp/articles/20210924/ddm/005/070/014000c

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オーストラリアは世界に説明せねばならない=外交部

2021-09-24 | 先住民族関連
CRI 2021-09-23 20:43
 国連人権理事会第48回会議において、オーストラリアは重大な人権侵害行為について広くから批判を浴びたと報じられています。中国外交部の趙立堅報道官は23日の定例記者会見で同件に関連する質問を受け、「オーストラリアは世界の人々に説明をせねばならない」と述べました。
 趙報道官は、「オーストラリアは歴史上、先住民族を大量虐殺し、先住民族の児童10万人を強制的に家族から引き離して、永遠の痛手を負わせた。オーストラリア先住民族の平均寿命は現在、白人より8.2歳低い。先住民族の人口は総人口のわずか3.3%だが、刑務所収監者全体の28%を占めている。オーストラリア先住民族は、生存条件や法執行などの分野で甚だしく不公平な扱いを受けている」と指摘しました。
 趙報道官はまた、「アフガニスタン戦争において、オーストラリア軍人は2012年から2013年にかけて現地で、捕虜や民間人を銃殺し、虐殺した。オーストラリア軍人は深刻な犯罪に手を染めたが、今も法の外でのうのうとしている。アフガニスタン人の命も命である。オーストラリアは世界の人々に、説明せねばならない」と論じました。(馬げつ、鈴木)
http://japanese.cri.cn/20210923/52ca15fc-c088-5b5f-9079-12f1f028201e.html

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エミー賞ノミネート『POSE/ポーズ』、キャストとプロデュサーが舞台裏を語りつくす

2021-09-24 | 先住民族関連
Harper’s BAZAAR 9/23(木) 22:20配信
ドラマ『POSE/ポーズ』
ドラマ『POSE /ポーズ』の制作と原案を手がけたスティーヴン・キャナルスは、共に制作に携わってくれるクルーを見つけるために、166回もミーティングを重ねたという。
『POSE /ポーズ』は、エイズの感染が最も深刻化していた頃のニューヨークのボールルーム・シーンが舞台となった作品だ。黒人とプエルトリコの血が流れるクィアの男性が中心となって脚本を手がけ、メインキャストはほぼ全員が非白人、トランスジェンダー女性が中核に据えられている3シーズンのドラマだ。
いまだBIPOC(Black:黒人、Indigenous: 先住民族、People of Color : 有色人種)とLGBTQ+を扱った作品が必要であり、利益を生むものであるとを認めるのに苦労しているハリウッドの重鎮たちは、プレゼンの段階では必ずしも全員がいい顔をしないだろうと思われたドラマシリーズだ。
最終的に、プロデューサーにライアン・マーフィー、テレビ局はFXを拠点とすることに決定した。しかし自分たちが実際に経験してきたことを芸術作品へと導き、かつ社会的現象にまで引き上げられる才能のあるトランスジェンダーの女性たちをプロデューサー陣が見つけるまでは、この作品に命が吹き込まれない。大変な苦労の末、彼らが発掘したメンバーの中にいるのがこの女性たちだ。
アクティビストでベストセラー作家のジャネット・モック。11歳で演技を始め14歳でボールルーム・シーンに入り、キャリアの半ばでトランスジェンダーであることを公表したMJ・ロドリゲス。
養護施設で育ち、10代の頃にはいじめを受けたが、現在はIMGとモデル契約を結んでいるインディア・ムーア。トリニダード・トバゴ出身の移民で真のボールルーム・アイコンになったドミニク・ジャクソン。
彼女たちはみな、苦難、ホームレス、セックスワーク、人から拒絶された時の対処法などを経験上、知っている。
しかし『POSE /ポーズ』を作り上げる際の彼女たちの仲間意識とケミストリーのおかげで、この物語は単なる苦労話以上の作品になった。この作品は喜びも伝えているのだ。苦労の末にボールルームで祝福を受けた時の喜びは、世界中のリビングで映し出された。
この見事な3部作のドラマの最後のエピソードが終了する前夜に、『POSE/ポーズ』のメインキャスト3名と脚本家のジャネット・モックが撮影の開始当時の幸福感や甘く切ない思い出について語り合う。
ジャネット・モック(以下JM):レディたち、このところ私はいつもこのマントラを頭の中で唱えているのよ。「新型コロナウイルスのパンデミックの中で、半年にわたってこのドラマを撮影できたんだったら、この先、私はほぼなんだってできるはず」って。
私たちを信じてくれたこの作品のプロデューサー、ネットワーク、スタジオを心から誇りに思っている。私たちのストーリーを信じてくれて、このドラマに価値を見出してくれて何百万ドルも投資してくれたこと、このドラマのシーズン1を作るために既に予算がかさんでいたにもかかわらず、私たちを再び起用してくれたことに本当に感謝している。私たちのストーリーは重要な課題で、とても大切で、放送されるべきものだから。
まずは、最初に戻ってみんなに聞きたい。MJ、ブランカのオーディションについて話してもらえる?
MJ・ロドリゲス(以下MR):私はその当時キャリアの岐路にいた。あまりにも多くの「ノー」ばかり受けていたから、演技を続けるべきか、続けたいのか悩んでいた。そこに2つのチャンスが舞い込んできた。ひとつは初のブロードウェイのショー。
もうひとつは『Backstage』誌で見つけた『POSE/ポーズ』の役柄の詳細だった。それを読んだ時に、ブランカとはどういう人間なのか、何を伝えたいのかを知って、私はこの役を欲しいと思った。
今も思い出すのが、オーディション会場でドミニクと少し話したこと。そこで私は、“なんだかいい感じ。このドラマはそれまで自分のストーリーを語ってこなかった強い黒人のトランス女性だけの話ではなくて、私が本当に知っている人に寄り添っているものだ”と思った。
ただその頃、私は個人的には自分がトランスジェンダーだということをそこまで広く公言していなかった。世界がどのように私を受け入れてくれるのか、また私たちのストーリーをどのように受け入れてくれるのかが心配で仕方がなかった。でも私は間違っていた。ハニー、私たちはそれを覆したのよ。
インディア・ムーア(以下IM):私がエンジェル役のオーディションを受けた時、会場には大勢の人がいた。私はこの業界では全くの経験不足で、ライアン・マーフィーのことなんて全然知らなかった。けれど、スティーヴンの顔があったのを覚えている。スティーヴンは私の家族にとても似ていた。
そう、彼は私に似ていたの。親近感を覚えてすごく気分が盛り上がったのよ。だって、この役が自分に合っているのか、私が演じる価値があるのかもわかっていなかったから。でも、なんだろう、そういうことから私たちの現実が始まるのかな、と思った。
JM:それってすごく力を与えてくれる言葉。2017年の7月から8月にかけてみんなはオーディションを受けていた。その頃、私はライアンに出会った。当時彼は『アメリカン・クライム・ストーリー』の現場で監督を務めていた。
現場のセットチェンジをしている最中に30分ほど私は彼と軽いミーティングをしたの。ライアンに「君のこれまでの作品を読んだよ。ロサンゼルスに来てこのドラマの脚本を書く気が君にあるかどうかを教えてほしい」と言われた。それに対して私は「私にとって素晴らしいチャンスだと思います。
でもその前に、質問したいことが山ほどあります」と答えた。彼は非常にクリアに、私が知りたいと思っていたことを全て明確に説明してくれた。そこで私は参加することを決めた。私は「このドラマに私は貢献できる」と思ったの。
IM:ジャネットが脚本家兼プロデューサーとして現場に現れたとき、私はこのドラマに出演するみんなは絶対に大丈夫だと安心した。ハリウッドの曲解や偏見を持った視点から私たちを守ってくれて本当に感謝してる。私たちだけでは抱えきれなかったから。
JM:撮影現場に初日に行ったとき、この作品はマジックになると確信した。インディアとMJ、ドミニクから受け取った愛情の深さを覚えている。ドミニクが完璧なママ・エレクトラの衣装で私のところに来てくれて、ハグしてくれて、「ガール、あなたがこのドラマを書いてくれていることを聞いた瞬間、私はこれが絶対にうまくいくと思ったわよ」って言ってくれた瞬間があった。
撮影期間中、ずっと私は出演しているシスターたちの保護者なのだと自分に言い聞かせていた。私はみんなを守るためにここにいる。このドラマの中での私の唯一の仕事は、その軸を守ることだけよ。
素晴らしい才能を持った演者たちによる壮大なアンサンブルの中で、女性の存在が失われないようにすること。プロデューサーとして、演出家として現場で必ず確認することが私の最も大切な仕事だと思っているから。
ドミニク・ジャクソン(以下DJ):みんなの存在がどれほど私の心に響いたか、まだ話してなかったわね。それはエンジェルが、私が演じたエレクトラに対して「ママ」と言ったときのこと。そのとき私は、「ちょっと待って、私本当に彼女のママになったみたい」と感じていた。
JM:実際にみんながボールルーム出身だからこそ聞きたいのだけれど、このドラマで欠かせないと思ったシーンはどこ? そして役を手にしたとき、それは自分にとってどんな意味があると感じた?
DJ:私は生きていても、どうあがいても手が届かないレベルがあると理解して、そこに落ち着こうとしていたところだった。2016年にウーピー・ゴールドバーグとトム・レオナルディスがエグゼクティブ・プロデューサーを務めた『ストラット』(トランスジェンダーのモデルを起用したリアリティショー)に出演した。
でもその時すでに40歳だったから、年齢の壁にぶつかったの。ウーピーは私のために戦ってくれた。オーディション会場では誰もが私に会おうとしていたけれど、私の年齢を聞いたとき、ちょっと待て、と思われたのよ。「黒人で、トランスジェンダー、移民でしかも40歳?」と思われていたはず。でも私は脳内で、「でも、とにかく私を見てよ!」と思っていたわ。
その当時のエージェントから連絡をもらって、このドラマのことを教えてもらった。エレクトラのキャラクターの部分だけを読んだ。エレクトラ以外は見なかった。私は40歳を超えているから、ブランカの役柄の詳細に関してはエージェントが私に伝えてこなかった。
エンジェルの役に至っては一切知らなかった。エージェントは多分、私にはこの役しかない、という感じだったのね。でも(この脚本には)親近感を持った。1990年代に(「House of Dupree」のマザーだった)パリス・デュプリーとニューヨークの「Two Potato」のバーで飲んでいたときのことを思い出した。
彼女はバカルディの151ショットを飲んでいて、私はキール・ロワイヤルを飲んでいた。そのとき私はこう思っていた。「どうしてこの人は私に話しかけているんだろう? ただ静かに飲んでいてはだめ? あっちに行って踊りながらつけまつげを外す様子を見せてほしいわ。そのために私は今ここにいるんだから」と思っていた。
でも彼女はエイヴィス・ペンダーヴィスやドリアン・コーリー、ペッパー・ラベイジャなどのマザーたちの話をずっとし続けた。時を経て、それが全て私の現実になった。あらすじを読んでいるときに、「ああ、この人たちがあの時に聞いた女性たちだ」と思った。
それで私は一回目のオーディションに行って、衣装を身につけた。オクタヴィア・サンローランやダニエル・レヴロンがどのように表現をしていたか、どのように現れたのかを思い出していた。彼女たちは本当に大胆な存在だった。
会場に入った私は、すでに全てのセリフを覚えていた。オーディションのシーンは、エレクトラがブランカに対して自分の頬骨を自慢する部分だったの。
JM:「空の上の太陽のように高い!」
DJ:「あなたにはまだ早い!」
MR:「あなたはまだ私と……」
全員:「並ぶなんて早い!」
DJ:(キャスティングディレクターのアレクサ・L・フォーグルと)彼女のアシスタントが互いに目を見合わせた。私はその場に立っていて、「とにかく私の時間をちょうだい」と思っていた。再び呼ばれることなんて全く期待していなかった。
「私はグリーンカードを手に入れたばかり。仕事もあるし、十分恵まれているじゃない。これ以上何か望んだらバチが当たる」と自分に言い聞かせていた。
今、みんなの前だから正直に言うけど、あの頃の私は生涯の夢を叶えている最中だった。性別適合手術の最終段階だったの。(二度目のオーディションの連絡をもらったとき)私はハイヒールを手に取って、自分に「このヒールを履いたら、傷口が開いてしまうかもしれない。病院に戻ることになるかもしれない」と、自分に問いかけた。
お金が手元にあまりなかったので、タクシー代を人に借りた。ヒールを履いてもいつもと同じような良い気分にならなかったから涙が出てきた。痛くて。でもオーディション会場に入ったときにふと何かが変わった気がした。
帰り道も私は泣いていた。でもそのときは痛かったからではなくて、達成感があったから。私はオーディション会場に行って、やり切ったと感じた。
そしてその後合格したと連絡をもらったときには、演技を学ぶ手段さえ持てなかった私は本当に幸福を感じたし、他の誰にもできない価値のあることを成し遂げたと思った。
JM:MJは11歳の頃からこの業界にいるでしょう? 技術面での準備はできていたと思うけれど“旅”の経験は浅かった。トランスジェンダーの女性として、公にトランジションをしなければならないということで、このような先駆的な女性の役を演じるという未知の次元に対する恐怖感と不安はあった ?
MR:私は以前、自分がトランスジェンダーであることを公表したけれど、当時は私を知る人は少なかった。けれどもこのようなプロジェクトの一員になるとしたら?と自問した。
「何かを公表することで自分を危険にさらし、その後の反発に耐えられるだろうか。しかもトランスジェンダー女性であるだけではなく、ラテン系かつアフリカ系アメリカ人の女性。本当に気持ちの準備はできている?」と。
ナーバスになっていたけれど、『POSE/ポーズ』に関して言えば、私が伝えたいメッセージと目的を知るためにしっかり頑張ったつもり。
つまり、この作品は私たちがどのような人間で、どう生きてきたかを示す作品でしょう。ドラマの設定は1987年から1994年だけど、その時期だけではなくて、今もこれからも私たちに何ができるかを伝えているものでしょう。
そしてここにいる仲間たちと一緒に仕事をすること、これまでずっと日陰に隠れていた私たちがさまざまなイベントで団結して立ち上がること、力を示すこと、私たちの立場を肯定して、どういう人間なのかをわかって共に立ち上がることができる、という事実のおかげで私は準備を整えられた。万端だった。いや、それ以上だったかも。
IM:私は自分自身が“スター”と呼ばれることにずっと慣れなかった。自分自身でも認めなかったし。なぜかわからないけれど、不健康な感じがしていた。でも、エンジェル役を演じている自分の姿をテレビで見た時、“オー・マイ・ゴッド、私スターだ”って感じずにはいられなかった。
JM:ハニー、そうよ、感じて!
MR:それでいいのよ、ベイビー!
JM:みんなが自分の姿を画面で見て、“ビッチ、私はスターよ”と感じてくれたのはとてもうれしい。だってそれは大切だもの。ちゃんと認めないと。それだけ影響力のあることをしたんだから。
あなたたちのために脚本を書いて演出ができたことは私の人生の中で最高のギフトだった。この先、『POSE/ポーズ』でみんなと一緒に仕事したことを超えるようなクリエイティビティにあふれた経験をできるのかはわからない。
でもこの作品は、誰からも何も与えられなかった頃にハウスを作り、社会的に認められず、何も持っていない子たちの夢をかなえた初期のマザーたちのおかげなの。
彼女たちは素晴らしいレガシーを残したと思う。私にとって『POSE/ポーズ』は、ゼロから魔法を生み出した、そんなマザーたちへのラブレターよ。
From Harper's Bazaar September 2021
https://news.yahoo.co.jp/articles/55576827e4858cfd997626807ce2638f703e8576

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米先住民、オオカミ猟めぐりウィスコンシン州を提訴 条約の権利侵害と訴え

2021-09-24 | 先住民族関連
CNN 9/23(木) 17:07配信

(CNN) 米ウィスコンシン州で数十年ぶりに解禁されたオオカミ猟をめぐり、先住民オジブワ族の6部族が条約で守られた権利を侵害されたとして、州を相手取って21日に訴えを起こした。
米国に生息するハイイロオオカミをめぐっては、今年1月に米連邦政府の絶滅危惧種指定が解除されたことを受け、ウィスコンシン州が2月にオオカミ猟を解禁した。割り当て量は200頭とした。
オジブワ族には条約に基づく権利が認められていることから、200頭のうち119頭はウィスコンシン州に、81頭はオジブワ族に割り当てられた。
ところがこの割り当てが守られず、先住民とは無関係のハンターが、3日間で218頭のオオカミを殺した。この時の猟期は当初、1週間を予定していた。
11月には今年2度目の猟期が始まる予定で、ウィスコンシン州天然資源局は130頭の割り当てを勧告したが、州の天然資源委員会は300頭の狩猟を許可した。
先住民側は声明の中で、「条約上の権利に基づき、我々と州は資源を50対50で分け合うはずだったが、2月にオオカミが大量殺りくされたことから、我々は適正な配分を受け取っていないと感じている」「州外のハンターは、資源を守るためではなく、ただ自分たちに猟ができるよう、裁判所に訴えている」と主張した。
天然資源局によると、絶滅危惧種の指定は解除されたものの、州内に生息するオオカミの数は、2020年4月の時点でわずか1057頭だった。
オジブワ族の伝統では、人とオオカミは神聖なパートナーとして創造されたと伝えられている。部族代表は「私たちは共に手と手を取り合って歩く兄弟だと神話や伝承は伝えている」との声明を発表した。
部族間団体の代表は先月発表した声明で、2月のオオカミ猟や11月に予定されているオオカミ猟を「無謀」だとして批判、「オオカミ猟の割り当てを300頭とした自然資源委員会の決定は、科学や管理とは一切関係がない」と指摘していた。
ウィスコンシン州の問題は、全米の状況を反映している。オオカミについては別の部族も保護を訴え、再び絶滅危惧種に指定するよう求めている。
全米の複数の部族が今月に入ってハーランド内相に宛てた書簡で再びハイイロオオカミを保護するよう訴え、「部族への相談なくハイイロオオカミの指定が解除されたことは、あなた方新政権が残しておきたくない汚点となる」と強調していた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e320debf70822f5dc9a4b91b312f11f6798df1b2

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お寺が結ぶ アートの縁 金沢・龍国寺で友禅作家ら展示

2021-09-24 | 先住民族関連
中日新聞 2021/09/23 05:00
コロナ下「出会い生まれる場に」 加賀友禅にゆかりがある金沢市東山の龍国寺で、地元アーティストらによる「龍国祭」が開かれている。加賀友禅作家が企画し、作品展に演奏会にと盛りだくさんのイベント。新型コロナウイルスの影響で芸術に触れる機会が減る中、アートとの出合いを結び直そうとしている。見学無料、二十六日まで。 (高橋雪花)
 長い石段から境内にかけて、作家と学生が共同で手掛けた、小さなテントを思わせるカラフルなオブジェが出迎える。本堂に入れば、郷土玩具「加賀八幡起上り」をモチーフにしたぬいぐるみや、白い鳥を手描きした加賀友禅のミニ額など、作家十一人による約三百点が展示販売されている。
 「文化は人間にとって衣食住と同じか、それ以上に大切なものだろう」と話すのは、実行委の委員長を務める友野雅子さん(71)。加賀友禅の創始者とされる宮崎友禅斎の墓がある同寺に、工房「欒堂(らんどう)」を構える加賀友禅作家だ。コロナ禍で芸術の大切さが再認識されていると考え、さまざまな分野の作家に声を掛けた。
 作品の価格は五百〜八十万円と幅広い。寺の名前にちなんで竜をイメージした水色の陶器カップはワンコインとお手頃。充実の友禅グッズは、菊桜を用いて草木染した訪問着をはじめ、布マスクや名刺入れなど四工房の商品がそろう。
 二十三日は午後四時からフラダンス、二十五日は午後三時からオーストラリア先住民族アボリジニの管楽器「ディジュリドゥ」の演奏も楽しめる。その他、枝や木の実を使って小物を作る有料のワークショップも予定されている。
 友野さんは「お寺は元々にぎわいや交流の場でもあった。いろんな分野の人たちが可能性を広げて、たくさんの出会いが生まれる場所にしたい」と来場を呼びかけている。
 時間は午前十時〜午後五時。(問)友野さん080(9398)4378
https://news.goo.ne.jp/article/chuplus/region/chuplus-334889.html

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復興工事をきっかけに出土 土器や石器の企画展/岩手・宮古市(動画)

2021-09-24 | アイヌ民族関連
IBC岩手放送 9/23(木) 15:50配信

 東日本大震災の復興工事をきっかけに見つかった出土品を展示する企画展が、23日岩手県宮古市で始まりました。
 宮古市民文化会館で始まったこの企画展は、県文化振興事業団が主催したものです。会場には復興工事をする前の発掘調査で出土した石器や土器のうち、宮古市内で見つかった477点が展示されています。
 田老地区の三陸沿岸道路の工事現場でみつかった縄文時代後期の土器は、狩りの成功を祈って作られたとみられていて、弓矢や落とし穴がデザインされています。そのほかアイヌ民族の儀式と関連が深い奈良時代の土器も展示されていて、震災復興をきっかけに明らかになった地域の歴史を学ぶことができます。この企画展は26日まで開催されています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6cda89bebeddc242f7e5c9e686f251a08adfdcb2

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ヒトの本性は利己的(悪)なのか、利他的(善)なのか?【橘玲の日々刻々】

2021-09-24 | 先住民族関連
ダイヤモンド・ザイ 9/23(木) 21:01配信
 オランダの歴史家、ジャーナリストのルトガー・ブレグマンは、広告収入にいっさい頼らないジャーナリストのプラットフォーム「デ・コレスポンデント」の創立にかかわり、2018年の著書”Utopia for Realists(現実主義者のためのユートピア)“で高い評価を得た。『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』(文藝春秋)の邦題からわかるように、「機械との競争」による大量失業を避けるには、すべてのひとに無条件で生存と文化的な生活を保障する現金給付(ユニバーサル・ベーシックインカム)を行なうしかないと説いたものだ。
 そのブレグマンは『Humankind 希望の歴史』(文藝春秋)で、進化生物学、進化心理学、社会心理学など「現代の進化論」を向こうに回してきわめて論争的な主張を展開している。その主張を簡潔に述べるならば、「ヒトの本性は利己的(悪)ではなく利他的(善)である」になるだろう。
●イースター島の文明はなぜ崩壊したのか
 ブレグマンは本書で、リチャード・ドーキンス、スティーブン・ピンカー、ジャレド・ダイアモンドなどの大物や、スタンフォード監獄実験(フィリップ・ジンバルドー)、スタンリー・ミルグラムの服従実験など、人間性の暗い部分を暴いたとされる有名な社会心理学の実験を俎上に挙げて、それらがいかに間違っているかを論じている。
 ウィリアム・ゴールディングは『蠅の王』で、南太平洋の無人島に置き去りにされた少年たちが「内面の獣性」に目覚めていく様子を描いてノーベル文学賞を受賞した。だがブレグマンは、1966年に南太平洋のトンガにある寄宿舎を抜け出して釣り船で漂流し、無人島に漂着した6人のイギリス人の少年たちが救出された記事を見つけ出した。そして、オーストラリアでかつての少年の1人(および彼らを救出した船の船長)にインタビューし、少年たちが1年以上にわたって互いに助け合って無人島で生き延びた話を聞いた。
 ここからブレグマンは、人間の本性はゴールディングが描いたような利己的で暴力的なものではなく、危機に際してはお互いに協力する利他的で協調的なものではないかと考え、それを検証しようとした。
 たとえば、ジャレド・ダイアモンドはベストセラーとなった『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』(草思社)のなかで、巨石文明で有名なイースター島を取り上げ、その崩壊を「孤立した地球」のメタファーだと述べた。イースター島の住民たちはモアイという巨石像を競って建てたが、そのサイズが大きくなることでより多くの労働力、食料、木材が必要になり、その結果、森林破壊で農業が壊滅して島民は飢餓に襲われ、部族対立が激化して人肉食が拡がったのだという。
 だがその後、1722年にイースター島を発見した探検家ヤーコブ・ロッヘフェーンの航海日誌を研究者があらためて読み直すと、そこにはおぞましい殺戮の様子などまったくなく、この島の土壌は「肥沃」で、住民は「筋肉質の体と輝く白い歯を持つ、友好的で、見るからに健康的な人々」で、そこは「地上の楽園」だと書かれていたのだ。
 ダイアモンドによれば、イースター島にはかつて1万5000人の島民がおり、それが長耳族と短耳族に分かれて争った結果、大虐殺によって2000人あまりに人口が減った。だが考古学者らが調べたところ、虐殺の現場とされる場所は木炭の年代が伝承と合わず、遺骨には飢餓の形跡も戦争での損傷もなかった。
 こうした再検証によれば、イースター島の人口はもともと2000人程度で大虐殺などはなく、森林破壊の原因は、最初の移民とともにやってきて、天敵がいないことで繁殖したナンヨウネズミが木々の種を食べたことらしい。もちろん島民がカヌーをつくったり、巨石像を運ぶのに材木を必要としたが、イースターにあったとされる数百万本(最大で1600万本)の木をすべて使い尽くすことはできない。そのうえ、樹木がなくなったことで農地が拡張し、逆に食料生産が増えたと考える研究者もいる。
 ではなぜ、イースター島の文明は崩壊したのか。それは、奴隷商人とウイルス、すなわちヨーロッパ人によって破滅させられたのだ。
 ジャレド・ダイアモンドはいまも現役だから、いずれ自ら反論を行なうのだろうが、イースター島の文明崩壊の経緯についてはブレグマンの批判にかなりの説得力がある。
●「狩猟採集民は「理想社会」、農耕の開始により人類は不幸になった」という左派理想者の歴史観
 進化心理学者のスティーブン・ピンカーは「現代でもっとも影響力のある知識人の一人」で、『暴力の人類史』(青土社)や『21世紀の啓蒙 理性、科学、ヒューマニズム、進歩』(草思社)で、人類の歴史ととともに、平均寿命から幸福度にいたるまであらゆる指標が改善し、未来はどんどんよくなっていくという「合理的な楽観主義」を唱えた。
 実際、産業革命後のさまざまなデータを見るかぎり、世界がより安全でゆたかになっていることは間違いない(日本でも世界でも殺人率は急速に減っている)。だったらなにも問題ないのではないかと思えるが、ここにはブレグマンのような「レフト(左派)」とのあいだに深刻な思想的対立がある。
 ピンカーは、遺跡で見つかった骨の損傷や、いまも狩猟採集生活を続ける8つの部族の調査などから、旧石器時代には戦争(部族抗争)による死亡率ははるかに高く、文明化によって暴力は着実に減ったと主張した。
 これをブレグマン流に解釈すれば、人間の本性はもともと「悪」で、それが文明によって「善」に変わったことになる。ところがブレグマンは、人間の本性は本来「善」で、現代社会(強欲な資本主義)がそれを「悪」に歪めたことでさまざまな社会問題が起きたと主張するのだから、これはものすごく都合が悪いのだ。
 実際、文化人類学者などが『暴力の人類史』を検証し、すでにいくつかの(かなり重要な)批判を加えている。
 ひとつは、ピンカーが「国家以前」の社会としたもののなかに、狩猟採集民だけでなく、園耕社会も加えられていたこと。園耕民はたしかに「国家」を形成していなかったが、集落をつくって定住し、家畜を所有し庭で農作物の栽培を行なっていた。
 もうひとつは人類学者のダグラス・フライが指摘したもので、ピンカーが戦争による死亡としたパラグアイとベネズエラ/コロンビアの先住民族の死因のなかに、開拓者の侵略によって虐殺された者が多数含まれていたこと。これはもちろん、狩猟採集民の「暴力性」を示す証拠にはならない。
 この論争が重要なのは、左派の理想主義者(ブレグマンもその一人だ)のなかに、「狩猟採集民は平等で平和な「理想社会」をつくっていて、それが農耕の開始によって破壊され、人類は不幸になった」という歴史観が広まっているからだ。
[参考記事]●「農耕の開始によって定住が始まり、文明が生まれ国家が誕生した」という従来の歴史観はかんぜんに覆された
 現在の狩猟採集民は数万年前の旧石器時代人と、遺伝的にも暮らしている環境も大きく異なるし、化石をどれほど研究しても当時の生活を再現することはできない。だからこそ、双方が自分に都合のいい「人類の祖先」像を描くことができるともいえる。
 ブレグマンは触れていないが、この論争については人類学者のラウル・オーカが、統計的手法で人類史上の戦闘での死を分析し、「過去と現在で戦闘による死者の割合に変化はない」という結論に達している。
 オーカの指摘は、「現代に至るまでに地球上の人口は着実に増えているが、軍事行動に従事する者の割合は人口増加に比例するわけではない」という、ある種の「コロンブスの卵」だ。旧石器時代の100人のバンド(小集団)では成人男性のほぼ全員(25人以上)が戦闘員になっただろうが、人口100万の社会に25万人の兵士が、1億人の近代国家に2500万人の軍人がいるわけではない(そもそもこのような巨大な軍隊を維持できない)。
 その結果、社会が大きくなるほど、ごく自然に戦争による死亡者の割合は減少する。「相互依存性の増加や平和の便益」などを持ち出さなくても、世界が平和になってきたのは単純なスケーリング効果(人口の指数関数的な増加)で説明できるのだ(アダム・ハート『目的に合わない進化 進化と心身のミスマッチはなぜ起きる』原書房)
●有名な「スタンフォード監獄実験」への批判は正当なのか? 
 ブレグマンは、本来は「善」であるはずの人間の本性が「悪」へと歪曲された事例として、「社会心理学の実験の金字塔」とされる、スタンリー・ミルグラムの服従実験と、フィリップ・ジンバルドーのスタンフォード監獄実験を俎上に挙げている。とりわけ後者は、近年の「再現性の危機(定説となった心理実験のなかに、厳密な方法では再現できないものがある)」の象徴として繰り返し批判されている。
 1971年に行なわれた「監獄実験」では、スタンフォード大学の地下実験室を刑務所に改造し、そこで学生を「看守役」と「囚人役」に割り振ったところ、わずか数日で看守役がきわめて暴力的になり、錯乱する囚人役も出たため実験を中止せざるを得なくなった。実験の詳細はジンバルドー自身が『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』(海と月社)という大部の著作にまとめ、ドイツ映画『es[エス]』、それをリメイクした『エクスペリメント』、ジンバルドーを主人公にした『プリズン・エクスペリメント』など映画化もされたことで世界的に有名になった。
 ところがその後、実験者が看守役に対してもっと荒々しくふるまうよう指示している録音テープが公開されたり、当時の参加者が「看守役は退屈で毎日ぶらぶら歩きまわっていた」「実験に協力するために、映画『暴力脱獄』を思い出して囚人たちを苦しめる演技をした」などの証言をするようになった。2002年にBBCと共同で行なわれた実験でも、「(ふつうのひとが“悪魔”に変わる)ルシファー・エフェクト」は再現できなかった。
 こうした批判を根拠に、ブレグマンはスタンフォード監獄実験は「捏造」だときびしく批判し、ジンバルドーが看守役に徹し、囚人をどのように扱うか指導しているのを読んで「愕然とした」という。
 「我々は欲求不満を生み出すことができる。彼らの恐怖心を生み出すこともできる。……さまざまな方法で彼らの個人としての人格を奪うつもりだ。彼らは制服を着せられ、けっして名前では呼ばれない。数字を与えられ、その数字で呼ばれるのだ。一般的に、こうしたことのすべては、彼らの無力感を生じさせるはずだ」
 これがなぜ問題かというと、「れっきとした科学者が、自分が看守に教え込んだと、公然と述べている」からだ。「囚人を数字で呼ぶ、サングラスをかける、サディスティックなゲームをさせるといった設定は、看守たちが考案したのではなかった。彼らはそうするように命じられていたのだ」。
 だがそもそも、看守の制服を着て、地下室につくられた刑務所らしきところに連れていかれだけで、ふつうの大学生がいきなり本物の看守に豹変するわけがない。それに加えて、囚人役も自分と同じ年齢の大学生なのだから、この条件では看守役と囚人役がなれ合って仲良くなるのは当たり前だ。
 だからこそジンバルドーらは、看守役にいかに振る舞うべきかの圧力を加えなくてはならなかった。たんに軍服を着せて軍隊に入れただけで、一般市民が戦場で敵兵に発砲するようになるわけではないのと同様に、刑務所も新人刑務官にかなりきびしい教育・訓練・同調圧力を加えている。それを考えれば、ジンバルドーが被験者に指導を行なったのは「不正」ではなく、実験の前提条件ではないだろうか。
 BBCの再現実験ではこうした新人教育は行われず、被験者は看守役も囚人役も、「最初から最後まで、のんきに座ってタバコを吸い、雑談する男たちの姿を映しただけだった」。これはたしかにそのとおりだろうが、これだけでは、米軍が運営するグアンタナモ収容所でなぜ「ふつうの兵士」がルシファーに変貌し、数々の虐待を行なったのかを説明できないだろう。
●人間の本性が「善」なら「なぜホロコーストのようなことが起きるのか? 」
 人間の本性が「善」だという主張の弱点は、「だったらなぜホロコーストのようなことが起きるのか? 」という疑問に答えられないことだ。ブレグマンはこの隘路はどのように抜けるのだろうか。
 1961年、弱冠28歳の心理学者スタンリー・ミルグラムは、広告で募集した「ふつうのひとたち」が研究者の指示によって、回答を間違えた生徒役(サクラ)に450ボルトという感電死のおそれがある電気ショックを加えることを示して一躍有名になった。当時はエルサレムで、ナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判が行なわれており、著名な政治学者のハンナ・アーレントが彼を「悪の陳腐さ」と評してはげしい論争を巻き起こしていた。ミルグラムの実験は、凡庸な人間がなぜ悪魔のような所業を行なうのかの理由を明らかにしたとされたのだ。
 この有名な実験についても、現在の厳密な基準で同じ結果が再現できるのか(被験者は誘導されていたのではないか)との批判があるが、ヒトには強い同調性があるだけでなく、強い圧力を加えられたときは視覚などの認知そのものが変わってしまうことが脳科学のレベルで確認されている。
 そこでブレグマンは、実験結果の解釈の変更を試みる。被験者は権威に服従して「悪」に変貌したのではなく、権威者に協力して(ミルグラムの実験では、被験者は「科学に役立つ貢献をしてほしい」と依頼されていた)「善」を行なおうとしたのだという。こうして、「批判されるべきは服従した被験者でなく、「よいことをしたい」というヒトの善性を悪用したことだ」という話になる。
 ところで、これはブレグマン独自の解釈ではなく、社会心理学においても、ミルグラムの実験の解釈は「権威への服従」から「献身的信奉(engaged followership)」へと変更されている。「指導者の大義と自身を一体化することで、他人を傷つける行動であっても高潔であると信じるようになる」というのだ(アダム・ハート、前掲書)。
 だがこれは、考えてみれば当たり前の話でもある。歴史を振り返るまでもなく、自分たちが「悪」であると認めたうえで「悪」をなすことなどほとんど(あるいはまったく)ない。あらゆる虐殺は神の名の下に正義として行なわれたのだ。
 明らかなヒトの本性があるとしたら、それは「自己正当化」だ。わたしたちは、自分(たち)が正しいと主張するためならどんなことでもする。著名な進化心理学者のロバート・トリヴァースは、意識(理性)の主な機能は「自己正当化」であり、もしかしたらそれがすべてかもしれないと述べた。
 ミルグラムの実験の被験者も、自分が「悪」をなすと考えたうえで致死的な電圧を加えたわけではない(それが「悪」だと思った被験者は実験から離脱しただろう)。彼ら/彼女たちが自分の行為を「善」だと自己正当化したとしても、そのことは(ブレグマンのいうように)ヒトの善性を証明したわけではない。たんに「自己正当化さえできればどんなことでもする」というだけのことで、ホロコーストをはじめとする歴史上の残虐行為はこれで説明できるだろう。
●ヒトは利己的であると同時に利他的でもある
 ブレグマンの主張の問題は、人間の本性を「利己性(善)」と「利他性(悪)」の単純な二元論で説明しようとすることだ。だが「現代の進化論」は、そもそもこのような主張をしていない。
 人類は、哺乳類はもちろん霊長類のなかでも「徹底的に社会的な動物」として特異な進化をとげ、向社会的な感情を発達させてきた。ひとは一人では生きていけないのだから、もともと協調するように「設計」されている。
 そのため無人島でもキャンプ場でも、あるいは模擬刑務所で看守役と囚人役に分かれても、なにもしなければ自然に協調行動をとる。ここまではブレグマンのいうとおりだ。
 だがそれと同時に、利害が対立したときには徒党を組み、「俺たち」と「奴ら」に分かれる強固な「ヒトの本性」がある(これには性差があり、とりわけ男に顕著だ)。こうして、「俺たち」が協調して「奴ら」を殲滅しようとする。
 さらには「俺たち」のなかでも、集団のアイデンティティと一体化して滅私奉公するだけでは、性愛を獲得して自分の遺伝子を後世に残すことができない。共同体のなかでは地位をめぐる熾烈な競争が行なわれており、「協調しつつ権力闘争する」という複雑なゲームが行なわれている(地位をめぐって競争するのは男女とも同じだが、ゲームのルールには性差があるだろう)。
 すなわち、ヒトは利己的であると同時に利他的でもあり、善悪二元論でどちらが「本性」か議論することに意味はない。
 ブレグマンは、獰猛なギンギツネから比較的おとなしい個体を選んで交配させ、人間になつくキツネを生み出したロシアの生物学者ベリャーエフの有名な実験を引き合いに出し、ヒトもまた同じように家畜化された「ホモ・パピー」だという。
 この「自己家畜化」説は近年の進化心理学では主流になっているが、家畜化によって向社会性が増したとしても(そもそも自己家畜化は人類が濃密な共同体をつくるようになったことへの適応だ)、それは(ブレグマンのいうように)善に向かっての進化というわけではない。そればかりか、向社会性は「内集団びいき」を強化し、他の社会(外集団)への警戒心や排外感情、憎悪・敵意を生み出したとされている。
[参考記事]●「人類は見知らぬ敵を殺して楽しむように進化した」「自己家畜化」したヒトの道徳性と邪悪さ
 「現代の進化論」では、自然淘汰の圧力がかかるのは遺伝子であって個体ではないとする。アリやミツバチのような社会性昆虫が利他的な行動をするのは、それが「利己的な遺伝子」にとってメリットがあるからだ(血縁淘汰説)。
 これはヒトも同じで、生存と生殖に有利な協調的(利他的)性質が進化したことは間違いないが、それは利己性を放棄して「善なる存在」になったということではない。自分にとって得だと思えば、わたしたちは(自己正当化によって)どこまでも残酷(利己的)になれるのだ。
 この程度のことはわざわざ進化論(血縁淘汰)を持ち出さなくても、人間社会を観察していれば常識でわかると思うが、だったらなぜブレグマンは「善悪二元論」に固執しなくてはならないのか。それは「プラセボ」と「ノセボ」で説明される。
 プラセボ効果というのは、偽薬にも一定の治療効果があることだ(「病は気から」)。ノセボ効果はこの逆で、呪術のように、不吉だと思うだけでほんとうに具合が悪くなることをいう(場合によっては死んでしまうこともある)。
 ブレグマンは、「ヒトの本性は悪である」との主張はノセボ効果を引き起こし、社会をより悪い方向に変えてしまったという。それに対して、「わたしたちは本来、善である」とみんなが考えるようになれば、プラセボ効果によって、社会はよい方向に向かって動き出すにちがいない。――要約すればこれが本書の結論だ。
 これを説得力があると思うか、バカバカしいと一蹴するかは、読者一人ひとりが判断すればいいことだろう。最後にひと言、私見を述べるなら、ブレグマンは前著『隷属なき道』では、ユニバーサル・ベーシックインカムによって社会制度を変えることで「よりよい未来」をつくることを(まがりなりにも)構想した。それに対して本書では、具体的な改革の提案をするのではなく、気の持ちようを変えようと説く。
 これはレフトの理想主義の「後退」、あるいは「敗北」ではないだろうか。
 橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は、『無理ゲー社会』 (小学館新書)。
●橘玲『世の中の仕組みと人生のデザイン
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金田一京助とアイヌ語とウポポイ

2021-09-24 | アイヌ民族関連
note 2021年9月23日 16:31

電磁郎の部屋 (Denjiro’s Room)
 金田一耕助と金田一京助は似ていますが、血縁関係はありません。金田一耕助は、小説に出てくる架空の人物ですが、金田一京助は実在の人物です。また、耕助さんは私立探偵ですが、京助さんは言語学者です。金田一京助先生の名前は、古い国語辞典なら、監修者として載っています。これは、私が中学生の時に、国語(社会?)の先生から聞いた金田一京助先生のエピソードです。
 金田一京助は25歳の時、日露戦争の戦果として日本へ割譲された樺太に、アイヌ語調査のために単身で渡りました。彼は、アイヌ語を全く知らないので、どこから手を付けてよいかもわかりません。大人は警戒心が強いので、近づいてきません。もちろん、近づけたところでアイヌ語は話せないわけですから、意味がありません。色々と考えた結果、警戒心の薄い子供達からアイヌ語を教えてもらおうと考えました。
 子供たちが遊んでいるところへ行って、ノートを拡げて絵を描くふりをします。最初は風景画のようなわかりやすい絵を書きました。子供達は興味津々ですが、なかなか近づいてきません。次に、新しいページに出鱈目な線をグチャグチャと描いて、少し様子を見ます。すると、年長の子供が近づいて来て「ヘマタ?」と言いました。そのあとは、他の子供達もやって来て、口々に「ヘマタ?」「ヘマタ?」と叫びます。これで、「ヘマタ?」は「何?」を表わす言葉ではないかと見当が付きました。次に、顔の中央の鼻を指して、自ら「ヘマタ?」と子供たちに聞きました。すると、「シシ」と答えました。こうして若き金田一京助先生は、次々とアイヌ語の単語を収集していきました。
 私の覚えていたエピソードは上記の通りですが、このエピソードは昭和20年代の国語の教科書に載っていたそうです。さすがに、その時には生まれていませんが、教材のもとの話は新潮新書「金田一京助」(藤本英夫著)に、一部が載っています。しかし元ネタには、少し違う話が載っているみたいです。「ヘマタ」までは概ね同じですが、その後が違います。京助青年は、辺りを見回して足元の小石を拾って、「ヘマタ?」と聞きます。子供達は、口々に「スマ!」「スマ!」と叫びました。
 個人的には、石を拾わなくても良い『鼻を指すエピソード』がお気に入りです。でも実際は、拾った石がアイヌ語研究のキッカケだったようです。たぶん、教えてくれた中学の先生はうろ覚えで、自分が話しやすい様に勝手にアレンジしたのだと思います。まあ、肝心なヘマタが合っていれば、問題ありませんが・・・。
 昨年の2020年7月12日に、ウポポイ(民族共生象徴空間)が開業しました。ウポポイのWEBサイトには、その設立趣旨が次のように説明されています。
 『ウポポイは、アイヌ文化を振興するための空間や施設であるだけではなく、我が国の貴重な文化でありながら存立の危機にあるアイヌ文化を復興・発展させる拠点として、また、将来に向けて先住民族の尊厳を尊重し、差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴として位置づけられています』
 ウポポイは、『アイヌの歴史・文化を学び伝えるナショナルセンターとして、長い歴史と自然の中で培われてきたアイヌ文化をさまざまな角度から伝承・共有するとともに、人々が互いに尊重し共生する社会のシンボルとして、また、国内外、世代を問わず、アイヌの世界観、自然観等を学ぶことができるよう、必要な機能を備えた空間』となっているそうです。
 まだ行ったことはありませんが、一度は訪れてみたいと思っています。
https://ainu-upopoy.jp/
https://note.com/denjinamazu/n/n260dc7e99d03

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あの人気漫画の舞台「樺太」の戦前、戦中、そして戦後

2021-09-24 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2021年9月23日
真野森作・カイロ特派員
 明治時代後期の北海道などを舞台に、アイヌ民族の少女と元日本軍兵士のコンビが埋蔵金争奪戦で奮闘する野田サトルの冒険漫画「ゴールデンカムイ」(集英社の「週刊ヤングジャンプ」で連載)が高い人気を集めている。コミックスはシリーズ累計発行部数が1700万部を超え、連載は最終章に入った。
 物語では、北海道の北に位置する旧樺太(サハリン)とそこに生きる先住民族、さらには隣り合う帝政ロシアも重要な鍵を握る。
 日露戦争後から第二次世界大戦終結まで、20世紀前半の40年間にわたって北緯50度以南のサハリンは南樺太と呼ばれ、日本領だった。現地には今でも日本の面影が残り、先住民族や日系人、コリアンも暮らす。第二次世界大戦での日ソ戦が終結したのは76年前、1945年9月5日のことだ。日本領時代に中心都市だった旧豊原(現在はサハリン州都ユジノサハリンスク)を訪ね、「樺太」の戦前・戦中・戦後をたどった(登場する各氏の年齢やデータは2015年8~9月の取材当時)。
先住民族ニブフの伝統
 カンカン、コン、カンカン、コン――。丸太をつり下げた素朴な打楽器の奏でるシンプルなリズムが青空へと吸い込まれていく。演奏するのは、サハリンに約2000人強が暮らす先住民族ニブフ(旧称ギリヤーク)の人々だ。州立郷土博物館で彼らが自ら手がけた初の文化紹介イベントでの一幕。観光客が興味深そうに演奏に耳を傾けている。
 「私たちニブフはかつて狩猟と漁労、採集によって暮らしていました。主な食べ物は魚やアザラシの肉。例えば、魚と木の実を混ぜ合わせ、芋とアザラシの脂肪分を加えた伝統料理があります。獣や魚の皮を縫い合わせて衣服や靴を作っていたのです」。唐草のような紋様で縁取った真っ赤な伝統衣装姿で、民族活動家の女性アントニーナ・ナチョートキナさん(67)が説明してくれた。続けて、「ニブフは今も健在と示したい」と力を込めた。
 この博物館は樺太庁博物館として日本領時代に建てられた。その外観は、瓦屋根など一部が日本の城のような形をした和洋折衷の「帝冠様式」。サハリンを代表する歴史的建造物だ。敷地内の庭園には島の歴史を象徴する興味深い屋外展示物が並ぶ。帝政ロシアの流刑者収容施設を再現した丸太小屋、戦前の南樺太で天皇の「御真影」を収めたコンクリート造りの「奉安殿」、北千島の占守(しゅむしゅ)島 から運ばれた日本軍の95式軽戦車――。
 そうした中で、がっしりとした高床式の丸太小屋が目を引く。ニブフの夏用の伝統家屋を再現したものだ。半地下構造の冬用の住居や、サケ・マスを保存食に加工するための干し場もある。信仰と結びついたクマの飼育小屋など、アイヌ民族と共通する文化も見て取れた。
日露に翻弄された先住民族
 アジア大陸のアムール川下流域とサハリンに居住するニブフは、自然と共に生きてきた人々だ。だが、近現代は日本とロシアという大国のはざまで翻弄された。日露戦争後の1905年、ポーツマス条約によってサハリンは北緯50度線で区切られ、南半分は日本へ割譲された。
 「ゴールデンカムイ」でも、主人公たちが国境線を越えてロシア側へ潜入する場面がある。ニブフやウィルタなどの少数民族は南の日本領と北のロシア領(1917年のロシア革命を経てソ連領)とに分断されてしまった。そしてソ連の対日参戦によって第二次世界大戦末期には敵味方に分かれることになり、ニブフの人々は日ソ双方の「スパイ」にもされた。ナチョートキナさんは「私の親戚のおじさんは日本軍の案内人をしたと聞いている。終戦後、『お前は裏切り者だ』と言われた人もいたそうです」と明かした。
 日ソ両国はどちらもその統治下で少数民族に同化政策を押しつけ、文化を奪った。日本は戦前、南樺太の敷香(しすか、現在のポロナイスク)近くに先住民集落「オタスの杜」を造成し、「土人教育所」で日本式の教育を実施した。ナチョートキナさんによると、ソ連側も戦前、先住民族の子供たちを寄宿舎に集め、ロシア語だけで話すよう教育したという。「ニブフ語は家庭内でも使われなくなり、多くの伝統が失われた」と残念がる。
 戦後、ようやく1980年代から一部の学校でニブフ語が教えられるようになり、ニブフ語新聞も発行されるようになった。だが、復興は道半ばだ。ニブフの血を引く女性マリーナ・クラギナさん(50)は魚の皮を使った伝統工芸の技術を数年前に書物で学んだ。ほとんど廃れていた技を身につけようと決めたのは、「先祖の『呼び声』があったから」という。クマやフクロウの紋様を縫い付けた皮の小物を手に載せ、誇らしげに見つめた。
 春、川の氷が解けて最初の漁に向かうとき、ニブフの人々は海の神に供え物をささげた。神の許しをもらってはじめて、船を出したのだという。伝統信仰に基づけば、森にも山にもそれぞれ神がいる。就職や就学のためユジノサハリンスクへやって来る少数民族の若い世代が増えてきた。それでも、サハリン北部に多くの人々が暮らす。クラギナさんは「自然は非常に厳しいけれど、美しいところですよ」と教えてくれた。
漁業に残る日本領時代の足跡
 日本領時代の足跡は、基幹産業である漁業にも残っている。
この記事は有料記事です。
残り5156文字(全文7277文字)
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20210918/pol/00m/010/018000c

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