東京新聞 2024年12月18日 06時00分
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先住民族の研究倫理指針を巡り、日本人類学会など研究者側とアイヌ・琉球民族が一堂に会す集会が14日、札幌市内であった。ただ、遺骨を「盗掘」したことへの謝罪はおろか、琉球民族を先住民族と認めない姿勢に研究者との溝は深まるばかり。世界では先住民族の自己決定権を重視した研究はもはや常識だ。世界の潮流と真逆の方向へひた走るこの国の「学問の自由」はこれでいいのか。(木原育子)
◆アイヌ側の関係者は「誠意ある回答」を求めたが
「難しいこと言ってるわけじゃない。遺骨をあるべき姿に戻して謝罪してくれって言っているだけだ」
14日に開かれた集会。研究者との議論は平行線だった=札幌市内で
チャランケ(集会)を主催したアイヌ民族の木村二三夫さん(75)が切々と訴えた。集会名は「アイヌ ネノ アン アイヌ」。「人間らしい人間」との意味だ。「誠意ある回答を」との願いが込められた。
集会は、今年4月に公表された研究倫理指針の最終案がきっかけだ。アイヌ民族の自己決定権を排除し、研究ありきの姿勢に批判が相次ぎ、木村さんらは5月末、最終案を示した日本人類学会などに、過去の謝罪と、国が示す遺骨返還ガイドラインの廃止と見直しを求めて質問状を送った。度重なる強制移住でほぼ全てのコタン(集落)が解体された中で「(返還に必要な)申請はハードルが高すぎる」とし、アイヌ民族側に「慰霊」を求めることにも「加害者も被害者も一緒に弔うことが和解の始まりではないか」と提案した。
先住民族と遺骨問題 アイヌ民族の遺骨は1880年代から1970年代に研究者が「収集」した。北海道大など全国12大学と博物館など1800体以上。国は2014年に遺骨返還ガイドラインを示したが難易度が高く、多くは慰霊施設に「集約」されている。琉球民族も研究者によって遺骨が持ち去られている。国の要請で倫理指針策定の議論が15年から始まったが、まとまっていない。
◆返還ガイドラインの見直し、学会で分かれる
回答はどうだったか。
日本人類学会と日本考古学協会は「謝罪は、謝罪すべき事項や範囲、立場などさまざまな意見がある」とし、「国の返還ガイドラインは慎重な議論を経て策定された」と見直しを否定。日本人類学会で東京大の近藤修准教授は「謝罪についてはそれなりに議論はしているが、過去の個人の行いに対して学会が責任を持つのかなど意見の相違がある」と否定し、日本考古学協会で東北大総合学術博物館の藤沢敦教授は「協会は1948年に発足した。自分たちの学会がなかった時代のことも謝罪するのはちょっと違う」と続いた。
(写真)アイヌ民族の墓標「クワ」について説明する木村二三夫さん=2023年9月、北海道平取町で
一方、4月にすでに謝罪を表明した日本文化人類学会は、国のガイドラインの「改正に向けて努力する」と回答。九州大の太田好信名誉教授は「アイヌ民族の怒りが学問への拒絶反応を生み出しており、向き合わなければならない。3学会で統一見解をと思ったが、どうしてもできなかった」と述べ、他の2学会との違いを鮮明にした。
◆研究が前提なら「協力したくない」
2学会の姿勢に、集会で浦河町のアイヌ民族、八重樫志仁(ゆきひと)さん(61)は「アイヌ研究を続けていく前提だ。あなた方には協力したくない」と切り出し、日高町のアイヌ民族、葛野次雄さん(70)も「夜に墓を掘って頭蓋骨を持ち去り脳みその大きさを調べ、アイヌ民族の尊厳って何なのさ」と怒りをぶちまけた。樺太アイヌの田沢守さん(69)も「遺骨を慰霊施設というコンクリートの中に置かないでほしい」とにじり寄った。
日本人類学会の近藤氏が、10月にあった学会の大会抄録集で「(同学会が)格好の攻撃対象とされている。今後、アイヌ人骨研究を続けていくにあたって心ない攻撃に遭うだろう」などと記したことにも批判が相次いだ。アイヌ・琉球民族側は2学会に対し、考えを改めない限り、今後の研究への協力を拒否する声明を取りまとめる予定だ。
◆琉球の関係者も「命尽きる前に解決を」
集会では、琉球民族の亀谷正子さん(80)も講演した。亀谷さんは琉球王朝を創設した第一尚氏の子孫で、1929年に京都帝国大(京都...
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