先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

前田敦子さんが朗読 27日、静岡・駿府城公園で「東京キャラバン」 野田秀樹さん演出

2022-11-27 | アイヌ民族関連
あなたの静岡新聞11月26日
 演出家、劇作家の野田秀樹さんが演出するパフォーマンス企画「東京キャラバン the 2nd」(東京都など主催)が27日、静岡市葵区の駿府城公園で開かれる。伝統芸能、日本舞踊、音楽など多様な表現者が出演し、“文化混流”のステージを創る。

多彩なパフォーマンスが融合する「東京キャラバンthe2nd」の舞台=26日午後、静岡市葵区の駿府城公園
 県内から出演する横須賀高郷土芸能部は、地元の三社祭礼囃子(ばやし)を披露。笛、太鼓の演奏や踊りに他のパフォーマーが絡む。琉球舞踊とアイヌ古式舞踊のグループが同時に演舞する場面もある。女優の前田敦子さんは朗読を披露する。
 「東京キャラバン」は東京五輪・パラリンピックに合わせた文化プログラム企画として2015年に始まり、20年1月までに国内各地とブラジルで開催された。今回は静岡市と東京・池袋の2会場で開く。
 野田さんは「異文化が出合うことで刺激し合い、新しい文化が生まれてくる。将来に向けて種まきをしたい」と話した。横須賀高3年の加藤吏温さんは「これまで他と交わることがなく、とても楽しい経験をしている」と語った。
 観覧無料。27日午後1時からと4時半からの2回。開演1時間前に整理券を配布する。
https://www.at-s.com/news/article/shizuoka/1156100.html

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天地人 2022年11月26日

2022-11-27 | アイヌ民族関連
WEB東奥2022年11月26日
 「小山先生が亡くなった…」。消え入りそうな声で連絡が入った。10月27日午前のことだ。電話の主は三内丸山遺跡センター所長の岡田康博さん。声の調子から相当ショックを受けていることが分かった。
 小山先生とは国立民族学博物館名誉教授の小山修三さんのこと。縄文ブームの立役者の一人だ。人生の師と仰いだ存在だっただけに当方も少なからず衝撃を受けた。そして頭に浮かんだのは四半世紀前の拙宅での光景だった。
 チャリチャリ~ン。床に寝そべるやいなや、小山さんのズボンのポケットから大量の小銭があふれ出るではないか。目をまん丸にする小学生の息子。居間に入るやいなや靴下を脱ぎ出したのにはびっくりしたが、何より小さなことを気にしない大人(たいじん)ぶりに驚かされた。良家の男の子がそのまま大きくなったような人だなとも。
 好奇心の赴くままどこにでも出かける研究者-。評判通りの人だなとも思った。県内外で度々行動を共にしたが発想力には舌を巻いた。功名心渦巻く世界に身を置きながら出世欲、嫉妬心といった世俗的な感情とは縁遠い不思議な存在だった。どこで悟ったのか。
 あふれ出るのは小銭だけではなくアイデアも。晩年はアイヌ文化の研究にも関心を示していた。「あのね、思い浮かんだことがあるんやけど聞いてくれる」。その言葉をもう耳にすることはできない。享年83。
https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1431770

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ジョン・レノン追悼コンサート 札幌で12月8日 オノ・ヨーコさんいとこが実行委 /北海道

2022-11-27 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2022/11/27 地方版 有料記事 349文字
 ビートルズの元メンバーで1980年に亡くなったジョン・レノンの追悼コンサート「GIVE PEACE A CHANCE! ~今こそ平和にチャンスを!~」が命日の12月8日、札幌市中央区北1西1の札幌市民交流プラザで開かれる。
 1990年代から続いてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大で中断され、今回…
この記事は有料記事です。 残り199文字(全文349文字)
https://mainichi.jp/articles/20221127/ddl/k01/200/008000c

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ゴールデンカムイ」ファンから見た感想は…『ポケモンSV』かいじゅうマニアの変態的センス

2022-11-27 | アイヌ民族関連
インサイド11/26(土) 12:00配信
※本記事は『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』の内容に触れています。ネタバレにご注意ください。
『ポケットモンスター』シリーズにおいて、毎回強烈なインパクトを残しているモブトレーナー「かいじゅうマニア」。最新作『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』(ポケモンSV)にも登場しているのですが、なぜかその姿に一部界隈が盛り上がっています。
◆ポケモン世界に舞い降りた変人トレーナー
「かいじゅうマニア」は、その名の通り“かいじゅうっぽい”ポケモンをこよなく愛するトレーナーたち。手持ちポケモンの顔ぶれはもちろん、作品によっては自らきぐるみを着用し、自分の趣味をアピールしていることもあります。
今作では、その個性に拍車がかかっている印象。角を生やしたような髪型に加え、服にはカイリューやギャラドス、ガルーラやサイドンを模したぬいぐるみの“頭部”がいくつも縫い付けられていました。
一般的なプレイヤーからすると、前衛的なファッションセンス…という感想で終わるかもしれません。ですが大ヒット漫画「ゴールデンカムイ」のファンから見ると、また違った見え方をしてくる部分があります。
「ゴールデンカムイ」は明治時代末期の北海道を舞台として、屈強な漢たちやアイヌの少女、そして“変態”的なキャラクターが入り乱れるサバイバル漫画。奇人変人の筆頭として、江渡貝弥作という青年が脳裡に焼き付いている人も少なくないでしょう。
あらためて確認すると、「かいじゅうマニア」はポケモンの顔面を服に取り入れるという奇癖の持ち主。「ゴールデンカムイ」を読んだことがある人なら、そこから思わず江渡貝弥作の奇行を連想してしまうのではないでしょうか。
実際にSNSなどでは、「かいじゅうマニアの服が江渡貝くんのやつにしか見えない」「江渡貝弥作くんの新作で笑っちゃった」といった感想も見られます。もちろん、顔面の“素材”に用いられているものは全くの別物だとは思いますが…。
ちなみにこちらはたんなる偶然の一致以上のものではないのですが、「かいじゅうマニア」本人のキャラクターデザインについては、白石由竹にそっくりだという声も。
「ゴールデンカムイ」ファンからすると嬉しい偶然ではあるものの、ただただ服の素材に“おとしもの”が使われていないことを祈るばかりです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca37aa6e88c8be640219161adb341ce2833b9283

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写真家・星野道夫さんの写真展 開催中

2022-11-27 | 先住民族関連
読売新聞2022/11/27 05:00

写真展が行われる東京都写真美術館に搬入された星野さんの作品には、極北の雄大な自然のなかで生きる動物たちが息づいている
◆東京都写真美術館(目黒区)で
 日に照らされ黄金色に輝くグリズリー、いてつくツンドラの大地に生きるカリブーの群れ――。北米アラスカの雄大な自然、そして、その中を生きる野生動物が躍動する瞬間を捉えた写真に、思わず引き込まれてしまう。
 写真家の星野道夫さん(享年43歳)の写真展「悠久の時を旅する」が東京都写真美術館(目黒区)で開催され、多くの家族連れが訪れている。
 星野さんは慶応大学在学中の19歳の時、アラスカの先住民族の村の空撮写真に魅せられ、その後、先住民族の村を訪れた。3か月間過ごした後、1978年に移り住み、広大な大地に生きる野生動物や人々の取材に取り組んだ。
 出産、子育てのために1000キロにも及ぶ移動を繰り返して暮らすカリブーなどを追いかけながら、アラスカの動物の生態を通じて自然と人間の関わりや、命のつながりを見つめ続けた。
 96年8月、ロシア・カムチャツカ半島でヒグマに襲われて不慮の死を遂げたが、生命力あふれる美しい写真は、現在も人々を魅了している。
 星野さんの妻で、写真を管理している星野道夫事務所代表の星野直子さん(52)は、「見る人にとって、大自然の営みや何千年と変わりなく続く時の流れなど、いろいろな物語を感じることができるのでは」と話す。
 吹雪の中、ホッキョクグマの親子がぴったりと寄り添って眠る写真の前で、小学生くらいの男の子がクマをまねるように、父親にくっつき、ニコッと笑いかけていた。
 「自然と命」を追い続けた星野さんの写真展は来年1月22日まで。(写真と文 川口正峰)
※写真は11月8日~20日、目黒区の東京都写真美術館などで撮影。
https://www.yomiuri.co.jp/local/tokyo23/news/20221126-OYTNT50217/

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ソロプチ大分―みどり、ネパールに中古眼鏡 ヤノメガネの協力受け準備

2022-11-27 | 先住民族関連
Gate2022/11/27(日) 03:01.
 【大分】大分市の国際ソロプチミスト大分―みどり(清藤倫代会長)は四半世紀にわたり、ネパール南部デウクリ地区に住む先住民族タルー族の女性の自立を支援している。12月末には中古の眼鏡100本を贈る。同市のヤノメガネの協力で準備を進めている。・・・
※この記事は、11月27日 大分合同新聞 7ページに掲載されています。
残り 559文字
この記事はGate会員限定の記事です。
https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2022/11/27/JD0061880031

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プエルトリコ、古代のペトログリフと伝承に出合う旅

2022-11-27 | 先住民族関連
ナショナルジオグラフィック2022.11.27
チュパカブラよりすごい? 先住民タイノ族の歴史に触れるルート

タイナ・ルートでは、儀式の中心地や墓などを通じてプエルトリコの文化の起源を垣間見ることができる。写真は北部アレシボにある、ペトログリフ(岩面彫刻)が多く刻まれた洞窟。(PHOTOGRAPH BY RUSSELL KORD, ALAMY STOCK PHOTO)
 1990年代に未確認動物チュパカブラが報告されたカリブ海の米国自治領プエルトリコ。島の緑豊かな高地は、この伝説の吸血獣を探す人々にとっては格好の場所だ。しかし、これらの高地を巡る「タイナ・ルート」には、伝説をはるかに超える歴史が隠されている。(参考記事:「UMA“チュパカブラ”の正体とは?」)
 タイナ・ルートは、プエルトリコ北岸のアレシボから南岸のポンセまで、二つの主要都市をつなぐ全長70キロのルート。海辺の洞窟に隠された古代のペトログリフ(岩面彫刻)から、山中の神聖な儀式場まで、島の先住民タイノ族の文化をたどることができる。
 タイノ族は、南米から移住してきたアラワク語を話す人々の子孫だ。かつてはスペインによる征服で滅亡したと考えられていたが、現在でもカリブ海からコロンビア、ベネズエラに至る地域で存続している。ユカ(イモの一種)に肉と野菜を詰めた料理「パステレス」や、リュウゼツラン(竜舌蘭)を用いた伝統的なハンモック編みなど、タイノ族の遺産はプエルトリコのアイデンティティーに組み込まれている。プエルトリコ人の自称である「ボリクア」も、タイノ族の言葉「ボリンケン」に由来している。
 タイノ族は「生きている世界」を尊重しており、そのやり方を私たちが理解することが重要だと、米スミソニアン協会カリブ海先住民遺産プロジェクトの研究者クリスティーナ・ゴンザレス氏は、米スミソニアン国立アメリカ・インディアン博物館誌「American Indian」の2018年秋号の記事に書いている。(参考記事:「歴史から抹殺されたカリブのタイノ族、復活の肖像、写真8点」)
 2016年以来、考古学者やプエルトリコ文化研究所、地元の保護活動家が協力して、タイナ・ルートを活用することでこの遺産を広めようとしている。旅行者がタイノ文化に浸る機会も増えつつある。以下では、この島を形作った風習に触れられる場所を紹介する。車を借りて自分のペースで巡ってもいいし、ツアーに参加するのもよい。ひょっとしたら道中でチュパカブラに出会えるかもしれない。
自然と聖なる空間
 タイナ・ルートには、プエルトリコでも特に多くのペトログリフが集中している。7世紀から15世紀にかけて彫られた顔や動物、神の像は、魅力的なシンボルであるだけでなく、タイノ族の歴史を深く理解させてくれる。アレシボ北部にある海食洞「クエバ・デル・インディオ」やポンセ近くの儀式場など、ルートの両端にある海岸沿いの遺跡は訪れる価値があるが、中間の緑豊かな地帯にも、タイノ族の精神的伝統の本質が記録されている。
 ルートの中ほどに位置する都市ウトゥアードの西にある「カグアナ儀礼先住民遺産センター」には、ペトログリフが刻まれた岩が囲む中庭が多くある。並ぶ石の中には腰の高さ以上のものもある。この広場は「バテイエ」と呼ばれ、儀式での踊りや礼拝活動、儀式的な球技のために使われた神聖な場所と考えられている。
「タイノとは直訳すれば『善良な人々』という意味です」と、タイノ族統一連盟(UCTP)のロベルト・ムカロ・アグエイバナ・ボレロ会長は言う。「交流のしかたや、タイノ族が参加する儀式が、彼らを『タイノ』にしたのです」
 カグアナのペトログリフは、アンティル諸島の中で最も鮮明なものの一つでもあると、プエルトリコ大学考古学研究センターのイボンネ・ナルガネス所長は説明する。「このペトログリフは、非常に古くて複雑な神話の伝統を暗示していて印象的です」と氏は言う。
 なかでも有名なのは、しゃがんだアタベイの像で、創造の母および地球の意識として描かれている。人目を引くアタベイの像は、タイノ族にとって、すべてのものが生きており、つながっていることを思い出させてくれる重要な存在だ。
 ウトゥアードの東には、タイノ族長ハユヤにちなんで名付けられたハユヤ地方があり、プエルトリコにおけるタイノ族の中心地として知られている。ここは、タイノ族が崇拝する山であり「3つの峰」を意味するトレスピカチョスがそびえ立つ、タイナ・ルートの中で最も人気のある場所の一つだ。
 標識に沿って歩くと、「ラ・ピエドラ・エスクリタ(刻まれた石)」と呼ばれる、ペトログリフで覆われた高さ約4メートルの巨石が見えてくる。魅力はその大きさや、膨大な数のペトログリフだけではない。この石はサリエンテ川の中にあるのだ。訪れればタイノ族が尊重している世界を感じることができるかもしれない。
 同じくハユヤには「セミ博物館」がある。この博物館では、祖先の守護霊を具現化した霊的な像「セミ」を展示している。聖なるトレスピカチョスの3つの峰のように、ほとんどのセミも3つの頂点をもち、創造や、生者と死者の精神的な世界の重なりを表している。博物館の建物自体も3つの頂点をもつセミに似た形だ。
 タイナ・ルートは、現在タイノ族が多く住むインディオス地方の近くにあるポンセで終わる。カグアナに匹敵する規模の「ティベス儀礼先住民センター」では、発掘調査が続けられている。これまでに西暦25年以降の遺物が考古学者によって発見されており、敷地内の博物館で見学することができる。
民間伝承、霊、伝説
 1995年にプエルトリコが国際的なチュパカブラ探しの中心地になるずっと前から、吸血鬼や悪霊はこの「魅惑の島」に出没していた。タイノ族は「フピア」と呼ばれる死者の霊を信じていた。この霊はフクロウやコウモリ、人間の姿に変身し、ときに邪悪な目的をもって夜に姿を現す。1990年に出版された小説『ジュラシック・パーク』では、謎の死を遂げた青年を襲った犯人としてフピアの名が挙がった(実際には恐竜の仕業だった)。
 1975年、プエルトリコ西部のモカ付近で、コウモリに似た人型の吸血動物が家畜を殺したと報告された。2018年には、北部バルセロネタ付近で新たな吸血の未確認動物「ガーゴイル」が出現した。この2本足で翼をもつ捕食者は、チュパカブラと同じように硫黄のにおいがしたという。人々がこれらの獣を信じようが信じまいが、チュパカブラの伝説はこの山々に根付き、今でも民間伝承の魔法が鳴り響くこの土地の歴史に加わったのだ。
未来の可能性
 ツアー会社イスラ・カリベの歴史ツアーガイドのメリーナ・アギラル氏によると、500年以上前のプエルトリコの史跡の存在に大半の観光客が驚くという。「プエルトリコに来て目にしたものに驚くだけでなく、そんなものがここで見られるということ自体に驚くのです。しかも、地中にはまだ多くのものが隠されています」
 未発掘の遺跡の調査やさらなる修復作業には、まだまだ多くの資金が必要だが、2017年のハリケーン「マリア」と2022年の「フィオナ」の壊滅的な影響により、インフラの発展が妨げられている。タイナ・ルート沿いのすでに孤立している地域は、電気・ガス・水道などの復旧と被害の除去が最も遅れている地域の一つだ。
 それでも発展は可能だ。特にタイノ族の活動家たちは、先祖から受け継いだ知識を遺跡に取り入れるために、遺跡の共同管理を求めている。「私たちが何者か、いかに遺産を展示すべきかについて、どうして私たちの遺産と何も関係のない人たちが指図できるのでしょうか?」とアグエイバナ・ボレロ氏は言う。「私たちはタイノ族として、土地と先祖に対して義務と責任を負っていると感じています」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/111500525/

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ウクライナの旗はメイン州全体に表示されます。 なぜ?

2022-11-27 | 先住民族関連
KENMINSOUKO11月 26, 2022 Nakanishi Jun
メイン州ウォルドボロ – 海辺の町ウォルドボロにあるエレインとラルフ・ジョンストンの金物屋を訪れ、牡蠣と水遊びを求めてハマグリ採掘者。 ロシアがウクライナに侵攻して以来、彼らはさらにエキゾチックなアイテムを手に入れることに成功しました.15.99ドルで販売されているウクライナの旗です.
メイン州では、黄色と青の旗 (ウクライナの豊かな小麦畑を象徴する黄色と、上空を表す青) がフラッグスタッフからはためいています。 ロブスターのフロート、納屋の扉、海塩をまぶした屋根板の家、松林に囲まれたキャビンを飾ります。
ウクライナの誇りのシンボルが大規模なディアスポラ コミュニティを部分的に反映しているニューヨークやシカゴのような都市とは異なり、メイン州にはウクライナの伝統を持つ人々はほとんどいません。 しかし、州内に旗が広く存在していることは、別の種類の連帯を示しています。 マイナーは、彼らの精神は堅実であり、厳しい冬と同様に厳しい経済から生まれたと言うのが好きです.
「そこの人々は自分たちの土地と生存のために戦って良い仕事をしています。メイン州の私たちはそれが大好きです」とジョンストンさんは言いました. 「私たちは、私たちが感じていることを感じてくれる人々に旗を売っています。」
メイン州内陸部の田舎町スコウヒーガンで、クリスマス リースのビジネスも営む請負業者のトム マッカーシーが、作業場が間もなく完成する旗職人に電話をかけました。
「私は言った、『あなたができる最大のウクライナの旗にしてください』」とマッカーシーは言った. “彼がやった。”
マッカーシー氏は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と同盟を結んだ権威主義 的指導者が支配する隣国ベラルーシからの交換留学生を受け入れたことがあるが、ウクライナと家族関係はありません。
「メイン州の大半の人々は、パルプ材からジャガイモ畑、ブルーベリー畑からカニの水まで、それがどんなに苦労するかを知っています。ある日は何かがあり、別の日はそうでないことを私たちは知っています」とマッカーシー氏は語った. 「ウクライナの人々も生存者であり、旗を掲げています。それはちょっとした証拠です。しかし、それは私にできることです。」
マッカーシー氏が電話をかけた旗職人のビル・スウェイン氏は、隣人から電話があったとき、ウクライナ国旗の形をGoogleで検索する必要があったと語った。 スウェイン氏は通常、ホテルのカーテンや旗を松の木と古いメイン州の紋章である星で飾っています。
彼は、ウクライナ国旗の上半分にある特別な青の色合いは、特別に注文する必要があると述べました。 これは、ノルウェーとリベリアの国旗の濃い青 (Pantone 281) や、オランダとスロベニアの国旗のロイヤル ブルー (Pantone 293) ではなく、まれなスカイ ブルー (Pantone 2935、会社用語では色の権威と見なされている) です。
スウェイン氏はパントン 2935 で大量の布を注文した。マッカーシー氏から 5 x 8 フィートの旗を購入した彼は、ウクライナのシンボルが人気になるだろうと語った。
4月に最初のウクライナ国旗を作って以来、スウェイン氏は2,000以上の旗を販売しており、アメリカとメイン州の旗よりも速い販売速度です. ウクライナの国旗を掲げることはメイン州だけの現象ではないことを思い起こさせるように、国中からリクエストが寄せられており、彼は収益の 4 分の 1 をウクライナで運営されている慈善団体に寄付しています。 彼の会社で最年長の旗職人は 73 歳です。
「旗を作るときは、正しくやりたいと思います」とスウェイン氏は言いました。 「私たちの旗のように縫製されていない印刷された旗を見ると、すぐにそれが長持ちしないことがわかります。」
メイン州は、南海岸と広大な内陸部との間で政治的に分割されており、選挙人団の投票を選挙区ごとに行う 2 つの州のうちの 1 つです。 2020 年の大統領選挙では、バイデン大統領が海岸に立ち、ドナルド J. トランプ前大統領が内側に立っています。
しかし、ウクライナの和解は超党派です。
「ウクライナは赤か青の問題ではなく、青と黄色の問題だ」と、ベトナム戦争時代の退役軍人であるマッカーシーは語った。
メイン州フレンドシップに住むキンバリー リチャーズは、3 世代目のロブスター漁師と結婚しており、カスタム カラーの組み合わせでホワイト シダー フロートをペイントしています。 市販のロブスターマンは、色の帯を使用して、トラップの上に浮かぶブイをマークします。 今年、彼女は黄色と青でたくさん絵を描き、Waldoboro の Johnstons ハードウェア ストアで青い絵の具を購入しました。
「メイン州のほぼ全員が、そこで起こっている不正を理解しており、ウクライナの人々への支持を示したい」とリチャーズ氏は語った.
金物店のオーナーであるジョンストン夫人の家族は、第二次世界大戦の初期にソビエト連邦に侵略されたフィンランドからアメリカに来ました。 ジョンストン夫人の祖母は、彼女が幼い頃にメイン州に到着し、雪に覆われた土地を別の土地と交換しました。
ジョンストン氏は、「プーチン大統領がこのように振る舞っていると、ウクライナ人がどのように感じているかを知っています」と語った。
フィンランド人は、スコットランド人やスウェーデン人とともに、花崗岩の採石場で働くためにメイン州にやって来ました。 他の移民は、先住民族の連合であるワバナキ コンソーシアムの本拠地である土地に木材を運搬し、製紙工場を養うためにやって来ました。
しかし、近年、アフリカやアジアからの移民がメイン州に到着しているにもかかわらず、メイン州の現在の人口のわずか 4% が外国生まれであり、その多くは紛争によって家を追われています。
バンツー ソマリア系のムヒディン レイブは、ビザの宝くじに当選した後、2005 年にメイン州ルイストンに到着しました。 州内の約 2,000 人のバントゥ族が社会サービスにアクセスし、涼しい気候で伝統的な農業の洞察力を適用するのに役立ちます。 (ソマリアの少数民族であるバントゥ族は、かつて他の民族グループによって奴隷にされていました。)
バントスが植える土地を探してメイン州の田舎をドライブしていると、レバ氏は農家からはためくウクライナ国旗を目にする。
「ウクライナの旗がメイン州の庭にあります。その支持を見るのは良いことです」とレバ氏は言いました。
しかし、多くのウクライナ人が侵略後すぐに国外に避難した一方で、彼は米国に移住するチャンスを勝ち取る前に、ケニアの難民キャンプで 20 年間過ごしたと述べました。
「その一部は、白人のウクライナ人に対処する人々にかかっていると思います」とレバ氏は語った。 「あなたは、あなたと同じように困っている人を助けたいのです。彼らはアフガニスタン難民やバンツー難民に対して同じように感じますか?」
アフリカ、アジア、中東からの避難民と比較して、ウクライナの難民はヨーロッパや米国でより迅速に、より広い範囲で歓迎されました。
ウクライナ出身の Oleg Opalnik は 2002 年にメイン州に来て、現在は建設および不動産会社を経営しています。 州には数十人のウクライナ人しかいないと推定されています。 ロシアがウクライナに侵攻したとき、彼は何かをしたいと切望していました。
「最初は、ウクライナに行って戦いたいと思っていましたが、あそこよりもここから多くの人を助けることができることに気付きました。」
オパルニク氏はこれまでに、国土安全保障省のプログラムの下でメイン州に到着した 24 人のウクライナ人を支援してきました。このプログラムでは、約 10 万人のウクライナ人が、財政的なスポンサーがあれば、最大 2 年間米国に滞在することができます。 オパルニク氏は、今後数週間でメイン州に到着する他の18人のウクライナ人の世話もしていると彼は語った.
これまでに到着した24人のウクライナ人のうち、働く許可を得たのは1人だけだとオパルニク氏は述べ、コミュニティからの継続的な歓迎がさらに重要になっている. ウクライナ人がオパルニク氏が提供したアパートに定住したルイストンとオーバーンの町民は、衣服、家具、食料を寄付しました。
「彼らはここの車や建物のいたるところにウクライナの旗を目にし、彼らは幸せなマインを感じています」とオパルニク氏は新参者に言及して語った. 「アメリカ人、特にメイン州の人々は、苦しんでいる人々に対して敏感な心を持っています。」
https://kenmin-souko.jp/ウクライナの旗はメイン州全体に表示されます%E3%80%82/

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アイヌ民族食材で創作料理 シカ肉、たき火で香り高く

2022-11-27 | アイヌ民族関連
自然への畏敬、ウポポイで
日本経済新聞2022年11月26日 1:49 [有料会員限定]
アイヌ民族文化を学べる「民族共生象徴空間(ウポポイ)」(北海道白老町)の中核施設、国立アイヌ民族博物館のゲート手前に、レストラン「焚火ダイニングカフェ ハルランナ」はある。アイヌ文化や歴史に触れた来場者が、アイヌ民族と関わりの深い食材を使った創作料理を気軽に楽しめる。
森林に囲まれたポロト湖畔で営業するハルランナは、2020年7月のウポポイ開業と同時にオープンした。入り口近くにあるガラス張りの厨...
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残り1127文字
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO66293070V21C22A1L41000/

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最初のアメリカ人駐名古屋米国首席領事 マシュー・センザー

2022-11-27 | 先住民族関連
中日新聞2022/11/27 05:05
 毎年十一月は「ネイティブアメリカン文化遺産月間」です。ネイティブアメリカンと呼ばれるアメリカの先住民による豊かで多様な文化や伝統、歴史をたたえると共に、これまでのアメリカへの貢献を認知するための期間です。
 先日、アメリカ南西部のニューメキシコ州を訪れました。先住民が多く住む場所で、さまざまな部族の複雑な歴史を伝える非常に興味深い博物館があり、私はそこで先住民の貢献について多くのことを学びました。
 アメリカで先住民が長く複雑な交易ルートを築いたことはあまり知られていません。博物館で目にしたのは、カナダ最北端やメキシコ最南端から、このようなルートを通って約千年前にニューメキシコに運ばれてきた品々でした。先住民は長きにわたり、自然環境に対して深い理解を示し、天然資源に敬意を払い、それを大切に守ってきました。
 一方で、先住民の歴史は困難の連続でもありました。ヨーロッパからアメリカへやってきた入植者たちとの争いや、入植者が持ち込んだ疫病で多くの命が失われました。現在でも、資産、教育、健康などの社会経済指標順位で、先住民は他のグループと比べて低い傾向にあります。
 アメリカ人としての私たちの責任は、最初のアメリカ人である先住民が国の生活に完全に参加できるようにすることです。バイデン大統領は、この目標に向け大きく貢献しました。初の先住民の閣僚として、ニューメキシコ州出身のデブ・ハーランドを内務長官に任命したのです。
 また、芸術や科学、教育などの分野でも、頭角を現している先住民の若者がたくさんいます。ニューメキシコ州滞在中、先住民の若いファッションデザイナーが手がけた素晴らしい作品を展示している博物館も訪れました。
 気候変動や環境問題への懸念が高まる中、多くのアメリカ人が先住民の知恵に注目し、いかに自然界を大切にするかについて学んでいます。時につらい歴史もありましたが、私たちが先住民の仲間たちを心から受け入れることで、アメリカにはより良い未来が待ち受けていると確信しています。 (駐名古屋米国首席領事 マシュー・センザー)
https://news.goo.ne.jp/article/chuplus/region/chuplus-589797.html

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チリ、新憲法制定へ再挑戦 左派ボリッチ大統領、正念場

2022-11-27 | 先住民族関連
毎日新聞2022/11/26 05:32
 南米チリで、国民投票で否決された新憲法を巡る動きが再び加速している。与党・左派連合は、新たな草案を来年11月に国民投票にかける方針だ。2021年大統領選で当選し、新憲法は格差是正に必要と訴える左派、ボリッチ大統領にとっては正念場と言えそうだ。ただ野党は既に与党案の一部に難色を示しており、道筋は容易ではない。
 ◇新たな草案で来年11月に国民投票
 「新憲法が現政権下で制定されることを望む」
 19日に公開された中東の衛星テレビ局「アルジャジーラ」のインタビューで、ボリッチ氏は改めて、新憲法の制定に意欲を示した。
 地元メディアによると、与党は現時点で23年1月に専門家委員会が草案のたたき台を作る案を打ち出している。3月に制憲議会選を行い、5~9月に制憲議会が草案を策定、11月に国民投票を行う構想を描く。
 ボリッチ氏と与党が新憲法制定に再び挑む背景には、大統領選で公約した格差是正を実現する上で、現行憲法の廃止が欠かせないとの思いがある。
 新自由主義を重視する現行憲法は、ピノチェト軍事独裁政権が1980年に制定した。あらゆる分野で市場が開放された自由経済の下、チリは90年の民政移管後に安定成長を達成。「南米の優等生」と称された。10年には先進国が加盟する経済協力開発機構(OECD)に加入した。
 一方、その裏では格差も広がった。国民の不満が爆発したのが19年10月のデモで、格差の元凶に現行憲法があるとして、デモ隊は新憲法を要求。翌20年10月の国民投票では78%が制定に賛成した。格差是正の求めは大統領選のボリッチ氏勝利の原動力となり、3月に民政移管後初の左派大統領となった。
 今後の焦点は、与野党で主張が割れる制憲議会の人員構成だ。草案策定を主導したい与党は定数99人を主張。先住民枠を設け、支持基盤の都市部の定数を手厚くする案を示している。一方、野党の中道右派連合の提案は定数50人。先住民枠はなく、左派の影響力を弱める考えだ。双方の協議が難航すれば、与党案の日程がずれ込む可能性がある。
 最初の草案は9月の国民投票で賛成38・14%、反対61・86%で否決され、ボリッチ氏は後がない状況だ。定数155人のうち、左派勢力が多数を占めた制憲議会が策定した草案は、先住民の権利拡大や政治改革、環境保護のための鉱業制限などを規定し、右派を中心に「内容が急進的」と反発を受けた。
 世論調査によると、経済の低迷などで、ボリッチ氏の支持率は就任時の50%から足元で33%に下落。新憲法を望む声も減少傾向にある。新たな草案も否決されると、政権運営は一層厳しくなることが予想される。【サンパウロ中村聡也】
https://news.goo.ne.jp/article/mainichi/world/mainichi-20221125k0000m030233000c.html

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ユニークお直し好評 平取「木の芽」佐藤さん アイヌ民族反物をネクタイに/思い出の品リメークも

2022-11-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞11/26 05:00

柴田さん(左)が織ったアットゥシをネクタイに仕上げた佐藤さん
 【平取】昨年4月に町荷菜にオープンした洋服のお直し屋「木(こ)の芽」を営む佐藤弘美さん(49)が生み出すユニークな品々が好評だ。アイヌ民族の伝統工芸品「アットゥシ」(樹皮の反物)でネクタイを作ったり、形見の着物をポーチにリメークしたり。佐藤さんは「地域の人の力になれれば」と客の思いを丁寧にくみ取っている。
 町二風谷のアットゥシ織りの工芸家、柴田幸宏さん(33)は、自身が織ったアットゥシでネクタイを5本作ってもらった。首の部分はゴムでできていて首に掛けるタイプ。残りの部分は佐藤さんが型紙や結び方をインターネットなどで調べながら仕上げた。すでに2本は売れたといい、柴田さんは「反物も形にならないと売れないので、相談しやすいお店が地域にあるのはありがたい」と感謝する。
 アットゥシを初めて扱った佐藤さんは「生地が硬いのでネクタイの形に結ぶのは難しかった」と苦労したが「貴重な素材で作られた生地を無駄にせず、頑張っている人を応援できたら」とやりがいを感じている。
 思い出の品を「お直し」することも。町内の管理栄養士の津川陵子さん(59)は、30年前に亡くなった母一恵(かずえ)さんが、お正月や入学式で着ていた着物2着を、四つの小物入れにリメークしてもらった。長年、タンスに収納していたが「捨てるに捨てられなかった」という大切な着物で「身近に使える物にしたい」と1年ほど前に木の芽を訪れた。
 大きさを相談しながら眼鏡ケースやA4サイズのポーチを3週間ほどかけて作ってもらった。津川さんは「新しいものを買うのは簡単だけど、時間をかけて作り直してくれたことで着物がよみがえった。着物を着る母の姿が思い浮かびます」と懐かしそうに笑う。
 このほか、結婚式のお色直しのドレスを子供用のワンピースや化粧ポーチにしたり、母から受け継いだスカートをバッグにしたりと思い出の詰まった品に新たな命を吹き込みよみがえらせている。佐藤さんは「お客さんが仕事を持ってきてくれるので、できるだけその声に応えたい」と語る。(杉崎萌)
☆アットゥシのシは小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/765739/

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アイヌ民族の知恵、記録 東京で宇梶静江さんの映画上映会

2022-11-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞11/25 23:12

上映後にあいさつする宇梶静江さん(右)
 アイヌ民族の古布絵作家、宇梶静江さん(89)=胆振管内白老町在住=の生き方に焦点を当てたドキュメンタリー映画「大地よ~アイヌとして生きる~」の上映会が25日、東京都内の出版社で開かれた。
 日高管内浦河町出身の宇梶さんは昨年11月、65年間住んだ首都圏を離れて白老町に移住。白老を拠点に、道内各地のアイヌ民族と交流しながら、民族の権利回復や文化の伝承に取り組んでいる。
 映画は藤原書店(東京)が企画・製作し、中国出身の金大偉さんが監督を務めた。浦河町や東京などで行った宇梶さんへのインタビューを軸に、アイヌの文化や精神世界を探る内容。今年5月に白老町で上映した後、さらに編集し、完成版として今回初めて上映した。今後、全国での公開を目指す。
 藤原書店で開かれた上映会には宇梶さんをはじめ、親族や友人ら25人が参加した。宇梶さんは「私の言葉を広めてくださる皆さんのおかげで、アイヌ民族を理解していただける。訴える力がある映画になった」とあいさつ。金さんは「自然と人間が共生していくための知恵が入っている映画」と話した。(大沢祥子)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/765852/

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<デジタル発>アイヌ音楽家、祭典で一堂に ウポポやムックリ演奏、未来につなぐ

2022-11-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞11/25 16:16 更新
 北海道各地のアイヌ音楽家6組10人が一堂に会して民族楽器や伝統歌などを披露する「アイヌ音楽祭」が日高管内新ひだか町三石地区で初めて開かれました。活動拠点が異なるアイヌ民族の音楽家が6組も集まるステージは珍しく、10月下旬に行われた会場には450人が押し寄せ超満員に。多彩で個性豊かな音色を響かせた祭典について、来年以降も舞台に立つ人を増やしながら続けていきたいという、出演者や主催者に思いを聞きました。(静内支局 杉崎萌)

アイヌ音楽祭に出演した道内各地で活躍する6組10人の音楽家。それぞれ特色のある演奏で会場を魅了した
 「ターン、トゥーン、ターン」
 弦楽器のトンコリ奏者の第一人者で、上川管内当麻町在住のOKI(オキ)さんが弦を弾いて刻む軽快で透明感のあるリズムで音楽祭は始まりました。
 「黒潮流れる果て、北海道の日高山脈、その一番高い山、幌尻の頂上の真下にある湖、その名を『カイカイ アシ ト』、さざ波立つ湖…」。日高山脈を舞台にした曲の初めで、オキさんの語りが入り、聴衆は演奏に引き込まれていきました。
 音楽祭は、三石アイヌ協会が主催し、同町三石の総合町民センターはまなすホールで開かれ、立ち見も出るほどの大盛況でした。
 ムックリ(口琴)や伝統歌ウポポで評価の高い苫小牧市の川上さやかさんのステージでは、次々と音色が変化するムックリの奥深い演奏に人々が聞き入りました。
 ウポポの女性グループ「マレウレウ」のメンバーでもある姉妹ユニット「アペトゥンペ」(当麻町、札幌市)は低く魅惑的な声で、聞き手を引き付ける歌から、手拍子に合わせ高音で響き渡らせる歌まで多彩な表現で客を魅了します。
 音楽と舞踊のバンド「nin cup(ニンチュプ)」(札幌市、十勝管内芽室町)は、ベースとギターの合体楽器「ギタンバ」のリズムに合わせてアイヌ語のオリジナル曲を歌う独自のスタイルで盛り上げました。
 「異なる地域の出演者の『らしさ』が出ていておもしろかった」。そう話すのは、出演した釧路市の阿寒湖温泉を拠点に活動する姉妹ユニット「カピウ&アパッポ」の床絵美さん(48)です。姉妹の亡き祖母が、音楽祭開催地の三石の隣の日高管内浦河町で生まれ育ったことから、「三石に来ると祖母を思い出す」と公演では床さんが祖母から教わったヤイサマ(即興歌)を披露しました。床さんは「祖母を思いながら歌いました」と語ります。
 床さんは「音楽祭出演者の声や生い立ちはそれぞれ違うので、歌い方や表現も異なり、刺激をもらった」と話します。住む場所や活動拠点の違う音楽家の演奏を互いに聴き、共演するのは出演者にとっても良い機会といいます。
 音楽祭終盤の複数の出演者による演奏も聴衆を圧倒する迫力でした。「ムックリ大会」では出演者4人がそれぞれ順番に演奏した後、リズムを合わせ弦の響きを重ねました。
 祭典の最後を飾った「ウポポ合戦」では、9人がステージに立ち、それぞれの個性豊かな声を融合させて会場を包み、手拍子やトンコリでリズムを取りながら、その場で生まれる音を楽しみました。
 床さんは「今後もいろんな地域でアイヌ音楽が聴かれ、楽しめる機会が増えてくれたらいい」と語ります。
■広がるユニット、CD化も
 これだけの豪華共演は「一流のアイヌ音楽家が何組もいるからできた」―。音楽祭を企画し、1年間掛けて準備した三石アイヌ協会の幌村司会長(67)は語ります。子どもの頃から地域の結婚式や儀式で歌われる伝統的なアイヌ民族の歌を聴き、OKIさんがCDデビューした26年ほど前からアイヌ音楽のCDを集め始めました。「その頃はまだCDは少なかった。10年ほど前からアイヌ音楽のユニットが少しずつ増え、CD化も盛んになった」と振り返ります。
 音楽祭で伝承歌謡を披露した札幌市の原田公久枝さん(55)も、2009年に姉と幼なじみの3人で十勝のアイヌ民族の伝統的な歌や踊りを伝承する「フンペシスターズ」を結成し、18年にCDを発売しました。
■保存会以外で発信、外国人と共演も
 結成前は、そうした伝承は各地の保存会で行うことが多く、原田さんも保存会で歌や踊りを覚えていました。しかし、2009年、映像や文献を参考に古式舞踊を再現し、東京や北海道内のイベントなどで歌や踊りを披露する若手のアイヌ民族グループ「チームニカオプ」ができ、原田さんも参加。「保存会以外の場所でも音楽活動していいと思えるようになり、フンペの活動につながった」と振り返ります。
 外国の民族音楽家やロックバンドなど異なるジャンルのアーティストと共演するアイヌ音楽家も多いといいます。カピウ&アパッポも、北海道内外のライブで幅広い分野のアーティストと共演し、新しい表現を見いだしています。床さんの妹の郷右近富貴子さん(46)は「さまざまな共演の中で、ウポポの奥深さや意味など、改めて自分のルーツに思いをはせるようになりました」と話します。
■「国内ツアーもやりたい」
 幌村さんは、来年以降も音楽祭を続け発展させたいと望んでいます。「出演者と話す中で、今後は他の地域でもやりたいという声が出ていて、いずれ国内ツアーができたらいいねとも話した」そうです。さらに「今は北海道内のアイヌ音楽家は十数組だと思うが、若手もおり、今後増えて20組くらいになってくれたらうれしい」と期待しています。
 原田さんも「アイヌ文化をポジティブに捉える若い人たちが、新しく楽しいことを発信しながらアイヌ音楽を引っ張っていくと思う。今後もっと広まり、今回のような音楽祭が『珍しい』ものでなく『当たり前』になってほしい」と望んでいます。
 一方で幌村さんは、音楽祭を通じて、アイヌ民族が圧政や差別に苦しめられた歴史を知ってもらいたいという思いも強いそうです。「もともとアイヌが住んでいた地が植民地になったことは歴史的な事実であり、隠すものでもない。音楽をきっかけに歴史の方にも目を向けてもらいたい」と訴えています。
 伝統的な歌や楽器を継承しつつ、それぞれ独自のスタイルを創造して表現するアイヌ音楽。その臨場感を直接味わえる場として「多くの人にアイヌ音楽のすばらしさをライブで聞いてもらいたい」。幌村さんは、そう願っています。
※「エムシ」の「シ」、「チームニカオプ」の「プ」は小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/765489/

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ダム完成 神々に安全祈る 平取の展示施設でカムイノミ

2022-11-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞11/25 05:00

平取ダムの完成に伴いカムイノミを行う平取アイヌ協会の会員ら
 【平取】沙流川支流に建設された平取ダム(町芽生)の完成に伴い、ダムの管理棟内にある展示施設「ノカピライウォロ・ビジターセンター」で沙流川水系の保全や安全を祈るカムイノミ(神々への祈り)が行われた。
 同ダムは沙流川支流の額平川と宿主別川の合流地点に、沙流川の洪水防止や水道水確保を目的に建設。7月に供用を始めたが、その後も、建設過程で一部損壊したアイヌ民族の信仰対象の岩山「チノミシリ」の補修や周辺の環境整備などを進めていた。
 カムイノミは、展示施設に整備された伝統的家屋「チセ」の屋内で今月19日に行い、平取アイヌ協会の会員や町職員ら約30人が出席。同協会の木村英彦会長が祭司を務めた。火の神への祈りでは、チノミシリの損壊について謝罪する気持ちや、自然を敬い大切にしていく思いを述べた。木村会長は「一つの区切りとしてカムイノミができて安堵(あんど)している。今まで苦労してきた先人の方々の思いがみんなに伝われば」と語った。
 室蘭開発建設部の篠宮章浩部長は「ダム機能が発揮され、沙流川流域がより安全安心になるよう管理していくとともに、今後もアイヌ文化の保全活動を協働して進めたい」と話した。
 26日には平取ダムの竣工(しゅんこう)式が町民体育館で行われる。(杉崎萌)
◆ノカピライウォロの「ロ」、チノミシリの「リ」は、それぞれ小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/765238/

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