ぶら下がり健康法についてネットで検索した。ウーシア(=それがそのものであるところのもの)を把握することの大事性、少しも理解されていないということに啞然とした。
ぶら下がり健康器具を購入しようとしたら、あまりにも多くの製品があるので、どのメーカーのものの評判が良いのだろうか?とネットで調べていたら、ぶら下がり健康器の効果について=ぶら下がり健康法についての記述がいくつか目に止まり、読んでみた。
そこに説かれてあることは、どの記事も共通で、腕、肩等の筋肉が伸ばされる。脊柱が伸ばされる。猫背が治る。肩凝りが治る。腕が強く無いと長時間出来ない。等のぶら下がる、ということに付帯する事実を述べているだけでしかなかった。にもかかわらず、それで、ぶら下がり健康法とは何かを述べている。と錯覚しているようであった。
しかしながら、ぶら下がり健康法について述べるということは本来ならば、まずは、ぶら下がり健康法とは何かを、ぶら下がり健康法のウーシア(=それがそのものであるところのもの)を述べることでなければならない筈である。
とはいえ、そのためには否応無しに<生命の歴史>を踏まえての人間体の構造の理解が必須となるであろうから、望蜀というべきかもとは思うが・・・・・・。
こう述べると当然に、<生命の歴史>を踏まえての人間体の構造の理解があれば、ぶら下がり健康法を如何に捉えることができるのかが述べられなければならない、と思う。
ここは詳細には改めて書こうと思うが、簡単には、人間の身体はサルの身体を人間の身体として使っていると言っていいものであり、それだけに人間の身体を正常に保ち続けるためにはサルの身体に見合った運動が必須のものである。ということであり、かつ、ぶら下がるという運動はサルの身体としての運動であるから、ぶら下がり健康法は、人間の健康維持の為に有効性を持つのだと思う。
そしてそのことは、自身の身体を実験体として、ぶら下がり健康器では無く実際の木の枝を使ってではあるが、数年にわたって実践して来たことでもあるから、自身の経験としてもその有効性は間違い無い。とおすすめ出来ると思う。
有効性の中身もいずれ詳細に検討して、説きたいと思うが、自身の持病であった喘息は、木登り、ぶら下がりの実践の結果としての身体の活性化の結果として(木登り、ぶら下がりのみの成果では無いとは思うが)ほぼ完治状態へとなっているのでは、と思う。
補:ウーシアについては『哲学・論理学研究(第1巻)』(悠季真理著 現代社)を参照されたい。
ぶら下がり健康器具を購入しようとしたら、あまりにも多くの製品があるので、どのメーカーのものの評判が良いのだろうか?とネットで調べていたら、ぶら下がり健康器の効果について=ぶら下がり健康法についての記述がいくつか目に止まり、読んでみた。
そこに説かれてあることは、どの記事も共通で、腕、肩等の筋肉が伸ばされる。脊柱が伸ばされる。猫背が治る。肩凝りが治る。腕が強く無いと長時間出来ない。等のぶら下がる、ということに付帯する事実を述べているだけでしかなかった。にもかかわらず、それで、ぶら下がり健康法とは何かを述べている。と錯覚しているようであった。
しかしながら、ぶら下がり健康法について述べるということは本来ならば、まずは、ぶら下がり健康法とは何かを、ぶら下がり健康法のウーシア(=それがそのものであるところのもの)を述べることでなければならない筈である。
とはいえ、そのためには否応無しに<生命の歴史>を踏まえての人間体の構造の理解が必須となるであろうから、望蜀というべきかもとは思うが・・・・・・。
こう述べると当然に、<生命の歴史>を踏まえての人間体の構造の理解があれば、ぶら下がり健康法を如何に捉えることができるのかが述べられなければならない、と思う。
ここは詳細には改めて書こうと思うが、簡単には、人間の身体はサルの身体を人間の身体として使っていると言っていいものであり、それだけに人間の身体を正常に保ち続けるためにはサルの身体に見合った運動が必須のものである。ということであり、かつ、ぶら下がるという運動はサルの身体としての運動であるから、ぶら下がり健康法は、人間の健康維持の為に有効性を持つのだと思う。
そしてそのことは、自身の身体を実験体として、ぶら下がり健康器では無く実際の木の枝を使ってではあるが、数年にわたって実践して来たことでもあるから、自身の経験としてもその有効性は間違い無い。とおすすめ出来ると思う。
有効性の中身もいずれ詳細に検討して、説きたいと思うが、自身の持病であった喘息は、木登り、ぶら下がりの実践の結果としての身体の活性化の結果として(木登り、ぶら下がりのみの成果では無いとは思うが)ほぼ完治状態へとなっているのでは、と思う。
補:ウーシアについては『哲学・論理学研究(第1巻)』(悠季真理著 現代社)を参照されたい。