世の中には色んな立場の人が色んな目的を持って暮らしています。
交通一つ取っても、歩行者、自転車、自動車、モーターバイクなど様々な形態の物が各々の目的で動いています。
立場が違えば当然軋轢は生まれます。交通で言えば最悪の場合が交通事故ですね。
相手の状況を想像し、あるいは意見を交わしてお互いの立場を理解する事、お互いの考えを擦り合わせ妥協点を見出す事が事故防止に役立つものだと思います。
「チャリウゼエ」とか「クルマ邪魔」とか言い合っていても何も解決しません。
もちろん「速度の出る自転車くそったれ」と言っていても何も解決しません。
「今日のくそったれ」ブログの管理人「世捨人」氏から名指しされた事ですし、2ちゃんにも出ましたから、色々な方の目に触れる良い機会かもしれません。
私なりにまとめた「交通の中での自転車の立場」を書いておきます。
長文で申し訳ありませんが、是非読んでご意見を頂きたいです。誤りへの突っ込みはこっそり下さい(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず日本での自転車と法律の歴史です。
「自転車は車道を走るべし」というのは、道路交通法制定当初から決まっていました。まだ歩道そのものが少なかった時代、アスファルトの道路ばかりではなかった時代です。
しかし高度経済成長期にマイカーが一般化するとともに、自動車対自転車の事故が増え、国はその対策を迫られました。
そこで昭和53年に出された改正道交法が「許可された歩道は自転車通行可」とするもので、当初は緊急措置との事でしたが、これが現在まで続いています。この事を指して行政の怠慢とする意見もあり、私もそう思っています。
そもそも「弱者保護」を掲げる道路交通法において、もっとも優先されるのは歩行者の立場です。
人の一番基本的な交通手段は「歩く事」です。誰しもが歩行者になる瞬間がある。
その立場を守る為に、速度と質量で勝る自転車が気を使うのは当たり前の事です。
さらに速度と質量で勝るエンジン付き車両が前出の両者に気を使うべきなのも至極当然です。
より危険度の高いものから順に譲るべきでしょう。
いわゆる先進国と呼ばれる国の中で、歩道を自転車が走るのは日本だけです。
さて、改正道交法以前は、自転車といえば実用車(新聞や郵便配達に使われるごつい自転車です。最近は見かけなくなりましたね)が一般的でした。
ところが「歩道通行可」となった後、低速での安定性に優れ取り回しのしやすい婦人用快走車、いわゆる「ママチャリ」が登場し一般化しました。今では自転車といえばまずママチャリですね。歩道走行を前提としたママチャリ。これも日本独自の文化です。
このママチャリ、ごく近所を走るだけなら優れた乗り物ですが、その特性ゆえ長距離の移動には向かない作りになっています。
これが一般化した為、自転車はごく近所の移動に使うものという誤った認識が一般化してしまいました。
その上中国製をはじめとする安価なママチャリが増えました。しかし安価であるがゆえに低性能、重量があって耐久性に欠ける、物によっては安全性にも問題があります。そのため自転車が安物の傘のように使い捨てられるようになりました。
安物ゆえセキュリティも甘くなり、盗難車が乗り捨てられ放置自転車と化すケースも増えています。
この「お手軽さ」が、自転車に乗る際のモラルの低下、ルール軽視の風潮の温床であるとも言えます。
前述したように歩道走行は「許可された歩道のみ、歩行者の安全に配慮しつつ」なのですが、歩道上で自転車が暴走し歩行者との事故を増加させてしまいました。
急増する自転車対歩行者の事故を受け、警察庁はこの6月に「交通の教則」を改定し、「基本的に自転車は車道」を一般に浸透させるべく動き始めました。また、自転車にも車両としての自覚を促すべく取り締まりの強化もなされています。
このように、日本では自転車は立場のあやふやな存在で、長く法律の埒外で放置されてきた歴史があります。
ところがこの所、自転車が脚光を浴びています。
特にこれまで一般的ではなかったスポーツ自転車に注目が集まっています。
メタボリック症候群への対策として、そして環境志向の面からです。
運動としての自転車に関してはここでは置いておきます。
一つだけ書いておきますと、日本ではまだまだ偉い人は黒塗りの車の後部座席でふんぞり返っておられますが、ドイツなどでは社会的地位のあるオジサマ達ほど自転車に乗るのだそうです。
「これだけ健康だぞ、身体能力があるぞ、若いもんには負けんぞ」ということだそうです。
かたや未だにクルマをステータスシンボルと信じ、かたや自らこそがステータスと誇る。
どちらが熟成された文化かは言わずもがなです。
前ふりが長くなりましたが、ここからが本題です。
環境負荷を減らす事。渋滞を減らす事。
その為に有効な手段は何か。
交通量そのものを減らす事。
走っている車の数を減らす事がその回答の一つです。
既にヨーロッパでは取り組みが始まっています。
都心部でのロードプライシング(混雑税。一定地区への自動車での進入に課税する事で交通量を減らし、税収を環境対策などに充てる)がその最たるものです。日本でも名古屋市をはじめ各都市で導入が検討されています。
何でもかんでもクルマ、という姿勢を改め、状況に応じて色々な交通手段を選ぶ事が出来る社会。
その結果、本当に必要とされる車は渋滞もなく快適に走れ、無駄な温室効果ガスを排出しない社会。
それが、これから求められる社会の姿ではないでしょうか。
その為には公共交通機関の拡充と、「クルマに匹敵する機動力を持った」自転車が快適に走れる環境が必要なのです。
くそったれと言われてしまったロードバイクですが、一人の人間が大した荷物も持たず移動する場合、これほど環境負荷が少なく効率の良い移動手段はありません。
エネルギー効率は徒歩以上。人間が持つあらゆる移動手段の中でも最高なのです。
2007年の温室効果ガス排出量が前年の2.3%増という発表が今日、環境省からありました。
他の人たちが車で移動する距離を、わざわざ自転車で移動している人間、つまり我々がいるからこその2.3%
そうでなかったらもっと多くの温室効果ガスが出ていたのは間違いありません。
これまでのように、考えなくエネルギーを使い、快適に楽に生きられる時代ではありません。
これまでよりちょっと汗をかいて、ちょっと気を使って生きる世の中になったのです。
Zガンダム風に言えば、「地球を自然の揺り籠の中に戻し、人間は化石燃料から脱却しなければ、地球は水の惑星では無くなるのだ。」
このような流れの中で、車道を快走する自転車を移動手段として有効活用しない手はありません。
歩行者を危険に晒すことなく、自転車が高速移動するには、現状では車道を走るしかありません。
自転車側にも問題はあります。
前述したママチャリのように、無知無自覚ゆえに法律やマナーを守らない人も居ます。
ロードバイクなどスポーツ自転車に乗る人の中にも、「練習にならない」などという身勝手な理由で信号や一時停止を無視する人が居ます。
車でやらない違反でも自転車ならする、というのは、自転車に対する冒涜です。自転車を軽く見ているということです。
その事を、特にローディーは肝に銘じて欲しい。周りに人がいるいない、見ている見ていないは関係ありません。
同時にドライバー諸氏にも、自転車への理解と共存への努力を求めたい。
我々は轢かれたら死にます。
それでも自転車に乗るのは、それが広い意味で「快適を産む」と信じているからです。
自分の心地よさが社会にも貢献していると自負するからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自転車活用推進研究会、通称自活研の会員をやってますので、会の主要メンバーである某氏の影響を多分に受けていると思います。内容に似たところがあれば笑ってやって下さい。
「今日のくそったれ」のコメントで、自転車は高速の方が安定するという事を知らなかったという方がいました。
私にとっては常識と思える事でも、世間ではそうではない事がある。
そこに思い至った為、このような長文を書きました。
興味を持った方があれば幸いです。
世捨人さん、コメント待ってます。
交通一つ取っても、歩行者、自転車、自動車、モーターバイクなど様々な形態の物が各々の目的で動いています。
立場が違えば当然軋轢は生まれます。交通で言えば最悪の場合が交通事故ですね。
相手の状況を想像し、あるいは意見を交わしてお互いの立場を理解する事、お互いの考えを擦り合わせ妥協点を見出す事が事故防止に役立つものだと思います。
「チャリウゼエ」とか「クルマ邪魔」とか言い合っていても何も解決しません。
もちろん「速度の出る自転車くそったれ」と言っていても何も解決しません。
「今日のくそったれ」ブログの管理人「世捨人」氏から名指しされた事ですし、2ちゃんにも出ましたから、色々な方の目に触れる良い機会かもしれません。
私なりにまとめた「交通の中での自転車の立場」を書いておきます。
長文で申し訳ありませんが、是非読んでご意見を頂きたいです。誤りへの突っ込みはこっそり下さい(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず日本での自転車と法律の歴史です。
「自転車は車道を走るべし」というのは、道路交通法制定当初から決まっていました。まだ歩道そのものが少なかった時代、アスファルトの道路ばかりではなかった時代です。
しかし高度経済成長期にマイカーが一般化するとともに、自動車対自転車の事故が増え、国はその対策を迫られました。
そこで昭和53年に出された改正道交法が「許可された歩道は自転車通行可」とするもので、当初は緊急措置との事でしたが、これが現在まで続いています。この事を指して行政の怠慢とする意見もあり、私もそう思っています。
そもそも「弱者保護」を掲げる道路交通法において、もっとも優先されるのは歩行者の立場です。
人の一番基本的な交通手段は「歩く事」です。誰しもが歩行者になる瞬間がある。
その立場を守る為に、速度と質量で勝る自転車が気を使うのは当たり前の事です。
さらに速度と質量で勝るエンジン付き車両が前出の両者に気を使うべきなのも至極当然です。
より危険度の高いものから順に譲るべきでしょう。
いわゆる先進国と呼ばれる国の中で、歩道を自転車が走るのは日本だけです。
さて、改正道交法以前は、自転車といえば実用車(新聞や郵便配達に使われるごつい自転車です。最近は見かけなくなりましたね)が一般的でした。
ところが「歩道通行可」となった後、低速での安定性に優れ取り回しのしやすい婦人用快走車、いわゆる「ママチャリ」が登場し一般化しました。今では自転車といえばまずママチャリですね。歩道走行を前提としたママチャリ。これも日本独自の文化です。
このママチャリ、ごく近所を走るだけなら優れた乗り物ですが、その特性ゆえ長距離の移動には向かない作りになっています。
これが一般化した為、自転車はごく近所の移動に使うものという誤った認識が一般化してしまいました。
その上中国製をはじめとする安価なママチャリが増えました。しかし安価であるがゆえに低性能、重量があって耐久性に欠ける、物によっては安全性にも問題があります。そのため自転車が安物の傘のように使い捨てられるようになりました。
安物ゆえセキュリティも甘くなり、盗難車が乗り捨てられ放置自転車と化すケースも増えています。
この「お手軽さ」が、自転車に乗る際のモラルの低下、ルール軽視の風潮の温床であるとも言えます。
前述したように歩道走行は「許可された歩道のみ、歩行者の安全に配慮しつつ」なのですが、歩道上で自転車が暴走し歩行者との事故を増加させてしまいました。
急増する自転車対歩行者の事故を受け、警察庁はこの6月に「交通の教則」を改定し、「基本的に自転車は車道」を一般に浸透させるべく動き始めました。また、自転車にも車両としての自覚を促すべく取り締まりの強化もなされています。
このように、日本では自転車は立場のあやふやな存在で、長く法律の埒外で放置されてきた歴史があります。
ところがこの所、自転車が脚光を浴びています。
特にこれまで一般的ではなかったスポーツ自転車に注目が集まっています。
メタボリック症候群への対策として、そして環境志向の面からです。
運動としての自転車に関してはここでは置いておきます。
一つだけ書いておきますと、日本ではまだまだ偉い人は黒塗りの車の後部座席でふんぞり返っておられますが、ドイツなどでは社会的地位のあるオジサマ達ほど自転車に乗るのだそうです。
「これだけ健康だぞ、身体能力があるぞ、若いもんには負けんぞ」ということだそうです。
かたや未だにクルマをステータスシンボルと信じ、かたや自らこそがステータスと誇る。
どちらが熟成された文化かは言わずもがなです。
前ふりが長くなりましたが、ここからが本題です。
環境負荷を減らす事。渋滞を減らす事。
その為に有効な手段は何か。
交通量そのものを減らす事。
走っている車の数を減らす事がその回答の一つです。
既にヨーロッパでは取り組みが始まっています。
都心部でのロードプライシング(混雑税。一定地区への自動車での進入に課税する事で交通量を減らし、税収を環境対策などに充てる)がその最たるものです。日本でも名古屋市をはじめ各都市で導入が検討されています。
何でもかんでもクルマ、という姿勢を改め、状況に応じて色々な交通手段を選ぶ事が出来る社会。
その結果、本当に必要とされる車は渋滞もなく快適に走れ、無駄な温室効果ガスを排出しない社会。
それが、これから求められる社会の姿ではないでしょうか。
その為には公共交通機関の拡充と、「クルマに匹敵する機動力を持った」自転車が快適に走れる環境が必要なのです。
くそったれと言われてしまったロードバイクですが、一人の人間が大した荷物も持たず移動する場合、これほど環境負荷が少なく効率の良い移動手段はありません。
エネルギー効率は徒歩以上。人間が持つあらゆる移動手段の中でも最高なのです。
2007年の温室効果ガス排出量が前年の2.3%増という発表が今日、環境省からありました。
他の人たちが車で移動する距離を、わざわざ自転車で移動している人間、つまり我々がいるからこその2.3%
そうでなかったらもっと多くの温室効果ガスが出ていたのは間違いありません。
これまでのように、考えなくエネルギーを使い、快適に楽に生きられる時代ではありません。
これまでよりちょっと汗をかいて、ちょっと気を使って生きる世の中になったのです。
Zガンダム風に言えば、「地球を自然の揺り籠の中に戻し、人間は化石燃料から脱却しなければ、地球は水の惑星では無くなるのだ。」
このような流れの中で、車道を快走する自転車を移動手段として有効活用しない手はありません。
歩行者を危険に晒すことなく、自転車が高速移動するには、現状では車道を走るしかありません。
自転車側にも問題はあります。
前述したママチャリのように、無知無自覚ゆえに法律やマナーを守らない人も居ます。
ロードバイクなどスポーツ自転車に乗る人の中にも、「練習にならない」などという身勝手な理由で信号や一時停止を無視する人が居ます。
車でやらない違反でも自転車ならする、というのは、自転車に対する冒涜です。自転車を軽く見ているということです。
その事を、特にローディーは肝に銘じて欲しい。周りに人がいるいない、見ている見ていないは関係ありません。
同時にドライバー諸氏にも、自転車への理解と共存への努力を求めたい。
我々は轢かれたら死にます。
それでも自転車に乗るのは、それが広い意味で「快適を産む」と信じているからです。
自分の心地よさが社会にも貢献していると自負するからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自転車活用推進研究会、通称自活研の会員をやってますので、会の主要メンバーである某氏の影響を多分に受けていると思います。内容に似たところがあれば笑ってやって下さい。
「今日のくそったれ」のコメントで、自転車は高速の方が安定するという事を知らなかったという方がいました。
私にとっては常識と思える事でも、世間ではそうではない事がある。
そこに思い至った為、このような長文を書きました。
興味を持った方があれば幸いです。
世捨人さん、コメント待ってます。
長野県に住む男・50代です.この度「今日のくそったれ(道路交通編)」のHN[世捨人]のブログのコメント欄を通じて訪問させていただきました.
さて,私が彼のブログの存在を知ったのは2年程前のことです.あれがおそらく現在のわが日本における大半のドライバーの本音であろうかと思われるのですが,最近では運転席から動画カメラでロードバイクの間違った走り方を見つけては「これはどうだ」と得意気にYouTubeへUPする等,とにかく車道を走る自転車,特にロードバイク(私の言う“特急自転車”には何から何にまで難癖をつけて喧嘩を売っていますので,いちサイクリストとして争わざるを得ないと,旧HN[a383493242]の当時から「サイクリング禁止反対」の表題を付して度々反論を重ねております.
私自身が,かつて小中学校の事実上の自転車全面禁止に泣かされ,以来四十数年悩まされ続けて参りましたので,例えば昨年10月,小中学生向けに自転車利用の自粛を求める通達を出した新潟県加茂市長のような“[世捨人]派”の動向には神経を尖らせずにはいられません.
私としては,自転車で急ぐ時は「車道左側」の原則を貫くことにしております.たとえ事故の被害者になっても加害者にはなりたくないからです.
また,安全と楽しさを両立させる自転車教育の改革や「車道左側通行徹底」の自転車の交通ルール正常化に進んで協力したいとも考えております.
尚,当方のYahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/a383493242(旧)
http://blogs:.yahoo.co.jp/cs433485(新)
でも,ご意見,ご高覧をお待ち申し上げております.
(ご意見の書き込みは新ブログへお願い致します)
何卒今後ともよろしくお願い申し上げます.
で、肝心の感想のみを置いていきます。
ブログ自体の方向性に問題を感じます。
これはインターネットにかかわらずですが、根本に在るのは、日本人の民度の低下、それが全てです。
冒頭で述べたブログの方向性も然り。
他人をとやかく言うより先ずは自分自身に目を向け、周囲への配慮を怠らない様にする事ですよ。
私も然り、貴方も然り、出来ているつもりなのは当人だけ。
簡単な事を難しく書いたりネットで吠えてても仕方ないです。
仲間内で集まったり、走る機会があるならば、先ずは仲間内での意思確認を最優先し、周囲に迷惑をかけない事。
それが一番じゃないかな。
あちこちでロードバイクが一般的な自転車と違う云々と書かれていますが、全く特別じゃない。
30年以上前に私の教師だった数人も23cのフランス製ロードに乗っていましたし、知人の数人はチネリやコルナゴの鉄チンにオールドカンパって代物を20年以上所持し、季節の良い時期の早朝のみ走り、それから仕事をしています。
マナーの悪いのも講釈を垂れるのも最近の話しで、ものを知らない人間が主張し始めたからに過ぎませんよ。
現に地元のロードのクラブなどは40年以上の歴史がありますからね。
自分自身が事故の当事者にならないように気をつけ、周りに自転車の楽しさを教えてあげて下さいな。
ノーヘル結構、法的に認められていますから。
だけど携帯弄りは馬鹿のやる事です。
分別ある行動をお願いしときます。
尚、ブログの方向性に交通安全を全面に出すのは関心しませんね。
趣味としての自転車のブログ、その中での思うことで良いと感じますが。
交通安全をテーマにすると他人叩きや批判しか書く事が無くなりますからね。
良く判りませんが、世捨人氏と揉めているのですか。相手するだけ労力と時間の無駄ですよ。
論理的に勝てない相手には重箱の隅をつついて論点をずらすか、コメントを削除するというちょっと常識では考えられない行動をとるお方ですから。
私はもうあの方に一切関わる気はありません。
検閲防止に、先にこっちにも張っておきます。
今日のくそったれ道路交通編2009年10月1日「世捨人語」
『10月1日から新企画「世捨人語」をスタートします。
記事に関する裏話やお知らせをはじめ、本編とは離れた軟らかい話題をお届けします。掲載は不定期です。
初回は、「警音器(ベル)を装着しない自転車は公道からつまみ出せ」(2009/09/21)の記事。翌22日、ここで話題にした疋田氏が自身のメールマガジンでダイヤモンド誌を講評してました。当ブログを意識しているのでしょうか?』
以下私の投稿。
『それをいうなら、
「自転車ツーキニストかっきーの独り言」
http://faustocoppikp1.blog.ocn.ne.jp/kakki/
にジオターゲティングが設置されたのが9月26日。
こちらのブログにジオターゲティングが設置されたのが9月27日。
意識して触発されたとしか思えませんねw
同じ論法ですが、反論できますか?www
他人様の崇高なブログを真似しないほうが良いですよ。
ネットストーカーきもいです。
検閲を避ける為に、他所にも貼っておきます。』
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2009年10月05日 12:25 Edit
以下本日の私の投稿。
『昨日の私のコメントは公表しないおつもりでしょうか?
反論不能と解釈させて頂きますがよろしいか?
疋田氏のメルマガが世捨人さんの文章に触発されたものだとしたら、世捨人さんがジオターゲティングを設置したのもかっきー氏に影響されてのこと、という解釈が成り立ちます。
世捨人さんがかっきー氏のブログなど知らない(リンクが張ってあるのにそんな訳はないですが)、見ていない、影響されていないと仰るなら、同様に疋田氏もあなたの崇高なブログなど知らない、見てない、影響など微塵も受けていないでしょう。
ご返答を宜しくお願いします。
なおこの文章は関係各所に貼っておきますので、回答がない場合は「世捨人は手も足も出ない」という認識を曝す結果になります。よろしくご検討下さい。』
>「私は自分の開放感の為に歩行者を危険にさらして自転車に乗ります。子供も高齢者も、私に煽られてリスクを学び、家に引きこもればいいと思います。私の行く道を歩行者が避けるべきです。運転中に携帯も使いますけど、それが開放感だから問題ないですよね」
このようなことは、小生は全く主張していません。
勝手に決めつけないでもらいたい。
弱者にも自らのことは自らで決める「尊厳」があるということです。弱者に失礼です。
>ご自身でブログを開設していただいて、そちらで論を展開されるのが良いのではないでしょうか
そう思いますが、残念ながら、ホームページやブログを開設できない、インターネット上の「弱者」ですのでお許し下さい。
>以前にも書きましたが、ここでこれ以上の議論は無用です。
>ネット上での議論は難しく、しかも実り薄いと感じました・・・
小生としても終わりにするつもりでしたが、その後も書き込みいただいていましたので、きちんと回答すべきと思い失礼しました。
書き込みを削除された「ジャーナリスト」さんと一緒ですね。
>疋田氏の「自転車ツーキニストのための掲示板」や、「自転車社会学会」の掲示板などに書き込まれてはいかがですか?
今後はそうします。
書き込み有難うございます。
ネット上での議論は難しく、しかも実り薄いと感じました・・・
以前にも書きましたが、ここでこれ以上の議論は無用です。
見ている皆が不愉快になりますし、所詮200人/日程度の閲覧しかないブログですので、出る意見も限られています。
疋田氏の「自転車ツーキニストのための掲示板」や、「自転車社会学会」の掲示板などに書き込まれてはいかがですか?
「私は自分の開放感の為に歩行者を危険にさらして自転車に乗ります。子供も高齢者も、私に煽られてリスクを学び、家に引きこもればいいと思います。私の行く道を歩行者が避けるべきです。運転中に携帯も使いますけど、それが開放感だから問題ないですよね」とでも。
<軽>車両ですね。
>リスクを負っているのは、自転車乗りのあなたではないです。身を守るすべのない、赤ちゃんであり、子供であり、老人です。
全ての人々がリスクと責任を負っているのです。
赤ちゃんには、保護者がいるでしょうし、子供は大人になるために、リスクを学ぶのです。老人は、自らが老いていることを自覚しないときにリスクが大きくなります。
それぞれに自立した人間としての責任を認めないと、失礼だと思います。
>マナーからルールへ、そしてマナーへby 千代田区
極論は不要です。抽象論も中傷論も不要です。口を挟むなら、自分の言葉でお願いします。
自転車も車両です。
リスクを負っているのは、自転車乗りのあなたではないです。身を守るすべのない、赤ちゃんであり、子供であり、老人です。
他者(交通弱者)の権利を守る気が無い人が、自分の権利ばかり主張して、受け入れられると思いますか?
マナーからルールへ、そしてマナーへ
by 千代田区
私の子供の通学用の自転車は、長男がミヤタ、次男がブリヂストンですが、いずれも3万円以上しました。
>まあ、前述の悪貨は…の件同様、コストに負けてしまったのもあるでしょう。
値段どおりの品質であることは、車重・タイヤのぶれ等、明確であり、同意です。あとは両方ともマーケット(消費者)が決めることだと思います。結果、量販店のママチャリとメーカー品は共存していると思います。
子供の頃から、自転車の軽さ、遠乗りの楽しさを教えるということであれば、メーカー品が良いに違いありません。ただし、子供の成長に合わせて、幼稚園~小学校低学年、小学校高学年~中学生、高校生~と2~3回は買い換えることを考えると、1万円未満の自転車も十分に魅力的だと思います。
1万円未満に価格設定する量販店の企業努力も十分に評価すべきだと思います。
>片手運転で急ブレーキで止まれる自信がないのと、通話中の集中力に自信がないからです。
>車両運転中の携帯使用は禁止されていますよね。自転車も車両です。
先に述べたとおり、通勤時に幹線道路で交通量の多い場合は同意です。
休日に近所をフラフラする時は、急ブレーキをかける程、スピードを出していませんから、杓子定規に自転車を止める必要はないと思います。
>私は犬の散歩を見つけたときには、かなり神経を使います。いつ飛び出すかわかんないし、飼い主を引きずるように散歩しているい犬なんかどこ行くかわかんなくて怖いですよ。
小職も全く同意です。
だからこそ、路上の最弱者として、小型犬を持ち出される方との議論はご勘弁いただきたいのです。
>「最終的に誰にも気づかれずに世の中から消えていったものは、極論すれば、全てが必要の無いものだった」
悪貨は良貨を駆逐する。という言葉をご存じないでしょうか?
シティサイクルに関してはまさにこの言葉があてはまり、1万円以下の安全性の確認のされていない自転車が蔓延しています。
私の子供の通学用の自転車は、長男がミヤタ、次男がブリヂストンですが、いずれも3万円以上しました。
私は携帯がなると自転車をある程度安全な場所に止めて出ます。片手運転で急ブレーキで止まれる自信がないのと、通話中の集中力に自信がないからです。
正直クルマを運転しているときよりも、自転車に乗っているときのほうが、気を使います。クルマが近づいてきているのに、飛び出してくる人は少ないですが、自転車に気が付いていても飛び出してくる人間、クルマ、自転車は非常に多いです。
そのほかにも、クルマよりは周囲の情報をより気を使います。
車両運転中の携帯使用は禁止されていますよね。
自転車も車両です。
>1次産業の衰退は、国策の失敗
これはその通りでしょう、しかし、国に邪魔されてきながらも伸びて行った電機や自動車産業にくらべ、ちょっとひ弱な気がします。
まあ、前述の悪貨は…の件同様、コストに負けてしまったのもあるでしょう。
それと、小麦を売り込みたいアメリカ占領軍の意向もあったでしょう。
ごめんなさい、これ自転車の話題じゃないですね。
>であれば、携帯電話をしながらフラフラと進む自転車は、容易にかわすことができると思います。
犬はどんな子犬でも散歩の時にはリードをつけてつながれているんではないでしょうか?
その状態で容易にかわすのは難しいかな?
私は犬の散歩を見つけたときには、かなり神経を使います。いつ飛び出すかわかんないし、飼い主を引きずるように散歩しているい犬なんかどこ行くかわかんなくて怖いですよ。
ちなみに私のいる田舎は、歩行者、自転車は少なく、数百メートルの移動でも大人はクルマが常識みたいなんで、自転車はなかなか走りにくいですね。
「自転車のルール(マナー)は、違反だけれども、警察に罰金を取られることはない。」というのが暗黙のルールだったはずなのに、十分な原因分析や議論がなされないまま、安全利用の推進という御旗のもと、摘発強化に警察(行政)庁の方針が変わったということ、権力行使はあくまで謙抑的でなければならないものを、安全・安心という極論で、反論の口封じをした上で、伝家の宝刀を抜いたことに対する抵抗の思いから、ルールだからと極論を持ち出す方には、ルールとは何かを考えて欲しくて、ついつい長文での投稿となってしまいました。
既に、行政としては、一定の手続きを踏んで、摘発強化を堂々と宣言して強化が図られているものに対して、遅ればせながら、どのような抵抗手段があるのか、小生にも明案がない状態です。説得力がないのは認めざるを得ません。
改めて、警察庁のホームページで、自転車の安全利用の推進の自転車事故の発生状況の分析についての小生の疑問点を挙げます。ご意見をいただければ幸いです。
1.発生件数
・自転車が当事者となる事故数で10年間の推移を分析しているが、加害事故と被害事故の合計であり、責任の所在が明確でない。
・H16年以降事故件数は減少傾向にあるにもかかわらず、わざわざ10年前と比較す
ることで、事故件数が増加しているという印象を与えようとしている。
・事故の定義が明確でなく、増加・減少の分析が全くなされていない。
・自動車事故の死亡事故の減少の原因は、全国各地でのバイパス道路の建設、シートベルトの規制・普及、エアバックの普及、車体の強化、飲酒運転取締強化等がすぐ思い浮かぶが、自転車の増加・減少の原因分析は不十分。
2.乗用中死傷者の状況
・高齢者の占率が高いということが判っているのに、その詳細分析(時系列分析、加加害事故・被害事故の分析)がなされていない。
・高齢者の占率が高いのに、65歳以上を高齢者として一括りにしており、少子高齢化の影響が不明。
3.相手当事者別の状況
・自動車との事故が8割を占めるということだが、加害・被害状況が分析されていない。
・歩行者との事故が10年前と比較して増加しているとのことだが、時系列データが明示されていない。(H16年以降事故件数が減少している中で、歩行者との事故が増加しているかどうか明示されていない。)
4.道路形状別・事故類型別状況
・時系列分析がなされていない。
・信号機なし交差点での事故が多発しており、信号無視の取締強化と整合性がない。
5.自転車事故における法令違反の状況
・取締強化の根拠として無理やりつけた分析との印象をぬぐえない。
・違反行為と事故原因との関連性等の分析がない。
・上記1~4のとおり加害事故・被害事故の分析がなされていない中、取締るべき違反行為が明らかにされていない。
・上記分析のそれぞれについて、時系列分析がない。
たかさんの件は、
今は自転車に乗らない人が、以前は乗っていたという情報を出しただけです。
赤ちゃんの心配をしている人が、私は小犬と散歩してますという情報を出しただけです。
主義主張は全く変わってないように見えますが?
交通弱者とは、「自分は他者を傷つける可能性はほぼないけれど、他者から傷つけられる可能性のあるもの(自転車の安全鉄則:疋田智著)」を指します。
その事わかってますか?
小犬ならかわせる、とは何たる事でしょう。
明らかな弱者に対して、
「おらおら自転車が通るからよけろ!」
というのですか?
かわすべきは自転車の方ですよね?
「弱者保護」という大原則すら守れないというおつもりですか?それが自転車の権利だとでも?
そもそも、疋田氏の著書を読まれた事はありますか?
なぜ歩道のんびり走行では駄目なのか、ルールを破っては駄目なのか、しっかり書いてありますよ。
最新刊の「自転車の安全鉄則」あたりをお読みになって、それでも異論があれば自転車ツーキニストのための掲示板http://tu-ki.homev6.jp/bbs.phpにでも書き込んでみたらいかがですか?
信号無視や携帯ながら運転をする自転車乗りですが、その権利を奪わないで下さいと。
他者(交通弱者)の権利を守る気が無い人が、自分の権利ばかり主張して、受け入れられると思いますか?
私とはあまりに価値観が違うようです。
自転車乗りでも色んな人がいるという事を勉強させてもらいました。
ありがとうございました。
コメント搭載時刻を見ていただければ、わかると思いますが、たかさんのコメントを読む前に、こちらから「自転車へのお誘い」のコメント作成したものです。タッチの差で情報登録が前後し、余計に不愉快な思いをされたなら、ご容赦下さい。
たかさんへ
自転車に乗らない方が、翌日には自転車に乗ることになったり、赤ちゃんが、子犬に変わったりと主義主張がころころと変わる方とは有意義な議論が出来ると思いますので、ご勘弁願います。
なお、子犬であれば、携帯電話をしながらフラフラと進む自転車は、容易にかわすことができると思います。
ヒキタの掲示板の「ときどきオアゾツーキニスト 」じゃね?
法令違反奨励したり、「小生」名乗ったり。
どこでも叩かれるプ。
でもやっぱりルール違反は堂々とするべきものではありません。ましてや、それを他人に理解してもらおうというのは難しいのではないでしょうか?
具体的にどうというのではなく、全体的に違和感を覚えてしまうわけです。
だって、暴走族が自分たちの主義を主張しても、多分それは一部の人間にしか受け入れられないでしょう。ちゃんと交通ルール守ってね。って思いませんか?あ、これは極論でしたかね。すんません
もちろん、ドロップハンドルで足も固定してました。
自転車が素晴らしい乗り物だというのは重々承知しております。では、だからと言って今現在降りかかってくる危険を黙認し、自転車乗りの方々に賛同できるのか。
できはしません。なぜなら、私と一緒に散歩をしている、4kgの小型犬は命ある生き物であり、彼の命は自転車によって毎日のように危険にさらされているからです。
自転車が素晴らしい乗り物だからといって、自転車乗り一般が素晴らしいということにはならんですよ。
しかしながら、けしからん自転車乗りのせいで、自転車はけしからんとされる可能性は高いでしょうね。
携帯しながら自転車とかね。
見ててとっても矛盾を感じますけど・・・
是非、自転車に乗ってみて下さい。
どうせ乗るなら、ママチャリではなくて、総重量8~9キロのロードバイク(ドロップハンドルのやつ)で、足を固定するものにチャレンジしてみて下さい。
軽くて、坂道も平気で登れて、往復200キロ位の距離は、日帰りで行けます。
行動範囲が拡がれば、きっと世界が変わります。
乳母車の赤ちゃんや、ヨチヨチ歩きの子供や、足下のおぼつかないお年寄りを危険にさらすことを問題視するのは極論でしょうか。
リスクを負っているのは、自転車乗りのあなたではないです。身を守るすべのない、赤ちゃんであり、子供であり、老人です。
心と体が充実していて、世の中心をなしている世代の人間が、自分を守るすべのない人間に心を砕かなくてなんとするのですか。
自転車を普及させるためにも、自転車を楽しむためにも、まずは今自転車に乗っている人たちが定められたルールを守り、交通弱者の安全に対して大きく心を砕く必要があります。
道を歩くたびに危険を感じるような現状では、自転車に対して強い反感を生むことはあっても、共感を生むことはまずないと思います。
立場が違えば、正しさは違います。議論をするなら、まずは相手の立場にたって物事を想像する必要があるでしょう。
子供と話をするときに腰をかがめて視線を下げるのと同じようなことです。
体重4kgの小型犬と散歩をしている私にとっては、携帯電話を使いながら自転車に乗っちゃうあなたは、憎悪の対象でしかないのです。
あなたの書いている文章がノーベル賞なみに素晴らしいものであったとしても、私には何の説得力も持たないでしょう。なぜなら、あなたが自転車をこぎながら携帯電話で会話してしまうような人だからです。
私的にはそいうことです。おばちゃん的にはまた別の何かがあるでしょうけどね。
ではでは。
これまでの議論を全て読んでいただいたのでしょうか。
疑問点があれば、具体的にご意見下さい。
よく分かりました。
私は自転車に乗らないのでやったことないです。はい。
ほいじゃぁね。
最初のころのコメントで書いたとおり、極論では議論になりません。
小生もロードバイクで車道を走るときは、メールは書けません。電話の場合、交通量が少なければ、片手運転で会話します。けれど、環八や環七や甲州街道では自動車と同様に路側帯に立ち止まって、会話します。急いでいるときは無視します。
生活道路や歩道で、携帯電話がかかってきたら片手運転ででます。しかし、その場合のスピードは徒歩に毛の生えたくらいのものです。
小生は携帯のメールはしませんが、やっぱり、マナーの問題だと思います。警察が取り締まるレベルには無いと思います。
赤ちゃん、無事で済むかな。済むのかな。
危険じゃないんだね、そうなんだ、危険じゃないんだ。ふーーん。
ほいじゃぁね。
1次産業の衰退は、国策の失敗だと思います。食品偽装や残留農薬、BSE等、いろいろ騒がれていますが、食料自給率が40%を切る状況では、中国も米国も聞く耳を持たないと思います。最終的には両国からの輸入に頼らざるを得ない中では、交渉になりません。自然環境の減少、必要だから世の中がバランスをとり始めたのだと思います。両方とも世の中が既に気づいていることです。絶滅した日本狼等は残念なことですが、今後絶滅する動物を出さないために警告する役割だったのだと思います。
「ルールを破ることは自由ではない。」そのとおりです。カッキーさんはお酒を嗜まれるようですが、何歳から飲み始められましたか?たばこはどうですか?
パチンコはどうですか?小生は高校の文化祭の劇の打ち上げでクラス皆で夜中までビールと日本酒を飲みました。
自動車のスピード違反の例を持ち出すまでもないと思います。
自転車のルール違反については片手運転も歩道通行も並列走行も信号無視も無灯火も自動車のスピード違反やシートベルト装着違反の危険度と比較すると、警察の取り締まりは全く不要だと思います。
自転車のルール「ルール違反ではあるが警察の取り締まりはされない」という安全な自転車運転のマナーを定めたものといった位置付けだと思います。
マナー違反はそのとおりでしょう。取り締まられないマナーだとしても守らなければなりません。ただ、マナーは強制するものではありません。ルールとは違います。
カッキーさんは模範的な自転車利用者だと思いますので、同じ自転車とは思いませんが、世の中を動かし、自転車が利用しやすい道路環境を獲得していくには、多少マナーが悪くても自転車利用者が増えていく方が、良いと思います。
ロード乗りは他の手本となる気持ちで自分を戒めるべきだと思いますが、一般の自転車乗りには自転車は自由で、手軽で、便利で十分だと思います。
まあ、ネットで議論してもラチがあかないと思います。
表情も声のトーンも判らない状態で話してても、悪い方向に行くだけですよ。
世の中から消えていったものの全てが、必要の無いものだったでしょうか?
必要性に気づかない事と、必要ない事は同義ではありませんよ。
1次産業が衰退したら、それは必要ないからだ、と言い切れますか?
自然環境が減っても、それは必要ないからだと?
その論には意義ありです。
それと1番言っておかなくてはいけないのは、ルールを破る自由は誰にもないという事です。そんなものは自由とは呼びません。ただの自分勝手です。
ルール、マナーを守っている者にとって、それを無視して「同じ自転車」って顔をされるのは困りものです。
②に関しても、幹線道路だろうとなんだろうと、違反は違反です。むしろ目立つところから取り締まられるのは当たり前のことで、ロード乗りは他の手本となる気持ちで自分を戒めるべきだと思います。自分も含めて。
③、④はすでに申し上げたように同意です。
も大事な論点でした。
最後まで、世の中(マーケットでも大衆でも、かっきーさんの言葉で、「お天道様」でも良いですが)をけなすような発言を繰り返されるので、小生からも、「上から目線」の(狭量な?)方と認めざるを得ません。自転車保険について言えば、小生の場合は、会社で加入していた(家族)個人賠償保険の対象になっていたので、保険を活用しましたが、10万円弱の修理代であれば、非常に痛い出費ですが貯金等から現金で払えるでしょう。一方、自転車保険の保険金の上限がどの位か知りませんが、1000万円程度だとすれば、あまり保険の意味がありません。実際に死亡事故を賠償する保険としては、少なくとも1億、できれば無制限の保障が必要でしょう。
自転車利用者だけを対象としては、マーケットが受け入れる掛け金では、本当に必要な保障は提供できないのだと思います。
非常に細かい点で反論を頂いておりますが、反論されない小生の主張は概ねご理解いただいたということでしょうか。
①自転車は自己責任で誰もが乗れる自由な乗り物
である点、
②「法律(道路交通法か条例か知りませんが)違反だけれども、罰金は取られない」というのが、世の中一般の(暗黙の)ルールだったものが、歩道上や歩道の無い生活道路の交差点等での出合がしらの衝突事故等の多発から、行政(警察権力)の裁量で、事故増加の原因とは関係のないところで、取締りやすい幹線道路でのロードバイクの信号無視の取締り強化されている点
③したがって、我々自転車利用者が目を光らせるべきは、裁量という警察(行政)権力の濫用であるという点、
④行政に求めるべきは、拡大する各レベルの自転車利用者がそれぞれシェアできる道路環境(駐輪場)の整備である点
等々です。有意義なご意見をお待ちしています。
個人的意見としては、自転車保険は「世の中が必要としない」のではなく、「世の中が必要性に気づいていない」という状態だったと思います。
私自身、周囲には保険加入をずっと勧めてましたし、アイサンサポーターズクラブさんも入会に際して保険加入を求めてます。
自転車も保険かけるのが当たり前という認識が浸透するといいなあと思います。
かっきーさんが、「自己責任とおっしゃいますが、事故後に責任能力のある自転車乗りがどれほど居るでしょう?ほとんどが無保険で走ってますよね?
それを「自己責任」とは呼べないと思います。」ということを主張されていましたので、
正確には「ほとんどが無保険で走っているとすれば、そのリスク度から、世の中一般に、その必要性を認めていないからだと思います。」、あるいは「無保険の自転車が多いのは、そのリスク度から・・・」あるいは「自転車用の賠償保険の加入者が少ないとすれば、そのリスク度から・・・」と正確に申し上げるべきでした。
ちなみに、小生も極々低速で商店街の路地を自転車で走行中、よろけて駐車中の自動車に傷をつけたときには、会社で加入していた(家族型)個人賠償保険で修理費8万円くらい(5千円くらいは自己負担)を払った経験があります。
加えて、細かい点ですが、
>掛け金もすごく安かったし。・・・
>とにかく儲けにならないので、各社撤退していたのが・・・
世の中が必要としないから、保険会社も商品の品揃えを絞り込むのだと思います。
確かに自転車のみを保険の対象にするとマーケット
が小さすぎて、事務管理コストばかりかかって安い掛け金では商売にならないと思いますが、保険の対象を拡げて、個人賠償保険という形でカバーされ
ているのだと思います。
マーケットが広がって、扱う保険会社が増えると良いと小生も思います。
>上から目線云々についても、私は“喧嘩を売られた側”の発言としては普通だと思いました。
上から目線は云々は、かっきーさんご自身が主張されていることで、小生もあまり問題としていません。
コメントありがとうございます。
保険ですが、私も今JCAに入ってます。
私が学生の頃はAIUがやってましたが、今は撤退したのかな?
とにかく儲けにならないので、各社撤退していたのが3~4年前の状況でしたが、今は自転車がまた注目されてますし、扱う保険会社が増えるといいですね。
(2008年11月23日 (日) 20:38 の投稿より)
> 自転車用の賠償保険がないのは、そのリスク度から、世の中一般に、その必要性を認めていないからだと思います。
あれれ? 私が20年くらい前にランドナーを買ったとき、お店で勧められて保険(というかJCA)に入ったんですが、今はもう無いんでしょうか? 道路のへこみにハンドルをとられて車にぶつかってドアをへこませてしまったことがあったのですが、その保険が役に立ったものです。掛け金もすごく安かったし。
上から目線云々についても、私は“喧嘩を売られた側”の発言としては普通だと思いました。こういう感じ方の人間もいますということで。
そうそう。上から目線とか、仲間内でもよく怒られますw
また気になる記事があったら突っ込みよろしくお願いします。
すいません、しばらくブログどころか自転車そのものに触れない事態になりそうですので、今回のディスカッションはここまでとさせて下さい。
色んなご意見を頂けて有意義でした。
ありがとうございました。
イベント、レース会場で見かけることがありましたらお気軽に声をかけて下さいね。
これは、本音なのか、皮肉なのか、卑下なのか、逆に小生を馬鹿にしているのか、しつこい議論をここで終わらせたいということなのか、よく分からない発言ですが、
文字通り、“甘ちゃん”だということであれば、
「こちらからの呼びかけにも無しのつぶてですし、私のブログで意見交換をと張り切って長文書いてみたんですけど(ここの受け売りですけどw)反応無し。もう放っておくしかないんでしょうか。 ドライバーからこういう身勝手な意識を駆逐したいですね。」
といった、上から目線の発言は要らぬ反感を招き、
自転車ファンを減らすことになりかねません。
>いつ誰に見られても大丈夫、という姿勢をとってこそ、自転車への理解を広められると思っています。
サイトで見る限り、ご夫婦で共通の趣味(自転車とお酒かな)を楽しまれ、自転車レースでも立派な成績を納められ、多くの仲間に囲まれ、子宝にも恵まれ、世の中に貢献される仕事もなされて、うらやましい限りです。十二分に自転車の普及に貢献されている方だと思います。
だからこそ、自転車仲間を増やすトップランナーとして、自動車運転者の一方的な主張に対して反論する際にも、いたずらに反感を招くような発言を控える慎重さも大切だと思います。
>「あの自転車信号無視してやがる。ま、しょせん自転車だしな」と歩行者やドライバーに思われないようにしようと気をつけています。
ここは、主張の分かれるところですが、自転車の信号無視は、「法律(道路交通法か条例か知りませんが)違反だけれども、罰金は取られない」というのが、世の中一般の(暗黙の)ルールだったものが、歩道上や歩道の無い生活道路の交差点等での出合がしらの衝突事故等の多発から、行政(警察権力)の裁量で、事故増加の原因とは関係のないところで、取締りやすい幹線道路でのロードバイクの信号無視の取締り強化されているということだと思います。
いつ誰に見られても大丈夫、という姿勢をとってこそ、自転車への理解を広められると思っています。
「あの自転車信号無視してやがる。ま、しょせん自転車だしな」と歩行者やドライバーに思われないようにしようと気をつけています。
駐輪に関してですが、確かにドアtoドアの手軽さが自転車の魅力、機動力の素です。
しかし、点字ブロックを塞いで駐輪したり、歩道を半分占拠してしまって車椅子やベビーカーが通れない状況が生まれてしまうようでは困りますね。
邪魔にならないように停めよう、で丸く収まれば良いのですが、なかなかそうもいかない現状のようですね。
名古屋市では公共の駐輪場が1回100円ですが、私はこれを1日100円(どこに何回停めても)にして欲しいと考えています。
あちこち回るのに、停めるたび100円では利用しにくいですもんね。
お天道様は見てるよ、と教えられる親になりたいと思います。
本当ですか。大変だと思います。私にはとても出来ません。
意見の分かれるところだと思います。
私は、何のためにそのルールがあるのか、建前なのか、本音なのか、ルールを破った場合の責任のとり方まで考えさせることが大事だと思います。
自転車は、自立への第一歩だから、ルールを押し付けてはならないと思います。
また、自転車人口を増やしてメジャーにするためには、便利で自由でお手軽で良いのだと思います。
自由を守るためには、この6月からの取締り強化については、厳しいチェックをする必要があると思います。
法律は警察(行政)に守ってもらうためにあるのではなく、われわれの自由を行政権力の濫用から守り抜くためにあるのだと思います。
自転車が切符を切られなかったというのは、取り締まる必要がなかった(リスク度(事故発生率)が低かった)ということだと思います。
事故発生を防ぐためには、まず自分の身は自分で守ること、他者の行動を予測すること、左側通行・車道通行といった基本原則を守り、車道では車の流れの邪魔をしないこと、歩道では歩行者の流れを邪魔しないこと、といったことが大切だと思います。
(決して、卑下している訳ではありません。)
ルールを守るために言われるままにルールを守るのではなく、また、切符を切られないためにルールを守るのではなく、事故を起こさないために(=自転車の自由と開放感を守るために)必要なルールを守るということだと思います。
ところで、駅前や歩道上の駐輪禁止区域での放置自転車の取締りも話題になりますが、そもそも自転車は路上に留めてはいけないものでしょうか。
駐輪禁止区域だからだめだとか、取締り強化週間だけ駐輪場に入れるといったレベルの話ではなく。
自転車が公共財だとすれば、駐輪禁止というルールの方がルール違反で、そもそも自転車はどこに止めても良いものではないかと思うのですが、どうでしょう。これも自分勝手な話ですかね。
その通りですね。
その親として、自分が信号無視をするわけにはいかないと思うのです。
たとえ車が来てなくても、たとえ誰も見ていなくても。
お天道様は見てるよ、と教えられる親になりたいと思います。
幼児の死亡事故については、妻からも「飛躍しすぎ」と言われてしまいましたwww
私としては、最弱、最悪のケースを視野に入れるべきだと思うんですがねえ・・・
>自活研や自転車議連での慎重なチェックが必要です。
現在の世の中に受け入れられるもの、皆が守れるものでなければなりません
そうそう、私もそう思います。
>その為に私は自活研や自転車議連の応援をしているのです。
この「ガイドライン」の作成は、対象者の層が幅が広いこと、人命に直接関わるものであることから、大変難しいと思います。
また、権力の行使を抑制するためのものなので、権力を行使する側(警察庁・国土交通省官僚)が作成すると、前回の道路交通法改正時の車道通行問題のようなことになり兼ねませんので、自活研や自転車議連での慎重なチェックが必要です。
現在の世の中に受け入れられるもの、皆が守れるものでなければなりません。
>自由=なんでもありではないと私は考えます。
リスク度や自己責任を学べない人が世の中にたくさん居るのは、自動車ドライバーが日々実証中?w
自己責任とおっしゃいますが、事故後に責任能力のある自転車乗りがどれほど居るでしょう?ほとんどが無保険で走ってますよね?
それを「自己責任」とは呼べないと思います。
自分が負うリスクは自己責任でも良いですが、人を巻き込むリスクには許されません。って前にも書きましたね。
力には責任が伴う(byスパイダーマン)と思っています。自転車の速度は明らかな「力」だと思うのですが。
極論での議論はするつもりはありません。
自転車用の賠償保険がないのは、そのリスク度から、世の中一般に、その必要性を認めていないからだと思います。
なお、会社等で加入する家族団体補償保険で一定額までの賠償は出来ると思います。
自転車は、公園や河原で何度も何度も転びながら、ぶつかりながら、練習してようやく乗れるようになって、子供が最初に親の手を離れて、自由と自己責任(多くは自分が怪我をする痛みですが)と交通ルールを学ぶものだと思います。
自転車のルールと喜び(自由)と痛み(責任)を教えるのは、多くは親(兄姉や先輩もあるとは思います)でなければならないと思います。
ここでいうルールは、法治国家や「ガイドライン」などではなく、あくまでも、世の中の一般常識、人の道といったものだと思います。
現場の一警官の裁量で左右されないガイドラインが必要だと思います。
>現場裁量に任せるということが最も無責任だと思います。
法治国家であるからこそ、私たち主権者が権力の行使を厳しく監視していく必要があります。
これはその通りです。
その為に私は自活研や自転車議連の応援をしているのです。
自由=なんでもありではないと私は考えます。
リスク度や自己責任を学べない人が世の中にたくさん居るのは、自動車ドライバーが日々実証中?w
自己責任とおっしゃいますが、事故後に責任能力のある自転車乗りがどれほど居るでしょう?ほとんどが無保険で走ってますよね?
それを「自己責任」とは呼べないと思います。
自分が負うリスクは自己責任でも良いですが、人を巻き込むリスクには許されません。って前にも書きましたね。
力には責任が伴う(byスパイダーマン)と思っています。自転車の速度は明らかな「力」だと思うのですが。
車道を走っているからといって、歩行者と切り離して考えられるはずはありません。
そのとおりです。
だからこそ、リスク度を自ら判断して走行するのです。自己責任を学べるのです。
自動車、自転車、歩行者、車道・歩道のシェアリングの話題の中で、いきなり、最弱者である子供の死亡事故を持ち出して、全ての反論を謝絶する感覚には賛同できません。
>私は全くそうは思いません。単にこれまではほったらかしにされていただけです。
権力と責任のある方(警察・官僚)が、ほったらかしにする訳がありません。
放置した責任を追及されないための理屈(言い訳)が必要です。これまでは、自転車は自動車に比べて、圧倒的にリスク度が低かったのです。
>自動車に代わる交通手段として注目され数が増えている中、この6月から取締りが厳しくなり、赤切符を切られるケースも増えているのがその証だと思います。
この権力の行使こそ、厳しく監視していく必要があります。
5歳の幼稚園児からロードレーサーまでいて、歩行者と同じ速度で歩道走行する自転車から、40~50キロで車道を走行する自転車までを、同じルールで取締るということは、権力を行使する側の裁量の幅が大きくなるからです。
この権力の行使を厳しく監視していくためにも、自転車はそもそも、誰もが自己責任で自由に乗れるものということ、再確認する必要があると思います。
>たとえあなたがそうだとしても、そうでない自転車乗り(安全に配慮せずに走る人)がいる以上、法律による規制は必要だと思います。それが法治国家というものです。
安全かどうかを誰がどう判断するのかです。
車の来ない交差点で信号無視できるのも、自転車の良いところだと思います。
秋(春)の交通安全週間だからと言って、車の来ない交差点で信号無視の切符を切られる世の中を多くの自転車乗りは望んでいないと思います。
歩道通行・車道通行、ママチャリ・ロードバイク、幼稚園児・レーサーと、リスク度の大きく違う自転車
について、大きな網目の法律を掛けておいて、あとは現場裁量に任せるということが最も無責任だと思います。
法治国家であるからこそ、私たち主権者が権力の行使を厳しく監視していく必要があります。
>ジョーは良かったですね。
応援には最適でも、携帯は良くないと思います。
わき見&片手運転で子供を撥ねたりしたらどうします?15~20km/hで轢かれたら、路面で後頭部打って死ねますよ。
上の方でも書きましたが、自動車、自転車、歩行者、車道・歩道のシェアリングの話題の中で、いきなり、最弱者である子供の死亡事故を持ち出して、全ての反論を謝絶する感覚には賛同できません。
全ての危険性をゼロにすることは出来ません。
自由な楽しいエコな乗り物として自転車の魅力を伝えていきましょう。
>確かに車のドライバーの中には酷い違反者がいます。法律が周知されて罰則もしっかりした自動車ですらそうですから、現状の自転車の違反はもっと酷いですね。
車の違反と比べれば可愛いものと、わざわざ自分たちを低い位置に合わせる必要性は感じません。
私も、自転車は自己責任で誰もが乗れる自由な乗り物という高い理想を語っているつもりです。
高い理想をもっているからこそ、他者を許せるのではないでしょうか。
>面白い発想ですね。
つつじの街路樹と自転車利用促進と、どちらが環境負荷を減らせるでしょうね。
比較検討してもらえたら良いですね。
幹線道路の落ち葉の回収作業負荷も考えれば、業者の仕事は減りますが、環境負荷も減らせると思います。
歩道のない道もまだまだ多いですし、横断歩道との交錯などもあります。
車道を走っているからといって、歩行者と切り離して考えられるはずはありません。
>自転車は警察も切符を切れない自由な存在として市民権を得ている証拠だと思います。
私は全くそうは思いません。単にこれまではほったらかしにされていただけです。
自動車に代わる交通手段として注目され数が増えている中、この6月から取締りが厳しくなり、赤切符を切られるケースも増えているのがその証だと思います。
>車の流れの迷惑にならないように自由に安全に走りますから、そっとしておいて下さい。
たとえあなたがそうだとしても、そうでない自転車乗り(安全に配慮せずに走る人)がいる以上、法律による規制は必要だと思います。それが法治国家というものです。
>時速15~20キロで走るマラソンの応援には、(あしたのジョーの丹下爺さん時代から)自転車が最適です。
ジョーは良かったですね。
応援には最適でも、携帯は良くないと思います。
わき見&片手運転で子供を撥ねたりしたらどうします?
15~20km/hで轢かれたら、路面で後頭部打って死ねますよ。
確かに車のドライバーの中には酷い違反者がいます。法律が周知されて罰則もしっかりした自動車ですらそうですから、現状の自転車の違反はもっと酷いですね。
車の違反と比べれば可愛いものと、わざわざ自分たちを低い位置に合わせる必要性は感じません。
>つつじの低木を半分位にして自転車置き場にするのはどうでしょうか。
面白い発想ですね。
つつじの街路樹と自転車利用促進と、どちらが環境負荷を減らせるでしょうね。
比較検討してもらえたら良いですね。
自分の子供が自転車に轢かれて怪我をしたら、あるいは死んだら、と考えると、その意見には賛同しかねます。
車道走行の話題ですよね。時速60キロの自動車と30キロの自転車が走る車道を子供が歩いていたら親の躾(リスク感性)を疑います。
>ノーヘルは違反ではないので今は置いておくとして、個人的には信号無視、無灯火、逆走などの法律違反には罰金刑を設けるのが妥当かと思います。
免許制度の無い自転車は、違反取り締まりにはいきなり赤切符となり、車との量刑のバランスを欠くことが取締りがゆるい一因であると思います。
自転車は警察も切符を切れない自由な存在として市民権を得ている証拠だと思います。
>くそったれブログの世捨人さんのような考えの方がまだまだ多いと思いますよ。
自転車を蹴散らすかのようにクラクションを鳴らしたり、幅寄せしてくるドライバーもいますし、そこまで悪質でなくても、こちらの速度を認識していない為に対抗右折で突っ込んでくる車も多いです。
車道走行する上での当然のリスクのひとつとして受け入れることだと思います。
くそったれブログ~~と非難する(炎上させる)ことで、注目を浴びることは、逆に車道を自由に走行している自転車乗りにとっては迷惑です。
車の流れの迷惑にならないように自由に安全に走りますから、そっとしておいて下さい。
>自転車側も、車と一緒に走るのでルールの遵守は必須ですね。でないと「ルールも守らないくせにでかい顔で車道走るな」とか思われてしまいます。
疋田さんの掲示板でマラソン中継に映りこんでいた自転車で(歩道上を片手運転で携帯ピコピコしながら)応援する人が非難されていましたが、それと同じ違和感を覚えます。
時速15~20キロで走るマラソンの応援には、(あしたのジョーの丹下爺さん時代から)自転車が最適です。
歩道の上を走っても、右側通行(逆走)しても、片手運転しても、携帯ピコピコしても、飲酒運転のひき逃げや雪道での追突などに比べれば、可愛いものです。同じ自転車仲間として許してやって下さい。
車道走行・歩道走行のリスクの度合いを考えて下さい。
>これには賛成です。
歩道上の自転車走行帯は結局法律上は「歩道」ですので、歩行者を危険に晒すことと自転車の速度をフルに生かせないという現状の問題点は何も解決しません。そもそも車両である自転車のしわ寄せを歩行者に被らせるのは間違っていると思います。
駐輪場所に関しては、車の駐車場を減らしてでも確保して欲しい(車依存社会から自転車利用推進にシフトする意味で)と思います。
幹線道路には、大概、歩道に銀杏の街路樹とつつじの低木がありますが、つつじの低木を半分位にして自転車置き場にするのはどうでしょうか。
現実的だと思いますが、国土交通省の方々に是非検討いただきたいものです。
だけど、無自覚に無茶をすると事故を起こすリスクがあるということは、身を持って知るものだと思います。
単独事故ならそれもいいかもしれません。しかし、事故に歩行者が巻き込まれた場合はどうでしょう?
自分の子供が自転車に轢かれて怪我をしたら、あるいは死んだら、と考えると、その意見には賛同しかねます。
ノーヘルは違反ではないので今は置いておくとして、個人的には信号無視、無灯火、逆走などの法律違反には罰金刑を設けるのが妥当かと思います。
免許制度の無い自転車は、違反取り締まりにはいきなり赤切符となり、車との量刑のバランスを欠くことが取締りがゆるい一因であると思います。
>十分に市民権を得ていますよね
そうでしょうか?
くそったれブログの世捨人さんのような考えの方がまだまだ多いと思いますよ。
自転車を蹴散らすかのようにクラクションを鳴らしたり、幅寄せしてくるドライバーもいますし、そこまで悪質でなくても、こちらの速度を認識していない為に対抗右折で突っ込んでくる車も多いです。
自転車側も、車と一緒に走るのでルールの遵守は必須ですね。でないと「ルールも守らないくせにでかい顔で車道走るな」と思われてしまいます。
>個人的には、都心部の歩道に自転車レーンではなく、駐輪スペースを確保する運動が優先するのではないかと
これには賛成です。
歩道上の自転車走行帯は結局法律上は「歩道」ですので、歩行者を危険に晒すことと自転車の速度をフルに生かせないという現状の問題点は何も解決しません。そもそも車両である自転車のしわ寄せを歩行者に被らせるのは間違っていると思います。
駐輪場所に関しては、車の駐車場を減らしてでも確保して欲しい(車依存社会から自転車利用推進にシフトする意味で)と思います。
どういう規制を求めているのか、具体的でないため分かりません。
自転車は軽車両で車道通行が基本という現行法規制で十分じゃないですか。
ノーヘル、無灯火、信号無視、逆走でも切符(反則金)は切られない。
だけど、無自覚に無茶をすると事故を起こすリスクがあるということは、身を持って知るものだと思います。
そして、私は自転車に「社会からはみ出したアンダーグラウンドな存在」になって欲しくありません。
市民権を得て、車と肩を並べて堂々と車道を走れる。そんな社会を目指したいと思います。
自転車は軽車両で車道通行が基本ということで、十分に、堂々と車道を走れるし、走っていますよね。
駅前の多くのママチャリを見ても十分に市民権を得ていますよね。
現状をみると、個人的には、都心部の歩道に自転車レーンではなく、駐輪スペースを確保する運動が優先するのではないかと思っています。
どうでしょう。
全面的に賛成は出来ません。
確かに開放感は自転車の魅力の一つですが、全ての縛りから開放されると、無自覚に無茶をする輩が必ず出てきます。
それでもし事故が起こったらどうするか。
どれだけ慎重に走っていても事故は起きますが、気をつけていての事故と、無自覚に無茶をしての事故では責任の重みが全く違います。
>自然とルールやマナーや気配りといったことが身につく
確かにそういう方も居るでしょう。
しかし、歩道を走る自転車の大半が、未だに気配りもマナーもなっていないのが現状ではないですか?
そして車道を走る自転車も。
残念ながら、多くの人が関わる場合法律で一定のラインを作らないと上手くいかないのが今の社会だと思います。
そして、私は自転車に「社会からはみ出したアンダーグラウンドな存在」になって欲しくありません。
市民権を得て、車と肩を並べて堂々と車道を走れる。
そんな社会を目指したいと思います。
文面の印象からですが、自転車の良さは開放感だと思います。さんはノーブレーキピスト乗りの方でしょうか?
的外れでしたら笑って流して下さい。
携帯をピコピコしながらの学生はもちろんですが、
スポーツバイクユーザーにも言えると思います。
(もちろん、かっきーさんは違うと思いますが。)
ノーヘル、無灯火、信号無視、逆走。。。
「自転車ブーム」に乗っかり、ジテツーなんていう
ワードをBlogで多用して、人の真似ばかりしている
なんちゃってサイクリストなど。
やはり、自転車という素晴らしい乗り物を認めてもらうには、この様な輩をなくしていかないといかないと
思います。
上記意見には、賛同できません。
自転車の良い所は、法律・ルール・マナーから開放され、自由になり、行動範囲が広がるところではないでしょうか。
その上で、事故のリスクに身をさらしていますので、他者の気持ち(動き)に気を配らざるを得ないため、自然とルールやマナーや気配りといったことが身につくということだと思います。
自転車の良さは、「この様な輩」を許容できることだと思います。、
コメントありがとうございます。
私の場合、相手の立ち位置で物を考えられるようにしてくれたのは自転車と妻と息子だと思ってます。
家庭を持って子育てすると、それまで見えなかった物が色々見えて勉強になります。
思いやり、譲り合い、というものを、実践して子供に伝えていきたいと思っております。
多分あのような方って、自分が歩行者なら自転車や自動車に文句を云い、自分が自転車なら歩行者や自動車に文句を云い、自分が自動車なら歩行者や自転車に文句を云うタイプだと思いますよ。ようは、相手の立ち位置で物事を考えられない方なのかと。行き過ぎた個人主義教育の弊害なのでしょうか?近年、このような方を多く見かけるようになってとても残念です。
近年は公道に限らず、電車やバスといった公共の交通機関の中でもマナーの悪さが気になっております。混雑しているのに脚を組んでいたり、自分の前にスペースを作って新聞・雑誌を読んだりケータイ弄りをしていたり・・・・。車内での喧嘩や言い争いが昔より増えたのは、先に書いたように相手の立ち位置で物事を考えられない方が増えたからなのでしょうね。
あくまで公共の場、たとえ金を払っているから税金を払っているからと「自分のスペースを占有するのを当然」とは思わずに、「利用させてもらっている人間の一人なんだから、互いに譲り合おうよ。」という気持ちでいたいとつねづね思っています。
炎上しそうですか???
意見交換の範囲内ですよwww
考え方は千差万別なんでしょうけど、
皆さんが一つに向かって目指して欲しいのは、
お互いに交通ルール&マナーを守ることですよね♪
あっ、それと譲り合いと、相手を思いやってあげることでしょうか…
これが浸透すれば、“炎上”するようなことも無く、
そもそも、こういう話題が出ることは無いでしょうが。。。
当然、交通死ワーストワンの愛知の記録も無くなるでしょうし、全国の事故も減るでしょうし、
なんと云っても、自動車・自転車・歩行者が楽しく
行き来することが出来るようになると思いますよ♪
理想論かもしれませんが、
近づけたいです(*^_^*)
はじめまして。
私もじてつー者ですので、気にされる所は判ります。
Junyaさんの文章を私はこのように読みました。
『「自転車ブーム」に乗っかり、ジテツーなんていう
ワードをBlogで多用して、人の真似ばかりしている
くせに、肝心の法律やマナーの勉強をせず、ノーヘル、無灯火、信号無視、逆走をやらかしているなんちゃってサイクリストが問題だ』と。
どうでしょう?w
自転車との付き合い方は人それぞれですもんね。
私も学生時代は自転車旅行(野宿)をしたり、自転車通勤、通学をしてますので、「レース志向が偉い」とは思ってませんよ。
ワードをBlogで多用して、人の真似ばかりしている
なんちゃってサイクリストなど。
なんちゃってで何が悪いんでしょ?
法律とマナー守ってれば批判される筋合い無いはずですが。
人真似?初心者はだいたいそこからでしょうに。
それともアンタは最初からオリジナリティにあふれたすごい人だったのかね?
ローディってのは狭い了見の人が多いの?
抜かずに待つとは・・・素晴らしい!!
>>この十週秒で他に問題がおきますかねぇ。ちょっと流れが悪くなる程度ではないでしょうか?(原文ママ)
この考えは素敵ですね!
おっしゃる通り、まず自分が思いやりのある運転を示していく事が大事ですね。
速く走る事より、その方が「カッコイイ」ですね!
書き込みありがとうございます!
おっしゃるとおり、自転車側の問題も山積ですよね。。。
自転車について正しく学習する機会が無いことが1番の問題だと思います。
レース志向の人なら、ショップチームなどで走り方を教えてもらう機会がありますが、そうでない乗り手が大半ですからね。
じてつーでスポーツ自転車に乗る場合、速度も出ますし、売ったお店などで法律の概要や走り方を教えてもらえると良いのですが。
じてつーの伝道師、ヒキタ氏の本を読んでいれば色々判りますけどね。
まず自分が見本となる走りを心がけます!!
しかし、レース自粛とは・・・頭が下がります。
自分はまだまだ甘い環境でやってたのですね。
ボクは車の趣味もありますし、自転車趣味もあります。
どっちがどうじゃないと思っています。
ただ、両方趣味とする立場からコメントするならば車から自転車は虐げられている感覚はぬぐえません。しかしながら、弱者だから・・・と横着な歩行者、自転車のりがいる事も間違いないでしょう。
ボクは車に乗っているときは自転車だって車両ですから追い抜けないときは静かに後ろを走ります。後ろの車からクラクションを鳴らされようが、安全より優先するものは無いと思って無理には抜きません。無理に抜いて自転車と接触したり対向車と接触してもいけませんからね。ボクが住む地域ではほんの十数秒待てば安全に追い越しでるケースがほとんどですから。この十週秒で他に問題がおきますかねぇ。ちょっと流れが悪くなる程度ではないでしょうか?
ただし、自転車に乗るとき、歩いているときは道路を通行する権利がある以上、ルールを守る義務がある事は忘れてはいけないと思います。
最近、ちょっと感じていることなのですが、その交通手段にどれだけ興味があるかという事もマナーに差が出ませんか?スポーツバイク(自転車)やこだわった車に乗った人の方が運転マナーが良い人が多いとボクは思っています。
自転車側のマナーが悪い場合もありますが、車のマナーも悪い場合もあります。結局どっちもどっちかと。日本の道路事情からすれば車、自転車、歩行者がうまく共存できる社会になる様、自分の行動から示して行けたらなぁって思っています。
やっぱりマナーを守る人、他人を思いやれる人って心底カッコイイです。そしてボクはそんな人になりたいと思っています。
あちゃー。長文になっちゃった。お許しを・・・。汗
いつも楽しく読ませてもらってます。
自分もホビーレベルで楽しくロードバイクに乗っています。
私も家族がある身である為に練習時間の確保には
頭を悩ませています。
レースも今年1年は、自粛しました。
こんな私から見ても、
自転車のマナーの悪さには、心が痛いです。
携帯をピコピコしながらの学生はもちろんですが、
スポーツバイクユーザーにも言えると思います。
(もちろん、かっきーさんは違うと思いますが。)
ノーヘル、無灯火、信号無視、逆走。。。
「自転車ブーム」に乗っかり、ジテツーなんていう
ワードをBlogで多用して、人の真似ばかりしている
なんちゃってサイクリストなど。
やはり、自転車という素晴らしい乗り物を認めてもらうには、この様な輩をなくしていかないといかないと
思います。
かっきーさんの様なローディーばかりだったら、
自転車と自動車の共存できる日も近そうですね!
こんばんわ。
まあまあ、穏やかに。
確かに、一万円以下のママチャリと国産メーカーの物とでは、耐久性と安全性に格段の差があると思います。
私も漫画で得た知識でしかないですが(並木橋通りアオバ自転車店20巻第1話参照)、ブリジストンサイクルがどれだけ厳しいテストを繰り返している事か。
作中にもあるように、これほどの物が1万円で買えるわけありません。
もっとも、車体にトラブルが起きなくても、乗り手が気をつけてないと事故は起きるんですけどね。
乗り方もそうですし、メンテフリーだと思っているママチャリ乗りの方も多いですね。
やはり「啓蒙」ですねえ。。。
安全はタダで買えると思っているおめでたい方々ですね。
ご意見ありがとうございます。
自動車を批判、ではなくて、自動車をステータスシンボルにしている精神性を批判してるんですけど。
自動車利用に偏重しすぎているってことも批判してます。
マイカー利用の一部でも、自転車やバス地下鉄などで代替できる社会になれば、ということです。
どちらにしろ「自動車」そのものを批判しているわけではありません。
我が家にも2台ありますし。
現状では東京23区内以外の地域で、車無しの生活はきついんじゃないでしょうか。
そこをこれからどう改善するか、ですね。
ロードプライシングを導入して、公共交通機関の拡充と自転車道整備に充ててくれると理想的なんですけど。
ママチャリは前述の通り全否定しているわけではありません。
しかし、今自分がやっている自転車通勤の距離、最短ルートで8kmですら、ママチャリではつらいでしょうね。
買える買えないはお金の使い方次第だと思いますよ。現に我が家は社会の底辺、低所得の介護職で食ってますw3ナンバーも5ナンバーも諦めて軽にすれば、ロードレーサーは買えちゃいます。これは例えですけどね。
どこにお金をかけるかは各家庭の方針ですし。
我が家も自転車のお金は少ない小遣いからやりくりしていますよ。
練習に関しては、気をつけますとしか言いようがないですね。
交通量の少ない周回コース以外はLSD(心拍数78%以下。有酸素運動のレベルです)基調で回ってます。
家族の居る身ですから、こちらとしてもリスクは避けたいです。
一点言わせてもらえば、車から見て怖いかどうかより、歩行者から見て怖いかどうかの方に重きを置いて走っています。
しかし、こう「ママチャリ否定」という意見が続くという事は、やはり文章に問題があったのですね。
今回はK子さん(妻)の校正が入っていないので、良くなかったようですね。。。
どちらが熟成された文化かは言わずもがなです。
はじめまして
私も自転車乗りですけど、自動車をこうやって批判して「自転車がエライ」って言うのはどうなんでしょう?共存できる環境のためにお互い理解しあってこそ話が進むのでは?
またかっきーさんのように、高い自転車を買えない方もたくさんいますので、ママチャリ批判もどうかと思います。
自転車通勤でレースの練習っていうのもやめた方がいいのでは?かっきーさんが安全だと自負していても自動車から見ると怖いと思いますよ。
同じ自転車乗りとして、ひとつの意見でした。
どうしてもアニメネタに行くのね、我々♪
>名無しさん
貴重なご意見ありがとうございます。
>>多数側の意見について気が大きくなっているようですね
むしろ2ちゃんなんて危険地帯?に載ってしまって内心ビクビクしてますよw
>>行数を稼いで見栄えを良くするためか知りませんが安いシティサイクルをこうも卑下する意味が分かりません
これでも行数抑えたんですがねえ・・・
「安い」シティサイクルを卑下する理由は、本文にある通り、安全性と性能に問題がある為とお手軽さがマナー軽視を生む為です。
3~5万円くらいのしっかりした作りのものなら、近所の足としてはアリだと思います。これも本文にありますが。
ただ、「近所の足」では車の代わりにはなりませんよね?
車を減らすという観点で見た場合、ロードバイクの方がより適当だと思うだけです。
どっちが偉いとか優れているとか言うつもりはありません。使う目的が違いますから。
しかしそのように受け取られたなら私の意図ではありません。表現に問題があった事をお詫びします。
>>それに、高速で移動することは確かに安定性に繋がるのは分かりますがそれが安全性に直結する分けではありません
これは全くその通りですね。
乗る側の注意やルール遵守の姿勢が不可欠だと思いますよ。
多数側の意見について気が大きくなっているようですね
行数を稼いで見栄えを良くするためか知りませんが安いシティサイクルをこうも卑下する意味が分かりません
そういった自転車に乗っていようとマナーを守る人間は居ますし、
貴方の様に「高い自転車に乗っているから偉い」と勘違いするインテリジェンスの低い人間もいます
そのように安価なママチャリに乗っている人間を高価な自転車に乗りながらバカにすることと、
車に乗りながら自転車をバカにすることは何が違うのでしょうか?
私には全く同じ種類の馬鹿に見えます
それに、高速で移動することは確かに安定性に繋がるのは分かりますがそれが安全性に直結する分けではありません
まあ、今更ながらに車に依存しすぎな人たちがいかに多いかというのも事実。
日本の新車登録でAT車の登録が9割以上といわれ、AT大好きそうなアメリカよりもAT率が高い割合というのが日本人は横着者が多いのか?という気にもさせられます。
でも最近のガソリン価格高踏の影響で、天下のト●タでさえクルマが売れずで、突然連休もらえる労働者も多いみたい。
そこまで依存しきっていたからこそ、いまようやく一つのターニングポイントに来ている事を世間一般の人達にも自覚をする時期に来たのだと思うんだけど・・・
きっと楽チンな方を選ぶ人が大多数なんだろうね。それこそ『地球滅亡まで あと○○日』とかになってから慌てだすのかも?w
まあ、狭い了見しか持ちたがらない且つ自分に不都合な事には目を瞑るようなジャーナリスト(笑)には何を言っても無駄かと。
最近みたTVCMで、「世界の20%の人たちが、地球のエネルギーの80%を消費している」(だっけ?)っていう台詞が、物凄く考えさせられた。w