中軽井沢付近から噴煙を吐く浅間山を見る。2006・10・18
難しい言い回しも、奇想天外な筋立てもない。耳に優しい言葉で淡々と、建築事務所の仕事、人間関係、時間の流れが語られる。
あらすじ。
大学の建築家を出る僕は、思い切ってある建築事務所を訪ね、就職することができた。所長の老建築家は大戦前のアメリカでライトに師事し、派手ではないけれど一歩筋の通った美しい建築を生み出してきた人。
事務所は夏の間だけ、東京の暑さを逃れて北軽井沢の「夏の家」に移転し、そこで合宿しながら仕事をする。その年、「国立現代図書館」のコンペに向けて、所員一丸となって図面を引き、模型を作り、アルバイトとして建築家の姪が加わる。
ルノーで毎週末軽井沢まで食材を買い出しに行く僕は、やがて姪の麻里子と恋に落ちるが、若い僕は歳上の麻里子の魅力に強く引き付けられながらも、まだ結婚への一歩が踏み出せないでいる。
コンペの直前、建築家は脳こうそくで倒れ、作品は参考作品として参加するにとどまった。事務所は解散し、所員はそれぞれが新しい場所へと巣立っていく。
長い年月がたち、廻りまわってその夏の家を手に入れることになる、初老になった建築家の僕。奇跡のような美しい一夏を思い出しながら、暖炉に薪を置いて火を入れる。
と、簡単にはしょればこういう筋立ての小説。久しぶりに心がすっきりするものを読んだ気がする。
人の善意、自然の美しさ、そして押しとどめることのできない時間の流れと人の心の移ろい。この作品には、普段私たちが経験しても、忙しさにかまけて意味を考えることも言葉を与えることもなかったことを掬い取ったような作品だと思った。
細部の描写が秀逸。説明するな、描写せよというあれである。神は細部にこそ宿り給う。
例えば、夏の初め軽井沢入りするときの車5台、クリーム色のボルボ240ステーションワゴン、ダークグレーのメルセデツベンツステーションワゴン300TD、メタリックブルーのシトロエンDS21、濃紺のプジョー305ワゴン、黒いルノー5・・・
全部外国車。外国車の展示会みたい。服装がその人となりを表すように、車だって。おしゃれやなあ。いいなあ。買うのは大変だけど、小説だから書けばいいんですものね。でも私にはどんな車か皆目見当がつかない。憚りながらトヨタカローラやマツダファミリアならわかる。エッヘン。
シュトロエンといえばその昔、「万延元年のフットボール」という大江健三郎の作品で、主人公の弟星男が東京からはるばる愛媛の山奥まで乗ってくるという設定があった。高速道路のない当時は、国道1号線、2号線と走り、岡山あたりからフェリーで四国へ渡ったのかしら。それとも昔は長距離フェリーというのがたくさんあったので、船に積んだのかもと半世紀近くも前のことをふと思い出した。あの小説で初めて、それが外国車の名前と知ったのでした。ちなみに私の親は当時は白いファミリアのオーナーでした。
話をもとへもどすと、ええなあ、みんな洋食食べてるし。ご飯に味噌汁、野沢菜の漬物なんて出てこないし。日本じゃないみたい。野上弥生子を髣髴とさせる小説家もよく書けてる。
信州や軽井沢の好きな私は今日一日で読んでしまいました。また軽井沢に行きたくなった。
以下は以前の旅行で撮った写真。よかったら見てください。
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