蚊取り線香の話で、財団法人の研究所に派遣されたと書きましたが、ここで2年ほど忘れられない研究をしました。それが昆虫の幼若ホルモンです。
これは1970年代とずいぶん昔の話ですが、このころ私の好きな分野である天然物化学では、自然界に存在する微量物質の探索が活発に行われていました。ほとんどが大学の先生ですが、その成果として昆虫のホルモンやフェロモン類が発見されていました。ホルモンというのは人間と同じで、生体内のいろいろな機能に関与する重要な物質で、フェロモンというのは他の個体に作用する、例えば性フェロモンや集合フェロモンというものが見つかっていました。
このうち幼若ホルモンは、変態する昆虫は、幼虫・蛹・成虫と変わっていくわけですが、この変態を制御するホルモンです。こういう物質は一つ見つかると次々発見され、幼若ホルモンだけでも数十種類が見つかっていました。この幼若ホルモンは非常に複雑な構造で、簡単には化学合成できないようなものでした。ある日私のボスが文献を持ってきてくれて、そこには天然の幼若ホルモンとは全く違った形の化合物が、幼若ホルモンと同じような活性が出たことが報告されていました。この化合物は当時私がやっていたものと、いくつかの類似性があり、私の化合物も幼若ホルモン活性を狙ってみようということになりました。
この研究の流れもいろいろ面白かったのですが、結果として1年後ぐらいに、非常に強い幼若ホルモン活性を持つ化合物を作ることができました。これは合成法も簡単で、もちろん大量合成も可能ですので、実用化が近いと喜びました。しかし用途が問題になりました。幼若ホルモンは蛹化を抑制しますので、うまく蛹になれずに死んでしまいます。ですから殺虫剤としての用途が考えられるのですが、欠点として幼虫の時期が伸びてしまいます。害虫の被害は幼虫が葉などを食べて出るわけですので、害虫は死ぬのですがそれまでに被害が大きくなってしまうのです。
そこでカイコに目を付けました。適量のこの化合物を与えると、幼虫の期間が数日長くなります。それが繭を作ると当然大きな繭になるわけです。実験では2倍程度の大きな繭作りに成功しましたが、ここでも大きくなった幼虫が食べるえさの量が問題になりました。大きな幼虫が食べる大量の餌の値段と、繭が大きくなり増える生糸の量との採算が合わないということになりました。そのほかいろいろな用途を探しましたが、このあたりは私のテリトリーではなく、報告を受けただけでした。
合成化合物ではあるものの、天然の幼若ホルモン活性という、環境にやさしい殺虫剤の先駆けになるのではと期待しましたが、結局実用化はできませんでした。私の若いころの研究として、良い思い出になっています。
これは1970年代とずいぶん昔の話ですが、このころ私の好きな分野である天然物化学では、自然界に存在する微量物質の探索が活発に行われていました。ほとんどが大学の先生ですが、その成果として昆虫のホルモンやフェロモン類が発見されていました。ホルモンというのは人間と同じで、生体内のいろいろな機能に関与する重要な物質で、フェロモンというのは他の個体に作用する、例えば性フェロモンや集合フェロモンというものが見つかっていました。
このうち幼若ホルモンは、変態する昆虫は、幼虫・蛹・成虫と変わっていくわけですが、この変態を制御するホルモンです。こういう物質は一つ見つかると次々発見され、幼若ホルモンだけでも数十種類が見つかっていました。この幼若ホルモンは非常に複雑な構造で、簡単には化学合成できないようなものでした。ある日私のボスが文献を持ってきてくれて、そこには天然の幼若ホルモンとは全く違った形の化合物が、幼若ホルモンと同じような活性が出たことが報告されていました。この化合物は当時私がやっていたものと、いくつかの類似性があり、私の化合物も幼若ホルモン活性を狙ってみようということになりました。
この研究の流れもいろいろ面白かったのですが、結果として1年後ぐらいに、非常に強い幼若ホルモン活性を持つ化合物を作ることができました。これは合成法も簡単で、もちろん大量合成も可能ですので、実用化が近いと喜びました。しかし用途が問題になりました。幼若ホルモンは蛹化を抑制しますので、うまく蛹になれずに死んでしまいます。ですから殺虫剤としての用途が考えられるのですが、欠点として幼虫の時期が伸びてしまいます。害虫の被害は幼虫が葉などを食べて出るわけですので、害虫は死ぬのですがそれまでに被害が大きくなってしまうのです。
そこでカイコに目を付けました。適量のこの化合物を与えると、幼虫の期間が数日長くなります。それが繭を作ると当然大きな繭になるわけです。実験では2倍程度の大きな繭作りに成功しましたが、ここでも大きくなった幼虫が食べるえさの量が問題になりました。大きな幼虫が食べる大量の餌の値段と、繭が大きくなり増える生糸の量との採算が合わないということになりました。そのほかいろいろな用途を探しましたが、このあたりは私のテリトリーではなく、報告を受けただけでした。
合成化合物ではあるものの、天然の幼若ホルモン活性という、環境にやさしい殺虫剤の先駆けになるのではと期待しましたが、結局実用化はできませんでした。私の若いころの研究として、良い思い出になっています。