ごっとさんのブログ

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腸内細菌と心血管疾患

2018-08-31 10:30:44 | 健康・医療
このところ腸内細菌が免疫などに重要な働きをしていることが分かり、注目されておりこのブログでも取り上げています。

ヒトの腸内細菌は1000種以上といわれ、100兆個ほどが大腸内に生息しています。腸内細菌叢はバクテロイデス、プロテオバクテリアなど4グループに大別され、それに属する複数の細菌で全体の98%以上を占めています。

近年腸内細菌について注目が高まったのは、ワシントン大学が発表した肥満と腸内細菌に関する研究です。一卵性双生児の肥満の方の便を無菌マウスに移植したところ、体重と脂肪が増えましたが、もう一人の痩せている方の便を移植しても変化がありませんででした。

この結果、肥満と腸内細菌に関係がありそうということが分かったわけです。日本で腸内細菌を精力的に研究している神戸大学によると、腸内細菌の遺伝子解析の技術が進歩し、病気の人の腸内細菌叢のパターンが分かるようになり、腸内細菌と病気に関する研究が世界的に広がっているようです。

神戸大学では動脈硬化などの心血管疾患に関しても、腸内細菌との関連が予想され研究を始めています。動脈硬化は血管の内皮細胞が、慢性疾患で障害されて進行し、この慢性炎症には腸の免役が大きくかかわているようです。

神戸大学では、入院している冠動脈疾患群39例、糖尿病や高血圧など心血管リスクを持つコントロール群30例、健常者50例の便の提供を受け、腸内細菌の比較を行いました。

結果として、健常者群では腸内の善玉菌であるバクテロイデス属菌が多く、対して冠動脈疾患群ではこの善玉菌が少なく、悪玉のファーミキュステ門の細菌が増加していることが分かりました。

特定の腸内細菌の関与について調べるため、動脈硬化モデルのマウスにバクテロイデス属の2種類の腸内細菌を週5日、10週間連続投与する動物実験を行いました。すると投与されたマウスは炎症が抑えられ、動脈硬化の進行が抑制され、さらに血中のサイトカイン類の濃度も低下しました。

まだこういった善玉菌による良い効果が見つかっただけで、どんなメカニズムかは分かっていませんが、心血管疾患には腸内細菌が大きく関与しているようです。

神戸大学は、腸内細菌が動脈硬化を進展させる作用として、3つの理由を挙げています。1つ目は腸内細菌や死んだ細菌が腸から血管に流れ、体内で炎症を起こすというものです。

2つ目が腸内細菌が短鎖脂肪酸など様々な物質を作り、それが体内に吸収されて、動脈硬化が進むのではないかという点です。3つ目は腸内細菌自身が宿主である人の制御性T細胞などの免疫細胞をコントロールし、炎症を調整することとしています。

今後こういった心血管疾患に対して、腸内細菌を制御するという治療法の開発に結び付くかもしれません。


AIによる有機分子の設計

2018-08-30 10:45:07 | 化学
理化学研究所革新知能統合研究センターの研究グループが、人工知能(AI)を用いて、所望の特性を持ちかつ合成可能な有機分子の設計に成功したと発表しました。

私のような有機化学者にとって、AIを利用して有機化合物を設計するということが一つの夢でもありました。

医薬品の開発をしている場合、ターゲットとなる酵素や受容体の立体構造が分かる時代になってきました。そこでこれを基にして基質結合部位のような活性部分の構造から、そこに最もうまく結合しそうな構造を設計するというのが一つの研究の流れです。

これは研究者が行っていましたが、コンピュータ(当時はAIという言葉はありませんでした)で計算させれば、もっと良い化合物設計ができるのではと考えていました。しかしそこには大きな課題があることも確かでした。

このように30年も前から所望の特性を持つ有機分子を計算機に設計させる技術が注目されていたわけです。しかしそのためには、有機分子を構成する化学法則を前もって入力しておく必要があり、労力がかかる上にすべての法則を網羅することは不可能でした。

しかし近年の「深層学習による人工知能技術」の発展により、複雑な有機分子を構成する法則を自動で計算機に学習させることが可能になりました。これにより、AIを用いて機能性分子を設計する技術は飛躍的な発展を遂げ、多数の新しい分子が設計されました。

しかしこのようにして設計された有機化合物が実際に合成できるのかについては、これまで検証されたことはありませんでした。一方で「量子力学に基づいた分子シミュレーション技術」が急激に発展しました。

機能性分子の多くには、分子の量子力学的性質から発現される特性が利用されており、この技術は分子設計に不可欠な技術といえます。

研究グループは有機化合物の特性の一つである「光吸収」に注目しました。設計方法としては、データベースにある水素、炭素、窒素、酸素原子で構成される分子量400程度の13,300個の有機分子に関する情報を入力し、深層学習の手法によってあらゆる有意分子の法則を学習させました。

次に特定の吸収波長を持つ分子をある手法で探索しました。さらに探索された分子の性質と安定性を、量子力学に基づいた分子シミュレーション技術によって計算しました。

この結果3,200個の分子が設計され、このうち86個が安定かつ所望の吸収波長をもつ分子と決定しました。この内6個を実験で合成し、紫外化吸収スペクトルを測定したところ、6個のうち5個が特定の吸収波長を示すことが分かりました。

今回は光吸収という簡単な性質ですが、私が考えていた医薬品をAIによって設計するという夢に一歩近づいた気がします。


細胞数の多いゾウはなぜガンが少ないか

2018-08-29 10:44:10 | 自然
身体の大きいゾウは、小型哺乳類の数百倍もの細胞を持つため、ガンになる確率が高いはずですが、実際には少なくこれを「ペトのパラドックス」と呼ばれています。

人間は30兆個ほどの細胞からできており、さらに多くの微生物が共生することで活動しています。細胞は時間とともに分裂し、新しいものが古いものに置き換わっています。しかしこの細胞の入れ替えの過程において、遺伝子のコピーに失敗するのは避けられず、多くの場合この変異がガンのもととなっています。

2015年アメリカユタ大学の研究グループは、このパラドックスにまつわる重要な発見を発表しました。この発見はゾウにはガンを抑制するP53という遺伝子が多いということでした。人間の遺伝子には1組しか存在しないP53が、ゾウには何と20組も存在していることが分かりました。

動物の細胞が分裂するとき、P53は遺伝子の良否を診断する医者のような役割を担っています。この点は人間でもゾウでも変わりありません。

軽度な問題を抱えた細胞なら修復できますが、破損の度合いが大きい場合は、細胞がガン化するリスクがあるため、P53はその細胞を殺すように命じます。ほとんどの動物では細胞を修復する方法が取られますが、ゾウでは細胞を殺すケースが多いようです。

アメリカシカゴ大学の研究グループは、この細胞を殺してしまう遺伝子に目を付けました。アフリカゾウと小型哺乳類を対象に、他の遺伝子の違いについても調査を行いました。その結果浮かび上がったのが、生殖能力を高める働きのある「LIF遺伝子」の1つのLIF6という遺伝子でした。

生殖能力とガン予防は全く別のことのように思えますが、LIF6には別な機能、つまり傷ついた細胞を殺す役割があることを発見しました。

小さなウサギから巨大なクジラまで、哺乳類にはLIF遺伝子は1組しかありませんが、ゾウやその親戚、マナティーなどにはたくさんのLIF遺伝子があり、ゾウは7から11組も持っているようです。

なかでも、傷ついた細胞を殺す役割と関連があるのはLIF6だけで、これまでのところゾウ以外にはLIF6は見つかっていません。今回の研究によれば、LIF6がゾウの遺伝子に登場したのは、約5900万年前で、壊れた遺伝子だったものが進化するにつれてこの遺伝子も蘇ったようです。

ゾウがガンに悩まされない大きな体を手にすることができたのも、この復活のおかげかもしれません。実際研究グループが研究室でアフリカゾウの細胞のDNAを破壊すると、P53がそれを見つけLIF6遺伝子を作動させ、LIF6が破損した細胞を殺したと考えられる現象が観察されました。

このような研究成果はガンの予防にはつながりませんが、細胞数の多い生物はガン化を防ぐメカニズムを持っているというのは、面白い自然の摂理のような気がします。

白血病に新たな治療法

2018-08-28 10:09:05 | 健康・医療
遺伝子操作した免疫細胞を体内へ戻してガンを治療する「CAR-T細胞療法」の開発が進み、実用化研究がスタートしました。

名古屋大学病院で、2018年2月から急性リンパ性白血病に対して臨床試験が始まっています。

急性リンパ性白血病は、骨髄で作られる血液細胞の内、リンパ球が幼い段階でガン化し無制限に増殖する白血病です。成人では比較的まれで10万人に1人程度発症率ですが、2~4歳の小児で最も頻度が高く10万人に7~8人発症し、小児では最も多い病気です。

このなかで骨髄移植をしても再発してしまうような難治性の症例に対して、この「CAR-T細胞療法(キメラ抗原受容体遺伝子導入T細胞療法)」が有効とされています。

この治療法は、免疫に関与する治療ですが、免疫チェックポイント阻害薬とは異なり、患者自身の免疫細胞を体外に取り出して、遺伝子操作で加工したものを体内へ戻して、ガンを攻撃するという治療です。

CAR-T細胞とは、キメラ抗原受容体(CAR)の遺伝子を導入したT細胞という意味で、免疫細胞の一つです。白血病細胞の表面にあるCD19という抗原を認識できる抗体とT細胞を合体させ、ガンを敵として認識する力と攻撃力を併せ持った細胞にします。

体内に入れると、標的とするガン細胞を見つけて攻撃し、同時に自らも増えていくメカニズムを持っています。この細胞療法は。2017年8月アメリカで0~25歳の患者に対して承認され、臨床試験では骨髄移植も駄目であった患者の80~90%で、治療後ガン細胞が検出されない完全寛解に至りました。

ただしアメリカで承認されたこの治療法は、安全対策や施設整備にかなりの費用が掛かり、薬価のみで5300万円と高額になっています。名古屋大学で開発した酵素ベクター法では、遺伝子導入のコストは10分の1程度に抑えられる見込みです。

既に始まっている臨床試験では、16~60歳の骨髄移植後に再発した人、3人を対象に行い、安全性が示せたらさらに3人、次にCAR-T細胞を3倍に増やして3人と順次評価していきます。この方法では再検証を入れても24人で終了する予定です。次が第2相試験と進み、数年後には新薬として保険承認を目指しています。

ただしこの治療はサイトカイン放出症候群という副作用があり、高熱や血圧低下、ショック症状などが起こる可能性があるため、ICUで管理する必要があるようです。

この治療法はさまざまなガンの抗原を認識できる抗体を見つけて使えるようになれば、他の血液ガンや固形ガンでの実用化も可能になると期待されています。こういった新たな免疫療法も徐々にではありますが、確実に進展しているようです。

アトピー性皮膚炎に10年ぶりの新薬

2018-08-27 10:36:21 | 
アトピー性皮膚炎では、ステロイド軟膏を丁寧に塗っていても症状を抑え込み切れずに、皮膚にかゆみの強いしこり(痒疹結節)やかきむしってごわごわになった部分(苔癬化)が増えてくる人が一部にはいるようです。

こういった強いかゆみで眠りが浅い、集中できないなどQOL(生活の質)が低下するような人を対象として、月に2回の注射で大幅に症状を改善させる新薬が登場しました。

アトピー性皮膚炎についてはこのブログでも取り上げましたが、私の息子も大学生のころ発症し、10年以上悩まされていました。私の職場でも何人かいましたが、やはり最近になって増加しているような気がします。やはり清潔さが重視され、子供のころ免疫システムがしっかり構築されないというようなことが影響しているのかもしれません。

アトピー性皮膚炎では、ステロイド外用剤などの塗り薬を適切に使うことが標準治療となっています。標準治療でなかなかQOLが改善しない中程度〜重度の治療法として期待されていたのが、これにプラスできる全身療法でした。

最近アトピー性皮膚炎の新たな全身療法(注射剤)として登場したのが「ヂュピルマブ」という抗体医薬で、2018年1月に製造販売承認を受け、4月より一般向けにも診療が開始されています。

臨床試験でヂュピルマブを使用した群では、皮膚のかゆみなどが大幅に改善しました。中程度〜重度の患者は、炎症によるかゆみで皮膚をかくことが皮膚のバリア機能を低下させ、そのため炎症が悪化するという悪循環が起きていたものを断ち切ることができました。

痒疹結節や苔癬化のあった皮膚がつるつるになり、注射を止めた後も良い状態のまま維持できている人もいるようです。

アトピー性皮膚炎では、免疫システムのうちアレルギー性疾患に関係する2型炎症反応が過剰に働いています。この中心的な免疫細胞がTh2細胞で、これからIL-4(インターロイキン)、IL-13というサイトカインが放出され、それによって色々な症状が誘発されることが分かっています。

ヂュピルマブは、このIL-4、IL-13に対する抗体医薬で、受容体に結合してその後の伝達指令を阻害するというメカニズムです。さらに皮膚のバリア機能を正常化させ、アトピーの悪循環から抜け出すのを助ける働きもあるようです。

こういった新薬の開発によって、アトピー性皮膚炎も寛解する病気となるようですが、最近の新薬が抗体医薬が多いというのがやや気になるところです。

タンパク質の機能を阻害する方法としては抗体が最も確実ではありますが、やはり抗体もタンパク質ですので、体内に投与する場合の安全性が本当に確認されているのかなどこれから問題が出そうな気もしています。それでも重度の患者にとっては朗報といえるでしょう。