ごっとさんのブログ

病気を治すのは薬ではなく自分自身
  
   薬と猫と時々時事

薬が患者さんに届くまで 続

2015-02-28 11:40:49 | 
前回製剤研究について書きましたが、剤形が決まってもまだまだ調べなければいけないことがたくさんあります。
次がADMEといわれる、吸収、分布、代謝、排泄の良い結果が出ないと薬にはなりません。まず吸収ですが、注射剤の場合は、動脈注射はもちろん皮下や筋肉注射でも、ほとんど100%が血液中に入ります。しかし経口投与の場合は、どのくらい腸管吸収があり、血液中に入っていくかが問題となります。これを生物学的利用能(BA)と呼びますが、当然なるべく高くなければいけません。最終的には人間のBAを測定する必要がありますが、これは臨床試験まで分かりません。動物実験に使うような小動物は、大体人間より吸収性は高いようです。ですから動物実験では、かなり高くないと人間には使用できないわけです。およそ30%が最低値とされていますが、これより低くなりそうな場合は、もう一度製剤研究に戻り、吸収促進剤の添加や、吸収性のよさそうな剤形を作り直すことになります。

実験動物は、何代も前から系統をそろえ、生まれた日も同じもので実験するので個体差は出ないのですが、実際に人間が使う場合はかなり個人差が大きくなります。例えばBA30%の場合は、平均的にはそのくらいでも、人によってはすべて吸収してしまうようなケースが出てしまいます。この場合、適用量の3倍投与してしまうことになるわけです。こういった可能性も含めて、吸収性能はあらゆる角度から測定するわけです。

次が「分布」の問題です。投与した薬剤が吸収され、血液中に入っても目的とする臓器にとどかなければいけません。血液中には様々なタンパク質などがあり、薬剤がどういう風に結合するかなどによって、全身に均一に分布するわけではありません。特に脳の薬の場合は、脳の前に「脳血管関門」という膜があり、これを通らないと効果が出ないわけです。
この分布を調べるというのは非常に大変な作業で、動物からすべての臓器を取り出して、その臓器中の薬の濃度を測定するのでは、あまりに時間がかかります。少し前までは、このために放射性同位元素とよばれる(通常はトリチウムという水素の仲間です)物質の入った薬を作り、これで放射能を測定する方法などが利用されていました。最近では紫外線で発光する物質を使うなどして、実験動物を殺さずに測定されています。

こういった実験により、しっかり吸収されて血中にはいり、目的とする臓器に分布することが確認されて初めて次のステップに進むわけです。
 

ブログ開設から半年たちました

2015-02-27 10:46:20 | 日記
ブログ開設からそろそろ半年になり、何件ぐらいの記事を書いたのか数えてみました。昨日までで150記事を超え、我ながらよく書いたなという気がします。1記事を大体1000文字を目安にしていますので、15万文字入力したことになります。
どこかで書きましたが、もともとは会社を退職しかなり時間の余裕ができたこと、集中して何かやることでボケ防止になるかということで、ブログを書いてみようと始めたものです。追加すれば、私は今年まで大学の非常勤講師をしていました。その講義の中で医薬品に関連するような、いわば余談をいろいろ入れていました。これは資料の中には、簡単な箇条書きで残っていますが、どんな話をしたのか忘れそうです。医薬品や医療というのは、年々進歩していますので、修正を加えながら話をしていました。これも終わりになりますので、学生に話したことを、何かに記録しようかということもブログを始めた理由の一つです。

開始当初は、講義で取り上げた内容のうち、あまり専門的でないことを次の日にブログに書くということで、いわば記録としていました。これだけではすぐに書く内容がなくなってしまいそうなので、猫の話やテニス、時事問題などを入れていったわけです。

現在は、起きて朝食を摂り、片付け的なものを終わらせてから、1時間弱程度パソコンに向かうのが日課になっています。今のところは、過去にどんな記事を書いたのか大体覚えていますが、そろそろ限界なのかもしれません。特に医薬や医療関連は、前にどこまで書いたか読み直す必要が出てきています。

このブログをどういう経緯で読むのかが、どうもよくわかりませんが、通常80前後のアクセス数なのに、たまに200前後という多い日も出てきます。こういったアクセス数というのも、どの程度なのか確認するのも楽しみになっています。
私の記事の内容は、思いつくままですので割と真面目なものから、くだらない内容まで様々ですが、どうもアクセス数と内容には関連がないようです。別にアクセス数を増やすことが目的ではありませんが、このあたりも一度調べてみようとは思っています。

これからも当面は200記事を目標に、できるだけ毎日更新するつもりですが、前にどんな表現したかなど、調べるのがだんだん大変になっています。似たような記事を書いてしまう可能性もありますが、いろいろ情報を新しくして続けたいと思っています。

水道蛇口の補修

2015-02-26 10:44:53 | 日記
昨日、風呂場の蛇口の水漏れの補修工事をしました。かなり前に風呂場の蛇口のもとから、水漏れがしてその時はスパナで締めるだけで止まりました。今回はかなりぽたぽた出ていたのですが、数日前からちょろちょろ流れるようになり、本格的に直すことにしました。
まず水道の元栓を閉めに行ったところ、金属のふたを開けると土がいっぱいに入っていました。たぶん昨年秋、家の庭にモグラが入り込み、庭中ぼこぼこになったことがあり、その時に土が入ったようです。土を掻き出してから元栓を閉め、蛇口修理を始めました。風呂の蛇口は、お湯の出るパイプと水のパイプになっており、お湯のほうのパッキングが駄目になったようです。両方はずしてみると、お湯のほうは3分の1ほど残っているだけで、パッキングがボロボロになっていました。こんなものは、かなり離れたホームセンターまで行かないとなさそうですが、このためだけに行く気にもなれず、代わりを探しました。

素材としては、皮が一番よさそうですが、切り出してもよいものは見つかりませんでした。家の中を適当なものはないかいろいろ探しましたが、応急処置的に使えそうなものが見つかりません。結局あきらめ、ガムテープを7,8枚重ねたもので代用にしました。しかっり止まるかどうか不安でしたが、きつく締めたところ完全に水漏れは止まり、次にホームセンターに行くまでは持ちそうです。

我々の世代は、初めてのことであっても何とかやってみようと試みる世代といえます。いつごろからかわかりませんが、今の若者は全く自分でやろうという気がないようです。昨年辞めた職場は、30歳前後の研究者が多かったのですが、彼らはすべて人任せでした。ある時ドラフトという換気実験台の蛍光灯が切れてしまいました。それを言ったところ「業者に連絡しておきます」とのことでした。私は資材倉庫から蛍光灯を持ってきてもらい、自分で収納スペースのねじを外して交換しました。またある実験装置に不具合が生じたとき、簡単に治りそうだからといって、私が行くまで待っているということもありました。

なぜこんなに自分でやろうという気がない者ばかりになってしまったのでしょうか。教育の問題でしょうか。それともあまりにも過保護に育てられたためなのか、どうもよくわかりません。彼らも親になる歳になっていますが、たぶんその子供も同じようになりそうな気がします。現在の機器類は、分解して直すことなどとてもできない物ばかりになっているためかもしれませんが、嘆かわしい風潮であることは確かです。

女性管理職30%は可能か

2015-02-25 13:07:22 | 時事
政府がリーダー的地位を占める女性を、2020年には30%に引き上げることを目標に掲げました。これを達成するにはいろいろ問題がありそうです。
私はこのような目標の必要性を、やや疑問に思っていますので、偏った意見になるかもしれません。
まず就職するところから、まだ平等ではないようです。どこのデータかわかりませんが、新卒の企業の採用比率は、まだ女性は40%程度と低いようです。また働く人自身の意識の問題もあります。私は会社員といっても、やや特殊な職場でしたので、一般的でないかもしれませんが、男性は就職すれば少しでも上の地位を目指して頑張ろうという意識があるような気がします。女性はどうでしょうか。よく男性に負けずにバリバリ仕事をする女性という言い方がありますが、こんな言葉が出てくること自体、男女平等という意識が浸透していない表れだと思います。

最近の調査で、若い女性の専業主婦願望が高まっているという記事を見ました。これは明らかに流れと矛盾した結果といえます。なぜこのような傾向になったかの解釈はいろいろあるようですが、一つの傾向として興味深いです。
仕事に専念している女性はもちろんいますが、それほど多くはなくとても管理職30%にはならないでしょう。したがって結婚して子育てをするような女性も、登用する必要が出てくるわけです。そのため家庭、特に育児と仕事の両立という、かなり難しい問題が出てくるわけです。

日本は伝統的に家族を大切にしていますが、核家族が増加し内容はかなり変わってきていると思います。したがってそれに対応した制度が必要になるはずですが、夫婦別姓というような単純な問題も反対勢力が多いような状況では、まだ昔ながらの家族制度が前提のようです。つまりこのあたりの意識改革ができなければ、家庭と仕事の両立とか言っていても、所詮嫁の手助け程度の体制しかできず、根本的な解決とは程遠いでしょう。
 
女性の活躍を進めることには賛成ですが、本来いろいろなライフスタイルがあり、個々の人に最も適したものを選べることが重要なのではないでしょうか。すべての女性が家庭と仕事を両立させ、職場でも活躍するといったことを前提にすることはあまり意味がありません。単に海外での数値を持ち出し、それに遅れているから何とかしようというのでは、日本の伝統や文化を否定しているような気がします。

男性が一人で家庭を守ることができるような、社会環境を進めたほうが、少子化対策には良いような気がします。

パチスロの将来

2015-02-24 10:54:54 | ギャンブル
ずいぶん前に私のパチスロ日記を掲載しましたが、このところまたたまにパチスロを打つようになりました。日曜日に少し離れた店に行きましたが、ここは本当に混んでいます。私がよく打つ游パチや1円パチンコは、空き台がほとんどないほどです。ホールの中をぶらぶら回ったところ、パチスロコーナーでパルサーの旧タイプが1台空いていました。この機種を打つときは、最初は必ず7を狙って(左にとまったボーナス絵柄)止めています。するとそのまま7が揃ってしまい、かなり驚きました。1ゲームでビッグボーナスをひくとは!隣のおじさんもびっくりしたようです。しかしそのあとレギュラー1回で飲まれてしまいました。

この頃はこのような機種を置いてあるホールは本当に少なく、家の近くではジャグラーしかありません。私はAタイプしか打ちませんので、時々ジャグラーも打っているのですが、かなり人気も高く他の機種が空いていても、ほぼ満席になっています。私はジャグラーが入った時の「ボコッ」という音が好きなのですが、今のうるさいホールでは聞こえないためか、派手な音をだし、ランプを回転させるという演出はあまり好きになれません。
それはともかく、なぜ今はATやARTしか新台として出ないのでしょうか。たぶん合法的に大量に出すためには、こういった方法しかないのかもしれません。しかし1ゲーム3枚程度が延々と続くのが面白いとは思えませんが、それなりに客がいるというのは人気があるのでしょう。

私の知人もこういった機種で13,000枚だし、5,6時間かかったと言っていました。こうなるともはやスロットの概念が違ってきたとしか言いようがありません。
液晶やその他の役物は、当たりや子役告知のためについたと記憶しています。それが液晶演出がメインになり、リールはおまけのようになってしまいました。つまりスロットの止まった形を見て、パターン認識するのが楽しみでしたが、リーチ目が死語のようになった現在では、そんな機種ははやらないのかもしれません。スロットが大勝することもある液晶ゲームになってしまいましたが、たぶんそれなりの楽しみ方はあるのでしょう。しかし私の知人の話では、時間当たりいかに多くのゲームを消化するかに専念していうようでは、あまり楽しんでいないような気もします。

こういったATという機能も、規制の対象になる時期が来るような気もします。その後のスロットがどんな形になるのか予想できませんが、射幸心をあおることなく大勝できるようにという方向だけでは、将来のスロットは暗いような気がします。