今更、3月17日のことを記事化してすみません。
先月17日から18日まで、18きっぷを使用して、奈良方面へ1泊旅行へ出かけた。
17日の朝、マイカーで熊山駅へ向かった。
熊山駅に着くと、無料駐車場に車を止めて、駅へ向かって歩いた。
18きっぷにスタンプを押してもらい、改札の中へ入った。
7時34分発の1302M普通列車・姫路行きに乗車。
列車は、115系更新車の4両編成だった。わたしは、最後尾のクハ115-1209に乗車。
かなりの席が埋まっていたが、何とか着席できた。
列車は、和気、吉永、三石に停車し、船坂トンネルを通ると、兵庫県に入った。
そして、上郡駅に停車。そこでは、多数の乗車があった。
それから、列車は、有年、相生、竜野、網干、はりま勝原、英賀保に停車し、終点の姫路には、8時34分に到着した。
姫路からは、3222M新快速に乗車した。
列車は、223系の12両編成で、わたしが乗車したのは、最後尾のクハ222-1012だった。
その日は、その列車は、姫路から大阪まで、女性の車掌が乗務していた。
大阪駅に着くと、大和路快速に乗り換えた。
大阪環状線内回りのホームに行き、3448K大和路快速に乗車。
列車は、10時25分に大阪を発車した。
221系電車6両編成の列車で、わたしは、クハ221-43に乗車した。
列車は、天王寺までは、大阪環状線内回りの線路を走った。
天王寺からは、関西本線に入った。
天王寺を出ると、次は、久宝寺に停車し、久宝寺を出ると、奈良県の王寺駅までノンストップである。
その付近では、大和川に沿って走っていた。
車窓からは、背の高い建物は少なくなり、低層の住宅が多くなってきた。
だんだん山の中に入っていったが、大阪への通勤圏のせいか、住宅が多かった。
トンネルを抜け、しばらく走ると、王寺の町が目に入ってきた。
マンションやアパート、一戸建ての住宅などが多いが、郊外型の店舗も目に入った。
そして、王寺駅に停車した。
王寺からは、終点の加茂まで、各駅に停車する。
列車は、大和盆地の中を走っていった。
奈良駅には、11時11分に到着した。
高架の奈良駅に止まると、下車して、エスカレーターで降りていった。
わたしは、JRの奈良駅は、一昨年の晩夏にも利用したが、そのときとは様子が変わっていた。
改札内に、きれいなトイレが設置されていて、仮説トイレがなくなっていた。
ところで、今年は、平城遷都1300年の年である。
奈良駅では、せんとくんが、駅で観光客を出迎えていた。
奈良駅から外に出ると、興福寺へ行くために、バスに乗車した。
バス乗り場に行き、まもなく、市内循環バス「バンビーナ」が来たので、それに乗車した。
観光客向きのレトロ調のバスである。
バスが停車すると、前側の扉から乗車。運賃は200円で、先払いだった。
運転手は、専用の制服を着た女性が乗務していた。
県庁前停留所まで、「バンビーナ」に乗車した。
県庁前停留所で下車すると、横断歩道のあるところを横断し、興福寺の境内に入った。
境内には、多数の鹿がいた。
シカせんべいを売っている露店があったので、購入した。
そして、シカせんべいを手に持って歩いた。
すると、鹿が次々とわたしのあとをついてきた。
寄ってくる鹿に、1枚ずつせんべいを渡した。
どの鹿もカワイイ。
せんべいを全部鹿にあげると、境内を中へ進んだ。
まず、東金堂を拝観した。
内部には、多数の仏像が安置されている。
それから、五重塔を外から眺めた。
それから、一番の目的である南円堂へ向かって進んだ。
西のほうを向くと、特徴ある八角形の円堂が目に入る。
その建物を目指して歩いた。
そこは、西国33箇所の9番札所である。
南円堂を参拝したあと、納経所で御朱印を受けた。
それから、境内の南にある猿沢池の周りを歩き、そのあと、国宝館に入った。
館内は、多数の仏像などを展示していた。
館内中央部に置かれた千手観音像が印象的だった。
そのほかにも、多数の展示物があった。
国宝館の展示物を観て、興福寺をあとにした。
その頃には、午後1時前後になっていた。
都合により、今回の記事はここまでとさせていただきます。
続きは、また後日書かせていただきます。
先月17日から18日まで、18きっぷを使用して、奈良方面へ1泊旅行へ出かけた。
17日の朝、マイカーで熊山駅へ向かった。
熊山駅に着くと、無料駐車場に車を止めて、駅へ向かって歩いた。
18きっぷにスタンプを押してもらい、改札の中へ入った。
7時34分発の1302M普通列車・姫路行きに乗車。
列車は、115系更新車の4両編成だった。わたしは、最後尾のクハ115-1209に乗車。
かなりの席が埋まっていたが、何とか着席できた。
列車は、和気、吉永、三石に停車し、船坂トンネルを通ると、兵庫県に入った。
そして、上郡駅に停車。そこでは、多数の乗車があった。
それから、列車は、有年、相生、竜野、網干、はりま勝原、英賀保に停車し、終点の姫路には、8時34分に到着した。
姫路からは、3222M新快速に乗車した。
列車は、223系の12両編成で、わたしが乗車したのは、最後尾のクハ222-1012だった。
その日は、その列車は、姫路から大阪まで、女性の車掌が乗務していた。
大阪駅に着くと、大和路快速に乗り換えた。
大阪環状線内回りのホームに行き、3448K大和路快速に乗車。
列車は、10時25分に大阪を発車した。
221系電車6両編成の列車で、わたしは、クハ221-43に乗車した。
列車は、天王寺までは、大阪環状線内回りの線路を走った。
天王寺からは、関西本線に入った。
天王寺を出ると、次は、久宝寺に停車し、久宝寺を出ると、奈良県の王寺駅までノンストップである。
その付近では、大和川に沿って走っていた。
車窓からは、背の高い建物は少なくなり、低層の住宅が多くなってきた。
だんだん山の中に入っていったが、大阪への通勤圏のせいか、住宅が多かった。
トンネルを抜け、しばらく走ると、王寺の町が目に入ってきた。
マンションやアパート、一戸建ての住宅などが多いが、郊外型の店舗も目に入った。
そして、王寺駅に停車した。
王寺からは、終点の加茂まで、各駅に停車する。
列車は、大和盆地の中を走っていった。
奈良駅には、11時11分に到着した。
高架の奈良駅に止まると、下車して、エスカレーターで降りていった。
わたしは、JRの奈良駅は、一昨年の晩夏にも利用したが、そのときとは様子が変わっていた。
改札内に、きれいなトイレが設置されていて、仮説トイレがなくなっていた。
ところで、今年は、平城遷都1300年の年である。
奈良駅では、せんとくんが、駅で観光客を出迎えていた。
奈良駅から外に出ると、興福寺へ行くために、バスに乗車した。
バス乗り場に行き、まもなく、市内循環バス「バンビーナ」が来たので、それに乗車した。
観光客向きのレトロ調のバスである。
バスが停車すると、前側の扉から乗車。運賃は200円で、先払いだった。
運転手は、専用の制服を着た女性が乗務していた。
県庁前停留所まで、「バンビーナ」に乗車した。
県庁前停留所で下車すると、横断歩道のあるところを横断し、興福寺の境内に入った。
境内には、多数の鹿がいた。
シカせんべいを売っている露店があったので、購入した。
そして、シカせんべいを手に持って歩いた。
すると、鹿が次々とわたしのあとをついてきた。
寄ってくる鹿に、1枚ずつせんべいを渡した。
どの鹿もカワイイ。
せんべいを全部鹿にあげると、境内を中へ進んだ。
まず、東金堂を拝観した。
内部には、多数の仏像が安置されている。
それから、五重塔を外から眺めた。
それから、一番の目的である南円堂へ向かって進んだ。
西のほうを向くと、特徴ある八角形の円堂が目に入る。
その建物を目指して歩いた。
そこは、西国33箇所の9番札所である。
南円堂を参拝したあと、納経所で御朱印を受けた。
それから、境内の南にある猿沢池の周りを歩き、そのあと、国宝館に入った。
館内は、多数の仏像などを展示していた。
館内中央部に置かれた千手観音像が印象的だった。
そのほかにも、多数の展示物があった。
国宝館の展示物を観て、興福寺をあとにした。
その頃には、午後1時前後になっていた。
都合により、今回の記事はここまでとさせていただきます。
続きは、また後日書かせていただきます。