フルール・ダンテルディ

管理人の日常から萌えまで、風の吹くまま気の向くまま

デーモン聖典最終回前の妄想その⑦

2007年06月20日 | デーモン聖典関連

 ベルを鳴らすと、しばらくしてドアが開いた。りなともなは思わずびくりとした。ドアを開けたのはヘルムートだった。
「どうぞ。入りたまえ」
「は、はい…」
 ゾフィーの部屋の隣りのこの部屋も、呆れるほどに広い。だからホテルのようにベルが付けられているのだろう。
 二間続きの奥が寝室で、ベッドの上に半身を起こしていた忍は、顔を綻ばせた。
「ありがとう、りな、もな。さっきはひどい格好を見せてしまったね」
「忍ちゃん…、体、大丈夫なの?」
 ふたりは忍の枕元に行った。
「大丈夫だ。本当に、たいしたことないんだ」
 パジャマに着替えた忍は、髪も乾き、シャワーを浴びたらしく顔色も戻っていた。
「忍ちゃん、雑炊とハチミツ入りレモンティーなの。食べられる?」
「ああ。ありがとう、りな。いただくよ」
 忍はトレーを膝の上において、レンゲを手にした。
「……ッ」
「忍ちゃん?おいしくない?」
 一瞬忍が顔をしかめたのに、りなが気づいた。
「あ、いや…少し喉が痛くて…」
「喉と肺が、ガスで炎症を起こしているんだ」
 ベッドの足元に立っていたヘルムートが言った。彼は忍の近くに寄った。
「できれば治療を受けたほうがいいのだが」
 忍は苦笑した。
「原因を医者に説明できないよ。それに、そんなにひどく痛むわけじゃない。時間が経てば直るよ」
 忍はさっきよりも少量をすくって口に入れた。
「……忍。私は数日ここを離れる。だが、何かあればすぐに戻るから安心しろ」
「赤龍?どこへ行くんだ?」
 忍はとまどったように彼を見た。
「今の霊力では、この姿でしかいられないからな。狩りをしてくる」
「この姿しかって…また『ヘルムート』の姿をとるということか?僕は今のままで構わないが……」
「人間社会で生活するなら、不便だからな。それに、お前にこども扱いされるのも困る」
「……こども扱いなどしていないし…僕は……本当は、あなたの本来の姿がいちばん……」
 視線を落として呟いた忍を見て、ヘルムートは満足した猫のように笑った。
「では忍、お前とふたりきりのときには、お前が望めば元の姿になろう。私も、お前に撫でられるのはとても気持ちがいい」
「……そ……そうなのか?それなら……良かった……」
 忍は何となく赤くなって、黙々と食事を続けた。
「…ごちそうさま。りな、おいしかったよ。ありがとう」
 珍しく忍が全部食べきったので、りなはほっとした。
「忍、私は行くが、その間にお前がどうしたいのか、何がしたいのか、はっきりさせておけ。私はお前の望みを拒まない。どんなことであろうと。SMICは私の手を離れたので解散させることはできないが、どのみち方針は変更されるだろう。私はこの先人類の運命に関与するつもりはない。マスターとしての使命には反するが、お前の望みの方が優先だ。私はお前のそばにいられるのなら、あとはどうでもいい」
「赤龍……」
 忍の目は、傍らのもなとりなへと向けられた。赤龍のもとへ行こうと思ったときには、その先のことなんて考えられなかった。赤龍が自分から憎しみの言葉を引き出すためにとった方法が残酷であるほど、彼の絶望がそれほど深かったのだと気づかずにはいられなかった。
「どう手を尽くしてもお前の心の氷は融けない」──赤龍の残酷な言葉や仕打ちは偽りで、「愛を求める“デーモン”、そんなものが私だと!?」という血を吐くような絶望の言葉が物語るように、彼は出会ってから──いや、数千億年もの間、自分の心と愛を求め、渇望していたと思い知らされた。だからこそ、彼の心に応えたいと思った。
 しかし……だからといって今更リンデルツ家に戻ることも、もなとりなと別れることもできない。りなの逆行症候群も解決していない。そのことを考えると、本当はSMICからウェザーヘッドに戻って研究を続けた方がいい……。
「『ヘルムート』をどうするかは、ゾフィーの意向も聞かなくてはならないしな。もし連絡を取るなら事情を説明しておいてくれ。それから……」
 ヘルムートはベッドから少し離れて立った。ゆらり、と空気が歪む。
「りなのことだが。K2が成熟して霊力が私と同程度にまで上がったこと、もなが『聖典』となったことで、"妖怪"との接触で起こった逆行よりも、もなを通じたK2の影響の方が上回るようになった。もなとの年齢差は縮まらないだろうが、時間の進行は始まった。数ヵ月後に計測してみれば、はっきり結果が出るだろう」
「何だって!」
 ヘルムートは消えた。
 3人は顔を見合わせた。
「うそ……本当に…?……りなちゃん!!」
 わっ、ともなはりなを抱きしめて号泣した。りなは茫然と、もなの背に腕をまわした。
「……私……大人になれるの……?」
「そうよ!…そうよね、忍ちゃん!」
 もなは腕をゆるめて忍を振り返った。忍もまだ実感できず、茫然としていた。
「ああ……。赤龍は、今更こんなことで嘘はつかないと思う……。りなが成長し始めたと彼が言うなら……」
 ようやくその言葉が、目の前の少女と結びついた。
「……りな……っ」
 忍は両腕を伸ばして、りなを抱き寄せた。
「良かった……!とにかく、今は前へ進み始めたんだ……!根本的な解決ではないけれど、それはいつか見つけてみせるから……!」
「忍ちゃん……」
 あれほど望んでいた「大人になれる」ことは嬉しかった。なのに、一抹の哀しみを感じるのは、こうして忍に抱きしめられることがなくなることだとわかっていたからだ。忍が自分を抱きしめたり手をつないだりしてくれるのは、自分がこどもだからだとわかっていた。現に、もなが少女らしくなるのと同時に、忍は自分からもなに触れることはしなくなった。いつか成長した自分が忍の横に並び、彼に女性として見られる日を夢見ていたことも、叶うことはない。忍の隣りは、赤龍のものとなったのだから。
 忍に抱きしめられながら、りなはそっと涙をこぼした。

 その後K2が戻り、事の顛末を聞いて「何だよそれーッ!?オレ、喰われ損?!」とひとしきり拗ねていた。
 忍は翌日熱を出して寝込み、ベッドの中からゾフィに電話をかけた。忍の説明に「何ですってー?!」と怒りながらもゾフィーは一度日本に寄ることを約束した。
 SMICによるデーモン接触被害者数の統計は、毎日発表される。その数がいきなり減り、3日後にはひと桁にまでなった。この現象についてSMICは「調査中」「一時的なもの」とコメントしていたが、
「赤龍が喰っちまったんだな」
 K2は、忍たちの推測を肯定した。
「今、この地球がいちばんデーモンの密度が濃いからな。別次元へ狩りに行くより効率いいじゃん。それにしても…多少残しておいてくれりゃあいいのに全部喰っちまうなんて、勝手なヤツだよなー」
 ゾフィーは1人で──もちろんSPはついているが──東京の別邸を訪れた。
「肝心の赤龍がまだ戻ってないってどういうことっ」
 と文句を垂れつつ、K2を思うさま構って鬱憤を晴らした。その夜こどもたちが寝静まり、自室に引き取ったゾフィー以外がリビングでほっとくつろいでいたところへ、赤龍は現れた。
 少年の姿の赤龍は、ケーキにかぶりつくK2と目が合ったが、かすかに片眉を上げただけですぐに向きを変えた。
「忍」
 にっこりと微笑んで、自分より背が高い忍を抱きしめる。
「そばを離れて悪かった。体は平気か?」
「あ、はい。…あなたは?その……」
「霊力なら充分に戻った。必要なときに大人の姿もとれる。…ゾフィーが来ているのだったな。彼女の前では前の姿をとった方がいいだろう。考えはまとまったか?さっそくゾフィーを呼んで話をしよう」
 赤龍が戻ったと知らされたゾフィーは、すぐにリビングへやって来た。
「……ヘルムート!!」
「やあ、ゾフィー。久しぶりだね」
 思わず兄の名で呼びかけた彼女は、困惑気味に『ヘルムート』を見つめた。彼が実はデーモンだったと教えられても、目の前で変わるさまを見たわけでもなく、まして17年も「兄」と呼んできた相手である。以前と寸分違わぬ美貌と、内心を読ませない微笑を浮かべた『ヘルムート』がヘルムートではないと言われても、実感は湧かなかった。
「このたびのことでは私が勝手をして、君に苦労をかけてしまった。許して欲しい」
 優雅な仕草で胸に手を当てて頭を下げたヘルムートに、ゾフィーは気圧される。
「それは……あなたがデーモンだっていうのなら、そんなこと今更だけど……」
 彼女は、心配そうな忍をちらりと見た。
「忍があなたの『聖典』だなんて信じられないわ。だってあなたは忍の言うことなんて、何一つ聞きはしなかったじゃない?」
「違うよ、ゾフィー。忍は何一つ、私に望んでくれなかった。私から離れたい、それ以外はね。ただ、その望みだけは私が叶えてあげられないものだったというだけだ」
 ヘルムートは可笑しそうに笑った。ゾフィーはため息をついてどさりとソファーに腰をおろした。
「それで?!忍、これからどうしたいの?」
「ああ……」
ヘルムートに促され、忍は座った。その隣りにヘルムートも腰かける。
「電話で…少し話したが、やはりSMICにはいられない。そうすると研究を続けるにはやはりウェザーヘッドに戻るのがいちばんいいと思う」
「だったら、言ったでしょう、ウェザーヘッドはリンデルツ傘下なんだから、仕える権力は使いなさい。SMICへの出向を取り下げさせれば済むことよ。ついでに断り続けていた本社への異動も自分から希望を出せばすぐに通るわよ。本当はそうしたかったんでしょう?」
「……もな、りな」
 忍は、身を寄せ合って彼らの話を聞いていた少女たちに向き直った。
「君たちが嫌でなければ、アメリカへ行かないか。そこでりなを直す方法を探したいんだ。研究所のあるところは都会から少し離れていて、そこなら大きめの一軒家を借りることもできる。そこでみんなで暮らさないか?」
「私は、いいと思うよ。今は学校にも通えなくて…だったらどこに住んだって同じだもん。K2やミカが一緒にいられるなら、それでいいよ。ね、りなちゃん」
「………」
 りなは顔を伏せた。
「りなちゃん?」
「……私……」
 りなは、顔を上げた。
「アメリカへ行くのは構わない。だけど、お願いがあるの。忍ちゃんたちとは、住む家を別にしてほしいの」
「ええ?!なんで!?」
「それから、もしウェザーヘッドが必要なら、研究対象として協力したい。実験とかにも参加します。ただ、その研究のメンバーに、忍ちゃんは加わらないでほしいの」
「……りな……?」
 りなは、信じられないように茫然としている忍を見つめた。
「私、考えたの。本当に逆行症候群を治したいなら、自分も協力しなきゃだめだって。だって、デーモンと接触した人はみんな消えてしまって、研究するも何もどうしようもない。鎖でもないのに生き延びているのは私だけ。だったら、私を調べるのが一番の手懸かりになるはず。……忍ちゃんだって、わかっていたはず。でも、研究体になれなんて言えなかったのよね。優しすぎて……本当にすべきことに、目をつむってしまった」
「りな!!」
 忍は思わず立ち上がった。
「忍ちゃんは、いつも私たちのためにいろいろしてくれた。ウェザーヘッドに就職したのだって、通うのにぎりぎりの距離の遠い住居を選んで、本当にやりたい研究はあきらめて。でももう……それはやめて。忍ちゃんは、自分のために、自分の幸せのために、自分の人生を生きて。私たちはこどもで…忍ちゃんにとっては被保護者で、家族だけれど、一生忍ちゃんと一緒にいることはできないの」
(一生、彼のそばにいたかった……。だけど、忍ちゃんはその相手を選んでしまった)
 今やりなには、なぜ自分が彼に愛されたのに、それ以上には愛されず、選ばれなかったのかわかっていた。決して心変わりしない、彼だけを愛して、決して死んだり去っていったりしない相手。そんな相手でなければだめなほど、彼の心の傷は深く、暗い。
「でもね、忍ちゃん。私たちは家族だし、忍ちゃんは放っておくとまたちゃんと食事をとらないから、せめて夕ご飯は一緒に食べようね。だから『スープの冷めない距離』に住むのが希望よ」
 りなは明るく付け加えた。涙の代わりに忍のための笑顔を浮かべて。
 忍は、力なくソファに座り込んだ。そして両手で顔を覆った。
「……りな……」
 痛ましく、りなは彼を見つめた。
「……すまない……」
 忍はうつむいたまま、呟いた。
「……忍ちゃんは、悪くないわ」
 りなは心の中で、今度こそこの恋は終わったのだと、自分に告げた。



 さあ、次こそ終わるはず!終わらないとも、もうだめ・・・。思考停止中しかし、雑炊とハチミツレモンティーという組み合わせはどうなの私が冬に食いたいもの並べただけじゃん・・・