フルール・ダンテルディ

管理人の日常から萌えまで、風の吹くまま気の向くまま

茨の道を、どこまでも!

2008年09月29日 | オタクな日々

 先週の金曜日にですね、DグレのアニメのOP/EDアルバム(CD+DVD)が届いたわけですよ・・・。実は私、Dグレのアニメは第1話から見ているものの、火曜18時放送という時間のおかげで、2回に1回は見逃しているとゆー状態のまま、ずるずると今まで来ているんですな。タイマーにしろよ!と突っ込まれそうですが、ただでさえ週末に夜中のアニメやいろんな番組をまとめて見るはずが、ちーとも見られないくらいなのに、(おかげでコードギアスを1話も見ていないまま終わった・・・。ガンダム00はリアルタイムで見るぞ!)これ以上増やしても見ないことはわかりきっているのですよ。さらに原作も読んでいない。かろうじてnaoちゃんから8巻(だっけ?)まで借りたけど、そこから先は読んでいない(アニメにも追いついてないじゃん!)。
 そういういい加減なファンの端くれの私は、「ブックマン×ラビ(言うまでもなくプラトニック)」などという超マイナー・・・どころか「世界に幸田さんだけだから!」とnaoちゃんに冷たく言われるようなカプをプッシュしていたのだが、EDでまだちっちゃいラビが出てきたときにゃー「萌え~!!」「やっぱラビは受け!決まり!」などと叫びつつ、「しかし、ブックマンじゃあねぇ・・・(やれねーよ・・・)」と悶々としていたのだ・・・。(そーだよ、わたしゃショタだよ。もう認めるよ!悪かったな!!←勝手にキレてる・・・)
 で、話は戻るが、届いたCDをぐるんぐるんと聴き、さらにDVDをぐるんぐるんと見て、ちっちゃいラビのシーンを何度も見ているうちに、なぜか突然妄想が・・・!いや、前からそのシーンは浮かんでいたのだけど、「しかし相手は誰にすりゃーいいのさ?」とラビの相手が浮かばなかったんですな。(どーゆーシーンかはここでは言わないけど!)「・・・クロス元帥・・・!」そーだわ、すっげー好みの攻めがいるじゃん!ラビと接点なんかないと思ってたけど(ありません)、そんなこたーどうでもいいわ!(良くねえだろう・・・)だって原作もアニメも読み込んでないから設定なんか知らないもーん、捏造しちゃえばいいんだもーん!
 はあはあ(鼻息)、同志はいないのか?!と検索かけてみたけど、ちぇっ、あんまり引っかからないよーみんな検索避けしちゃってるのか、それともホントに少ないのか?!ううむ、ラビ×アレ前提のクロ×ラビはだめだー!(そういうのは見つけた)だってラビは受!それ以外認めません!(あ・・・ラビ×アレのnaoちゃんに「逆じゃん!」って怒られる・・・
 お願い、誰か私にドシリアスで愛のない(なんじゃそりゃ。だってクロスってば人でなしっぽくね?ラビはラビで本命ブックマン(←いい加減、それから離れろよ・・・)だしさー)クロ×ラビのドエロを恵んでください~~~!!
 ううむ、1本だけ書けば満足しそうな気がする。(つーか、ネタ1個しかない)とはいえ、書くとき気をつけなければいけないのは、「~さ」というしゃべりはナニの最中は厳禁だってことだね!だってそれじゃシリアスじゃなくてギャグにしかならないさ~(真似っこ。


『遠い伝言―message―』 7

2008年09月28日 | BL小説「遠い伝言―message―」
 国境を越える舟だけはさすがに検査があるからと、リベラからミュルディアへ入るときだけ陸路を使ったが、あとは川を下っての旅は、今までの苦労が嘘のように楽に、たった4日で国名と同じ名の首都ミュルディアに到着した。ダーラン川の本流と支流が合流する地にあるミュルディアは、三国の交易の中心となる商業都市で、網の目のように運河が張り巡らされた、水の都でもある。内陸の都市の中では最も大きく、繁栄した町で、ここに比べればクィでさえはなはだ見劣りするのも当然だった。なにしろ、この世界へ来て初めてエドは、四階建ての建物を見たのだった。
 街の大きな本屋で、テスは宿賃三日分もする地図を買った。本自体、日用品と比べると高価だったが、地図はそれ以上だった。
「これから先が長いぞ」
 宿に入り、休む間もなくテスは床に地図を広げてルート作りに取りかかった。地図にはミュルディア、ダーラン南部、ローディアの国境付近までが書かれている。
「おれたちが目指すのはローディアの北部、だいたいこの辺り(とテスは地図からはみ出した床の上を指差した)だ。そうなると、まずミュルディアから北へ向かってダーランに入り、サイス山脈の終わるところでローディアとの国境を越えるのが最短の陸路だ。ただしサイスの裾野をかすめるこの道は、ダーランの都とローディアの首都サーランを結ぶ重要な街道だから、国境に検問がある。そこで途中で街道を離れ、更に北から越境する」
 言葉にすると簡単だが、ちゃんとした地図で道のりをたどってみると、その距離に気が遠くなりそうだった。越境地点まで直線距離でざっと1,000フォル。ヴォガからミュルディアまでの1.5倍だが、半分の行程を舟で移動できたこれまでと比べ、すべて陸路となる。単純に1日30フォル歩くとして、30日以上かかる。
 1か月、と考えてエドは思った。こちらに来て半月以上が経った。元の世界では、どれくらいの時間が流れたのだろう。同じだけ?それとも数時間、それとも何年……?
 エドは、頬を引きしめて不安を振り払った。今考えても仕方ないことだ。
「お前、ラテルには乗れるか?」
 ラテルというのは馬のことだ。といってもエドが知っているサラブレッドとは違う。もっと背が低く、足は太く、体全体にふさふさと毛が生えている。
 エドは首を振った。
「乗れなくても乗ってもらうぞ。これまでは町や村の間は近かったが、ミュルディアを離れるに従って、町と町の間が開いていく。徒歩では夜までに次の村までたどり着けなくなる。特にローディアは、北部にはほとんど町や村と言えるほどの集落はない。野宿は避けられないだろう。携帯する食料や水も多くなる。ラテルなしでは無理だ」
 顎に指をあてて考えをめぐらし、テスは、
「町なかで馬を連れていると金がかかる。ダーランに入ってから1頭買って、ローディアに入ったらもう1頭買おう。それまでは一緒に乗って教えてやる。…よかったな、おれがこどもで。でなければ二人乗りなどできないからな」
 そう言って目を上げて、いたずらっぽくエドに笑いかけた。そんな生意気な言葉も表情も、エドの胸をひどく騒がせることを、テスは知らないだろうが、エド自身は自覚し始めていた。
(……こどもなんかじゃないよ、君は……)
 少なくとも俺にとって、とエドに柔らかい表情を見せることが多くなったテスに向かい、彼はひとりごちた。この旅が──テスとふたりきりで過ごす日々が、早く終わればいいと思う。一緒にいたいと思うからこそ、早く別れなければいけないと思うのだ。
 帰れるのだろうか、帰れたとしても自分の知っている、自分がいるべき世界であってくれるのだろうかという不安や焦りとは裏腹に、このまま旅が続けばいい、いっそ帰ることはできないとはっきりわかれば……と思い始めている心の変化に、気づかずにはいられなかった。その理由がただ一つ──ただ一人の人の存在であることにも。
 小学生だか中学生だかの少年に、身も心も惹かれているなんて、自分でもどうかしていると思うが、一度傾いた心はもう止められない。自分を助けてくれたから、彼以外に頼る人がいないから、だから好意を恋だと錯覚しているだけだと、自分を納得させようとした。だが、そう考えると、先に眠ってしまったテスの無防備な寝姿に反応した欲望を処理したときの罪悪感は耐え難かった。これが恋でないとしたら、自分は最低の男だ。
「……元気がないな、エド」
 近くの食堂で注文し終わると、テスはテーブルの上に身を乗り出し、小声で切り出した。
「……そうかな」
 エドが笑って見せると、テスは眉をひそめた。
「……無理をするな。お前が…不安に思うのは当然だ。おれはこんなで、お前を安心させてやれるようなものは何も持っていないし、約束できることも何もない。だが、少なくとも一族のところへは必ず連れて行って引き会わせてやる。手がかりを得られるかどうかはわからないが、助けが得られるように……お前だけでも受け入れてもらえるよう、手は尽くすから、それだけは信じてくれ」
「テス……俺は」
 そんなことは思っていない、君が責任を感じることじゃない、とエドが答える前に、テスの意識と視線が逸れた。テスの横顔が、見る見るうちに血の気を失っていく。
「……じゃあ、ローディアは近いうちに代替わりってことか?」
「たぶんな。あのローディア王が摂政を置くなんて、病が重いに違いないってもっぱらの噂だぜ」
 隣りのテーブルで話す男たちを、テスは凍りついたように凝視していた。
「……テス?」
 エドの呼びかけは、彼の耳には全く入らなかったようだった。彼はグラスを引っ掴んで水を一気に飲み干すと、椅子を降りた。
「ねえ、おじさん。おれにもその話教えてくれない?」
「ああ?」
 隣りのテーブルの横に立ち、首を傾げた可愛らしい仕種で話しかける。
「ローディアの王さまの話。おれの父さんがローディアに商売に行ってるんだけど、何かあったの?」
「心配ねえよ。ローディアの王様が病気で、第二王子が摂政に就いただけのことだ。まあそのうち、王様が亡くなってその王子が次の王様になるだろうが、あそこは体制がしっかりしているから内乱だのごたごたは起こらないだろうよ」
 アルコールが入った赤ら顔で、男は機嫌よく答えた。
「待てよ。第一王子じゃなくて第二王子が跡を継ぐっていうなら、第一王子が黙っちゃいないだろう」
「ばーか、第一王子は妾腹の上、病気でいなかに引っ込んだきりここ数年、宮廷にも出てこないらしいぜ。とても王位を継げねえよ」
 男たちがわいわい話し出すのにテスは強引に割り込んだ。
「王さまの病気はいつから?本当に重いの?」
「そこまでは知らねえよ。オレだってローディア帰りの商人に聞いただけだからな」
 男はもう終わりだとばかりに手を振った。
 席に戻ったテスの顔は強張り、声をかけるのもためらわれる雰囲気で、運ばれてきた料理を口にする間も、宿に戻る道すがらも、彼らは終始無言だった。
 部屋に戻ってもテスは言葉少なで、交替で風呂に入ってあとは寝るだけになっても、ベッドの上で片膝をかかえて考え込んでいた。考える、というよりも、悩み苦しんでいた。それでエドもベッドには入ったが眠らずに、テスが心を決めるのを待っていた。
「エド……」
「ああ」
 エドは起き上がり、足を床に下ろした。
「頼みがある」
「うん」
 テスはゆっくりと顔を上げ、エドと向かい合った。決意を固めた、強いまなざしで。
「用ができた。予定を変更して、ローディアの都、サーランを経由して行く。…もしおれの用に時間がかかるようなら、誰か他の者に案内させて、お前が先に行けるようにする。何日か遅れることになるが、許してほしい」
「うん……かまわないよ、テス」
「……サイス山脈を越えてローディアに入る。迂回する時間がない。…野盗が出没する危険な道だ。お前まで危険にさらして、すまない」
「そんなこと。むしろ、俺の方こそ足手まといになるのなら、置いていってくれてかまわないんだ。だけど君が許してくれるなら、一緒にサーランまで行きたいと思うよ」
 それを聞くと、テスは一瞬目を瞠って、泣き出しそうなのをこらえるように唇を噛んだ。
「……おれも、お前とともに一族の村まで行きたいと思っている……」
「俺もだよ、テス。ありがとう」
 テスはうつむいた。
「……理由を訊かないのか。…サーランへ行く──」
「…君は、ローディアの人なんだろう?」
「そうだ……」
「それだけわかれば十分だよ。あとは……君が言いたくなったら言えばいい。君を困らせたくはないんだ」
「……おれは……っ!」
 弾かれたように顔を上げたテスは、けれども言葉を続けることはできなかった。彼はエドを見つめ、唇を震わせた。言うことも、言わないことも彼を苦しめるのだとエドは知り、迷った。いっそ教えてほしいと、強く、無理にでも言わせた方が彼にとっては楽なのではないか。
「……テス」
「すまない……」
 テスは唇をかみしめ、エドに背を向けた。
「もう寝ろ。おやすみ」
 機を失って、エドは、ベッドの中にもぐり込んでしまったテスの背を、苦い思いで見つめるしかなかった。もしかしたら、サーランが、テスとの旅の終わりになるかもしれないと思いながら。


『遠い伝言―message―』 6

2008年09月28日 | BL小説「遠い伝言―message―」

 翌朝は「夏迎え」というよりは「夏本番」の雲一つない良い天気で、気温も上がりそうだった。絶好の祭り日和だったが、洗濯日和でもある──とテスは考えたらしく、彼らは宿の娘とともに、川から水を引いた共同の洗い場に行き、今着ているもの以外、マントから靴まで全部、石鹸の泡にまみれながら洗った。といっても、泡まみれになったのはエドだけで、テスは自分の下着や小物を洗うと「あとはお前がやれ」とエドに命じ、その上、娘の手伝いもしろ、と宿の大量のリネン類も洗わせて、自分は日陰に座って見物していた。
「本当に助かったわ。どうもありがとう」
 エドとともに、川原に張ったロープに洗濯物を干していた娘は、頬を染めて彼に笑いかけた。
「どういたしまして。こんなにたくさん、大変ですね」
 エドは、たぶん自分と同じくらいか少し上かもしれない、化粧気のない素朴な娘に笑い返した。彼女のうっとりしたまなざしに気づきもせず。
「いつものことだから慣れてるわ。でも、おかげで早く済んだから、お祭りに行けそう。……よければ、いっしょに行かない?わたし、案内するわ」
「え……」
 彼は、テスを振り返った。土手の木の下に座っていたテスは、エドと目が合うとそっぽを向いた。
「弟に、訊いてみないと。だけど、弟は興味なさそうだったから」
「そう……」
 彼女のがっかりした様子にエドは申し訳なくなり、「訊いてくる」と言い置いてテスのところへ行った。
「どうした?」
 彼女に祭りに誘われたと話し、「断ってもかまわないよね?」と言うとテスは、
「行けばいいじゃないか」
 と答えた。
「おれ以外の人間と会話するいい機会だ。練習だと思えばいい。…邪魔だろうがついて行って、助け舟は出してやる」
「君がそう言うのなら…」
 内心を見せない無表情のテスの言葉に何か引っかかったが、エドは戻って彼女に行くよ、と告げた。
「じゃあ、急いで掃除とお昼の用意を済ませるわ。お昼ごはんは一緒に食べに行きましょう!」
 彼女は先に戻ってる、と慌てて走って行った。
 エドは、テスの横に座った。
「……出発せずに今日も泊まることにしたのは、ひょっとして俺のため?俺が、祭りを見たいと思って?」
「……別に。強行軍だったから、一息入れようと思っただけだ」
「そう?」
 仏頂面で答えるテスに見えないように、エドはこっそり微笑した。
「エド、手を出せ」
 テスは、ズボンのポケットから摑み出した硬貨を何枚か、彼の手に置いた。
「今朝、洗濯を手伝うかわりに宿賃をまけてもらった。その差額だ。お前の働いた報酬だから、受け取れ。それから、彼女といる間はお前が金を出すことになるから、これはその分だ」
 と、最初に渡した分に上乗せする。
「女性のお供をするんだから、けちけちせずに使え」
 昨日からテスはそのつもりだったのだ。祭り見物をしたそうな顔をしたエドのために連泊することにし、テスに負担をかけまいとする彼が、気兼ねせず自分のために金を使えるような方法を考え…報酬で得た金を持たせて、街へ行って来いと言うつもりだったのだろう。
(だったら、断ればよかった。そしたらテスを誘って、テスに楽しんでもらえたのに……)
 白くはためくシーツの波を眩しげに眺めるテスの横顔を見つめ、エドは心の中でため息をついた。
 午後、彼らは祝祭ムード一色に染まった街へ出かけ、大道芸人に手を叩いてコインを投げ、屋台で買った揚げ菓子を食べながら露店を冷やかし、特別に公開された王宮の前庭(そのほんの一部だが)を見学した。何もかもエドにとって珍しく、心浮き立たせる経験だった。宿屋の娘エリーもとても嬉しそうで、少しばかり緊張して彼女と接していた彼をほっとさせた。ただ、彼女がいるために「エドの弟」を演じ続けているテスのことだけが、気がかりだった。
 西の空に日が傾きかけた夕刻、干しておいた洗濯物を取りに川原に寄って、彼らは一旦宿に戻った。
「エド、夜も一緒に出かけない?10マル頃から広場でみんな踊り始めるわ。若い人はみんな参加するの。ふたりで踊りに行かない?」
 エリーは昼間の余韻で頬を火照らせて、恥ずかしげに誘いかけた。
「あ、でも……」
 見ると、テスは知らん顔で横を向いていた。
「ごめん、夜は…明日発つから早く休みたいんだ」
「そんなに遅くまでいなくてもいいわ。ね?」
 洗濯物をかかえたテスは、さっさと階段を上がって行ってしまう。
「ありがとう、でも、弟をひとりにするわけにいかないから。ごめんね」
 なおも言いかけるエリーを置いて、エドは急いで部屋に戻った。部屋に入ると、テスはベッドに腰かけて服をたたみ始めたところだった。
「……おれに遠慮せずに行ってくればいい。心配したほど会話に不自由はしていなかったようだし」
「いいよ。踊りなんて知らないし。それに、明日は出発だろう?荷作りして休んでおかないと」
 答えながら、彼はテスの表情をうかがった。なぜだかさっき、テスが腹を立てていたような気がしたからだった。しかし、もうテスの感情は読み取れなかった。
 昼間につまみ食いしたので彼らはいつもより遅めの夕食をとりに、すっかり日が落ちてから出かけた。街は夜になっていよいよにぎやかになり、店の軒先に吊るされたランタンが通りを明るく照らし、道を行き交う人々は目一杯着飾って、笑いさんざめいていた。客で溢れかえる食堂でなんとか席を見つけて注文を終えた頃には、陽気な雰囲気に影響されたのか、テスも機嫌を直したようで、目が合ったエドにかすかに微笑みかけたくらいだった。
 店を出て、昼間以上の人通りの中を帰路についた彼らは、何度も通った広場にさしかかった。行きは露店に人がたむろしていたそこは、今は露店はたたまれ、ダンスの輪が出来上がっていた。
 広場は、通りに比べて薄暗かった。中央の噴水の周りに並べ置かれたランプしか明かりがなかった。その中で、いくつもの大小の輪が、歌と手拍子と、ギターをひと回り小さくしたような弦楽器の旋律に合わせて回り、縮み、拡がり、隣りの輪とくっついたり離れたりしている。よく見れば、踊る者も見物している者も、十代から二十代と思われる若者しかいなかった。踊りの輪もしょっちゅう人が加わったり、抜け出していったり、崩れがちだ。
 独特の雰囲気に知らず立ち止まってしまったエドの後ろから、声がした。
「……お前、彼女の誘いの意味を知らずに断ったんだろう」
 振り向くと、テスはエドの視線を避けるように足元を見つめていた。
「え?」
「祭りの夜は特別だ。普段は知り合う機会のない相手と出会える。前から思いを寄せていた相手に心を打ち明ける者もいれば、一夜限りの恋を楽しむ者もいる。今夜出会った相手と付き合い始めて、結婚する者もいる。踊りながら気に入った相手がいれば誘って、相手にされなかったらまた別の相手を探すし、お互いに気に入ればふたりで抜け出していってもいい。……お前も、気に入った相手がいれば中に入ればいい。朝まで帰ってこなくてもかまわない」
 その意味を理解するまでには時間がかかった。わかった瞬間、エドの頬に血が昇った。
「……!!」
 腹が立ったのではなく、恥ずかしくてたまらなかった。テスに気づかれていたのかもしれないと思うと、気恥ずかしくて逃げ出したくなった。
 この世界に来た当初は、精神的にも肉体的にも余裕のない状態だったのだろう、そんなことは感じなかった。だが、ここ数日は、夜半、あるいは明け方、テスが眠っている間に処理するようになっていた。
 茫然と、うつむくテスを見つめているうちに、冷静さが戻ってきた。エドは、テスの表情に気がついた。いつもは感情を表に出さない彼が、自分自身の言葉に傷ついていることを隠しきれずにいた。
 深呼吸して、エドは一歩近づいた。
「テス」
「……なんだ」
「俺は、誰とも踊る気はないよ」
「……」
「好きになった相手は大事にしたいから、置き去りにするような真似はしたくない。俺は自分の世界に帰るつもりだから、そんな無責任なことはしない。戻る方法が見つからなくて、ここで生きる決心をするまでは、俺は誰かを好きになったりしない…好きになってはいけないと思ってる」
 テスは、ますますうつむいた。
「帰ろう、テス」
 エドが歩き出すと、テスのついてくる気配がした。エドは歩を緩め、テスが横に並ぶのを待った。ひどく落ち込んでいる彼に怒っていないと伝えたくて、少しかがんで彼の手を握った。テスは反射的に手を引きかけたが、振り払わなかった。エドは、自分の中になぜか哀しみが満ちてくるのを感じた。
 彼はふと、自分は嘘つきになるかもしれないと、思った。
 


秋の物思いと肉球パーンチ!(またか;)

2008年09月27日 | 極めて日常茶飯事

 火曜日はドライブの間中「暑い・・・日射しが焦げる・・・」と呟き、蝉が鳴きまくっていたものだが、今日は一転半袖だと寒いくらいだし、蝉の声は全くせず、静か・・・。あの日が最後の夏だったのかなー。そろそろ部屋の模様替えをしなくては。
 と言っても花ござ(金魚柄なのに花ござとはこれいかに)をカーペットに替えて、カーテンを冬用に替えるだけだけど。・・・と、カーテン捨てちゃったから、新しいの買わないと!コタツはまだ先。
 朝からテンション高すぎるニャンコたちは(いや、子猫だけか・・・)、子猫が成猫にじゃれかかり(じゃれるなんて可愛いもんじゃない。こいつがとんでもねー乱暴ものでねぇ・・・)、怒った成猫と取っ組み合いになり、子猫は逃げ、いらいらが治まらない成猫はもう1匹の成猫に噛み付いて追い掛けっこが始まり、噛み付きあいと足蹴りの応酬となり、私が「うるさい!」と怒って引き離す。その後は3匹とも疲れてうたた寝となる。老猫は関わりたくないとばかりに、最初から私の寝室で寝てばかりいる・・・。
 子猫がうちにやってきてひと月以上、こんなに大きくなりました~・・・て言ってみたいけど、胴を片手ですくっていたのが、両手ですくい上げるくらい胴が長くなっただけ、という気がする・・・。
   
 ベランダでひなたぼっこする瓜。相変わらず子猫とは思えぬ鋭い目つき。今は「ヤンキー」。そのうち「姐御」か「姐さん」になりそうだ・・・怖っ
           
 ついでにこの頃太り気味のコータ。腹がぽてぽてだあ!新聞を読んでいると必ず乗ってくる。邪魔・・・。

 そういえばこれの前のログ、酔っ払いはテンション高くてやーね!恥ずかしくって自分で読み返せないっつーの///。しかも青少年の教育上悪いわー。でも今更削除なんて真似はしないぞ。書き手は自分の恥をさらしてナンボだと思ってるからね。でなけりゃHシーンありのBL小説なんて掲載しないよん。だって自分のエロ妄想公開してるのと一緒だからねーっ。
 話は変わって(私的には関連性があるけど)、私のかわいい後輩のnaoちゃんがいやがらせメールの被害に遭っていて、むかつく。彼女が有名な同人作家さんたちと絵チャしていたり、仲良くしてもらっていることが気に入らないらしいが、その有名作家さんのどなたかのファンなんだろうけど、それってつまり、彼女と自分を同列においているからこそ抜け駆けが許せないとか、「あんたごときが図々しい」って意味でしょ?
 はあ?なにてめーこそ図々しいこと言ってんだ?って思うね!だってnaoちゃんはその情熱も力量も、ちゃんとファンがつくほどの書き手だよ?サイトにだって毎日たくさんの訪問者が来るよ?原作ほとんど知らない私が読んでも「おもしろいなー、上手いなー」と思うもん。・・・その後に「ああ、○○×△△(お好きなカップリングをお入れください)に転んでくんないかなー」とも思うけど(笑)
 彼女にこれだけのファンがついたのは、ひとえに彼女の才能のみならず、努力あってこそだ。彼女のサイトの更新の早さとか、大量の作品群は、彼女が睡眠削って他の諸々の時間を削って毎日毎日書き続けているからじゃないか。(自分で書いていて耳が痛い・・・)しかも高レベルを保っているからたくさんの読者や訪問者がつくのは当然じゃん。それを妬むのは筋違いだし、それだけの努力をそいつがしてるのかよっつーのそいつこそnaoちゃんを同列扱いするなんて、おこがましいってもんだ!そいつが思うところの「有名作家さん」たちが同じ書き手としてカカ○ラーとしてnaoちゃんと仲良くなるのは自然なことでしょ。それともそいつは「有名作家さんともあろう人が、有名作家さん以外を仲間にするなんて、認めない。そんなことしたら価値が落ちる」とでも思ってるのかねえ?まあ、思っているからそういうことしてくるんだろうけど。もちろん「有名作家さん」相手にそれを言えないから、naoちゃんに言ってくるんだろうが。
 まあ願わくば、そいつが書き手でないことを祈るよ。書き手がそんなことやってるとしたら、悲しいことだからね。他人にいやがらせなんかする奴が書いたものには、その心根は絶対表れて、それは必ず読み手に感じとれてしまう。だから何かを自分の言葉や絵で表現するっていうのは──小説やマンガは物語だから、作者自身の中の物語(経験、知識、思想、性向等々)が明白に現れてしまうからなおのこと、ものすごく怖いことだ。絵や文がうまいとか、Hがたくさんあるとか(爆)で売れてる人でも同じこと。オリジナルでもパロディでも関係ない。それがわからないままで書いているなら、ちゃんと自覚して、性根を据えてから書いてほしいもんだよ・・・。
 


今日は送別会

2008年09月24日 | 極めて日常茶飯事

 今日は部長と営業の男性の送別会でした。
 なのでとても酔っ払い状態です、乱文ご勘弁ください。
 営業の男性は家庭の事情で自宅に戻るわけで、予想はしていたし、異動してきてわずか半年で、親しくなる前にまた異動というわけで、はっきり言ってどーでもいいのですが、部長の転勤は「予想外です」と白い犬・・・の息子になっちまうくらい。大阪から転勤してきてまだ1年なので、通常ならあり得ない人事。まあいろいろ噂は飛び交っていた・・・今度来る部長の「ところてん人事」だろうとか、新任部署で、ある問題の後始末をさせられるとか。
 それはともかく、気を利かした(?)送別会幹事のI氏が部長に送別品を渡す役を私にまわしてきて、「挨拶考えといて」と言ったが、挨拶など言う必要なかったよ(爆)。
 だって、送別品を渡して握手したところで私ってばここぞとばかり握手した手を両手で握りしめ、それを見た周囲から「写真撮れ!」の声が上がり(幸田が部長のファンだということは、北海道から九州まで、同じ営業部門では津々浦々知れ渡っている・・・)、私もI氏が年下なのをいいことに「写メ撮って!」と強要する始末(しつこく言うが、酔っ払ってたんだってば!)。逆セクハラ・・・?
 部長を好きになってかれこれ約18年。この頃では「もう気持ちは冷めたかな・・・」と思っていたが、再会(数年ぶりの名古屋勤務)からたった1年でまたお別れなんだ、と部長の挨拶聞きながら涙が出た。なんだ、私、まだ部長のことすきだったんだー・・・とちょっと驚いた。
 好きでもない男といくらHしたって、AVみたいにどんなにすごい肉体的快感を経験したところで、そんなもの所詮心にも体にも何にも残らない。だけど、好きな男となら手を握っただけで涙が出るし、悲しくてたまらない。好きってそういうもんなんだな、と改めてしみじみ。基本的に他人を好きになれない冷血漢だと自覚しているし、部長のこともただの憧れと得意の(爆)妄想だと思っていたけど、ちゃんと本気で好きだったんだ・・・と今になって気づいて、ショックっつーか何と言うか・・・。
 だからといって、最初から自覚していたところで、自分の人生が変わっただろうとかは全く思わないけどね!むしろフツーの男女間の愛なんぞに何の望みも理想も持たなかったおかげで、BLと腐女子の道に邁進できたってもんだ。
 ・・・とことん変態に生まれて済みません・・・


花と古墳をめぐるドライブ(安城市)

2008年09月23日 | お出かけ

 秋だな~、去年は彼岸花を見に行ったから、今年こそ萩だな!・・・というわけで、本日行ってまいりました。目的地は安城市の勝力寺。
 おにぎり握って車で向かったのは、まずは休憩(散歩ともいう)がてら「デンパーク」へ。せっかく安城市まで来るんだったら、多分二度と来ない(笑)から、ついでに行っとけ、てな理由ですが。
 JAFの会員証を見せると入場料は10%優待されて、540円。
 見事に家族連れしかいない中、一人でふらふらしてると浮くなあ・・・。
 売店で見かけたハロウィンの飾り。もうそんな季節か・・・。そういえば飛鳥ちゃんからもらった焼き菓子(日曜は会えなかったが、会社の同僚経由で月曜にお菓子だけもらったのだ。サンキュ~!)が入っていた袋も、ハロウィン仕様だったっけ。今年はブログのテンプレート、ハロウィンのパターンにはできないなぁ。字が大きすぎるんだよね。いつもならいいけど、今はくそ長い小説連載してるからダメだ。(文字の設定の変更の仕方がわからんあほで済みません・・・)
 そのあと安城市歴史博物館の駐車場でおにぎりを食べ、ついでに見学して(入場料300円。発掘された土器などの修復をしている職員さんたちの姿も見られます・・・が、あんまりじろじろは見られないよねー)、いよいよ勝力寺へ。
 たどりつくのにさんざ迷って(だって、道が細すぎるし表示がないんだもん!だいたい私が持っている道路地図──カーナビは付けてないのだ──に寺自体載ってないし!)、ようやくたどり着く。しかし、境内にも案内表示はない・・・。本堂の裏にあるんだから・・・と本堂側から奥へ行ったら、いきなり急斜面(古墳の後円部分)を登る羽目に。どーも違うところから入り込んでしまったようだ。
 写真左の後円部を奥から越えてやってきたワタクシ・・・。正しい道から来れば、ちゃんとこのように看板があります。
 藪蚊に刺されまくり、コガネムシにブンブンとまとわりつかれつつ、写真を撮って退散。おっと、本来の目的を忘れるところだったぜ
 境内の参道の両脇には、ちょっと盛りの過ぎた萩と、多分芙蓉だと思うんだけど、きれーな花が真っ盛りで咲いていました。

 


 参道全体と、萩の花アップ。白い萩もあり。ちょうど盛りだろうと思ってきたんだけど、遅かったみたい。もし来年行く人は、9月上~中旬がいいかもね。
                                  
   
 多分芙蓉・・・かな?白とピンクがあり。












     
 この辺りは古墳だらけ。帰り道のついでに行けるところは行こう、とまずは40号線沿いの二子(ふたこ)古墳。前方後墳。すぐ後ろを東海道新幹線が走っている。今日は地元の方々が雑草取りや、斜面の整備を行っていた。古墳の隣り(写真手前の草地)は発掘調査の終わった二タ子遺跡。看板があるからわかるだけ。ま、どこの遺跡もそうだよね・・・。
 次は姫小川古墳へ。きょろきょろしながら走っていると、こんもりした森や竹林が全部古墳に見えてくる。まさに明日香村状態。(奈良の明日香村も、ぐるぐるレンタサイクルで走っているうち、丘は全部古墳に見えてくるよねーっ)実際、姫小川古墳を探している途中で遠目に見えた森、あれは姫小川と違うよな~と思って眺めていたところが、家に帰って博物館でもらったチラシを眺めていたら古墳の表示があった。うーん、行けば良かった!
 姫小川は道の途中で表示があったので比較的見つけ易かった。車を置くところないので、路駐。後円の頂上に神社が建っているので、あんまり古墳という感じがしないなあ・・・と写真を撮って、帰路に着く。いい加減に走ったため、途中はカンで走るが、なんとか23号線に乗れた。最初の予定と違うインターチェンジからだったけど!
 というわけで、突発「萩の花を求めて」&「古墳探訪(とゆーN○Kの番組があったな・・・)」ドライブは終了。9:45に出発して15:30帰宅。23号線の渋滞と迷子(爆)でちょっと時間かかったかなー。撮った写真はそのうち全部、HPに載せます(いつのことやら)ので、見てやってくださいませ




ゲリラ豪雨に肉球パーンチ!

2008年09月21日 | 極めて日常茶飯事
 今日は横浜から名古屋へ里帰り(?)してる飛鳥ちゃんと会社の同僚たちとお昼ご飯食べる予定だったのに、ゲリラ豪雨のせいで私だけ欠席に・・・。なんでやねん!
 午前中は曇りときどき雨で、明け方は激しく降ってたけど太陽昇ってからはたいした雨ではなかったので、ウンか月ぶりにストッキング穿いて(夏の間は生足・・・)ウンか月ぶりにパンプス履いて(夏の間はサンダル・・・)髪がぺったりしてるからヘアスプレーでちょいと立たせて、さあ出かけようとしたら・・・本格的な雨に。
 ちょ・・・ちょっと大粒になってきたなあ・・・しかしこの格好にレインブーツは合わなさ過ぎる。水溜り気をつけてそーっと歩けばなんとか行けるよね・・・?と家を出た途端、待っていたかのようにどんどん激しくなり・・・駅までの道のり半分も行ってないあたりでドーッとバケツをひっくり返したような雨。パンプスの中で足が泳ぐ。スカートが足に張り付く。肩にかけた鞄が濡れてポタポタと雫が滴り落ちる。
 こりゃだめだ・・・と引き返し始めたら、工事現場から泥水が道に流れ出して、道が茶色い川に。うえ~ん、私が着替え始めたときはぱらぱら程度だったくせに、バカヤロー!と泣き泣き家に帰ったが、びしょ濡れで廊下に上がれない。その場でパンツ1枚になって(おいおい)上がり、慌ててみんなに「豪雨で出かけられないからパス」とメールした。
 今日は食べたくて仕方なかった小龍包専門店の予定だったのに~炒飯も食うぞ~!と意気込んでいたのに!!ぐすんぐすん・・・とお腹が空いたのでご飯を作り、「小龍包・・・じゅわ~と肉汁・・・」としくしくしながら野菜炒めと味噌汁を食べていると、雨が上がった・・・。私が引き返してから1時間しか経っていないのに、ぱらぱら程度に。今から行ったってみんなご飯食べ終わってるっつーの!結局たった1時間で上がるなんて・・・しかも、なんでよりによって私が出かける時間?!1時間早いか遅いかだったら行けたのに!!
 むかつく~しかも集まってくるみんなに聞いたら「フツーの雨程度だよ」だったし。まさにピンポイントで、この辺りだけ降っていたらしい。更にむかつくわ!!

『遠い伝言―message―』 5

2008年09月20日 | BL小説「遠い伝言―message―」

 リベラの首都クィに着いたのは、ヴォガを出発して13日目だった。旅は順調だった。2日目の夜、エドの足のまめが潰れてペースが落ち、野宿する羽目になった以外は、野盗に襲われることもトラブルに遭うこともなく、殊に最終日は、宿泊した町を流れる川の下流にあるクィへは舟ならたった1マーレ(約2時間)だというので、彼らは久しぶりに昼間の苦行から解放されるべく舟に乗り込んだ。
 この川は、ディヴァン山脈の北方を源とし、ダーラン、ミュルディラを潤して南海へ注ぐダーラン川の支流で、リベラを東から西へ横切って、ミュルディラ内でダーラン川に合流する。同じ川の流域にあるこの3国は、川を利用して互いに移動や交易を行っているので、昔から強い友好関係にあるのだと、テスは説明した。
「だからこの3国内なら、国境はほぼ自由に通行できる。おれたちのような個人の旅行者なら通行証も必要ない。ローディアとの国境までは問題なくたどり着けるだろう。だが……」
 大陸一の大河も、この辺りではまだ川幅は狭く、流れも急で浅い。そのため舟は底の平らな、せいぜい5、6人しか乗れない小さなもので、しかも上流から下流への一方通行だった。目的地に着いたあとはいくつかの部分にばらされ、荷車に積まれて出発地に運ばれ、組み立てられるのだ。
 荷を運ぶ舟に便乗させてもらったふたりは、船べりに腰かけて、きらきら輝く川面の光と飛沫を浴びながら、互いにしか聞こえないように声をひそめて話した。
「ミュルディラ、ダーランとローディアはそれほど良好な関係ではない。対立して争うほどではないが。国境を越える主な街道には検問所が設けられ、国境警備隊も配置されている。通行証が要るのはこれらの国境と、ミュルディラとローディアの港の検問だけだ」
「……でも君は、ローディアへ行きたい…?」
 日よけに頭から被ったフードの下の、淡々としているように見せかけながら沈んだテスの顔を、エドは見つめた。彼の母親の故郷がどこにあるとも、彼が最終的にどこの国に行くとも、聞いたことはなかった。しかし今、初めて彼がローディアに言及したその口調から、ようやくわかった。
「君のお母さんの故郷は、ローディアにあるのか?」
 最初のうち、テスはまず行動して、そのあとにエドに説明するか、エドに質問されれば答えるという態度をとっていた。が、それは徐々に変わり、気がつくと、テスは「この世界についての知識を教え」ながら、実際には情報を与えておいてエドの意見や意思を確認するようになっていた。自分が何とかしてやらなければいけない、引っぱっていかなくてはいけない、はっきり言えばテスにとってお荷物でしかなかったエドが、ただ「教えてやる」だけの相手から「話し相手」くらいには格上げされたということだろうかと、エドは密かに嬉しく思っていた。嬉しいからこそ、テスの邪魔にはなるまいと思う。
「俺には通行証はないし、どこにいるのも同じだから、もし君がローディアに行くのなら、その手前で置いて行ってくれて構わない。国境まではまだずいぶんかかるんだろう?その間にもっと言葉も覚えるから」
 この世界へ来て2週間だというのに、すでにエドの会話能力は1年ぐらい勉強した程度にはなっていた。ほとんどの言葉の意味が理解でき、しかも微妙なニュアンスまでわかるというのはこの上ない強みだった。言語体系や発音が基本的にヨーロッパ言語と同じなことも幸いした。英語とは比較にならないほど多い助詞も、慣れてしまえばむしろわかりやすかった。
「……おれもお前と条件は同じだ。おれの通行証は、今のおれには使えない」
 彼は自嘲的に唇の端を引き上げた。
「なぜ?」
 テスは黙ったままだった。テスが何か隠していることを──たくさんの秘密を抱えているらしいことや、彼がただのこどもではないことを、この共に過ごした短い間にでも、エドはいやでも気づかざるを得なかった。
 自然の気を見るという能力だけのことではない。この世界に慣れて見えてくるにつれて、どれほどテスが「普通のこども」どころか「一般的なおとな」からもはずれているかわかってきた。
 テスは、エドの質問に答えてくれる。わからないことばかりの彼は、草木の名前や人々の仕草の意味から、この世界の技術水準、国際情勢まで、後先考えずに質問していたが、よくよく考えてみれば、たとえ自分の世界でも、中学生はもちろん、大のおとなでもよほど教養のある人でないと答えられないようなことを訊いてしまっていたことに気づいた。ましてメディアも発達していない、教育制度も十分に整っていないこの世界で、彼の質問のすべてに答えられる者はほとんどいないだろう。ほんの一握りの、それらの知識や情報を得られる立場の人間以外には。
 だが、テスはたいていの質問に答えてくれた。しかも、抽象的な言葉が通じにくいと、わかりやすく言い換えて説明してくれた。むしろ、市井の民が知っていそうなことが苦手で、法律や政治の分野の方が詳しかった。
 どう考えても、テスは支配階級(この世界ではまだ身分は世襲制で、支配階級として貴族が存在していた)の出身としか思えなかった。なのになぜ、こんなふうに幼い身でひとりきり、あてもなく旅しているのだろう。今、表立って戦争中の国はないと彼は言った。だとしたら、政変か政争に巻き込まれ、国を追われたのだろうか。
 エドにとってテスは、わからないことが多すぎるのに、気持ちの上でも現実の上でも大きすぎる存在になっていた。探りを入れれば肝心の部分はかわされてしまう。知りたくてたまらないのに、しつこく訊けば嫌われるのではないかと二の足を踏む。
 謎なのは、彼の素性だけではなかった。テスと話していると、年上の相手と話している錯覚に陥る。目の前のこの少年の姿こそが嘘だとでもいうように。時折見せる虚無的な自嘲の表情、思いつめた暗くきつい瞳。夜中にテスが眠れない様子で、抱えた膝に顔を埋めて、何十分もそうして過ごしていることがあるのを、エドは知っていた。彼にできることは、寝ているふりをすることしかなかったけれど。
 エド以外の人間には無邪気な表情で、必要とあらば甘えを滲ませて舌足らずに「お願い」してみせておきながら、エドに対しては、テスを外見通りのこどもとしか見えない大人ならば怒り出しそうな、ぞんざいで、エドを目下としか思っていない態度や有無を言わせない命令口調をとる。そんな彼の二面性に面食らい、途惑いながら強烈に興味を引かれていることをエドは自覚していた。時にその芝居が痛々しく、いとおしくて抱きしめたいと思い、時に大人の表情で翻弄し混乱させる彼を押さえつけてめちゃくちゃに抱きしめたいとも思う。その衝動はまだ切実なものではなく、普段は珍しいこと知らないことを見て学ぶのに夢中で、そんなことは忘れていたが。
 今ふたたび、彼の仲に強い疑問が湧き起こっていた。「君は誰なんだ」「どうして旅をしているんだ」「いったい何から逃げているんだ」「君は本当に……見ているままの『テス』なのか?」
 しかし結局、今度も彼は口に出せなかった。
「……ローディアへ……母の故郷へ行くというのは、決めていたことじゃない。あのとき…」
 エドを見上げたテスの目が、川の反射に金色に透けて、眩しげに細められる。
「お前に遇うまでは、迷っていた。目的地もなくふらついていることにも疲れたし、それ以外にあてなどなかったし……だが、ローディア国内に入るのは気が進まなかった。ローディア国境を前にしたら、やはり引き返してしまうかもしれないと思っていた。けれど、お前を見つけて…お前が聞いたこともない言葉を…異世界の言葉を話すのを聞いたとき、これは偶然ではない、おれは一族のもとに行かなくてはならないのだとわかった。おれはお前を、一族のところへ連れて行く役を負っているんだ」
「どうして?俺と君の母親の一族と、何の関係が……」
「おれの力は、母方から受け継いだと言ったろう。おれも、お前も、同じ力を持っている。そして、一族の伝説では、一族の祖先たちは」
 テスは伸び上がるようにしてエドに顔を近づけた。息が頬にかかる。
「この地上にはない場所、この世界ではないどこかから来たという──」

 クィは、首都というだけあって、今まで訪れた町や村とは段違いに賑やかで、立派だった。道行く人々の服装も、華やかで明るい色が多くなった。
 町の基本的な造り自体は規模が大きいだけで同じだった。水場のある(あった)広場を中心に大きな店や食堂が建ち、メインの広場から放射状に伸びる道沿いに宿屋やこまごまとした店が並び、次の広場につながる。次の広場には役所、あるいは神殿がある。こうして広場と広場、それらをつなぐ道とが網目状に広がり、一つの町を構成している。道も中心部はレンガか石で舗装されており、踏み固められただけの土の道を見慣れてしまったエドには、ずいぶんな都会に思えた。そうエドが感想を洩らすと、テスは肩をすくめ、
「七つ国の首都の中では、6番目の大きさでしかない。……だいたいお前の世界では百万人以上住んでいる都市も珍しくないのだろう?何を感心している?」
 テスは積極的にエドの世界のことを聞こうとはしなかったが、エドが話すときには熱心に耳を傾けた。歩きながらの気晴らしに、あるいはベッドに入ってどちらかが先に眠りに落ちるまでのひとときに、エドは思いつくまま、テスの隠し切れない好奇心に輝く瞳や、想像の翼を広げ遥か夢見るようなまなざしに喜びを感じながら、語り聞かせていた。
 飲み物を売っている屋台で、おなじみになったレモネードのようなお茶──ここでは蜜が入れてあって甘かった──を立ち飲みし、ついでに宿が集まっている地区を教えてもらい、彼らは今夜の宿を探した。庶民的な宿から敷居の高そうなホテルまでそろい、旅人を呼び込もうと値段と宣伝文句を書いた看板を道に出しているところも多い。それらを見比べつつテスは何軒かに入って部屋を見、普通の家を改装したらしい小さな宿に決めた。
 荷物を部屋に置いて「待ってろ」と出て行ったテスは、戻ってくるなり「出かけるぞ」と言い、自分の剣をベルトごとはずしてエドの腰に下げさせた。
「テス?」
「手持ちの現金が少なくなったから、換金する。お前は無愛想に突っ立って、せいぜい相手に睨みをきかせろ」
 例によって有無を言わせぬ調子で言うだけ言って、ついて来いとも言わずに踵を返して出て行くテスを追って、エドも宿を出た。
「大陸全土で共通の貨幣を使用していることは話したな?」
「ああ。各国で鋳造しているけど、金属の割合は厳密に決められているとか、各国が発行している補助貨幣はその国内でしか使用できないとか」
「そうだ。ただ、トレス金貨は重いしかさばる。だからそれと同様に全土で通用して、かつ少量で価値が高いものとして、多額の取引や、大金を運ばなければならないときなどに地金がよく使われる。多少の値動きはあるが、これが一番換金性が高い。その次は宝石だが、これはその石自体の価値や加工状態によって値段が大きく変わるから、素人が判断するのは難しい。信頼できる業者と取引することと、交渉が重要になる」
 いくらテスが早足でも、歩幅が違うので並んで歩くのに支障はないが、初めて帯びた剣の重みはどうにも慣れなかった。その上、大勢の人でにぎわう通りを歩くときは鞘の先が人に当たらないよう気をつけなくてはならず、エドは今更ながらに、テスが剣を腰に下げる習慣が身についていることを痛感した。
「ただ、おれだとこどもだと思って安く買い叩かれるのもしゃくだからな。お前がいれば多少は違うだろう」
「…それで、『睨みをきかせろ』?」
「頼むよ、お兄ちゃん」
 いたずらっぽい笑みをひらめかせたテスの、艶めいた瞳にエドの胸はズキンと疼いた。彼は頬の熱さを意識したが、幸いテスは店探しに気をとられていた。
 どうやら宿の人に教えてもらったらしい、飾り細工やアクセサリーを売る店でテスは更に情報を仕入れ、商店街から奥に折れ、問屋や小さな手工業者が集まる一角へとやって来た。倉庫の前には木箱の積まれた荷車が何台も連なり、開け放たれた窓や入口からは、作業台に向かう人の姿が垣間見え、店先で男たちが額をつきあわせて値段の交渉をしている。
 テスは入口の上に掲げられた看板を見て、その小さな戸を引き開けた。
 中は、意外と明るかった。通りに面した小さな窓には格子がはまっていて、そちらからはあまり光が入らないが、建物は中庭を囲む形に建てられ、中庭側は床から天井までの可動式の壁が開け放たれており、光が眩しすぎることなく室内に溢れている。
 この辺りの建物としては珍しい様式だった。今まで見てきたのは、農村のL字型か、市街の凹凸のない四角い建物ばかりだった。だが、奥の棟を見て納得した。何人もの男たちが、それぞれ小さな炉を前に金属の加工を行っている。あれでは風通しが良くないと、暑くて耐えられないだろう。
 どうやらここは宝飾品の工房のようだった。直接販売もしているらしく、入ってすぐに木枠のガラスケースの並んだカウンターがあった。
「何か入り用かね」
 カウンターの向こう側に、日に焼けた肌の痩せた中年の男が立っていた。
「ここはいい石を扱ってるって聞いたんだけど」
 テスは、あまり愛想がいいとはいえない男に、邪気のない笑顔で近づき、
「買ってほしい原石があるんだ。見てもらえないかな?」
 とベルトポーチから取り出したものを、カウンターの上に置いた。男は無言でそれを手に取り、ルーペでつくづくとひっくり返したり光に透かして見たりしていたが、「親方!」と奥に向かって怒鳴った。
「何だ?」
 工房にいた、やはり肌が赤銅色に焼けた押し出しのいい男は、刈り上げた額から流れ落ちる汗を拭きつつやって来た。
「お客さんが石を売りたいんだそうで」
「どれ」
 親方と呼ばれた男は、ルーペと石を受け取ると中庭に出てじっくりとそれを見ていた。
 エドからは、どんな石をテスが渡したのかよく見えなかった。それほど大きな石ではなかった。せいぜい小指の先くらいだろう。かろうじてわかったのは、色はついてなかったことだけだ。
 男はテスのところへ戻ってくると、カウンターの中から黒い布を取り出してその上に石を置いた。それは無色透明だった。
「悪くない。3千サン出そう」
「4千5百」
 エドの感覚では、1サンはほぼ1ドルの価値に相当した。彼は内心の驚きを顔に出さないように、テスに言われた通り腕を組んで突っ立っていた。
 高いカウンターにほとんど背伸びして両肘を載せて、テスは男となおもやり合っている。
「3千7百」
 男の出した数字に、初めてテスは、今までいることを忘れているんじゃないかとエド自身思い始めていた彼を振り返った。つられて男も彼に視線を向ける。エドはどう反応すべきかテスの意図がつかめず、しかめ面のままでいるしかなかった。
「5百は現金で、残りは金。換算はおじさんのところの買い価格で。それでどう?」
 テスは顔を戻すと言った。
「……いいだろう、ぼうず」
 受け取った現金はテスが、金の板はエドがそれぞれ持ち──というか、テスが、ぼーっとしているエドのベルトに皮袋をくくりつけ、彼らは店を出た。もとの表通りに戻ってやっと、エドは口を開いた。
「あの石、そんなに高いものなのか?」
「原石だからたいした値じゃない。加工されて、指輪だの剣の飾りだのになって注文主の手に渡るころには、1万サンにはなっているだろうがな」
「1万……!」
 宝石店どころか、デパートの宝飾品売場にすら足を踏み入れたことのないエドには、それが妥当な金額なのかどうかなどさっぱりだったが、少なくとも彼の金銭感覚からは、たかがアクセサリーに支払うには途方もない金額としか思えなかった。
 夕刻が迫り、街路には人が溢れ始めていた。メインストリートの露店は数を増やし、着飾った若い女性が目につく。
「ずいぶんにぎやかだね。やっぱり都会は違うな」
 エドは腰をかがめてテスに小声で話しかけた。
「今日は──今日と明日は特別だ。夏迎えの祭りがあるそうだ。今夜は前夜祭らしい」
「お祭りかあ。どおりで…」
 食べ物を売る店以外の商店は、まだ明るいにもかかわらずどんどん閉め始め、「営業中」の札を裏返しにする。いつの間にか彼らは、人の流れに逆らって歩いていた。
「向こうに何かあるのかな?」
「たぶん、前夜祭の会場があっちにあるんだろう。祭りは町の守護神が祀られている神殿で、神に感謝と繁栄の祈願を捧げる儀式で幕を開ける。それから神殿前の広場で劇や踊りが奉じられる。みな、それを見に行くんだろう」
「ふうん……」
 人々の行き先を目で追っているエドを見て、テスは、
「……興味があるなら、見に行ってこい。夕食代は渡してやるから」
「え?いや、いいよ。君も行くなら行くけど……」
「おれは興味ない」
 言いながらポケットを探り、5サン銀貨を差し出す。エドはその手を押しとどめた。
「じゃあ俺も行かない。それより君に訊きたいことがあるし」
 テスは苦笑いを浮かべ、銀貨をしまった。
「…わかった。では、早めに食事をして宿へ戻ろう」
 道の端を歩いていく彼の後ろを、並んで歩けなくなったエドがついて行く。と、警告する間もなく、よそ見をしていた男が視界に入らなかったらしいテスに、勢いよくぶつかった。
 よろめいたテスをとっさにエドは抱きとめた。ぶつかった男はちらっと振り返っただけで人混みにまぎれて行ってしまった。しかしエドは、それを咎めることも忘れていた。
 テスが胸の中に倒れこんできた瞬間、あっ、とエドは心の中で声を洩らした。体全体が大きく脈打ったような衝撃が走った。
 何に衝撃を受けたのか自分でもわからなかった。腕の中にテスの体がすっぽりとおさまっていた。彼の体を自分の体で覆い隠してしまえる体格差を、初めて知った。テスは少年で、彼の頭が彼の胸までしかないことは知っていた。知っていただけで、わかっていなかった。自分が彼の小さな頭も細い肩も、何もかも自分の腕と胸で抱き込んでしまえることを。
 驚きと途惑いが溢れてくる。そして、怖れと。
(おそれ……?)
 エドは不思議に思った。
(これは、俺の感情だろうか……?)
 胸を押し戻され、胸の中の温かさが逃げていく。
「……悪い」
 テスはうつむいたまま言い、背を向けた。歩き出す彼を追って、エドは彼の半歩前に出た。
「……こども扱いするな」
 庇われたと知って、彼は呟く。
「してないよ。単に俺の方がでかいから」
 ふたりは気まずい雰囲気のまま食事をして、宿に戻った。
 この世界に来て初めて「たらいに湯」ではない風呂に入ってさっぱりし、ベッドに寝転がってくつろいだおかげで、ぎくしゃくしていたふたりの間も、元に戻った。
 風を入れるため開け放した窓からは、遠い音楽や人々のざわめき、浮き立った町の空気が流れ込んでくる。
「……テス、訊いてもいいかな」
 訊きにくいこと──テスの素性や過去に触れる質問をするとき、エドはいつもテスの反応をうかがいながら、そう切り出した。
「何を」
 それに対するテスの応えもいつも同じだった。答えられることは答える。できないことには黙っているが、とりあえず言ってみろ、ということだった。このやりとりがこの半月の間に何度あったことだろう。
 エドは腹這いの上半身だけを起こし、テスの方へ顔を向けた。
「君はいつも金のことは心配するなって言うけど、どうしてるんだ?」
「……あの宝石のことか?」
 テスは頭の下に腕を組んで、目を閉じたまま答えた。
「お前に会う前は、あちこちの鉱山にいた。金や銀の鉱山は国家が管理しているが、宝石についてはその組合が採掘権を国から買い、人を雇って掘らせている。雇って、といっても日当を払うわけじゃない。採掘料を払わせて一定面積を掘らせ、出てきた宝石は組合と掘り当てた者とで分ける。その割合はその山によって違うがな。当然、たくさん、より価値のある石を掘ったらそれだけ儲かるから、一山当てようとする奴らが群がってくる。何も出なければ大損だ。どこを掘るかの場所は選べるが、見る目のない奴、運の悪い奴は土ばかり掘る羽目になる。前に出た場所の近くにしたり、占いに頼ったり、みな必死だ」
 彼は目を開け、体ごとエドへと向いた。
「自然は、すべてそれぞれ気を発している。もともとその気を読んで気象を予想したり水脈を探したりするのが、母の一族の生業だった。宝石探しもその応用だ。だから…」
 彼は不敵な笑みを浮かべた。
「お前が思っているより、おれは金持ちなんだ。だから遠慮したり、申し訳ながったりする必要はない。こんなこどもの世話になるのはお前のプライドが許さないかもしれないが……」
「俺のプライドなんて…」
 エドは寂しく笑った。
「そんなの、ないよ。今までずっと、人のお情けで生きてきたようなものだし……」
 親に捨てられた自分は、他人の世話になり続けて生きてきたのだという卑屈な思いは、今でも彼の中から消えずにある。
「……なぜ?」
 驚きを表に出して、テスは目を見開いた。
「俺の母は恋人ができて家を出て行った。父は俺を育てられなくて、養護施設に預けてそれっきり帰ってこなかった。そこに何年かいたあと、今の養父母に引き取られた。今だって、国から奨学金をもらっているから学校に通える。今までの人生のほとんどが、他人の援助のおかげだ。そのことに感謝こそすれ、ひがむ理由なんかない。でも……」
 彼はシーツに目を落とした。
「そんな善意やお金を使ってもらう価値が自分にあるのか、自信が持てないんだ。…そもそも、価値があろうがなかろうが、それらはみんな、俺に与えられたものじゃなくて、親から与えられないこどもだから与えられたに過ぎなくて、与えられた分は社会に返さなきゃいけないなんて、当たり前のことに卑屈になっている俺は、本当に……情けない人間だよ……」
 縛っていない生乾きの髪に手を突っ込んでうなだれるエドを、迷う瞳でテスは見つめた。体を起こしかけたのに、そのまま止まってしまう。
「……ごめん。ちゃんと自分の力で生きている君に、こんな甘ったれた愚痴を言うなんて、ますます情けないよな、俺。不愉快にさせて、ごめんよ」
 無理に笑ってみせるエドを、テスはしかめ面で睨みつけた。
「お前、おれがお前を助けたことも、自分にはそんな価値がないなんて思っているのか?」
「え……俺……」
 テスは起き上がって座り込んだ。
「おれは、お前の放つ気を見て、少なくとも心が歪んだり汚れたりした人間ではないと判断して声をかけた。こんな目に遭っても取り乱したり、いたずらに嘆いたり自棄になったりもせず、こんなこどものおれを信用して、対等に接した。だから力を貸す気になった。最初に言ったとおり、どうしようもない奴だったり、一緒にやっていけないと思ったら、途中で見捨てることになっても仕方ないと思ってた。けれどお前は、内心は知らないが、不安を口にしたり、弱音を吐くこともせず、懸命にここに慣れよう、学ぼうとしていた。今まで一緒にやってこられたのはお前のそういう努力があったからだと思う。だけど……たぶん、それだけじゃおれは、こんな……」
 テスの頬が染まる。
「こんなに長い間、一緒にいられなかっただろう。お前だから心を許して、いろんな話もしたり、一緒にいるのが楽だった。お前以外の人間だったら、旅をするのは苦痛になっていただろう。おれは、お前を、単なる旅の道連れだとは思っていない……!」
「テス……」
 彼は、ぷいと顔を背けた。
「少しは自信を持て。お前でなければ、おれはここにはいない」
 照れ隠しか、彼はエドの視線から逃げるように背を向けて、ベッドの中にもぐりこんでしまった。
「テス……」
「………」
「ありがとう。……俺は、君のそばにいてもいいのかな」
 エドは、幸せな笑顔を浮かべ、囁きかけた。テスは頑なに黙っていたが、返事は期待していなかったので、彼は窓を閉め、ランプを消した。
「おやすみ、テス」
 彼もベッドに入り、目を閉じた。しばらくして、聞き逃しそうな小さな声で、おやすみ、と返ってきた。


だめな大人のある休日

2008年09月16日 | 極めて日常茶飯事
 昨日の朝、家の前を掃いていたら、毛虫に刺された・・・。毛虫に刺されるなんて、小学生のとき桑畑で刺されたとき以来だよ!(母の実家の隣りが桑畑だったのだ)げっというほど痛くて、毛が刺さったままかもしれないので、ぎゅう~っと痛いところを押し出すようにしながら流水で洗ったんだけど、そしたらまあ痛みはおさまった。しかし今日になって、そこが痒くて・・・ううむ、毒が残ってたのかなあ。まあ、痛いよりはいいけど!・・・たまに庭掃除なんぞしたらこのていたらく・・・なに?「たま」なのがイカンってか? 
 で、なんで掃除なんかしていたかというと、なんと、20年以上ぶりに会う友人が来る予定だったからだ。
 高校を卒業して以来、年賀状のやりとりくらいでずっと会っていなかったのだが、(なにしろ向こうは妻で母で嫁だからさ~。いまだに腐女子なんぞやってる身としては、なんとなく敷居が高い・・・じゃないな、近寄りがたい?感じがしてさー・・・。子育てで忙しいのに出て来いなんて誘ったりするのも悪い気がしたし)今年の夏にもらった暑中見舞いで「飲みに行きたい」みたいなことが書いてあったから、あ、そうか、そろそろ子育ても一段落したころだよなー、その気なら連絡してこいよー・・・みたいな意図をこめて、携帯のメルアドと、私の近況はこんなんよ、とブログのアドレスを書いて、葉書を返したのだ。そしたらメールが来て、「ブログを読んだ娘が『同じ趣味(猫とマンガ)の人がいる』と言って喜んでいた」だと・・・。娘さんはマンガ好きらしい・・・。
 というわけで、話はトントン拍子に進み、友人は娘を連れてやって来たのだ。
 友人は、高校の頃とちっとも変わりがなかった・・・。シミと毛穴を隠すためばっちり化粧した私とは反対に、ちょっとふっくらしたかな?程度(高校の頃が細すぎだったってば)の素顔で、10代の頃と変わらん。ジーンズを穿いた足も、細い!私の競輪選手のような太腿(おいおい)とは大違い!おまえはサ○エさん一族か?!
 お嬢さんもかわいい・・・。まるでSAY○KAみたいじゃーん!ああ、でも良かった・・・。マン研入ってるって言ってたけど、まだ腐女子までは行ってないみたい・・・。うっかり下品なエロトークしないように気をつけなくては。おねーさんはもはや何が18禁なのかわかんないようなダメな大人だからね・・・。
 友人たちが帰ったあとは、一応敬老の日ということで、親と外食。会計の段になって兄が「5千円払え」と言った。合計1万5千円の3分の1である。うちは3人きょうだいなのだ。「金なら、ない」・・・さらさら払う気のない妹である。こんな妹に、兄は甘い。ぶーぶー言いながら、結局払ってくれるのだ。まあ、10回に1回(以下)くらいは払うよ・・・(ひでぇ)。さて、「明日会社でー」とかゆーていた姉は払ったのだろうか・・・(遠い目)
 

『遠い伝言―message―』 4

2008年09月15日 | BL小説「遠い伝言―message―」

 目が覚めたとき、驚いた余韻で心臓がどきどきしていた。
「起きろ」
 声のした背後に身を捩り、そこにテスの姿を見つけて頭がはっきりする。テスはすっかり身支度を整えていた。
「先に下に行っている。食事をしたらここを出るから、用意をして食堂に来い」
 エドはかくかくと大きく頷いた。
「荷物、持ってきてくれ」
 そう言って出て行きかけるテスに、慌てて声をかける。
「ごめん!もっと早く起こしてくれて良かったのに」
「……声をかけたが、起きなかった」
 ノブに手をかけて、テスは無表情に答えた。
「昨日も思ったが、お前寝起きは悪いな」
 エドは背中に残る感触で、彼を起こすためにテスがとった手段に思い至った。昨日も今朝も、どうやら蹴りとばされたらしい。きびきびした動作やしつけの良さから、いいところの生まれではないかと推測していたのだが、意外と足癖は悪いようだ。
 洗面を済まし、テスの見た目より重い荷物を持って食堂へ行くと、一人分の食事が残されているだけでテスの姿はなかったが、厨房の入口から彼と宿の女の会話が聞こえてきた。女の言っていることは、半分くらいしかわからなかった。テスの表現によると「気を読む」方法で意味を理解しているらしいので、相手が見えない状態ではよく読み取れないのだろう。それにしてはテスの言葉は完全に聞き取れるのが不思議だった。
 温かいお茶の入ったカップを両手に戻ってきたテスは、片方をエドに渡し、丸椅子を引き寄せて机の角をはさんだエドの横に座った。
「まずは市場で買い物をする。とりあえず、村を出るまでお前がしゃべっていいのはウィ、とネ、だけだ。おれが何か訊くかもしれないが、そのときはどちらかで答えろ。いいな?」
「ウィ」というのがYESで、「ネ」がNOだった。
「ウィ」
 とエドが答えると、テスは満足げに笑った。
 テスはエドが食べ終わるのを、お茶を飲んで待っていた。テスが持ってきてくれたカップの中身は、熱い、砂糖抜きのレモネードのようなお茶だった。飲んだあとにさっぱりした酸味とかすかな苦味が残り、おいしかった。
 宿を出ると、昨日の曇り空とはうってかわって青空が広がっていた。広場には露店が並び、それなりに朝の活気を呈していた。それなりというのは、本当に小さな辺境の村らしく、どうしても寂れた雰囲気が漂うからだった。
 エドはテスのあとをきょろきょろしながらついていった。売られているのは雑貨や食料品から農具、それに武器まで、品揃えや量は豊富とは言いがたかったが、とにかく一通りのものはありそうだった。
 テスはぐるりと市場を一周すると、その間に目星をつけておいたらしく、迷わず目的の店へ向かう。
 携帯できる食料、食事用の肉切りナイフ、フォーク、マグカップ、歯ブラシに櫛などの日用品。古着屋で服や靴も買った。そのときになってエドはやっと、教えられた「ウィ」と「ネ」を使う機会がやってきた。
「この服、大きくないか?」「ネ」「色はこれでかまわないか?」「ウィ」
 しっかりものの弟が兄のために服を選んでいる、という様子でテスは衣類を買い揃えた。買い込んでいた雑貨も、エドのためのものだった。
 エド用のリュックサックも買い、買ったものをひとまずそこに詰めこんで彼らは市場を離れた。共同井戸で水を壜に詰め──テスの袋が重かったのは、このガラス壜のせいだった──入ってきたのと反対側の門から村を出、しばらく草原の中を続く白い砂利道をひたすら歩いた。村がすっかり見えなくなり、人影も、放牧された牛らしい群れも、前後左右地平線まで全く見えなくなるまで。
「──テス」
 我慢できなくなって、エドはテスの後ろ姿に呼びかけた。
「もうしゃべってもいいかな?」
 ずっと、質問したくてうずうずしていたのだ。疑問はそのままにしておけない性質の彼は、昨日のショックから立ち直ると、何もかもわからないことだらけの状態のままではいられなくなってしまった。
「ああ。だが休憩はまだ先だぞ」
「わかってる。あれこれ質問されるのはうっとおしい?」
 テスは、横に並んだ彼を目線だけで見上げた。
「山ほど訊きたいことがあるのは当然だ。答えられる限りは答える」
「よかった…。まずは、ここはどの辺りなんだい?この世界のだいたいの地理を教えてくれないか」
「……我々が頭の中で描く世界は、通常この大陸だけだ。中央部から西海岸にかけては広大な沙漠で、ほとんど人は住んでいない。国や都市は海岸沿いにある。主な国は北海岸にキッサム、アーナム、ノードン。東海岸はすぐ近くにディヴァン山脈がそびえているため、大きな国はなく、独立した都市がいくつかある。西海岸は沙漠が迫っていて、町といえるほどのものはない。南は、東海岸との境であるディヴァン山脈から沙漠がはじまる間の地域に川と湖が集中して、豊かな平野が広がっている。ここに七つの国がある」
 エドは必死で頭の中に地図を作った。全体の形がわからないので、いいかげんな丸を描いて、特徴と国名を書き込んでいく。
「ちょっと待って。方角がわからない。南はどっち?」
 エドは上に昇りつつある太陽の位置が気になっていた。もしかしたら、と。
 テスは太陽を指差した。
「太陽が最も高くなったときの方角が『北』。『北』を向いて太陽が昇ってくる方向──と彼は手を右に動かした──が『東』、沈む方向が『西』、背中側が『南』だ」
 やっぱり、とエドは思った。太陽の動きが逆だった。この世界が「平面」だったり「天動説」でない限り、自転方向が逆か、そうでなければ南半球にいるとしか考えられない。
「……わかった、続けて」
 エドは、南半球にいると考えることにした。太陽が西から昇ると考えることには慣れそうになかったのだ。
「今おれたちがいるリベラと、メルビア、トーリア、ミュルディア、ダーラン、ナバディア、ローディアを称して、七つ国と呼んでいる。そのうちミュルディア、ダーラン、ローディアの三国で全体の七割の領土を占めている。東から海岸沿いにメルビア、トーリア、ミュルディア、ローディア、ナバディア。ディヴァン山脈とトーリア、ミュルディアに接しているのがリベラ、リベラの北にダーラン、ダーランとミュルディアの西にローディア、その西にナバディア。…あとで紙に書いてやる」
 テスは、エドがぶつぶつと国の名前を呟いているのを見かねたのかそう付け加えた。
「ヴォガは、七つ国側からディヴァン山脈を越えて東海岸へ出る峠道の手前にある町だ。といっても、東海岸へは海路を取るほうが各段に楽で安全だから、あの通り寂れているがな。おれは、東から峠を越えてきたところでお前を拾ったわけだ」
 テスの説明に、エドは昨夜、テスが「偶然で片づけられない」といったわけを理解した。人もほとんど通らない場所にいたエドがテスと出会ったことすら奇跡に近いのに、それが特殊な能力を持ったテスだったとは、これは偶然なんかではあり得ない。
(……あれ?)
 エドの中で、何かが引っかかった。「偶然」という言葉が、彼の記憶の何かを刺激した。
(何だったろう……何か大事なことを忘れているような……)
「…他には?」
「あ、えっと、言葉は?それぞれの国で使っている言葉は違うの?」
「いや、方言はあるが、元は同じ言葉だからだいたい通じる。ただ、キッサムはもともと他の大陸から流れ着いた人々が作った国だから、
通じにくいことはある」
「他の大陸?」
「遠く、北の海を隔てて大陸があり、この大陸とは少し外見が異なる人々が住んでいることはわかっている。けれどもその間に常に暴風雨が吹き荒れている海域と激しい潮流があって、そこを越えていくのは困難だ。同じく向こうからやってくるのもな。時折向こうの船がそれに巻き込まれ、奇跡的にこちらに流れ着くことがある。だから純粋のキッサム人は、黒い髪に黒い目と、褐色の肌をしている」
 テスの言葉が途切れたので、エドは訊いてみた。
「君は、そこの出身なのか?」
「……いや。だが、その血は混じっているのかもしれないな。混血も進んで、南海岸でもキッサム系の者は結構いるし」
「ああ、それで」
 エドは声を弾ませた。
「俺たちが兄弟だと言っても不自然じゃないんだ」
「…子連れ同士の再婚か、片親が違う程度にはな」
 テスは肩をすくめた。
「お前もその髪は目立つぞ。そこまで薄い色の者はめったにいない。光に当たるとまるで……」
 太陽は地上にもエドの頭にも強い光を注いでいる。彼を見上げ、テスは目を細めた。
「コーエンの綿毛みたいに透けてしまう……」
「…俺、髪には少しコンプレックスがあるんだ」
 エドは口を尖らせた。
「この色にくせっ毛だろう?短くするとくるくる巻いちゃって、赤ん坊みたいな頭になるんだ。それで伸ばして縛ってる。こうしていれば重みでウェーブが伸びるし、地味になる」
 とエドは信じていた。彼の自分自身のイメージは、地味で目立たない、だったので、派手なプラチナブロンドの巻き毛ほど、自分に似合わないものはないと思っていた。実際には柔和で端整な容貌に、肩甲骨まで伸ばした髪を無造作にまとめて垂らしている彼が、キャンパスでもカフェでも女性たちの視線を集めていることを知らないのは、本人だけだった。
 幸か不幸か、テスの「地味…?」という疑わしげな呟きは、彼の耳には入らなかった。
「だいたい大まかな地理はわかった。それで、俺たちはどこへ向かっているんだい?」
「とりあえず、リベラの首都クィを目指す。人の多いところの方が目立たずに済む」
 目立ちたくない理由があるのだろうか、とエドは思った。異邦人であるエドの正体がばれないようにという配慮よりも、自分自身が目立ちたくないという意識の方が、テスの言葉の端から伝わってきた。
「……君は、どこへ行く予定なんだ?それとも家へ帰るところ?」
「……」
 うつむき、黙り込んだテスの気配にエドは、
「ごめん、事情があるならいいんだ。ただ、君とどこまでいけるのかと思って…」
「……母の故郷に、行ってみようかと考えていた……」
 テスは機械的に踏み出す足先を見つめながら答えた。
「おれの能力は、母から受け継いだものだ。母の一族はこの能力のために、人里から離れ、身を隠して暮らしている。だからはっきりとした場所はわからない。だいたいの位置は知っているが……」
 それだけで、エドは悟った。テスには帰る場所がないか、帰る意思がないのだと。「母の故郷へ行く」というからには、彼の母親は故郷にも、そして家にもいないのだろう。それとも、亡くなったのかもしれない。父親は、他に家族はいないのかと問いたかったが、それ以上立ち入る権利は彼にはなかった。
「そこは、遠いの?」
「ああ」
 テスはフードをかぶった。日が高くなり、日射しも強くなってきた。風はさわやかだったが、日が当たるとじりじりと暑さを感じる。エドもテスに倣うことにした。
 白い道は草の進出に消されかけながらも途切れることなく、周りの景色もちらほら木立が目立ち始めたほかは変わりこともなく、ただディヴァン山脈の青い色は薄くなっていた。
「ここで休もう」
 道の脇で枝を広げ、ささやかな木陰を提供する木の下に座り込み、彼らは喉を潤した。
「さっき買った服に着替えておけ。荷物も重さが片寄らないよう詰め直した方がいい」
 本当にどちらが年上かわからないなと思いつつ、エドはTシャツとジーンズを脱ぎ、生成りの長袖シャツと上から被るくすんだオリーブ色のベスト、揃いのゆったりしたズボンを身につけた。テスは剣を吊るすための専用の太いベルトをしているが、エドはそれより細い、皮袋などを引っかける金具がついているだけのベルトを結んだ。
「……そういえばテス、君は剣を持っているけど、ここではそれが普通なのか?ヴォガでは、剣を持っている人は見かけなかったけど…」
「剣を持つのは、それを生業にしているか、それが必要な立場の者だけだ。例えば徴兵された者、傭兵を稼業としている者、職業軍人、身を守る必要のある富裕階級、旅の者、それに……野盗」
 エドはぎょっとした。
「野盗?!」
「ああ。お前の世界にそういう輩はいないのか?」
「いや…いるけど、警察……取り締まる役人もいるから…」
「大きな町には警備兵がいるし、自警団を組織しているところもある。だが、待ちの外に出れば基本的に自分の身は自分で守らなくてはならない。大人数で移動したり、金のあるものは私兵を雇ったりする。…お前は何か武器が使えるか、それとも武術ができるか?」
 テスに見上げられ、エドは赤面した。
「……すまない、何もできない」
「だろうな」
 彼はあっさりと言った。
「向こうでは何をしていた?」
「学生……学校で、勉強していた」
「学者になるのか?」
「なりたいと思っている」
「そうか。それはいい」
 テスはかすかに表情を和らげたが、すぐに引き締めた。
「この辺りは旅人も交易の輸送団もめったに通らないから、かえって安全だ。しかしこの先、もし襲われるようなことがあっても、おれを助けようとか戦おうとかは思わなくてもいいから、最低限、足手まといにならないようにさっさと逃げろよ」
「……わかった」
 とても不本意だったが、不承不承エドはうなずいた。その納得していない表情を一瞥して、テスは立ち上がった。
「行くぞ。次の町まではまだ20フォルト以上ある」
「20フォルト…」
 座っている間はずしていた長剣をベルトに付け直したテスは、両手を目の前にかざした。
「フォルトは距離の単位。『20』は両手の指の合計である『10』の2倍。『2』は腕の本数。まずは数の数え方から始めよう」
 それから町に着くまで、テスによる数字と単位のレクチャーは続き、宿に入ってからもエドはまるで小学生のように、その日の学習の成果のまとめと復習をやらされたのだった。おそろしく厳しい教師のもとで。