フルール・ダンテルディ

管理人の日常から萌えまで、風の吹くまま気の向くまま

『遠い伝言―message―』 9

2008年10月11日 | BL小説「遠い伝言―message―」

 カーブで彼らの姿が見えなくなる。
 たった数日の付け焼刃の練習で、全速力で走る馬を止めることなどできるはずがなかった。
 決断は早かった。落馬覚悟で彼は手綱を引いた。
 ぎりぎりまでコントロールを手放さず粘った甲斐あって、落馬したものの受身を取る余裕があった。馬も転ばずに止まってくれた。
 エドは駆け出した。
 坂道を登り、先ほどの場所まで戻っても、立っている者が誰も見えなくて焦る。なおも走り、見えてきた人影に彼は息が止まりそうになった。
 最初にテスが切った男は仰向けに絶命していた。もう一人の男も腹から血を流し、うずくまるように倒れていた。だがもう一人は。
 テスの上に、男が馬乗りになっていた。そむけたテスの首に、彼自身の刃が迫っていた。手が切れるのもかまわずその刃を摑んだ男が、のしかかって剣を押しつけ、テスの首を掻き切ろうとしている。非力なテスがかろうじて支えていられるのは、すでに男は片手を失い、残った片方だけで押しているからだった。しかし、その手には男の上半身の重みがすべて掛かっている。剣はじりじりとテスの首に食い込みつつあった。
 その光景を見た瞬間、エドは何も考えずに動いていた。ベストの裏に隠していた短剣を抜き、振りかぶった。
 彼に気づいたテスの目が見開く。
「だめだ……!」
 何が何だかわからなかった。硬い抵抗にぎょっとして手を放す。男が仰け反った。
 テスが跳ね起き、その腕と長い刃が一閃した。返り血がテスに降りかかる。男が踊るような動きで地面に倒れこむまで、エドは茫然と立ち尽くしていた。
 男が動かなくなるのを見届けると、テスは力尽きて剣を落とし、がくりと膝をついた。
「…テス!」
 肩で息をする彼にエドは駆け寄り、片膝をついてのぞきこんだ。
「なぜ……」
 テスが呟く。彼は顔を上げた。怒りの表情も露わに。
「どうして戻ってきた!おれは逃げろと言ったはずだ!どうしてこんな……!」
 彼は苦しげに歪んだ顔を、両手で覆った。
「……こんなことなら、剣など渡さなければよかった……!」
 なぜテスがそんなことを言うのか、わけがわからなかった。自分がしたことは何か間違っていたのだろうかとエドは混乱する。
「テス……?」
「おれは……っ」
 うつむいたまま、テスは言葉を搾り出した。
「お前の手を汚したくなかった…!お前の世界では…少なくともお前は、人を殺すことは日常ではないはずだ。お前の話を聞いていて、おれはいつも、同じように悪人や犯罪者はいても、剣で解決するしかないこことは違うし、ましてお前は勉強して学者になろうという人間だ。お前にはここで生きていく知識は教えても、ここのやり方に慣れさせてはいけないと思っていた。もし戻れたら、お前はきっと、人を傷つけたことを悔やんで、自分を責めるだろう。だからお前にこんなことをさせたくなかった。剣を持つ義務のあるおれがやるべきことなんだ!」
「テス!!」
 エドは激情に駆られ、テスの両肩を揺さぶった。
「君は、俺が君を犠牲にして平気で生きていけると思っているのか?君を失って、おれが何とも思わないと思っているのか!確かに俺は、人を傷つけたくなんかない。けれど、自分自身はまだしも、自分の大切な人を傷つけられるくらいなら、自分が傷つくことも、罪を犯すことも、避けたりしない。そんなことのために、その人を失いたくなんかない!だから……」
 抑えることのできない涙が目から溢れる。
「頼むから……二度と自分を犠牲にするような真似はやめてくれ……。俺にちゃんと、君の助けができるチャンスをくれ……」
 くやしくて情けなくて、彼は地面に突っ伏した。みっともないと思いながら、涙を止められなかった。ようやく、テスは無事だったのだと、彼を失わずに済んだのだと安堵して、気が緩んだせいもあった。
「……すまない、エド……」
 テスの呟きが、頭の上からこぼれてきた。
「お前をそんなに傷つけるとは、思わなかったんだ……」
 ひどく後悔した、低い呟きに、エドは顔を上げた。途方にくれた、大人とこどもが入り混じった表情で、血と砂で頬を汚したテスが彼を見つめていた。
「許してくれ……」
「……っ!」
 彼は、テスを抱きしめた。
「…よせ、血が……」
 テスが抗うのもかまわず、もっと強く抱きしめる。愛しくて苦しくて、溺れた人間がなりふりかまわず何かに縋りつくように、そうせずにはいられなかった。
 いつの間にか、テスの抵抗はやんでいた。
「……エド……」
 耳元で、テスのかすれた喘ぎが聞こえた。その声が、彼の血を沸騰させた。
 目が合った。なぜ、と問うような大きな瞳が、彼を見つめ、そして耐えきれずに閉じられた。ふたりにとって初めての、あまりに近すぎる距離に。
 軽く開かれたままの口を、唇を押しつけてふさぐ。重なった小さな幼い唇の意外な熱さに驚く。なおも強く押しつけると、互いの濡れた内側が吸いつくように離れなくなる。
 歯の間から舌で奥を探り、ざらりとした舌の表面と、滑らかな裏側を舐める。テスに拒むそぶりがないことにすら気づける余裕はエドにはなかった。これ以上は自分を止められなくなる、と理性を取り戻すのが精一杯だった。
 離れ難く吸い上げながら唇を離すと、テスは目を伏せたまま顔をそむけ、両手でそっと、しかし断固としてエドを押しのけ、彼の腕から抜け出た。
「…早くここを離れないと。血の臭いでウォルグが集まってくると危険だ」
 彼は剣を拾うと死体のシャツで血を拭い、鞘に収めた。
「急げ。馬を探すぞ」
 テスは振り返りもせず歩き出した。
「あ、ああ」
 そのあとをついて行くエドの足は重かった。テスが何も言わないのが、彼をひどく落ち込ませた。今のキスは、テスには意味のないことだったのだろうか。もしかしたら、友人や家族ならこれくらい当たり前にする習慣があるのだろうか。いや、今まで見てきた限りでは、アメリカに比べたらずっとスキンシップは薄い印象だった。特にテスは、他人に触られるのを避けてさえいる。だったら……なぜ彼は、怒らない?なぜ何もなかったように振舞う?せめて一言、「さっきのはどういう意味だ」と訊いてくれれば、この想いを告げられるのに。
 だからなのだろうか。テスは気づいたからこそ、何もなかったことにするつもりなのだろうか。エドの気持ちに応えられないが、これから先も一緒に旅をしていくのなら、はっきり拒絶したら気まずくなってしまう、そう考えたのだろうか。
 乗り捨てた場所からさほど離れずにいた馬を見つけて、山を降り始める。テスの後ろでエドは唇を噛んだ。衝動に流されて考えなしな行動をした彼より、テスの方がよほど大人ではないか。これが、テスの答えなのだ。このままでいよう、と。その理由が彼がこどもだからかエドが男だからか、異邦人だからかは知らないが。
 その日は国境警備兵に見つかることを警戒して、夜を待ってから完全に下山し、月明かりだけで街道を走った。十分距離を稼いでおいて、夜が明ける前に彼らは池で血を洗い落とし、汚れた服を着替えた。それから短い仮眠をとって昼間も移動を続け、夕方たどり着いた町で宿に入ったときには、ふたりとも泥のように疲れ切っていて、馬の世話だけ頼んでろくに食事もとらずに倒れこむようにして眠り込んでしまった。
 目が覚めたのはすっかり日も高くなった、昼近くになってからだった。珍しくテスはまだ寝ていて、よほど疲れているのだろうと思いエドは起こさないように静かに着替え、そうっと部屋を出ようとした。が、
「エド」
 呼び止められ、振り向くとテスは背を向けた姿勢のままだった。どうやら目はとうに覚めていたらしい。
「悪い……食事をしたら馬の様子を見てくれ。餌がまだのようだったら飼い葉をやって、体にブラシをかけてやってくれ。それから…今日はもう動かないから、お前は出かけるなり何なり適当にしてくれ。夕食も好きにしてくれていい」
 気怠げな口調に、エドはテスのもとまで引き返した。
「具合が悪いのかい?医者を呼ぼうか?」
「……少し疲れただけだ。休めばよくなる」
 のぞきこもうとすると、それを避けてテスは顔をシーツに埋めた。
「食欲はある?何か持ってこようか?」
「…水でいい。喉が渇いた」
「だめだよ。せめてスープとか、ジュースなら飲めるだろう?」
「……任せる」
 エドは急いで宿の人に自分の食事とスープの追加を頼んで、外へ出た。屋台で持参したカップに柑橘類のジュースと蜜を入れてもらい、食事を受け取って部屋へ戻る。
「テス、飲めそうなら少し手をつけて」
 のろのろと身を起こしたテスにエドは皿とスプーンを渡す。少しずつ飲み始めた彼を見守りながら、自分もベッドに腰かけて朝食を摂った。
 もういい、とテスは皿をエドに渡し、夜着のまま靴を履いた。
「テス?」
「顔を洗ってくる」
「ついて行こうか?」
「ばかを言え」
 ひと睨みしてテスは出て行った。エドも食器を片づけ、言われた通り馬の面倒を見てから部屋に戻ったが、テスはいなかった。ずいぶん時間がかかる、と心配になりかけた頃に彼は戻ってきたが、髪が濡れていた。
「水を浴びてきたの?」
「汗をかいて気持ちが悪かったんだ」
「汗って…」
 ベッドに入ろうとする彼の手を思わず?んだエドは、
「……熱があるんじゃないのか」
 水を浴びてきたばかりとは思えない熱い肌に驚く。
「疲れているだけだ。今までにも何度か経験している。心配いらない」
 いつもの自分をコントロールした無表情ではなく、生気のない人形のようなうつろな目のテスを見て、エドは胸を衝かれた。ここ数日の強行軍は、大人の彼でさえきつかった。馬に乗ってといっても、それを操っているのはテスで、ただ落ちないようにしているだけの彼の何倍も疲れるに決まっている。その上おとといの事件。テスが疲労のあまり倒れるのは当たり前だ。
 うつぶせにベッドに突っ伏したテスは、すでに寝息をたてていた。
 エドはカーテンを閉めてテスのために部屋を暗くし、彼の眠りを妨げないように部屋を出た。
 選ぶ余裕もなく滞在することになった小さな町は、今まで訪れたリベラ、ミュルディアの町や村とは違った印象だった。特別ではない普通のいなか町なのだろうが、極めて計画的に造られたことがわかる直線的な道と、それに沿って流れる水路。開墾によって造られた新しい国家だとテスが語った通りだった。土壁の家は、赤いレンガ造りのミュルディアの家々に比べれば質素だったが、きちんと補修され、窓枠には好みの色を塗り手入れが行き届いており、貧しくはない。豊富な水のおかげでずいぶん涼しく感じる気候のせいか、人々は割りときっちりと服を着込んでいる。日射しだけは変わらぬ強さなので、白を基調にした長袖の丈の長いシャツに刺繍を施したベスト、それに細身のパンツというのが男も女も基本的な服装だった。女性のスカート姿が少ないのが特徴だった。
 水路には小魚が銀色の背をくねらせて泳いでいた。底の小石がくっきりと浮いて見えるほど清澄な水が豊かに流れている。段差を落ちる水音が心地良い。一応町の中心街なのでそれなりの人や荷車の往来はあるのだが、やはりのどかな農村の色が濃い。
 エドは1フォルも歩けば田畑か沼地ばかりになってしまう町を、人々の営みを見物しながらあてもなく歩き、川辺に座り込んでぼんやりと水を眺めて時間を潰してから宿へ戻った。
 かれこれ1マーレは経っていたが、テスはまだ眠っていた。飲みかけのジュースがそのままだった。目が覚めたときに水が欲しいだろうと、それを片づけて宿の炊事場で水をもらってきた。
 水差しをサイドテーブルに置き、空気を入れ換えようと窓を開けたとき、
「……エド」
「あ、ごめん。起こした?」
 テスは目をこすった。
「いや……。暗いな。今何時だ?」
「まだ8マルの鐘は鳴っていないよ。カーテン開けようか?」
「ああ……」
 寝返りを打ったテスは、ぼうっとした表情でエドを見上げ、眩しさに目をしばたかせた。
「エド……」
 彼が手招きしたので、エドは彼の枕元に膝をついた。
「なんだい?」
「……お前は何もしていないから……」
「え?」
 視線をシーツに落として、テスは小さく言った。
「お前の与えた傷はたいしたものじゃない。あの男を殺したのはおれだ。お前は誰も殺してはいない……」
「テス……」
 エドは、苦く笑った。
「そんなことを、ずっと気にしてたのか?」
 テスは目を閉じた。
「夜……お前、うなされていた…」
「覚えてないよ。それにきっと、罪悪感のせいなんかじゃない。君を助けられなかったときのことを夢に見ていたに違いないよ」
「覚えていないくせに…」
「わかるさ。俺は、テスが思っているほど優しい男でも非暴力主義でもないからね」
 信じていない顔のテスに、エドは続ける。
「他人を傷つけるような奴にはひとかけらの憐れみだってかけてやる気はないし、まして自分の友人や家族、大切な人を傷つけた奴はただじゃおかない。その倍は返さずにおくものか。俺が優しく見えるとしたら、ただ俺にとって、大切な人がいなかったから、怒りに我を忘れる機会がなかっただけだ。俺は本当は……心から人を愛したことのない、冷たい人間なのかもしれないと思うよ」
 テスは小さく首を振った。
「……お前は……慎重な性質なんだろう。自分の心を開くことに臆病なだけだ。冷たくなんか…むしろ温かくて、真っ直ぐで熱くて……」
 はっと言葉を切ったテスの顔に狼狽の色が浮かぶのを、エドはのぼせたような、思考が停止した状態で凝視していた。その視線をはね返そうと赤い顔で怒ったようにテスが睨み返してくる。おととい、目を閉じてしまったためにキスされたことを警戒しているのかもしれない──と頭の隅では冷静に考えているのに、何一つ言葉が出てこないし、テスの言葉の意味を判断できない。ただエドの自己卑下を救おうとしただけなのか、自分の感想を述べただけで他意はないのか──好ましいと思ってくれているのかいないのか──自惚れていいのかどうか、わからなかった。
 出てきたのは、これだけだった。
「好きだ」
 下げた手を、祈りの形に握り合わせる。
「君が好きだ」
 テスが目を瞠り、息を止めた。
「君にこんな気持ちを抱いてしまったことを、許してほしい。迷惑なことはわかってる。二度とこの間みたいな、君の意思を無視した行動はとらない。君に触れるときは寒いときとか危ないときとか、必要なときだけで、下心で触れることはしない。絶対に…とは、その…必要なときに触れていて、そういう気分にならないとは言えないけど……だからといって、不埒な真似はしない。誓うよ」
 彼の言葉の間に、テスは苦悩に顔を歪ませ、両手で覆い隠してしまった。
「……ごめん。そんなに悩まないでくれ。おとといのことがずっと気になっていて…君はなかったことにするつもりだとわかってはいたけど、俺が何も告げないのに君には知られていて、このまま知らない振りをされ続けるのかと思うと…なんか、その……うまく言えないけど、もやもやして……」
「……腹が立った?」
 くぐもった声が、テスの手の下から洩れた。
「おれは、卑怯だと思った?おれは……お前の気持ちの変化に先回りして動いて、うまく対処しようと思っていた。前に、相手の気持ちを知って、知ったために流されて、取り返しのつかないことをしてしまったから、今度は間違えないようにと……。だが、そんなこと無理に決まっている。感情なんて、隠すことはともかく、こう思おう、こう感じないようにしようなんて、できるわけがない。その上、隠すことさえ…おれと同じ能力を持つお前に対して隠し続けることなんて、不可能だ……」
「……なに……何のこと?」
 テスは前髪をかきあげて手をのけ、泣くのをこらえている顔を見せた。
「おれと…お前の能力のことは話しただろう。相手の気を読むというのは、相手が無意識に発散させている意思や感情を読んでいるということだ。無論、人間というのは多少は自分の感情を隠すことも制御することもできるから、気に表れないものまでは読めないがな。逆に、おれたち自身の感情は、表情や仕種、声の抑揚で相手が感じとれる以上のものは伝わらない。能力を持つ者と持たない者の関係は、ほぼ一方通行だ。では、能力を持った者同士だったら?一族の間でだけ使える力があったら?」
「テス……」
「おれは、一族の人間は母としか接したことがなかったから知らなかった。母は知っていたのだろうが、おれが幼いときに死んでしまって、一族の能力についてあまり教えてもらうことができなかった。他人に触れると気が視えやすくなることには気づいていたから、視たくないものまで視ないよう、うかつに体に触れないよう、触れるときは視線をずらして──目のではなく、力の──視ないように気をつけていた。だが、初めてお前と握手を交わしたとき、ちゃんと用心していたのにあまりにも鮮明に、しかも視えるのではなく感情が流れ込んでくるような感じすら覚えて、衝撃を受けた。あとで冷静に考えて、お前はさほど何か感じた様子はなかったから、お前の能力がおれほど強くないのか、お前が無防備すぎるのかのどちらかだろうと思って、無用心にお前に触れてしまわないよう気をつけることにした。なのに、そのうちそれすら無駄になってしまった。お前がおれに向ける好意が流れ込んでくるのを拒否できないし、おれの気持ちも……お前に伝わらないようにし続けるには強くなりすぎた。触れなくても、お前が無意識だろうと、おれが止めようと必死になっていようと……」
 瞬きしたテスの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「止められるわけがない。伝えずにいられるわけがないんだ。それが一族の……生命線なのだから……」
「テス……?」
 テスのまろやかな頬に伸ばしかけた手を、エドは途中で止めた。
「触れても、いい…?」
「……だめだ……」
 苦痛の下から絞り出すように言い、テスは唇を噛みしめた。
「……どうして?」
 信じられない答えに、エドは唖然とする。テスは一言も好きだとも愛しているとも言わなかったが、そんな言葉よりも情熱的な恋の告白だった。お互いの気持ちが一致しているのに、なぜそれを伝えてはいけないのか。
「おれは、お前に何も応えるつもりはない。今は…サーランに帰って、3年前逃げ出した現実に決着をつけることしか考えられない。…考えたくない。だから今は……サーランでの用が済むまで…一族のところに行くまで、保留させてくれ。お前だって……その方がいいんじゃないか?」
 彼は泣き笑いのような笑みを浮かべた。
「ここで生きると決めるまでは、誰も好きにならないんだろう……?」
「───!」
 固まったエドに、テスは大人びた仕種で髪をかきあげ、寝返りをうって背を向けた。
「9マルの鐘が鳴ったら起こしてくれ。夕食は食べに行く」
 テスだって、眠れるはずがないとわかっていて言ったのだろう、話は終わりにしていつもの生活に戻ろうという意思表示に、エドはおぼつかない足どりでドアに向かった。
 閉じたドアに背をもたせかけ、彼はずるずると座り込んだ。
 そうだった。今、互いの想いを知ったところで何が変わるというのだろう。何も変わりはしない──変えることはできない。テスの存在する未来を望むことはできないのだ。帰れる可能性がある限り、自分はあきらめられないだろう。ささやかな関係と絆しかなくとも、自分の世界には家族と友人と、生活と夢がある。あきらめることなどできない。だとしたらそのとき自分は、テスのことを、いっときの、行きずりの恋だったと捨てていくのか?
 だが、もし帰る望みが絶たれたなら──エドは狂おしく思った──テスと生きていける。テスが承知してくれるなら、こんな放浪生活はやめて、どこかで落ちついて暮らそう。言葉ももっと覚えて、どんな仕事でもいいから働いて、なんとか食べていければいい。5年も経てばテスは立派な青年に成長するだろう。あの不機嫌そうな表情と物言いは変わらないだろうが、その頃にはきっと、ベッドの中で抱き合うこともできるだろう。他のものは失っても、もう二度とないだろう一生一度の恋を、成就することができる。研究だって、この未知の世界のことを一から学んでいくことは、楽しいことに違いない。そんな人生を送ることになっても、たぶん悔いはないだろう。
 けれども今は……テスの言う通りだった。ここで生きていく決心がつくまで、中途半端な想いは彼を傷つけるだけだ。
(もうすでに、十分すぎるほど傷つけてしまった……)
 エドは、最後のテスの泣き出しそうな笑みを思い出した。どうしようもなく好きになって、愛しく思えば思うほど彼を傷つけて、苦しめてしまうだけの自分の想い。
(俺たちは、出会うべきじゃなかったんだろうか……)
 目頭と鼻が熱くなり、彼は涙が流れ落ちる前に目を膝に押しつけてごまかした。ドアが内側から開くまで、彼はその姿勢でずっと、次の鐘を待ち続けた。

 


歯が痛いよ~;

2008年10月10日 | 極めて日常茶飯事

 昨晩から何となく歯が痛い・・・気が・・・する・・・と思っていたら、朝目が覚めたときからはっきりと歯が痛い。む、虫歯?!虫歯ってこんなに急に痛くなるもんだっけ?冬に通っていたのは知覚過敏でだったし、虫歯はその前?いつだっけな・・・。でもこんなに「今日!今日診てくれ!」と叫びたくなるほど切羽詰った覚えはない・・・。
 仕方なく、会社帰りに行くためネットで歯医者を検索。実はオフィスが移転する前に会社のすぐ近くの歯医者に通っていて、結局ずるずると10年以上、何かあると行っていたのだが、現在の医者がもー荒っぽくて(途中でオーナーが変わり、前の医者はペヨ○ジュンと橋○大阪知事を足して2で割ったような顔の、優しい先生だった)、「お前は歯を削るより山でも削ってろ!」と言いたくなるくらいなのだ。たったひとりしかいない助手の女性も雑な性格・・・。3つある診察椅子のうち1つは、いろんな物で埋まって使用不可能。なので、もういい加減他の医者に移ろう・・・と思ったわけだ。
 昼休み、ピックアップした歯医者に予約の電話をする・・・が、「5時半以降は混んでいて・・・」「今日は予約で一杯です」と断られ続け、行くところがない。私は仕方なく、なじみのその歯医者に電話をかけた。「いいよ。来て」・・・空いてると思ったよ・・・
 会社が終わってからその歯医者へ。「歯が痛いって?Kさん、虫歯になるような歯はないでしょう」知覚過敏で通う前に、虫歯は全部治療済みだ。私の症状を聞いて「歯髄炎だね。どの歯?あー、どっちも前に治療したとき、虫歯が大きくて、ぎりぎり神経残したやつだわ。神経がすぐそこだから、刺激で炎症起こしちゃうことがあるんだよね。もう神経抜くしかないよ」そ、そんな・・・!前のときも「神経抜くのはいやだ~!」と抵抗したのに、ここへきて抜くとは・・・無念・・・
 麻酔を打ってX線写真撮って、「じゃ、やりますか」と前にかぶせた金属を削り取り始めたが・・・おいしつこいようだが道路掘ってんじゃねえんだ!もうちょっとゆっくり優しくやってくれよ!・・・などと叫ぶこともできず(小心ものだからさ)、「写真見る限りでは、隣りの歯も怪しいよ」「ほ・・・ほううは・・・(そ・・・そうすか・・・)」削りながら話しかけられてもな・・・
 神経を抜いて仮の詰め物をし終わったところで、「だいたい神経取れたから。麻酔切れて痛くなったとき用に痛み止めだしとくよ」だいたいって・・・次回にもう1回神経抜く作業やる気だな?!1回でやれよな、全く大雑把な・・・とげんなり。
 あああ、来てしまったからには全部の治療が終わるまでここに通うしかないのか・・・。腐れ縁なのか、このスキンヘッドのおっさん(注:私より年下と思われる)とは・・・
 しかし、私の治療中に2人の患者がやって来て待っていたのだが、1人は小学生の男の子。この荒っぽい治療に耐えられるのであろうか・・・?常連っぽかったからいいんだけど。
 ちょうど今、麻酔も切れて歯が痛い・・・。歯髄炎の痛みなのか神経抜かれた痛みなのかわからんが、神経抜いたことあるけど、こんなに痛かったっけ・・・?としくしくしております。もう1本は手付かずだからそっちは痛いまんまだし!悲しい・・・


よかったよかった

2008年10月06日 | 極めて日常茶飯事

 先日、後輩のパソがウィルス攻撃でぶっ飛んだ事件がありまして、犯人はその前からいやがらせの大量のメールを送りつけていたやつだろうと、怒った彼女が警察に訴えたところ、犯人の親から謝罪メールが来たそうな。
 警察に訴えたことをブログにも書いてたもんだから、犯人はびびって親に泣きついたらしい・・・。親も娘が捕まって、子供だから刑は受けなくても記録にはばっちり残るのを恐れて、弁償するから取り下げてくれと言って来たわけだね。
 犯人は彼女がこいつだろう、と目星をつけていた奴でドンピシャだった。はー・・・この頃のガキは、妙な知識だけあって、自分のやったことの結果は想像できんいびつな成長の仕方してんだなー、と嘆息。
 とりあえず、パソの修理にかかった金は弁償してもらえることになって、よかったよかった。しかし、この事件のために彼女が費やした時間や労力、戻せなかったデータは金で買えんのじゃ!示談にしてあげる後輩はやさしーなー・・・。私なら絶対許さんね。自分のしたことは自分の人生に跳ね返ってくるんじゃ!とそのクソガキには身に沁みてもらわんとな。金も、親が出すんじゃなくて、一旦親が立て替えるにしろ、バイトをして返すように要求するね。楽なバイトは許さん。新聞の朝刊配達に限定だ。証拠として給与明細を提出させるぞ。万という金を稼ぐのにどれだけ苦労するか、思い知れ!ってなもんだ。・・・私、性格悪いかねー?いや、普通でしょ!

 9月から仕事で団体の担当替えをして、私としては後輩にはそれほど負担になる量じゃないように担当を割り振ったのだが、どうも私とGちゃんが暇こいてて、他の3人がてんてこまいになってしまった。先輩が後輩2人が潰れちゃうかも、と耳打ちしてきたので(大先輩なのだが、一度退職して再雇用されたので、役職は私とGちゃんのが上になってしまったのだ)、最初「しょーがない、後輩の団体、私とGちゃんに移すか・・・」とGちゃんに相談したら、「・・・正直言って、幸田さんが割り振ったの見て、後輩2人にはすごい気を使って軽くしてあると思ったんだけど?」・・・うん、私も「あー、これ誰も持ちたがらないわけわかんないやつだなー」と思ったような団体は、自分とGちゃんにくっつけたよ・・・。そして経験少ない後輩たちには、一番勉強になるだろう団体をつけて、その代わり担当数をめちゃくちゃ減らしたつもりだ。「今、渡した団体はほとんど動きがない時期で、彼女たちがなんでそんなにいっぱいいっぱいなのかわからない。厳しいこというようだけど、仕事の仕方に問題があるんじゃないの?」うう・・・Gちゃん、私もそう思ったけどさー、それをビシビシ言うよりは自分がやっちまった方が恨まれないし楽だと思って、つい易きに流れようとしちゃったよ・・・。スマン!
 考えてみれば10年前、リストラと組織改変のあおりを受けて、Gちゃんと私はたった2人だけ法人営業部に取り残されて、今よりその当時の方がたくさんの団体があったのに、今5人でやっている業務を2人でまわしてたんだもんね・・・。(今でもGちゃんは「思い出したくもない悪夢だった・・・」と言うが、実は私はその頃の記憶がほとんどない・・・。なんか、脳の回線がぶっ飛んでたのかなあ・・・?)
 というわけで、先週2人にそれぞれ話を聞いて、アドバイスと、少々厳しいことも言った・・・。基本的に後輩には優しい私だ・・・。後輩を泣かしたことは1度しかない。(ははは・・・済まなかったね、○○ちゃん!)誰もが自分と同じようにやれるわけでもないし、自分のやり方がベストだとも思わないので、それは無駄だろ、とか、こうした方がいいんじゃないか、とか思っても、なるべく口出しはしないようにしてきたが・・・言ったほうがいいのかなー、と今日も後輩がかけている電話を聞いていて、終わったあとで「そういう内容のことをいちいち電話するのは無駄じゃない?」と注意したのだが・・・あちゃー、明らかに怒られたって顔してたなー、あとから考えて、注意した内容誤解されたかなーと気になる・・・。明日フォローしとかないとな・・・。あああ、厳しくて優しい先輩って難しいぜ!


『遠い伝言―message―』 8

2008年10月04日 | BL小説「遠い伝言―message―」
 ミュルディアの都を離れるにつれ、道は煉瓦敷きから砂利、そして土を踏み固めただけに変わり、道沿いに植えられた木々も、白い花を咲かせた雅やかなものから、背の高い、枝を広げて木陰を作る種類に戻った。
 ダーラン川沿いと海辺に町が発達しているミュルディアは、西のサイス山脈方面には目立った町はない。大陸一豊かな国を誇るミュルディアでも、さすがに山脈が迫ってくる辺りに来ると、「何もない」景色が見渡す限り広がる。
 牧場で買った馬に乗り、ひたすら西を目指した二人は、7日足らずでサイス山脈のふもとに着くという強行軍だった。すでに街道も消えかけている。
 日が落ちる前に野宿の準備を始めた。大きな肉食獣はいないし──1種類、中型の犬くらいの、おそらく狼に似たウォルグという肉食動物がいるらしいが、よほど飢えていたり、興奮したりしていない限り人を襲うことはないそうだ──、夜も寒さを感じることはなくなっていたので、たいした用意はしない。枯れ草や枝を集めて火を起こし、簡単な料理とお茶で夕食をとり、マントにくるまって眠るだけである。
 赤い地面と緑の草がまだらに地平まで続く平らな土地に、ところどころ低い灌木の繁みがこんもりと島のように浮かんでいる。今まで見慣れた黒っぽい肥沃な土地は、山が近づくと次第に赤みを帯び、この辺りではパプリカの粉でも撒いたような鮮やかな赤土となっていた。鉄分が強いのではないかと思っていたら、木に覆われてはいるものの赤っぽい山肌が見えるサイス山脈には、ローディアの鉄鉱山があるとテスは言った。
 山の向こうに沈む夕日は赤く、どこまでも抜けるように高い空を紫や菫色や赤や朱鷺色、そして金色に染め上げた。風は、緑の上を金の波となって、さえぎるものなくどこまでも渡っていく。
 テスが見つけた小川──彼に言わせると、宝石を見つけるより水の流れを見つける方がずっと容易いそうだ──のそばで、彼らは一夜を過ごすことにした。馬は水を飲ませたあと灌木につなぎ、好きに草を食べさせておいて、彼らは焚き火で食事を作った。穀物の粉を水で練ったものと干し肉を入れたスープと、保存のきくビスケットのような硬いパン、レモン風味のお茶が夕食のメニューだった。
 熱いので布でくるんでカップのお茶をすすりながら、テスは小さくなっていく焚き火をぼんやり見つめていた。その頬を染めていた夕焼けも色褪せ、消えかかっていた。それでも、風に揺れる前髪の下の、物思いに耽るテスは、とてもきれいだった。世界中が夕闇の藍色に包まれてゆく今このとき、エドは世界に自分たちふたりきりしか存在していないような気がした。──少なくとも視界に入る360度、集落はおろか人ひとりいない。
 時も空間も超えた異世界。地平線まで続く草原の美しく静かなたそがれ。なぜ自分はここにいるのだろう。なぜやって来たのだろう。なぜ自分だったのだろう。これは、自分の人生に用意された必然だったのか、それとも単なる偶然にしかすぎないのだろうか。
 この出来事が、出会いが何であれ、今自分はここにいて、目の前には初めて本気で恋をした人がいる。それだけは確かなことだった。
 消えかかった火がぱっと燃え上がる。テスが枝で灰をかきまわし、その枝を火の中に投げ入れた。
「……明日は日の出とともに出発する。サイスの山の中では、鉱夫くずれの野盗や、密輸人が出没することがある。出会ったら見逃してはくれないだろう。そのときは、前にも言ったがとにかく逃げろ。金を出したら命は助けてやるとか言うかもしれないが、そんなのは口先だけだ」
「わかってる。だけど逃げるときは君も一緒だよ」
「……」
 彼は黙りこくった。答えたくない、つまりそうするつもりはない、あるいは約束できない、といういつもの彼の意思表示だった。
「テス」
 エドは語気を強くした。
「……相手が二人までなら逃げられると思う。三人なら、微妙だな。ただ、めったに商人や旅行者は通らない道だから、盗賊といっても徒党を組んで大がかりに襲う奴らはほとんどいないはずだ。だからといって楽観はできないがな。おれの短剣を貸すから、いざというときは抵抗しろよ」
 かかえた膝の上から、上目使いに彼を見て、テスはまた目を伏せた。
 テスの返事は肝心なところで答えをはぐらかしていたが、エドは仕方なく引き下がった。こういうときのテスに重ねて問い質したところで、求める答えは返ってこないとわかっていた。
 テスを犠牲にして自分だけ逃げるような真似はしないと、エドは心に決めていた。だが、こどもの頃はともかく、大学に入ってからは殴り合いのけんかすらしていない自分が、武器を持った、本気で殺しにかかってくるような相手に戦えるのか、自信はなかった。テスの言った「逃げられる」は、「殺せる」か、少なくとも動けない状態にできるという意味だろう。テスが剣をふるうところは練習以外見たことはないので、どの程度の腕なのかわからないが、大人相手に2人までならと言うからには、相当の自信があるのだろう。だとすれば、出会った最初のころに言われた「足手まとい」となってしまうことも、ないとは言い切れない。
 自分が戦って生き延びる自信などない。だからこそ、テス一人を危険な目には遭わせない。もし複数の強盗に襲われても、自分がいれば──自分が死に物狂いで抵抗すれば、テスが相手を倒す時間稼ぎはできるかもしれない。テスは、自分を誤解している。
(俺はこどもじゃないし、無知ではあっても、守ってもらわなくてはならないか弱いひなどりでもなければ、君のあとをついて行くだけの子犬でもないんだよ)
 君を守るためなら人を傷つけることも、自分が死ぬことも厭わない──エドは心の中で呟いた。
 翌朝、夜明け前に起き出して曙光の中、彼らは出発した。ディヴァン山脈に比べれば短く、低いサイス山脈だが、それでも千から二千メートル級の山々が連なっている。道は山の頂と頂の間の比較的低い尾根を越えて通っていたが、谷沿いなだけに細くて岩場が多く、彼らは馬に乗っているよりも轡を引っ張り、後ろから馬の尻を押し上げている方が多いくらいだった。
 結局その日のうちに山を越えるどころか、峠にたどり着くのが精一杯なことがはっきりしてくると、一晩山の中で過ごすことを考えて気が重くなった。けれども日が沈む直前に峠に着き、森が切れ、馬の背に揺られていた彼らの視界が開けると、疲れも不安も忘れた。
「……うわあ……」
 感嘆の声を洩らしたエドに、テスもかすれた声で応えた。
「ああ……ローディアだ……」
 そそり立つ山脈のせいで、彼らの立つ尾根よりも早く夕闇が訪れた平野では、人々の営みを示す明かりが灯され始め、空の星が現れるより早く、地上に星空が現れつつあった。緑の大地に大小数え切れないほどある湖が、雨上がりの地面のようだった。その水面が舟や家々の明かりを映し、人工の星を倍にも見せているのである。
 林と、集落と、マス目状の田畑の間を縫って、水路と川が縦横に流れている。ミュルディアが「水の都」ならば、ローディアは「水の国」と呼ぶべきだろう。
 そしてはるか地平近くに、遠すぎてはっきりとはわからないが、ひときわたくさんの光が首飾りのように輝いて、弧を描いて取り囲んでいる湖が、黒々と横たわっていた。
「300年前まで、ローディアは人が足を踏み入れることのない、大湿原だった」
 テスは、薄暮の中に沈んでいこうとするローディアを、眩しいものでも見るように眼を細めて見つめていた。
「大湿地帯から西の内陸部は大沙漠だが、年に一度か二度、大雨に見舞われる。雨水は砂に吸い込まれるが、それらは長い年月をかけて地下を流れ、やがて集まった沙漠中の水は、堅い岩盤のサイス山脈にせき止められ、その手前で地上に湧き出る。それがローディアの湿地を形成していた。だが300年前、ナバディアの一貴族が手柄の褒賞として、利用価値のない土地として捨て置かれていたローディアを領地として望んだ。彼は、一族郎党を引き連れてローディアの開墾に乗り出し、水路を作り、湿地を埋め立て、木を植え、次第に人が住める土地を増やしていった。150年前、ナバディアは失政の続いた王家を追放し、共和制に移ることになったが、ローディアはそれを機に独立し、領主のローディアス候が王位に就き、ローディア候国となった」
 テスの手が上がり、あの湖を指差した。
「ローディア最大の湖サーラ。その湖畔にあるのが首都サーランだ」
 つられて目をやったエドの耳に、テスの呟きが届いた。
「……おれは3年前、あの町を飛び出した……」
 見下ろしたエドの視線を避けるように、テスは手綱を引いて馬の向きを変えた。
「今夜のねぐらを見つけないと」
 その夜は、人目を引くといけないからと火を使えず、冷たい食事をし、山の上だけあってマントをいくらかき寄せても寒さがしみて来るというのに、暖をとることもできなかった。
 岩陰に身を隠し、体を縮こまらせて寝転がったものの、疲労でうとうとしては、寒さで目が覚めることを繰り返す。少し離れて横になっているテスはぴくりともしないが、起きている気配がしていた。体が小さい分、テスの方が寒い思いをしているに違いなかった。
「……テス」
「……」
「起きているんだろう?」
「……眠れなくても目を閉じて横になっていろ。疲れがとれないぞ」
「寒いんだ。そばへ行ってもいいかな」
「……」
 返事がないのは拒否ではない、とエドはごそごそ這っていった。体を丸めて背を向けているテスに自分のマントをかけ、背中からそっと抱き込む。
「……こども扱いするな」
「してないよ。俺が、寒いんだ」
 性的な気持ちではなかった。ただ、ひとりで寒さに耐える彼を暖めたかった。鼓動は速まったが、欲望は感じなかった。緊張と不安がまだ残っているせいかもしれなかった。
 触れ合った胸と背中から、互いの熱が伝わってくる。それだけで、マントの中は暖かくなり始めた。同じ体温しか持たないのに、他人の体はどうしてこんなに温かいのだろう……。
 エドは、腕の中の温もりと、テスの髪に顔を埋め、彼の匂いに包まれる心地良さとで、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
 目覚めると、腕の中にテスはいなかった。寝惚けた頭でどうしていないんだろう、とぼんやり考えていると、いきなり顔に冷たいものが落ちてきた。
 仰天して飛び起きると、傾けた水の瓶を持ったテスが立っていた。
「ついでに顔を洗え」
 慌てて両のてのひらで水を受け、顔を擦った。差し出されたタオルで顔を拭き、今度はテスに水を注いでやる。
 水とビスケットだけの簡単な朝食をとって、彼らはすぐに出立した。
 下りは楽かと思えばそうでもなかった。馬に乗って急坂を下るのは登るより難しく、テスはともかくエドにはまだそこまでの技量はなく、傾斜がなだらかになるまでは歩くしかなかった。それが2マーレも続いただろうか。日が中天にかかる頃、ようやくひどかった山道は、人や馬がまともに歩けるものになった。さすがに上りよりは下りの方が短時間で距離を稼げたようだった。
 だが馬に乗り始めていくらも行かないうちに、バランスをとるのに必死になっているエドに、テスは振り返りもせずに言った。
「速度を上げるぞ。前かがみになって馬のたてがみを摑め。ただし引っ張るな。股を締めて、振り落とされるなよ」
「急に、何…」
 言われるまま、前のテスに覆い被さるようにたてがみを摑んだと同時に、テスが馬の腹を蹴った。
「うわ、わ、わ」
「舌かむぞ!」
 テスの怒鳴り声に慌てて歯を食いしばる。
 いくらずいぶんましになったとはいえ、下り坂の岩の多い山道に変わりはない。そこを馬で駆け下りるのである。頭を下にした馬の上で前傾姿勢をとると、ほとんど頭から落ちていく感覚である。それだけならまだしも、馬がバランスをとるために右に左に向きを変えるたび投げ出されそうになり、冷や汗が吹き出た。
「!!」
 背中越しに、テスが息を呑む気配がした。エドはとっさに馬の胴をはさむ両脚に力を込めた。
 馬が抗議のいななきを上げて急停止した。体半分ずり落ちたものの、落馬しなかったのは反射神経のおかげだろう。
「…いったいどうしたんだ、テス…」
 エドは問いかけを呑み込んだ。体を馬の上に戻した彼が見たのは、横の繁みから抜き身の剣を下げて出てきた男と、振り返れば2人の男が斜面を滑り降りてくるところだった。
「残念だなあ、ぼうやたち」
 前方の男はにやにや笑った。
「この道は曲がりくねっているから、崖を降りるのがいちばん早いんだよ」
 エドは、道の上にロープが張られているのに気づいた。このまま突っ込んでいたら、馬はロープに引っかかって倒れ、乗っていた彼らは空中に投げ出されていただろう。運が悪ければ首の骨を折って即死だ。
「荷物と馬を渡せば行っていい…と言いたいところだが、ふたりともすげえべっぴんじゃねえか。少しばかり楽しませてもらってからにさせてもらうぜ」
「な……!」
 かっとなりかけたエドの脚を、彼らに見えない側でテスがなだめるように叩いた。
「さあぼうやたち、おとなしく降りて来い」
「……お前は乗っていろ。手綱を放すな」
 男たちに聞こえないようテスは囁き、地面に降りると前方の男に向かって、
「お金はあげるから、他は勘弁してくれない?」
「他って、なんだ?他には何も盗らないぜ。ぼうやたちはかわいいから、かわいがってやるだけさ」
 男たちはテスを全く警戒していなかった。エドは丸腰だし、剣を下げているテスは同じ年頃の少年に比べても細身で、男っぽさのない顔立ちである。
「かわいがるって…?」
 首を傾げ、一歩踏み出す。男はその可愛らしさにやに下がり、近づいてくる。
「教えてやれよ、ワディ!」
「噛み切られんなよ!」
 残りのふたりから野次が飛ぶ。男とテスの間が3メートルほどになったとき、男は足を止めた。
「おっとぼうや、剣を渡し…」
 その言葉が終わらぬうちに、テスは動いていた。
 踏み込むと同時にマントが跳ね上がった。とエドには見えたが、マントを跳ね上げて剣を抜いたのか、鞘走った剣の勢いでマントが翻ったのかは見極められなかった。
 次の瞬間、男の首から血が吹き上がった。すでにテスは次の目的に向かって走っていた。馬を邪魔していたロープを両断し、
「エド!」
 エドは馬の腹を蹴った。駆け寄るテスに向かい、引き上げようと片手を伸ばす。
 テスは、その手をとらなかった。彼の目が、一瞬エドの目を捕らえ、彼は代わりに剣の腹で馬の尻を叩いた。いきなり全速で走り出した馬から振り落とされそうになって、エドは反射的に馬にしがみついた。
 我に返って首だけ捻って後ろを見やると、テスが男たちに向かって走っていくところだった。
「テ────ス!!」

さぶぷらいむできんゆうきき

2008年10月04日 | 極めて日常茶飯事

 この書き込みのジャンルを最初「ビジネス」に入れて、そのあと違うなーと思いなおして「日記」にしました。だって、あほーのたわごとだもん!
 だいたい私は投資で利益を稼ぐという考え方が好きではない。投資するのだって、そもそも誰かが起業しようとしたり、会社が新しい工場や事業のために債権を発行してそれを元手にするというのが基本だ。「何かを作る」ことなくして投資も金融もあり得ない。なのに新聞読んでいたら、どっかの大学教授が「日本はものづくり大国だなんて言っているが、そんなことよりニューヨークやロンドンのような金融センターを持つ、金の流れを手中にして、金融で稼ぐ国にならなきゃいかん。ト○タが日本を代表する会社だとか、ものづくりなんて言っているから世界から取り残されるんだ」みたいなこと書いていたのよ。
 バカヤロー!じゃあ、世界中がなーんにも作らないで、食料も機械も生活用品も作るのばからしい、投資してその利ざやや手数料で儲ける国になろうとしたら世界はどうなる?確かに、今の経済構造なら、ものを作るより、投資で儲ける方がよほど儲かるような仕組みになっている。でも、それはその構造が間違いなのであって、はっきり言って正直もの、貧乏人(国)がばかを見るような仕組みをこそ改革すべきなんだ。なのにそれに乗っかって「ものづくり大国なんて言っているのが恥ずかしい」なんていうお前の言動こそ恥ずかしいわ!人間、金を動かすだけで金を稼ぐようなのは一番卑賤なことだと思え!誰がなんと言おうと、働いて金を稼ぐ、それが正しい道だと私は信じているぞ!
 で、誰がどう聞いたって「最初に売ったやつだけが確実に儲かる」「必ず破綻する」仕組みのサブプライムローン(破綻して初めてそんなものをアメリカが考え出したってことを知りましたよ・・・。「金融先進国アメリカ」だなんて、とんでもねーや。破綻を前提にしたババ抜きだろ、これ。サギがまかり通ってるのか、アメリカの金融業界は?)のおかげで世界経済までボロボロに。どうしてくれるんじゃ!?株価1万1千円割れだと?ほんと、ふざけんなって感じだよなー。日本がバブルはじけてどん底になったときは日本だけがどん底になって他の国は関係なかったのに(しかもまだ引きずってるし!)、アメリカが転んだら世界中が道連れかよ・・・。責任とれ、てめー!と、サブプライムローンの仕組みを考え出したやつと売った金融機関の役員は全員裁判で責任追及してもらいたいもんだ。
 ・・・で、AIG傘下の日本の保険会社が売り払われるというニュースを聞いて、もう買い手は決まってるのだろうか、うちの会社、買わんかなー・・・と思ったわけだ。ライバルはアヒルとア○コ(こっちが一方的に思ってるだけだけどな)、そのうちのア○コがうちのもんになったら気持ちいいんだけどなー。どうせうちなんぞM&Aででかくなった会社なんだしさー。・・・アヒルにだけは買われたくないな・・・。