今日はお休み。珍しく早くベッドを抜け出して、片付けに精を出した。
私はめちゃくちゃきれい好きというわけではない。だけどDの“片付いてなくても平気”レベルにはついていけないことしばしば。「これやっておいてよ」と言うと「ウン」と返事をしつつ一週間そのままとかはザラ。それでよくケンカになる。
中でもDは、脱いだ服をそのまま床に散らかすという習性(!?)がある。いくら「洗うものは洗濯カゴに入れろ」と言ってもなおらない。さらに床に散らかっているものをすべて洗おうとしたら「これは一回着ただけだから大丈夫! 水と電気代のムダ!」とか言うもんだから、もう手を出すこと自体をやめた。「洗濯カゴに入っているものしか洗いません!」と宣言し、ここ数ヶ月ほど脱ぎ散らかしている服はすべて寝室の一角に追いやり、あとはDの采配に任すという状態。この洋服の山を我が家では“チョモランマ(チベット語でエベレスト山の意味)”と呼んでいる。作家・林真理子さんの旦那さんが、彼女が作った洋服、かばん、靴の山を見て「前人未到の未開の地」を言い表すためにこの言葉を使用したそうだ。そのアイデアをそのまま頂いている。
Dのチョモランマは洗濯待ちの洋服だけに限らず、洗いあがった洋服でも形成されている。出来上がった洗濯物はこれまで全部引き出しに入れておいたけど、出しては床に置いてそのままにするのでいい加減ばかばかしくなって、今はたんすの上に積み上げるようにしている。そのうち自分で分類するかと思いきや、そこからいるものを引きずり出して着ているけれど。
というわけで寝室の一角とたんすの上それぞれにチョモランマが存在する。
そのチョモランマがこのところブクブクと膨れ上がって、さすがのDもちょっとイラッとしていたらしい。「ボク、明日チョモランマを片付けるよ!」と言い始めて一週間。その“明日”とやらはいつ来るんじゃい?と思っていたら、今日やってきた。Dもまったくカゴに入れないわけではない。割合にすると5~6割程度はカゴへ行く。Tシャツや下着は比較的マメに入れているけど、ズボンは脱ぎ捨てたままパンイチでウロウロすることが増えていたので、どうやら気づいたらキレイなズボンが底をついていたらしい。人がせっかく朝から通常の洗濯を終わらせてホッとしたところで、また洗濯カゴが山盛り。「どういうこっちゃい
」ということでまたケンカ勃発。その結果はDが掃除機をかけるということで落ち着いた。
Dと私の“片付いている”状態のギャップは大きい。結婚当初は甲斐甲斐しく世話を焼いたものやけど、これではメイドになってしまうと思い、現在徐々にDを訓練中。40歳を過ぎた男の家事に対する概念を変えるのは難しい。現在結婚3年目。最初にうっかり甘やかしてしまったけど、今からでも間に合うかねぇ。
チョモランマたちも無事に乾き、全部たたんでDの定位置であるソファの上に置いておいた。「片付けよ」とひと声かけたら「わかったー」と返事があってから軽く3時間は経つ。先ほどほら穴から出てきたのでどうするかなと思って観察していたら、たたんである洗濯物をきれいに床に移動させてどっかりと寝転んでいる。そもそも洗いあがったものを床に置くこと自体好きじゃないんだけど、そこまで口うるさく言ってはいけないかな、と思って黙っている。さてこの山がたんすにしまわれるのは一体いつになることやら。
私はめちゃくちゃきれい好きというわけではない。だけどDの“片付いてなくても平気”レベルにはついていけないことしばしば。「これやっておいてよ」と言うと「ウン」と返事をしつつ一週間そのままとかはザラ。それでよくケンカになる。
中でもDは、脱いだ服をそのまま床に散らかすという習性(!?)がある。いくら「洗うものは洗濯カゴに入れろ」と言ってもなおらない。さらに床に散らかっているものをすべて洗おうとしたら「これは一回着ただけだから大丈夫! 水と電気代のムダ!」とか言うもんだから、もう手を出すこと自体をやめた。「洗濯カゴに入っているものしか洗いません!」と宣言し、ここ数ヶ月ほど脱ぎ散らかしている服はすべて寝室の一角に追いやり、あとはDの采配に任すという状態。この洋服の山を我が家では“チョモランマ(チベット語でエベレスト山の意味)”と呼んでいる。作家・林真理子さんの旦那さんが、彼女が作った洋服、かばん、靴の山を見て「前人未到の未開の地」を言い表すためにこの言葉を使用したそうだ。そのアイデアをそのまま頂いている。
Dのチョモランマは洗濯待ちの洋服だけに限らず、洗いあがった洋服でも形成されている。出来上がった洗濯物はこれまで全部引き出しに入れておいたけど、出しては床に置いてそのままにするのでいい加減ばかばかしくなって、今はたんすの上に積み上げるようにしている。そのうち自分で分類するかと思いきや、そこからいるものを引きずり出して着ているけれど。
というわけで寝室の一角とたんすの上それぞれにチョモランマが存在する。
そのチョモランマがこのところブクブクと膨れ上がって、さすがのDもちょっとイラッとしていたらしい。「ボク、明日チョモランマを片付けるよ!」と言い始めて一週間。その“明日”とやらはいつ来るんじゃい?と思っていたら、今日やってきた。Dもまったくカゴに入れないわけではない。割合にすると5~6割程度はカゴへ行く。Tシャツや下着は比較的マメに入れているけど、ズボンは脱ぎ捨てたままパンイチでウロウロすることが増えていたので、どうやら気づいたらキレイなズボンが底をついていたらしい。人がせっかく朝から通常の洗濯を終わらせてホッとしたところで、また洗濯カゴが山盛り。「どういうこっちゃい

Dと私の“片付いている”状態のギャップは大きい。結婚当初は甲斐甲斐しく世話を焼いたものやけど、これではメイドになってしまうと思い、現在徐々にDを訓練中。40歳を過ぎた男の家事に対する概念を変えるのは難しい。現在結婚3年目。最初にうっかり甘やかしてしまったけど、今からでも間に合うかねぇ。
チョモランマたちも無事に乾き、全部たたんでDの定位置であるソファの上に置いておいた。「片付けよ」とひと声かけたら「わかったー」と返事があってから軽く3時間は経つ。先ほどほら穴から出てきたのでどうするかなと思って観察していたら、たたんである洗濯物をきれいに床に移動させてどっかりと寝転んでいる。そもそも洗いあがったものを床に置くこと自体好きじゃないんだけど、そこまで口うるさく言ってはいけないかな、と思って黙っている。さてこの山がたんすにしまわれるのは一体いつになることやら。