今年の皇后杯は一日だけ観戦することにした。いい席ではないけど、その日は一日ゆっくり楽しもう。
10時の時報を確認するためにNHKにチャンネルを合わせたら、パリの事件で被害に遭われた方々の人数に驚いた。平穏な市民生活がこのような形で恐怖の底に落とされたことに憤りを覚えるとともに、復讐の連鎖が起きないことを願う。
BSをつけたら東北鉄道の旅番組が放送されていて、視始めた。学生時代に東北を旅したときは、電車ではなく電気機関車に引かれた客車に乗った。しばらくは東北を訪れることはできないだろうけど、またゆっくり旅したい。
一生懸命パリの情報を得て、少し勘違いしながらも気持ちを呟いたりして、今日は携帯ばかり見てる。だけど混みあったこのカフェでは、誰も今朝のパリの惨事の話なんかしてないよ。相変わらず自分の目の前5㎝位の話ばかり聞こえてくる。殆ど報道されてないせいだよね。
知ったら他人ごとじゃないよね。
動揺と憎悪による扇動、そして疑心暗鬼の醸成。さらに差別と分断。テロリストの思う壺にならぬよう市民社会が向き合うべきは己の冷静さ。憎しみの連鎖が次のテロをうむ。
暴力を目にすると、あるタイプの人々は、血に酔った状態になる。テロリズムの目的のひとつは、通常の状態なら賢明であるはずの人々を血に酔った人間に変えるところにある。その意味で、テロは着々と成果をあげつつある。
資本家や富裕層は競争せずに結託して,自分たちの利益を追求してるのに、なぜ労働者は連帯せずに、互いに競争して、仲間を蹴落とそうとしているのか?仲間を蹴落としても豊かにはなれない。資本の思う壷に嵌まるだけ。競争せずに連帯して生きる道を探さなければ、労働者はますます苦しくなるだけだよ。
戦後70年間で高度成長を遂げたのは僅か15年。高度成長期にだけ通用したことを今だに引きずってるのが成長政策。本当に高成長が人々に幸せをもたらしたのか、改めて考え直したほうがいい。資本主義のイデオロギーを植え付けられ、その呪縛から逃れられず今を生きている私たちは改めて問い直すべきだ