北鎌倉の駅を降り、まずは初めの経由地へとまっすぐ向かうつもりだったけど、駅のすぐ近くにある美術館でアイヌ刺繍の展示会が開催されていて、寄り道をした。
本当にちょっと寄り道という程度で入ったものの、中に入るとその刺繍の美しさに魅了された。またいつか北海道を訪れたいと思いながら、もう何年が過ぎただろう。そろそろ本当に行かなければ…
美術館を出て、建長寺の奥へと入って行くと、長い階段があった。日頃の運動不足が響き息を切らしながら登ると、半僧坊という場所に辿り着いた。お参りをし、御朱印をいただいてから振り返ると、遥か先に海が見えた。江ノ電に乗り鎌倉の海を見ることはあるけど、こうして高いところから見るのは初めてだか、久しぶりだかだろう。
ここから先は山道に入った。歩く人の大半はハイキングのいで立ちだった。険しい道を歩くのだったらそれなりの靴を履いてくれば良かったと思ったけど、最終目的地にその靴は似合わないから選ばなかった。まあ、まったく歩けないという訳ではなかった。
そして、途中までは前を行くご家族の、小さな女の子のおしゃべりが耳に入り、僕の歩くリズムを取ってくれた。小学一年生というその子は、険しい道にへこたれることなく、彼女自身もおしゃべりで自分のリズムを取っていたのだろう。その楽し気な話と姿に元気づけられた。
そのご家族はお昼ご飯の場所を見つけ休憩に入ったけど、僕はそのまま先を目指した。そして、しばらく行くと山小屋らしき場所に着いた。
焼おにぎりの方は冷凍食品だったのだろうか。でも、温かい豚汁とともに美味しくいただいた。歩き続けたからというのもあるかもしれないけど、それだけではなかった。
そして、再び海を見た。晴れていたらもっと美しく見えたのかもしれないけど、この光の加減も良かった。
女の子の楽しいお話も聞こえず、そして、歩く人の姿も少なくなり、淋しさを感じながら再び歩き出した。
その先に、椿の花を見つけた。すると、あちこちに花が咲いていた。一番好きな花に再び気持ちを高められ、先を急いだ。
登山道を抜け、市街地を歩き続けた。竹林というほどではないけど、登山道にはなかった風景に目が止まった。
しばらく市街地を歩き、歩く人の数が増えていくと、今日の目的地、神奈川県立近代美術館 鎌倉館に到着した。
一昨年の2月、雪が残る中を始めて訪れた。そして、2度目の今日が最後の訪問となるだろう。今月末に閉館となるのを前に、もう一度訪れたいと思った。
美術作品よりも、この建物を楽しみに来た。建築界の巨匠、ル・コルビュジェに師事した坂倉順三氏の設計によるこの建物は、閉館後も保存されるそうだけど、近代美術館としての姿はもう見られない。
展示室を一通り周り、喫茶室へと向かった。前回と同じくテラス席を利用させていただき、コーヒーとカステラのセットをいただいた。
のんびりした素敵な場所だったという記憶があったけど、もうすぐ閉館ということで、この場所を味わっておこうという人たちで賑わっていた。今日もいい思い出になるけど、この場所の記憶は前回の方を強く取っておきたい。
喫茶室を出て、この建物の中で好きな場所 1階のテラスに向かった。すると、内藤礼さんの作品名があった。どこに作品があるのかと探したら、あった。
前回訪れた時もその作品を見た記憶はあるけど、観た記憶がない。そもそも、内藤礼さんのことを意識していなかった。昨年、映画『あえかなる部屋』を観たこともあり、その名前に反応し、彼女の作品を改めて、観た。
いちばん好きな場所、というか、部分は、ここだと思う。
壁から階段が現れ、柔らかいカーブを持つ手摺りとともに優雅さを見せる。テラスの外からフロアに日が差し込み、また、平家池(という名を始めて知った…)の水面に当たる陽光が、天井を揺らめかせる。その一瞬の美しさを、また観られてよかった。
鎌倉には何度も来ているけど、結局ここを訪れたのは2度だけとなってしまった。でも、ここで感じた気持ちを思い出として、これからも大切にしたい。