埼玉県川島町にある遠山記念館を訪れた。日興證券の創業者のひとりである遠山元一が母親のために建てた家だという。当初は約2,500坪の敷地に40坪か50坪くらいの主家にするつもりだったのが、いろいろな人の助言を聞いてそれらを取り入れているうちに建坪約400坪を超える大邸宅になり、完成までに3年近くを要することになったそうだ。大工、鳶、木挽、屋根葺き、左官、建具、襖、畳、銅工、石工、庭師などそれぞれに腕利きと評判の職人を頼み、材木や石材などの材料にも出費を惜しまなかったらしい。職人たちは現場で寝起きをして3年近くを過ごし、その間にさらに切磋琢磨を重ね、創意工夫と技の限りを尽くしたのだという。そうやって建てた邸宅は昭和11年に完成してから、殆ど変わらぬ姿を今にとどめている。母親が生活をしやすいようにということを念じて建てられた家は、ナントカ風というような一時の流行に左右されるようなものではなく、また単純に贅を尽くすというような成金趣味でもなく、一見するとよくありがちな大邸宅のようで、他のどこにもない独自のスタイルなのである。世の中には闇雲に大きかったり贅沢なだけで暮らしにくそうな家もあるが、ここは大きくても当たり前の生活が展開できそうな落ち着いた雰囲気がある。それは空間と暮らしとの調和に拠るような気がする。暮らし易さを追求すれば、結果として調和のとれた姿になるのだろう。
調和をとるのは至難だ。家屋もそうだが、心身の健康も、組織や共同体の平穏も、調和が整ってこそ安寧が実現する。一時的局地的な調和ならいくらでもあるのだろうが、社会とか世界というような大きな単位で調和が実現するということが、果たしてあるのだろうか。この家を見て調和を感じたのは、おそらく母親のためという目的の下に建築されている所為ではないかと思う。つまり忘己利他の精神が調和の実現には不可欠なのだろう。母親に喜んでもらいたいというのは己の願望なので、純粋に忘己利他というわけではないのだろうが、相手の身になって考える、相手の了見を想う、というような姿勢が少しでもあれば、家という空間だけでなく、もっと広い範囲で調和がもたらされるのではないか。